38話 夢からの刺客
聖法歴1019年11月25日
ミスルト教国、世界異能評議会本部。
そのとある一室に、数人の英傑が集っていた。
「今日は集まってくれて、ありがとう」
今回の発起人である英傑「使徒」セオドアが、集まった男女の顔を見渡しながらお礼を述べる。
「すでに聞いている人もいるだろうけど、改めて説明する。――今回の目的は反逆者イバン・ドルミートの確保、もしくは殺害だよ」
名前告げた彼に、皆、顔を引き締めた。
この場にいるのは四か国の英傑や代表者たち。
セオドア率いるミスルト教国。彼から声のかかったバーチ共和国、ソール連邦。――そして、イバンの所属していたクエルクス貿易都市。
逆賊の対処のため、各国から二名ずつ集められていた。
教国は、聖法教会司祭にして第四警邏隊隊長、ランクA+「王座」メレディスと、同じく第四警邏隊のシグリナ。
共和国は、第七騎士団所属のソルバとビューネ。
連邦は、魔力災害対策局からジョズとゼイン。
貿易都市は、梟隊隊長、ランクA-「盲火」イグナシオ・ブランコと、同じく梟隊のエンリケ。
彼ら彼女らは軽く自己紹介を交わした。
全員ランクB+以上かと思いきや、ゼインだけC+と聞き、事情を知らない人たちは疑念の目を向ける。
「彼は私の推薦で連れて来たんだ。多めに見てくれないかい?」
実力も申し分ないとセオドアに言われれば、引き下がるほかなかった。
静寂が訪れると、皆に今回の経緯を簡単に説明する。
「イバン・ドルミートは元クエルクスの英傑で『倒眠』と呼ばれていた男だ。彼は貿易都市の重鎮の一人、ラルカス・クイントン氏を殺害し、聖法教会の秘宝に手を付けた罪で指名手配されている。物が物だけに、秘密裏に取り戻す必要があって、こうして集まってもらったんだ」
物腰こそ柔らかかったが、セオドアの目は静かな怒りを滲ませていた。
得も言われぬ迫力に、ほとんどの者がたじろぐ。
宝物がどんなものかと気になっていた人もいたが、誰も口に出来なかった。
「盗まれたのって何だ?」
一人だけ、空気を読まない声が響き渡る。
皆が目を剥いて焦る中、目尻を下げたセオドアが穏やかに答えた。
「とある錫杖だよ。先端に貴重なものがあるんだ」
素直に口にしたことに一同は驚きを隠せない。
あのセオドア相手に臆することなく口をきき、あまつさえ皆が躊躇うことを平然と行う少年に、大物なのか、はたまた厚顔無恥な子供なのか……。
流石、推薦されただけはある、と変な関心をしていた。
「で、相手の場所は分かってるのか?」
「残念ながら、いくつか目星を付けられただけで、絞り切れてないんだ」
「何個ある」
「四つかな」
「なら、それぞれ分かれるんだな」
「いや、二手に分かれるつもりだよ」
その間にも話は勝手に進む。
呆けていても二人の会話はしっかりと耳に入れていたのは流石だった。
「戦力的に、ミスルトとクエルクス、バーチとソールがそれぞれ組んで行動してもらうつもりだよ。……私は後半のグループに帯同する」
全員が納得しかけたが、最後の一言でゼインが「は?」と声を上げる。
他の人たちは一様に不思議がる。
ランクAの英傑二人とランクSの英傑一人。
ほか全てランクBと考えれば、戦力的にはおかしくないように見受けられた。……少年は勘定に入れられていなかったが。
ゼインはちらりと他国の人間を視ると、予想外の言葉を口にする。
「戦力を考えるなら、俺とお前は分けるべきだろ。他は大差ない」
彼の物言いに、数人の若手たちがカチンときた。
行動に移す前にセオドアの笑い声で毒気を抜かれていたが。
「はははは、そうかもしれないね。でも、今回は私の指示に従ってもらうよ」
「……ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らしたが、異を唱えるつもりはないようだった。
そのまま説明を続けるセオドア。
それぞれの向かう先や座標、注意事項などを共有すると、すぐさま出発する運びとなった。
「互いに何か発見したら報告するように。接敵してもね。文字どおり、飛んで行くよ」
