2話 執行長官の独白
聖法歴1021年1月某日
――私は己の勘を信じて生きてきた。
大事な局面ではいつもそうだ。
頭の中で警鐘を鳴らすかのように疼くのだ。
医者にも診てもらったが異常は見られず。
第六感か何かと割り切って今まで付き合ってきた。
その勘が告げている。
――もう私は長くない、と。
◆◆◆
いつものように議会の要請を受け、秘書とともに現地に赴いた。
執行長官になってからというもの、”彼”のお守りという名のお目付け役ばかりで、調査依頼は久方ぶりだった。
依頼のあった建物は町はずれにある、とある洋館。
どこぞの犯罪組織が根城にしていた可能性があるとタレコミがあったそうだ。
建物に到着すると中に人の気配はなく、念を入れて魔法で探ったが本当にもぬけの殻のようだ。
おそらくすでに破棄した後なのだろう。
これでは証拠も手掛かりも見つからないだろう。
それでも置き土産の一つや二つ、残っている可能性を考え、慎重に捜索を始める。
捜索を進めてもめぼしいものは見つからず、屋敷をあらかた見終わり、最後に書斎に足を踏み入れた。
調度品類は残されていたものの、それ以外は見つからない。
重厚な机の引き出しを探ると、中には小さなバッジが入っていた。
手にとるまでもなく、そのバッジには既視感があった。
それを見た途端、己の勘が最大限の警鐘を鳴らす。
そして悟った――己が嵌められたことに。
「どうしましたか?」
突然動きを止めた私に秘書が問いかける。
「どうやら嵌められてしまったようだ。――時間がない、これを”彼”に渡してくれ。それと今すぐ影に隠れて、何があっても決して出ないでくれ」
小さなバッジを懐に入れ、代わりに一枚の手紙を彼女に手渡す。
はじめは困惑していたが、すぐにいつもの怜悧な表情に戻ると、頷いて手紙を受け取る。
「――ご武運を。オーギュスト」
彼女は敏い。
おそらく私が伝えたいことも、その後の動きも理解したのだろう。そして――。
――私がことで殺されることも。
素直に殺されるつもりは毛頭ないが、生存は絶望的だ。
ここまでの疼きは”彼”と出会ったときぐらいだ。
後から思い返してもあの時の判断は冴えていた。
私一人で会いに行っていたら確実に機嫌を損ねていた。
部下たちだけでも不可能だっただろう。
あの五人が揃っていたからこそ打ち解けられたのだと、今でも強く感じる。
それほどまでに”彼”は気難しかった。
「……後は頼んだよ、ヴェロニカ」
外の様子を伺い知れる彼女へ、最後の呟きを残す。
そして、心の中で”彼”――連邦の最高戦力であり、私たちの切り札。苛烈で慈悲深い、不器用で不憫な「悪鬼」に祈りをささげる。
彼の行く末に幸あらんことを――。
◆◆◆
勢いよく扉が蹴破られると、数人の武装した人間が入ってきた。
「観念しろ悪魔め! 貴様が犯罪組織『ゴエティア』と繋がっていることはすでに判っているぞ!」
どうやら私は知りすぎてしまったみたいだ。
相手からその名前を聞くとは思わず、つい驚いて目を大きくしてしまった。
「ふん、隠していたつもりだろうが、そんなことは我々にはお見通しだ。こちらには優秀な協力者がいるのだ!」
聞いてもいないのにぺらぺらと自慢げに話す男たちを尻目に、他の潜伏者を探す。
廊下は二、階下に四、外に五、屋根に三、と。
目の前の四人を含めれば合計十八人もの刺客を向けられたようだ。
思った以上に私を邪魔に思う輩は多いようで、複数の組織が取れもしない連携を結んで確実に殺しにかかろうとしていた。
目の前の男たちはただの捨て駒。
何も知らされていない哀れな操り人形といったところか。
実力だけはありそうなので、私の消耗目的か、あるいは私に罪を着せるための生贄といったところか。
相手の思惑に乗るのは業腹だけど、ひとまずは目の前の連中を片付けるとしよう。
