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29話 同類相侮る

聖法歴1020年6月30日



 ミスルト教国、世界異能評議会本部。


 今日は賢人会本部の会議室に、第一三八期の「十傑」が集まっていた。……とはいえ、集合時間にはまだ早く、所用で来れない人もいたので全員揃っていなかったが。


 現在、会議室にいる英傑は六人。

使徒(しと)」セオドア、「重爆(じゅうばく)」ウォーレン、「要塞(ようさい)」メリオラとティルザ、「超人(ちょうじん)」タリオン、「不捉(ふそく)」マヤ。

 卓を囲んで談笑できるよう、いくつかのテーブルとイス、それから軽食の並ぶコーナーが設置されていた。

 数人の給仕と賢人会の職員も数名参加していた。

 英傑たちも、各々に付き添いと称した介添人を一人まで同伴させることができたことも相まって、部屋のそこかしこで雑談する風景が見られた。

 今は「軍勢(ぐんぜい)」レイフと「守護(しゅご)」セドリック、「狂気(きょうき)」クレナが不参加を表明していたので、後二人を待つ形だった。


 定刻の十分前。

 会議室の扉が開かれる。


「あら、私が最後かしら?」


 漆黒のドレスに身を包んだ妙齢の女性、「孤絶(こぜつ)」キエラが一人で会議室に入る。

 どうやら知り合いが少ないらしく、一直線にセオドアの元へと向かった。


「いや、もう一人来る予定だけど、どうだろうね」


 煮え切らない彼の物言いに、キエラは不思議そうに首を傾げた。

 それ以上説明するつもりがないのか、彼女に飲み物を勧める。

 そのうち分かるだろうと、キエラ含め彼の言葉を聞いていた人々は、すぐに別のことに気を移す。


 定刻になり、どうやら誰も来ないのかと残念そうにする人もいる中、今回の趣旨をセオドアの口から話される。


「――今日は皆さま、お集まりいただきありがとうございます。知っている方もいらっしゃるとは思いますが、まずは自己紹介をしましょう。――私はセオドア・ルカン。ここミスルト教国の枢機卿と、世界異能評議会の役員の末席をそれぞれ務めております。『使徒』と紹介したほうが伝わる方もいらっしゃるかもしれませんね」


 穏やかな声音で滔々(とうとう)と語る。

 会議室の面々は、その耳心地の良い声と話し方に、彼の挨拶を静かに聞き惚れていた。


「――さて、この集まりですが、すでにご存じの通り、第一三八期の『十傑』の顔合わせのために開かれました。残念ながら、諸事情で席を外している英傑が数名いらっしゃいますが、皆さまの親睦が深まればと思います。時には戦場で顔を合わせることもあるかと思いますが、この縁を大切にして頂けると幸いです。――以上で、簡単ですが開催の挨拶とさせて頂きます」


