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30話 雪花の約束

聖法歴1018年12月22日



 ソール連邦のとある街。


 雪がしんしんと降り積もる中、四人の子供たちが大きな荷物を抱えながら歩いていた。

 一番大きな子でも十歳超えたぐらいの見た目で、全員幼さを感じられる顔立ちをしていた。

 雪のように真っ白な髪の男の子、若葉を思わせる浅緑色の男の子、桃のような淡いピンク髪の女の子、落ち着いた雨空を想起させるブルーグレー髪の女の子。

 彼ら彼女らの後ろには、抱える荷物よりも大きな木箱がふわふわと浮かび、まるで飼い犬のように彼らを追っていた。


「ありがとう、ゼイン兄ちゃん。忙しいのに買い物に付き合ってもらって」

「構わない。今は暇だったし、どうせ俺が出来ることなんて無いんだから」


 浅緑色の少年が白髪の少年にお礼を言う。


「そんなことないよ! お兄ちゃんがいなかったら、ユーグ(ユー兄)コレット(ココ)とで何回も往復しなきゃだったし」

「そうそう。ジェレミ(ジェリー)フェリシー(フェリ)は孤児院に残ってみんなをまとめてもらわなくちゃだからね。ギルは外に出たがらないから、ゼイン兄がいてくれて助かったよ」