茶目っ気たっぷりにウインクした彼に、皆の緊張が和らぐ。
「じゃあ、作戦開始」
それぞれ気を引き締めた顔つきで目標地点に赴いた。
◆◆◆
「で、どっちが本命なんだ?」
移動した先、教国内のとある寂れた街の中でゼインが問いかける。
顔を広く知られているセオドアは、騒ぎにならないよう魔法で己に認識阻害をかけていた。
「この次が本命かな。距離の関係で、向こうは第二、第四候補を回ってもらっているけどね」
尋ねた割に、興味無さそうな態度を見せるゼイン。
そんな彼を面白くないとばかりに見つめるソルバとビューネの二人。ジョズが彼らへゼインの態度を謝っていた。
目的の場所に到着する。
「はずれだな」
「まぁここは、第三候補だったからね。次が本命だよ」
建物の中には入らず、まるですでに中身を確認し終えたように話す二人。
困惑するバーチの二人に次の地点へ移動しながら、魔法で調べ終えたと説明するセオドア。
驚く二人を引き連れて魔道車に乗り込み、先を急いだ。
◆◆◆
移動中、突然端末の音が鳴り響く。
「こちら二班。どうぞ――」
ビューネの応答に反応したエンリケの声が聞こえる。
「こちら一班、対象と交戦中! 応援求む」
彼の声で車内は緊張に包まれた。
走っていた車を止め、セオドアに指示を仰ぐ。
「すぐ向かうと伝えてくれ。座標は――」
「把握している」
確認する前にゼインが口を挟む。
一瞬驚いた顔をしたものの、すぐ頷いて無理はしないようにと伝言をお願いした。
「そんなことまで出来たのかい?」
「……最近できるようにした。前までは魔道具に頼っていたが、それだと足りないから」
なぜか苦々しく告げる彼に、それ以上言及しないでおいた。
通信を終えたビューネを含め、セオドアに視線が集まる。
「皆の準備が整い次第、乗り込むつもりだよ。……メイジーには悪いけど、君はここに残って魔道車をお願いしたい。帰りは彼に送ってもらうから」
「承知しました」
今まで運転していた彼女に指示を出す。
「全員の転移を頼めるかな?」
「分かった」
外へ出ながらゼインに声を掛ける。
この時に、なぜ彼を呼んだのかと得心のいったバーチの二人。……本当は別の理由だったのだが、それを彼らは知る由もない。
各自、準備を始める。
一分とかからず向かう手筈を整えると、セオドアはゼインにお願いした。
「いくぞ」
掛け声と共に景色が歪む。
瞬く間に木々の見える光景から、古ぼけた建物の前に移動した。
突然の闖入者に、戦闘していた手が止まる。
距離を取って状況把握する彼らを余所に、現れた彼らの半数以上は顔を青くしていた。
「気持ち悪い……」
「うぅ……」
「っ……」
ソルバとビューネ、ジョズは地面に蹲るか近くの壁にもたれかかり、体を支えていた。
怪訝な顔をするゼインの元へ、セオドアが近づく。
「……どうやら魔力酔いを起こしているようだね。かくいう私も、さっきから頭痛が酷い」
よく見ると、セオドアの足取りも不安定で覚束なかった。
「治せないのか?」
「しばらくすれば大丈夫だよ。……ただ、戦闘へ参加は難しいかな。私が回復してからじゃないと、彼らを癒してあげられないから」
「ふーん、まぁいい。こっちで片付けておく」
「頼むよ」
それだけ伝えると、セオドアはその場に座り込む。
深く息を吐いて状況を静観する構えだった。
先に戦っていた四人の元へ近づくゼインに、メレディスが代表して問いかけた。
「あなた、何をされたのですか? セオドア卿が体調を崩されるなんて、初めて見ました」
「知らんが魔力酔いらしい。ただ転移で連れて来ただけなんだがな」
ゼインの言葉に軽く目を見張る。
幼い少年が転移を使えたことも驚きだったが、あのセオドアが魔力酔いを起こすほどの魔法を使ったことに驚きを禁じ得ない。
彼もゼインほどではないが、相手の魔力や毒、病といったものの効果を受けづらい体質だった。そんな彼がデバフを受けること自体、異例のことだ。
「そうですか……。セオドア卿は魔法を使えるのですか?」