 セオドアが一礼で締めくくると、誰からともなく拍手が鳴り響く。


「十傑」の発表は明日七月一日ではあるが、本人たちには二週間前に内示されていた。もちろん、他言無用と言い含めて。

 時を同じくして、各国の政府組織のトップ陣にも内示が出る。そこから、国内の本当に最低限の人数にだけ知らせる形となっていた。

 そのため、実は一つの国で次期「十傑」を知る人間は、賢人会関係者を除けば、片手ないし両手で足りる人数しかまだ知り得ない情報ではあった。


 拍手が鳴りやむと、司会役の職員がここからはご自由にと告げる。

 そこからは、自由歓談の時間となった。



 ◆◆◆



 タイミングを見計らった訳では無いだろうが、三々五々に散っておしゃべりを始めた頃合いで、数人の顔がぴくりと動く。

 その数人が視線を向けた先に、いつの間に現れたのか、男性と少年が立っていた。

 男性のほうは長身で穏やかな表情を浮かべ、反対に少年のほうは背が低く面倒臭そうな顔をしていた。

 数人の反応でようやく気付いた人達は、驚きや警戒といった表情で二人を注視する。

 そんな中、一人の男が彼らに歩み寄った。


「やぁ、来てくれると思ったよ、オーギュスト」

「――すまない、遅れてしまったようだね、セオドア」


 セオドアが親しげに話しかけたのを見て、警戒していた数人は安堵の息をつく。

 それでもなお数人が未だに警戒の目を向けていたが。

 オーギュストと呼ばれた男性の隣にいる少年は、我関せずといった態度で部屋中に視線を巡らせた後、近場の椅子に座って不貞腐れていた。

 そんな態度にむっとしたタリオンが少年に詰め寄る。


「――お前、どこの誰だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」


 頬杖をつく少年はちらりと一瞥すると、すぐさま興味を失ったように視線を外す。

 (なめ)めてかかったような振舞いに、カチンときて怒鳴り声を上げる。


「急に現れてその態度はなんだ!」


 今にも掴みかかりそうな剣幕をするタリオンを、彼の付き添いの男性が羽交い絞めにして止めようとする。

 それすらも全く気にする様子を見せない少年。

 歯牙にもかけない態度がタリオンの神経を逆なでした。

 タリオンの魔力が高まる。

 流石にこのままではまずいと思った付き添いの男性は、堪えるように何度も彼を説得する。

 一触即発の空気が漂う中、オーギュストが慌てて二人の間に入る。


「申し訳ない、うちのゼインが失礼した。彼は()()、……いや()()()無愛想でとっつきにくいが、悪い子じゃないんだ」


 謝りながら、フォローにならない弁解をしたオーギュストに、タリオンは苦言を述べようとして気が付いた。

 少年の名前が、最後の一人の「十傑」と一緒だということに。


「……もしかして、()()()が『悪鬼(あっき)』……?」

「そうだね。彼は『悪鬼』のゼインだ」


 オーギュストの紹介で、この場のほとんどの人が驚きの表情を浮かべた。

 周囲にどよめきが生まれる。


 それもそのはず。

「十傑」の中で一番()()()()()をしているマヤで、身長が一三〇センチ。

 ゼインはその次に低い一四〇センチほどしかなかった。

 マヤに関しては、この場のほとんどの者が()()()()()()長命種であると知っていた。

 しかし、ゼインに関しては情報が全くなく、今日初めて姿を見たという者もいたほどだった。

 見た目からして十歳超えたぐらい。

 賢人会の規定で、十二歳以上でないと許可証を取れないことを鑑みるに、ほぼそのぐらいの年齢か、もしくはマヤ同様長命種か何かでないと説明がつかなかった。

 仮に、実年齢が十二、三歳だとしたら、とんでもない快挙になることは、誰もが理解していた。


「その幼い見た目で……?」

「馬鹿者ッ! 人を見た目で判断するなと、あれほど言っただろ! さっきも()()()失敗したのを忘れたのか!」


 余計な独り言を零したタリオンを付添人の男性が叱る。


 実は、この会が始まる前にも、マヤ相手に似たようなことをしでかしたばっかりだった。

 その時は、付添人のファムに絶対零度の目を向けられていたが――。

 当の本人が取り成してくれたために、事なきを得ていた。


 そんな経緯があったので、付添人の男性が苦言を呈そうとした。


「構わないさ。事実、彼はまだ幼いからね。――ゼインは最近誕生日を迎えたばかりで、今十三歳だよ」


 またしても会場はざわめきに包まれた。

 今度はセオドア以外初耳だったらしく、驚愕で目を見開いていた。

 一度戦ったことのあるマヤたちの衝撃はより大きく、マヤは口を半開きのまま微動だにせず、ファムに至っては壊れたレコードのように「うそ……ありえない……」と連呼していた。


