3話 武者修行中のとある剣術家
説明回です
聖法歴1021年8月9日
バーチ共和国にあるとある宿屋。
私は風切剣術道場の門下生で、現在は武者修行の旅をしている。
風切剣術は、かの「神閃」が修めていた剣術ということで、一躍有名となった。
彼女は魔法をほとんど使わず、己の技と身体能力のみでランクA-まで昇りつめた傑物だ。
ランクとは賢人会が定める「魔力量・戦闘技能・その他能力」から総合的に評価されたもの。
S~Dに+と-をつけた10段階にランク分けされている。
ランク制度では、Dランクは駆け出し、Cランクは半人前、Bランクは一人前、Aランクは一流。
そしてSランクは英雄の実力と称されている。
戦闘に身を置くものであれば必ずこのライセンスを持つことが義務付けられている。
皆のあこがれでもあるランクA以上は全体の2割にも満たない。
そのため、彼ら彼女らには人々からの称賛と敬意を籠めた二つ名が付けられ、民衆からの期待を鑑みて賢人会から正式に発表される。
澄玲さんもその技の冴え、卓越した実力から「神閃」の二つ名が与えられていた。
賢人会は二つ名持ちの英傑の中から、10年に一度、優れた実力を持つ英傑を十名選出し、「十傑」と呼ばれる栄誉を与えていた。
英傑たちにとって「十傑」に選ばれるのは夢であり、かくいう私も昔は憧れていた口だった。
次の選考で、同門の彼女が選ばれるのではないかと期待を寄せていた。
残念なことに、彼女は選考前に亡くなってしまった。
知らせを聞いたときは、あまりの衝撃にしばらく食事が喉を通らなかったほどだ。
◆◆◆
私が道場の門を叩いて早10年、道場の修練で戦闘ランクB-程度の実力を付けることができた。
しかし、そこからの上達がなかなか見込めずにいた。
能力に突出したものはなく、技の冴えもなければ優れた魔法もない。
月並みに言わせてもらえば、私は平凡だったのだ。
実戦に身を置くことで何か得られるかと思い、逃げ出すように修行の旅に出て2年が経とうとしていた。
ヒバノ島国を出てからいくつもの国を渡り歩いた。
実力はようやくランクB+まで届いたが、Bランクからなかなか抜け出せずにいる。
約束の修行期間4年はまだまだ先ではあるが、歯がゆい思いに四苦八苦する毎日を過ごしていた。
一日の仕事を終え、夕食のために宿屋に併設された酒場に入る。
既に大賑わいのようで席に空きが見当たらなかった。
「いらっしゃいませ!相席でも構いませんか?」
「ええ、お願いします」
店員の案内に続いていると、あちらこちらから会話が聞こえてくる。
「――最近は戦争の影響があちらこちらに出ているな」
「――つい先日も十傑同士がやりあったって話だ」
「――あーあ、早く戦争なんて終わらないかな」
最近はどの街に行っても戦争の話題が多い。
酒場の話題に耳を傾けていると、店員が先に座っていたお客と二言、三言交わすと振り返る。
「すみません。こちらの方と相席お願いします」
店員は空いている席を私に勧めると、そのまま立ち去った。
向かいには体格のいい男が2人座っていた。
恰好を見るに、おそらく同業者のようでベテランの風格を漂わせていた。
互いに簡単な自己紹介をすると、相手の2人は傭兵らしく、そのまま雑談に興じた。
「――これからどこの国に向かうか悩んでいまして」
会話が弾んで酔いが回ると、相席した傭兵たちについ相談してしまった。
「やっぱりミスルト教国が一番だな。なんたって十傑の一人、『使徒』がいるんだからな」
「教会の枢機卿で賢人会のお偉いさんでもあるんだろ。それなのに自ら戦いに出て、魔獣も悪人もまとめて浄化してしまうんだから、やっぱりあの人が最強だろう」