「だんまりか? それとも図星をつかれて何も言えないだけか」
「私が否定しても、君たちは納得しないのだろう?」
小馬鹿にしたように肩をすくめて答えると、目の前の連中は顔を真っ赤にして激高した。
「もういい! 貴様の生死は不問と言われている! ここで死ね!!」
一番前にいた男が剣を抜いて襲い掛かる。
大ぶりの攻撃を軽く跳んで躱す。
男の攻撃は囮だったようで、サイドからいくつも魔法が飛んできた。
この屋敷ごと吹き飛ばすつもりなのか、派手で威力の高い魔法ばかりが目に付く。
と、目の前の魔法を隠れ蓑にして、階下からも床を破って魔法が放たれる。
こちらは隠密性が高く、殺傷力も高い魔法だった。
ここはあえて床を崩して下に落ちる。
私の行動に驚いたのか、階下に潜んでいた刺客たちの動きが一瞬止まる。
その隙を見逃さず、二人を無力化した。
上に残してきた連中も、慌てて階段を使って私の後を追う。
この稼いだ時間を使って残りの二人と相対した。
◆◆◆
――何人を片付けただろうか。
あの後、私を追ってきた四人が到着するまでに、階下にいた四人全員は無力化できた。
予想外だったのは、始めの四人が駆け付けた後から、絶えず刺客が増員されたことだ。
外にいた刺客たちが集まっただけでなく、最初探したときにはいなかったはずの者たちまで現れた。
追加の人数を十まで数えたところで余裕がなくなった。
追加も含め少なくとも許可証ランクB以上の実力を持ち、常に十人程度が連携して絶え間なく襲い掛かってきた。
倒せど必ず人が補充され続け、まるで誰かに調整されているようだった。
「――さすがの上級悪魔様でも満身創痍か」
戦闘の余波で崩れ落ち、すでに原型を留めていない洋館の物陰から大柄な男が姿を現した。
今まで戦った刺客と比べるまでもなく、目の前の男が一番の実力者であることは一目で分かった。
「……弱った相手の前にしか姿を現せない、臆病者には言われたくないかな」
「――減らず口を」
男は目を細め、忌々し気にこちらを見据えている。
「最後に、一つ聞かせてもらってもいいかな。今回のことは誰の差し金だい? 議会の総意かい? 誰かしら議員の独断かな? ――それとも悪魔喰いかい?」
私の質問を無表情で聞いていた男が、最後の言葉に僅かばかり眉を動かした。
すぐに取り繕ったが、私は見逃さなかった。
「なるほど。やはり私は知りすぎてしまったようだね」
「その優秀さを悔いて死ね!」
誤魔化すように語気を荒げた男が一瞬で距離を詰めた。
男の手持つ狂刃が目の前に迫ってくる。
さすがに今の状態では躱すこともままならない。
私は最後に不敵に笑い、受け入れるように両手を広げた。
男は私の行動を怪訝そうにしつつも、一切速度を落とさず振りぬいた。
頭が胴体を離れ、力なく崩れ落ちる。
一瞬の静けさのあと、地面が妖しく輝き、真っ黒な泥を生み出す。
「チッ、呪詛の類か!」
男が即座に気づいて跳び退くも、すでに遅い。
現れた泥は、築かれた死体の山をむさぼり、果ては崩れた瓦礫をも飲み込む。
泥の鞭を何とか捌いていた男も、増え続ける泥の魔の手に、ついには絡めとられ喰われていった。
周りのものを粗方飲み込むと、次第に大きな花の蕾となっていく。
私の意識はこの魔法が発動し終えるまでの僅かな時間だけ残っている。
魔法も大詰めを迎える。
蕾が花開くと遥か遠く、彼らのアジトへ向かって呪詛の煮凝りで出来た種子を発射する。
座標は先ほど食べた悪魔の男の記憶を頼りに、狙い澄ます。
着弾すれば、藍紫の花が咲き誇る。
――せめてもの意趣返しだ。せいぜい派手に足掻かせてもらおう。
少しでも”彼”の負担を減らせるように。
ちょっとした疑問
読みにくい漢字のルビ振りってどこまでやればいいんですかね?
今回は何となくでつけてみました。