 オーギュストの言葉で、ゼインをじろじろと見るタリオン。

 十五歳の彼は、歳の割りに背が高く一八〇に迫る勢いだった。

 そんな彼からしたら、頭一つ分以上も小さい目の前の彼が、強いようには到底思えなかった。

 タリオン自身、相手の魔力を感知するのが苦手とはいえ、ゼインの魔力をほとんど感じなかったことも要因の一つであった。

 まだ「要塞」の魔道具開発担当であるメリオラのほうが魔力を持っているように感じていた。

 怪訝(けげん)そうな目を向けていたタリオンに、ゼインが一言吐き捨てた。


「――()()()()()()()()()()()お前じゃ分からん」


 人を食ったような物言いに、タリオンの怒りが爆発する。


「なんだと! 魔力を大して持ってないガキの癖に」


 売り言葉に買い言葉。

 男性に体を止められながらもタリオンが言い返す。


「――二人ともそこまで」


 セオドアの静かな制止が響く。

 普段の彼とは違い、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出した様子に、タリオンは思わずたじろぐ。


「二人とも過去に()()()()()とは聞いているけど、だからと言って相手を(けな)していい道理はないよ」

「……すみません」


 セオドアに諭されて、タリオンはばつが悪そうに謝る。


「私には不要だよ」


 彼は目配せで、未だ背中を向けるゼインを指した。

 顔を(しか)めたタリオンが口を開く前、ゼインが抑揚のない声で告げた。


「――過去に何があろうと、それを言い訳にして今を疎かにしていい謂れは無い」

「ゼインッ!」


 オーギュストが彼の言動を(いさ)める。

 そんなオーギュストの制止を無視してさらに言い募る。


「事実だろ。()()()()()()()()()()出来ないならまだしも、たかが多少試しただけで諦めてるようじゃ、救いようがない」

「お前――!」

「――ゼイン、それ以上は流石に看過できないよ」


 セオドアの言葉で、ゼインはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 そのまま皆から離れるように歩き出す彼の背中へ、セオドアが声を掛けた。


「誰もかもが、君のように強い訳じゃないんだよ」


 足を止めるゼイン。

 僅かに首だけ振り返ると、小さな(ささや)きを漏らした。


「……俺は()()()()()()()


 その声が辛うじて届いたのは、彼から近かったセオドア、オーギュスト、タリオンの三人だけ。

 彼はそのまま三人の反応を待たず、その場から消え去ってしまった。


 三度驚愕の声が上がる。

 驚いたのは魔法の兆候が見られなかったからだけではない。

 一番の理由は、彼――ゼインが転移を使えたことだった。

 彼らが突然現れたことから、会場の人間は二人が転移で来たことぐらい、想像がついていた。

 しかし、術者はオーギュストだと考えていた。

 どこからどう見ても、小柄な少年よりは、セオドアと面識があり、知名度もそれなりにあるオーギュストのほうを術者と勘違いするだろう。

 現に、今も何かの錯覚じゃないかと胡乱げな表情を浮かべる人もいた。


「……すまない、セオドア。まさか、ここまでゼインが反感を持つとは思ってもみなかった」

「オーギュストが気にすることではないよ。それをいったら、無理にでもとお願いした私も共犯だからね」

「この埋め合わせ後ほど。――今日は私も失礼するよ」


 そう言い残したオーギュストが、すれ違う面々に謝罪を口にしながら退出していった。


 彼の行動を見ていた、懐疑的な目を向ける人たちも、流石に現実を直視せざるを得なかった。

 仮に、オーギュストが術者であるなら、わざわざ扉を開けて出ていく必要はないだろう。

 マナーとして、都市間の移動や他人の建物内へ無断で転移するのはご法度とはいえ、今日この会議室に限っては不問にするという案内があったのだから。

 ゼインの実力の一端を知る女性三人以外は、皆一様に驚愕と困惑をない交ぜにした表情をしていた。


 ちらりと横にいるタリオンを見たセオドアは、今はそっとしておくことにした。


「――皆さま、少々場の雰囲気を損ねてしまい申し訳ありませんでした。引き続き、ご歓談をお楽しみくださいませ」


 優雅な一礼をしたセオドアは、場の雰囲気を和ませようとその場を後にする。


 残されたのは、未だ胸に(とげ)が刺さったように顔を(ゆが)めるタリオンだけだった。


一言メモ

ゼインが不貞腐れていたのは全員参加と聞いていたからです。

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