 二人の少女たちも続けてお礼を言う。

 言葉通り、子供が一度で運ぶには難しい量の荷物を、白髪の彼――ゼインが魔法で一気に運んでいた。

 寒空の下、雪道を何度も行き来するのは、子供たちにはあまりにも大変すぎた。

 たまたま孤児院にゼインが立ち寄らなければ、三人で十往復は必要だったかもしれない。


「この程度であれば、いつでも手を貸すぞ」


 ゼインの言葉に三人は嬉しそうな顔を浮かべる。

 単に重労働から解放された喜びだけでなく、皆、彼と居られることを嬉しく思っていたからだった。


「じゃあじゃあ、今年の年越しはゼイン兄も一緒に、()()()()()過ごそうよ!」


 ブルーグレーの少女――ココの提案に二人も首を勢いよく振る。

 頷いた拍子にピンク髪の少女が転びかける。

 すかさずゼインが手を差し伸べて彼女の体を支える。


「危ないぞ、ニネット」

「あ、ありがとう、ゼインお兄ちゃん……」


 思いっきり顔を打ち付けると思っていただけに、ピンク髪の少女――ニネットの心臓は早鐘を打っていた。


「やっぱり俺が荷物を全部持とうか?」

「ダメ! 全部お兄ちゃんに任せたら、私たちが来た意味ないでしょ!」


 ニネットの荷物に手を伸ばすと、更に強く抱きかかえて体ごと遠ざけた。

 やれやれと言いたげに息を吐くと、彼女の意見を尊重して手を引っ込める。

 ニネットは満足そうに笑う。二人もどこか楽しげに笑っていた。

 四人は談笑しながら雪の中を歩いて行った。



 ◆◆◆



 まだ街の中を歩いている最中、ゼインはおもむろに浅く息を吐いた。

 白い(もや)が晴れると、穏やかな声でもう一人の少年に声を掛ける。


「――ユーグ、すまないが()()()()()()。荷物は任せてもいいか?」


 ユーグと呼ばれた浅緑色の少年が大きな声を上げた。


「え!? 任せるって、こんなに持てないよ……」

「大丈夫だ、後ろの荷物はユーグを()けるようにした。孤児院に着いたら、ユーグが触ればゆっくりと下に落ちるから、足を挟まれないように注意してくれ」

「……そんなことも出来るんだ」


 ゼインの説明にユーグは感心したように呟く。


「――ねぇ、どこ行くの?」


 ニネットが目を潤ませて彼を見上げた。

 優しく頭を撫でながら、ゼインはふっと笑う。


「野暮用だ。心配することは無い」

「……じゃあ、すぐ戻って来れる?」

「今日は無理かもしれない」


 寂しそうに顔を曇らせるニネット。

 そんな彼女を見たコレットが、後ろから彼女の肩に触れてゼインを見つめる。


「じゃあじゃあ、年末はどう? それまでには戻って来れるの?」


 コレットの質問に、ニネットも期待を籠めた眼差しを向ける。


「――分かった。その日は空けられるようにする」

「約束だよ?」


 差し出された小指に、仕方なく自分の小指を絡める。

 涙を湛えたままのニネットが、顔をくしゃりと崩して笑みを浮かべた。


「破っちゃダメだよ!」


 頷く代わりに頭を軽く二度叩いた。

 そのまま、三人の姿を見守りながら、微笑んで手を振っていた。


 彼らが道を曲がり建物で見えなくなると、ゼインの表情は抜け落ちた。

 静かに振り返って一点を凝視する。

 たまたま吹いた風で雪が巻き上がる。

 一瞬だけ彼を隠したかと思ったら、その場から忽然と姿を消していた。



 ◆◆◆



 街の薄暗い裏路地。

 そこに、身を隠すように(たたず)む一人の男がいた。

 魔法で何かを確認していた男だったが、唐突に浴びせられた声で手を止めた。


「――()()()()()何をしているんだ」


 振り返ると、そこには先ほどまで監視していたはずの少年が、周囲の気温よりも冷たい瞳を男に向けていた。


「これはこれは。いつからお気付きで?」

「最初からだ」


 少年の言葉に動じた様子もなく、男は悠然と語り掛ける。


「その割には、全く姿を現しませんでしたが?」

「あいつらを送り届けてからと思ったが、さすがにねちっこすぎたからな」

「……流石ですね」


 彼が業を煮やしたタイミングに、男は称賛の声が漏れた。

 監視しても何のリアクションを見せない少年へ、()()()()()()()魔法を強めた瞬間、他の三人と別れて姿を現した。

 普通なら監視すら気付かないレベルの薄っすらとした魔法。

 それを見破るだけでなく、ほんの僅かな違いを嗅ぎ分けて、すぐさま対処に向かうその嗅覚に、男は感嘆していた。


「で、お前は何なんだ、()()

「ハハハ、そのことすらご存じなのですね」


 人間に限りなく近づけたはずだった。

 容姿だけでなく漏れ出る魔力の波動も、魔法や魔道具を駆使して偽装していたはず。

 それを対面でズバリと言い当てられて、男はもはや笑うしかなかった。


「――私はとある目的のために、優秀な子供(素体)を探しているんですよ」


 男が目的を告げた途端、少年の目が鋭くなった。

 息の詰まるような重圧を向けられる中、男は平然と言葉を続ける。


「ここにいるのも偶々だったんですが、丁度いい感じの子たちを見つけましてね。私のお眼鏡に叶うか、()()していたところですよ」


 見る見るうちに周囲の温度が下がっていく。

 出歯亀よろしく二人の様子を覗き見ようとしていた裏の人間やネズミに至るまで、その場から一目散に逃げ去る。

 張り詰めた空気が漂う中、少年の静かな声が響く。


「――お前の位階は何だ」

「おや、そのこともご存じとは、博識のようですね。誰に聞いたのやら」


 感心するように頷くと、男ははぐらかすことはせず、少年の問いに答えた。


「では、改めて。――私はプルソン。従二位『看破』の中級悪魔だ」


 少年の目がさらに細められたのだった。



 ◆◆◆



「流石に()()()()君と戦うつもりはない」

「――逃がすとでも?」


 バチバチと殺気を向けられながら、プルソンと名乗った男は落ち着くように告げる。

 そんな態度も気に食わない少年は、視線だけでも射殺せそうなほど強く男を(にら)みつけていた。


「逃げるつもりはないさ、君からは逃げられそうにないからね。でも、こんなところで戦うのは本意じゃないだろ?」


 違うかい? と挑発的な目を向けられた。

 あまり周辺被害を気にしない質の少年だったが、流石によく顔を出す街では(はばから)られた。


「――ちっ」


 軽い舌打ちだけして黙り込む。

 それを是と捉えたプルソンは、着いて来てと言って少年に背中を向けた。

 しばらく逡巡していた少年だったが、彼の言葉に従った。


 街外れの人気のない森の中に到着すると、二人は対峙する。


「――さて、始める前に君――ゼイン少年のことをもっと知りたいな」

「……なぜ俺の名を知っている」


 両手を広げたプルソンに、警戒の眼差しを向けるゼイン。

 誰か知り合いが漏らしたのか、はたまたどこからかの刺客か――。

 考えを巡らせるゼインに、大したことではないとプルソンが種明かしをする。


「私の『看破』の魔法によるものだ。これはなかなか便利でね、相手の()()()()を知ることが出来る。……残念ながら、ゼイン少年については()()()()()()()()()()がね」


