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31話 コリダリスの嘆き

聖法歴1020年7月20日



 クエルクス貿易都市の技術研究所。


 薄暗い廊下を、手元の灯りを頼りに歩く。

 みんなが寝静まるような時間、通り過ぎるいくつかの部屋からは明かりが漏れていた。


 私の目的の場所は、この建物の一番奥。

 厳重なセキュリティをくぐりぬけた先、微かな光が薄暗い廊下を照らす。

 ドアに手をかけて、ゆっくりと中に忍び込んだ。


「――お姉ちゃん、また散らかして!」


 入り口から一番遠い、様々な機器がひしめく最奥に、ヨレヨレの作業服に身を包んだ女性が埋もれていた。


「んあ? ……ティルザ、よく来たね。おはよう」

「おはようじゃない、もうお休みの時間だよ」


 寝ぼけ眼でぼさぼさの深紅の長髪をかきあげながら、間違った挨拶をする目の前の女性は、私の姉――メリオラだ。

 今日も徹夜をしたみたいで、目の下には真っ黒なクマを作り、せっかくの明るい黄色の瞳が台無しだった。


 私の名前はティルザ・リンド。

 ここクエルクス貿易都市の英傑「要塞」――その片割れだ。

 私たち姉妹は、世にも珍しい二人で一人前の英傑だった。

 普通、個人の力量でランク付けされる許可証(ライセンス)ランクだったが、私たちの場合は特別に二人で一つの許可証も持っていた。

 “お姉ちゃんが魔道具を作り、私がそれを運用する”――この形で成り立つ不思議な英傑が「要塞」だった。


 なぜこんな不思議な形なのかというと、お姉ちゃんの作り出す魔道具がピーキーすぎるからだ。

 機能や性能は他の魔道具の追随を許さないほど、優れた物ばかり。なのに、使用感だけは普通の人には扱いが難しいか、使うことが出来ない代物ばかり。

 私はテスターも兼ねていたから、ほとんど使えるけど、他のテスターさんや身体能力に優れた人、魔法に長けた人でも(さじ)を投げるレベルだった。


 みんな私のことを才能があるというけれど、天才なのはお姉ちゃんであって私ではない。

 私の実力はランクB-で精一杯。

 魔法も身体強化しか使えないし、戦闘技術もそんなにない。

 普通に戦えば、私は弱かった。

 それを補うためのお姉ちゃんの魔道具だったけど、どこをどう間違ったのか、「要塞」なんて二つ名を貰うまでに至り、今期の「十傑」にも選ばれてしまった。


「要塞」として与えられたランクS-。

 上から二番目の実力と認められた証ではあるけれど、私たちには過ぎた評価だった。

 お姉ちゃんも常日頃から似たようなことを言う。

 ――“好きなものを好きなように作っていただけ。ランクSなんてわたしには荷が重い”って。


「ごめんねぇ~」


 椅子の背もたれを抱きかかえながら、にへらと笑うお姉ちゃんはどこか愛くるしい印象を感じられた。


「研究もいいけど、ご飯もちゃんと食べなきゃダメだよ」

「わかってるわかってる」


 そう言いながら、テーブルの脇に避けてあった、手の付けられてない冷え切った食事に手を伸ばした。

 私の言うことを守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、食べながら舟を漕ぐのは見ていてヒヤヒヤする。


「眠いなら、先に寝ないと。ご飯は起きてから、温かいのをまた持ってくるから」

「ん~……? もう少しでひと段落着くから、そこまでやってから」

「前もそう言ってたじゃん! 今はしっかり休んで、頭もリフレッシュさせたほうがいいって」

「もう少し、もう少しだけだから……」


 眠そうにしながら、また研究に戻ろうとするお姉ちゃん。

 今もスプーンを持ちながら、紙に必死に何か書こうとしていた。

 インクが出ないって、当たり前だから!

 どんなに眺めても、スプーンがおかしいんじゃなくて、お姉ちゃんの目がおかしくなっただけだから!