「休めば使えるようになるとは言っていた。今はたぶん無理だろうな」
「でしたら私が守りに入ります。申し訳ないですが、助力願います」
そう言って、彼はセオドア達の前に陣取ると、真っ白な背の高い椅子を魔法で作り出し、それに座った。
たちまち輝く障壁と白いカーペットが生まれ、彼らを囲って同心円状に展開する。
「すまないね、メレディス」
「いえ、いつも助けられておりますから」
バフ効果はセオドアに効かずとも、障壁は正直有難かった。
変わった魔法を使うな、と興味深げに眺めていたゼインだったが、彼の抜けた穴を塞ぐわよ、とシグリナに手を引かれて戦場に連れ出されていった。
◆◆◆
「英傑の穴を塞ぐとは、何とも大層な妄言を吐きますね」
侮る笑みを浮かべる男は、今しがた加わった二人に目を向けた。
女のほうはランクB程度、連れて来た少年に至ってはCあるかどうかといった風だ。
優秀な支援持ちを書いた状況は、どう考えても戦力ガタ落ちだと言わざるを得ない。
「私が倍以上動けば問題ない」
「お前では無理だよ、イグナシオ」
重々しい彼の宣言をにべもなく切り捨てた。
「『王座』のバフ込みで全く歯が立たなかったんだ。それ以上の強化は望めまい」
「――っ」
彼の言い分にイグナシオは奥歯を食いしばる。
戦況が悪化したのは、彼も理解していた。
頼みの綱の「使徒」がダウンした状況では、時間稼ぎが関の山。回復したところで、目の前の男に逃げられる恐れがあった。
「やってみなくては分からないだろッ!」
己に言い聞かせるように叫び、男に吶喊する。
「はぁ――。自己紹介する時間もくれないとは、せっかちな男ですねぇ」
ため息をつきながらイグナシオの攻撃を避ける。
「着火ッ!」
言葉と共に向けた剣先。
間を置かずして、男の体が燃え上がる。
傍から見ると、剣を向けただけで火をつけたように感じられた。
実際は、見えない導火線を辿って魔力が迸り、事前に仕込んでおいた可燃性の魔力に火が付いたのだった。
魔力視でも見えないそれは、イグナシオの代名詞「盲火」と呼ばれ、本来ならば剣先を向けずとも、彼の言葉だけで起爆する。今は仲間に伝えるために、剣で指していた。
また変わった使い方の魔法だと、ゼインはしげしげと魔力を眺めていた。
イグナシオたちは男の様子を観察する。
この程度で倒したとは考えていなかったが、多少なりとも深手を負わせたと思って。
そんな彼らを嘲笑うように、猛火を切り裂いて男が姿を現した。
「――うそでしょ!?」
「隊長の攻撃を受けて、無傷……」
「くっ――」
「やれやれ、服が燃えてしまうではないですか。新顔の彼に襤褸切れのまま自己紹介したくないんですよ。――初めまして、私はイバン・ドルミート。短い間ですが、よろしくお願いします」
火を背にした男は優雅な笑みを浮かべて不敵に笑った。
◆◆◆
「まずはゴミ掃除といきますか」
イバンが億劫そうにイグナシオに目を向ける。
慌てて視線を遮ろうとして、肉薄したイバンに腕を取られた。
「ガハッ――」
心臓を一突きされ、吐血するイグナシオ。
「――っ、隊長!」
動転したエンリケが駆け寄るが、放り出されたイグナシオ諸共壁に打ち付けられた。
一瞬で瓦解する戦線に、表情を強張らせたシグリナ。
「女性の恐怖の表情はそそりますねぇ」
耳元で囁かれ、全身の毛が逆立つ。
急いで振り返るとその場には男の姿はなく、代わりに少年が佇んでいた。
「男女の逢瀬の邪魔はしないことをおすすめしますよ、少年」
「逢瀬? 脅迫の間違いだろ」
「まだまだお若いから知らないだけですよ。知る機会も、今後潰えるでしょうけどね」
そう言うや否や距離を詰めるイバン。
短剣を逆手に、背後から喉を貫かんとする。
「――速度はまあまあ。技術はお前のほうが上っぽいな」
突然見失ったと思った矢先、真横から聞こえてきた少年の声にイバンは驚愕を浮かべた。
慌てて距離を離す。
目の前の光景が信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