 プルソンの言い分にゼインは別の警戒を続けた。

 仮に、本当に相手の情報を知ることが出来るのであれば、こちらの手の内がバレている恐れがあった。

 現に、名乗っていないはずの名前を知られていた。あまり分からなかったという言葉を鵜吞(うの)みには出来ない。

 注意深く探っていると、プルソンは聞かれもしないことをペラペラと喋る。


「君はどうやら『混ざりもの』のようだね」

「……何だそれは」

「おや、知らないのかい。――君のように人間と()()()()のハーフのことだよ。人間と悪魔のハーフならそれなりに見てきたが、君の場合、ごちゃごちゃと混ざりすぎて、何のハーフだか判然としないがね」


 瞳を仄かに光らせたプルソンがゼインを覗き込む。

 あれが魔法の兆候なのか、先ほどまで感じていたねちっこい感覚がゼインを襲う。

 彼の言葉の真偽を計るように、ゼインは見据えていた。


「能力もほとんど分からないんだよなぁ。こんなことは初めてだ」


 どこか喜色を帯びた声音を上げるプルソン。

 これ以上覗き見られるのを嫌厭(けんえん)したゼインが、口を開く。


「とっとと終わらせる。お前の企みはここで潰える」

「おや、私に勝てるつもりなのかな。それなりに出来るとはいえ、私は中級悪魔だ。()()()()()()()()手も足も出ない」


 自信ありげに(ささや)くプルソンに、言ってろとゼインは吐き捨てる。

 栓無しと言わんばかりに肩を竦めたプルソンが臨戦態勢をとる。


 無言の二人の目が交錯する。

 動き出したのはプルソンが先だった。

 彼が一歩踏み出した途端、ゼインの姿は消え去り、プルソンの腹に()()()()()


「えっ……は?」


 状況が飲み込めず、疑問を口にするプルソン。

 遅れて血がこみ上げてきたらしく、吐血していた。


「弱い。――弱すぎる」


 左の掌底を抜き取り、倒れ伏すプルソンに吐き捨てた。

 プルソンは最初、様子見のために実力の半分も発揮していなかった。

 様子見とはいえ悪魔の肉体。

 普通はこれほど容易く貫けるものではなかった。

 そのことを鑑みて、プルソンは己の失態にようやく気付いた。


「……君、強かったんだね」


 感じていた魔力や「看破」で見た事実から、精々が許可証(ライセンス)ランクでいうところのランクB帯だと考えていたプルソン。

 しかし、この一撃で彼の実力を再認識した。


 (彼はランクA……いや、()()()S()に匹敵する実力を持っていたのか……)


 意識が途絶える最中、そんなことを考えていた。



 ◆◆◆



「ヴェロニカ」


 男が気を失ったことを確認したゼインは、どこからともなく魔道具を取り出し、一人の名前を呟いた。

 すると、あたかも現場に居合わせていたかのように、木の陰から一人の女性が姿を現した。

 二人の様子からすぐに察した彼女は、偉いですねとゼインの頭を軽く撫でる。


「さっさとこいつを運べ。『看破』とか言っていたぞ」

「はいはい、分かってますよ」


 払い除けられた手をプルソンにかざすと、彼の体が影に飲み込まれていった。


「尋問に立ち会いますか?」

「……年末前までなら」


 消え入るような声のゼインを不思議そうに見ていたヴェロニカだったが、すぐに何かに思い当たり、にんまりとした笑みを浮かべる。


「――そうですか。年末、()()()()()()ですものねぇ」

「……」


 仏頂面で無言を貫くゼイン。

 そんな彼に手を伸ばしながら、二人はその場から消え去っていった。


 後には、雪に咲く一輪の花が残されていた。


一言メモ

孤児院のメンバー(一部)の名前と特徴を書いておきます。

ユーグ   愛称:ユー 浅緑色の髪、黄土色の瞳    当時9歳

ニネット  愛称:ニナ 淡い桃色の髪、淡い青い瞳   当時8歳

コレット  愛称:ココ ブルーグレーの髪、灰色の瞳  当時8歳

ジェレミ  愛称:ジェリー 黄土色の髪、オレンジの瞳 当時8歳

ギル    愛称:なし 灰黒色の髪、黒い瞳      当時8歳

フェリシー 愛称:フェリ 萌黄色の髪、黄緑の瞳    当時7歳

ヘンリー  愛称:ハリー 黄色の髪、黄色の瞳     当時7歳

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