「……ほら、こっちなら書けるでしょ」

「ほんとだぁ! ありがとう、ティルザ」


 言いたいことは飲み込んで、素直にペンを手渡した。

 こうなったお姉ちゃんは()()でも動かない。

 どれだけ説得しようとしても、力づくで止めようとしても、どこにそんな力があるのかと思ってしまうほど、底力を発揮する。

 一番平穏な解決策が、お姉ちゃんのやりたいようにさせるっていうのが情けない。


「私たちも『十傑』に選ばれたんだから、しっかりしないと……」


 私の呟きは聞こえていないようで、今もメモを取りながら、機械を弄っていた。


「はぁ。また朝に来るから、キリのいいところで休むんだよ」

「ん~」


 ため息の後、一応注意すると生返事が返ってきた。

 聞こえているのか、反射なのか判断がつかない。

 仕方なく、一口だけ手の付けられた食事の代わりに、手軽に食べられるようにと持ってきた夜食を置いて私は研究室を後にした。



 ◆◆◆



「どうだった?」

「ダメですね。集中しちゃってるみたいで、食事も手をつけてなかったです。もう三徹目なので、いい加減、休んで欲しいんですけど……」

「ティルザでダメなら、他はもっと無理だな。それに、()()()()()()()でもあるんだろ?」

「それは、わかってますけど……」


 食事を取り換えた私は、士官用の控室に戻った。

 そこで、目の前の男性――技術研究所付護衛士官長のサントスさんと、今の会話になった。

 彼は私の上司にあたる人で、私も技術研究所付護衛士官という肩書を持っていた。


 サントスさんの言い分はわかる。

 お姉ちゃんが今も魔道具を研究しているのは、私のためだった。


 そもそも、私は身体強化以外の魔法が使えない。

 他の属性に適性がなかったというのもあるけれど、人としては珍しい、純粋な魔力を持って生まれたとのことらしい。

 これは、人なら誰しも個人の魔力に色があるらしいのだけど、私はその色のない純粋無垢な状態らしいのだ。


 賢人会の紹介で、魔力に詳しい人を何人か紹介された結果、判明したことだった。

 多くの人はよくわからないと言っていたけど、一人だけ凄く詳しい人がいた。

 お隣のソール連邦の執行官をしていると言っていた男性で、物腰も柔らかく、嘘を言っている訳ではなさそうだった。

 始めは疑っていたけど、“魔力を映す魔法薬”なるもので視覚的に説明してくれた。

 お姉ちゃんもその場にいて、二人揃って互いの魔力の色を見せあった。


「わぁ~、ティルザの魔力綺麗だねぇ!」


 無色透明の水のような色だったはずなのに、お姉ちゃんは目を輝かせて私の魔力を見ていた。


「お姉ちゃんの魔力のほうが綺麗だよ」


 お姉ちゃんの魔力は髪の色にそっくりな深紅色だった。

 ……私もお姉ちゃんみたく自分の赤紫色の髪色か、お姉ちゃんよりは薄い黄の瞳色が良かった。


「えぇ~、血の色みたいで気味悪いよ~」


 内心でそんなことを考えていると、眉をひそめてばっちぃと呟くお姉ちゃんに、思わず吹き出してしまった。

 そこから二人して笑いあったのは良い思い出だ。


「何かきっかけがあれば色付く可能性もあるからね。今は魔力を流すことは出来ているんだ、魔道具なら問題なく使えるはずだよ」


 執行官さんの言葉に、お姉ちゃんが閃いたとばかりに立ち上がった。


「じゃあ、わたしが作ってあげるよ。ティルザのための魔道具を!」

「作るって、そんな簡単なものじゃないでしょ」

「だぁいじょうぶ! 何とかなるって!」


 楽観的なお姉ちゃんを諫めようとしたら、執行官さんのお付きの女性が口を挟んだ。


「――よろしければ、魔道具の基礎を教えてくださる方をご紹介できますよ。お代は頂きませんし」

「ほんと? お願いしよっかなぁ」

「お姉ちゃんっ!」


 軽々しい発言に、思わず声を荒げる。


「まあまあ、落ち着いて。ひとまず、会ってみるだけでも構わないよ。心配なら、護衛や付き添いを連れて来ても大丈夫。何なら、私が立ち会ってもいいよ」


 執行官さんの取り成しで、私たちはその先生に会うことになった。

 そこから、お姉ちゃんの眠っていた才能が開花し、私のために魔道具を作るまでに至った。

 そのことが私にはとても嬉しく、同時に、とても心苦しくもあった。

 私のために十年近くの歳月を費やしたのだから――。



 ◆◆◆



 当時のことを振り返りながら、ため息をこぼす。


「どうした? ため息なんかついて」

「ちょっと、考え事をしていただけです」

「そうか。まぁ、頼りないかもしれないが、相談があればいつでも乗るぞ。訓練も付き合うし」


 サントスさんの優しい申し出にお礼を言う。

 彼はそのまま控室を出て、巡回に向かった。


 一人残された部屋で独り言ちる。


「どうか、お姉ちゃんにも幸せが訪れますように――」


一言メモ

メリオラ(姉)の個人の許可証ランクはC-。下から三番目です。

ティルザ(妹)の個人の許可証ランクはB-。本人の身体強化のみの実力です。

二人揃って(魔道具を使用して)ランクS-です。

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