向こうも酔いが回って気分がいいのか、大声で答えてくれた。
相方の男は「使徒」を褒めたたえるようにビールを掲げ、飲み干している。
金払いもいいと聞こえたが、聞かなかったことにする。
上機嫌で話していると、私たちの会話に反応した人たちが混ざる。
「いやいや、兄さんたち。帝国の『超人』のほうが強いって。大抵の魔法攻撃が効かないってんだから、『使徒』の神聖魔法だろうと屁でもないだろ。近づいて一発殴ればこっちのもんだ」
「いーや、一対一なら攻防一体の『守護』が最強だって。ランクこそ劣っても技術・経験・応用力、どれをとっても抜きんでた実力を持ってんだから」
「そりゃないだろ。ランク違いは普通勝てねえって」
何処へ行っても最強は誰かという話題は人気があるようで、その話題で持ちきりになった。
賢人会が公表しているランクは「使徒」がS+、「超人」がS-、「守護」がA+である。
確かに「使徒」が最強と呼ばれる所以ではあるが、私が実際に目にしたことのある「使徒」と「守護」の戦いを思い出すに、ランクは違えど遜色なく感じた。
自分の応援している英傑が最強だと思いたいだけかもしれないが、あながち間違ってはいないようにも思える。
十傑の話題で盛り上がる様子を眺めつつお酒を飲んでいると、ふともう一人の名前が挙がった。
「……最強でいえば『悪鬼』はどうなんだ?」
その名前が出ると、今まで賑やかだった酒場が急に静けさに包まれる。
私も不意にグラスを持つ手に力が入る。
「――『悪鬼』は、な。イマイチ実力が読めねぇが、やべぇってことだけは分かる」
「あれは狂人の類だよな」
「最強というより最恐って感じがするぜ」
不意に響いた声に心がざらりと乱れる。
「悪鬼」。
この名前を聞くと、否が応にも胸が痛む。
彼女――「神閃」を殺した男の名前だから。
私はその場に居合わせていないが、2年前の諍いで彼が殺したと伝え聞いた。
十傑に選ばれた後も、短い間に同じ十傑を二人も殺したとあって、世間の彼への評価は十傑にあるまじきほど低い。
戦争中とはいえ、ここまで残忍な英傑は過去遡ってもあまり聞かない。
ましてや十傑に選ばれた英傑となると、いないのではないかと思う。
最近ではなぜそんな英傑を十傑にしたのかと、賢人会への非難が増しているそうだ。
気まずい雰囲気が漂っていたが、そこは酒飲みたち。
すぐに気を取り直して飲みだした。
私は手元のお酒に目を落としたまま黙り込んでいた。
「……俺は『悪鬼』を見たことがあるんだが、あれはやばかったな」
向かいに座っていた傭兵が独り言のように呟いた言葉に、思わず顔を上げて尋ねた。
「どんな感じだったんですか?」
「見た目はどこにでもいるふつうのガキなんだが、まとっている雰囲気が尋常じゃなかった。何というか、裏の人間特有のとげとげしさがあってな」
そう言いながら苦々しい顔でお酒を呷る。
「何処へ行くにしてもソール連邦はやめておけ。あそこは『悪鬼』が幅を利かせすぎて軍がまともに機能してないらしい」
隣にいた仲間の傭兵が忠告をくれた。
「――ありがとうございます。個人的に思うことがあり、あの国へは近づかないつもりでした」
「前は金払いも良かったんだが、最近はめっきり雇ってくれないからな。評判も悪いし近づかないに越したことは無い」
十傑の話題はそれきりで、そのあとは他愛のない話題で盛り上がり、夜更けまで飲み明かした。
◆◆◆
日が昇ると、荷造りをして宿を出た。
一先ずは隣のクエルクス貿易都市に向かって魔道車に乗り込んだ。
その数日後、「悪鬼」が五つの国を滅ぼしたとの報道があった。