「……何を、したのですか?」
「別に何も。ただお前の攻撃が遅かったから、横にずれただけだ」
彼の言う通り、ただ斜め後ろに飛び退いただけで、空間転移や跳躍をした訳では無かった。
まだ納得しないイバンだったが、目の前の少年が危険人物だということは、今の一瞬で把握した。
腰の魔道具から何かを取り出して握りしめる。
「あぁ、それが錫杖か」
「えぇそうですよ。――これがあれば、あなたなんて敵ではありません!!」
錫杖の先、円形の飾りに嵌め込まれた紅の石が光り輝く。
みるみるうちにイバンの魔力が膨れ上がり、巨大な怪物か何かと錯覚してしまうほどの迫力を放つ。
「……うそ、でしょ……」
シグリナはあまりの光景に茫然自失して、その場にへたり込む。
そんな彼女を余所に、イバンの目が妖しく光った。
視線の先はゼイン。
彼と目を合わせていた。
「フハハハハハ、これであなたもおしまいです!」
「――何がだ?」
視線を合わせているはずなのに、ゼインは不思議そうに首を倒すだけ。
どれだけ時間が経ってもイバンの望む光景は訪れなかった。
「なぜですッ!? なぜあなたは死なないのですかッ――!?」
「そんなちんけな精神魔法、効くわけないだろ」
「なッ!?」
手口を言い当てられ、イバンは絶句してしまった。
今までこの方法で幾度となく殺してきたが、誰にも気付かれなかった。
目を合わせた相手が眠るように倒れることから、ついた二つ名が「倒眠」。夢の中で殺すとまで言わしめた自らの技術を、初見の、しかも年端も行かぬ少年に見破られるとは思いも寄らなかった。
「――力に溺れたな。磨いた腕が泣いているぞ」
衝撃のあまりゼインを見失っていたイバンは、己の失態にようやく気付く。
長年培ってきた動きで反射的に腕を動かすも時すでに遅し。
速度の負けている相手に成すすべなく、彼の掌底を食らう。
「グハッ……」
一瞬にして昏倒させ、手に持っていた錫杖を奪い返したゼイン。
倒れた男を放っておいて、セオドアの元に歩み寄る。
「――ありがとう、ゼイン。それで、その錫杖は返してくれるかい?」
情けない笑みをしながらゼインに話しかけるセオドア。
手元に目線を落とした彼は、少しだけ考える素振りを見せる。
「これ、魔力を流して視ていいか?」
「ダメにき――」
「もちろんだとも」
メレディスの言葉を遮って、セオドアが許可を出す。
ぎょっとして振り返る彼を余所に、セオドアは静かに微笑むだけだった。
数秒魔力を流すゼイン。
妖しく輝く錫杖に、成り行きを見守る皆に緊張が走る。
仮に彼が錫杖の魅力に囚われてしまえば、止めようにも今の戦力では確実に不可能だった。
誰かの喉が鳴る。
聞こえていた訳ではないだろうが、それを合図にずいとゼインは錫杖を突き出した。
「返す」
「もういいのかい?」
「十分視た。これはもういらない」
あんまりな物言いだったが、多くの者がほっと胸をなでおろした。
そこからは、イバンの身柄の確保や死傷者の手当を行い、本部へと帰還した。
◆◆◆
あれから数日後。
セオドアの元をオーギュストが訪れていた。
「やあ、オーギュスト。今日は何用かな?」
明るく告げるセオドアに、無言で一つの箱を差し出した。
疑問に思いながら、開けてみてと言う言葉に従うセオドア。
「え!?」
あまりの衝撃に、普段の様子からは考えられない狼狽っぷりを見せる。
主の豹変に目を丸くしつつも、問題の箱の中身を一瞥したメイジー。
――すぐさま見たことを後悔してしまった。
そこにあったのは、錫杖に嵌まっていた石にそっくりな紅の欠片。
妖しく光るそれは、見間違いようがない。
「これ、どうしたのですか!?」
「……ゼインが造った」
「は?」
セオドアが声を荒げる。
オーギュスト曰く、実物の五十分の一ほどしか能力はないそうだが、それでもそんじょそこらの魔石よりは破格だった。
――その石の名は「星輝石」。
確認されているのは今はたった一つだけの、幻の石だった。
すみません、ルビ付け忘れていたので直しました。




