28話 力になりたい
聖法歴1020年4月20日
今日は珍しく、運動場でゼイン兄ちゃんを見かけた。
いや、運動場にいること自体はそんなでもないけど、そこで魔法の練習をしているのが珍しかった。
いつもなら、俺たちじゃ行けないほど遠くの場所でコソコソとしているのに。
こっちが見つけるよりも先に気付いていると思うけど、足音を立てずにそっと近づく。
あと少しで手が届きそうなところまで近づくと、案の定、顔を動かさずに兄ちゃんが声を掛けてきた。
「どうかしたか、ユーグ?」
「ううん、なんでもない」
声を掛けられたのなら、もう隠れる必要はない。
兄ちゃんの前に移動すると、足を組んで座ったまま顔を上げた。
「それよりも、兄ちゃんがここで魔法の練習なんて、珍しいね。何かあったの?」
「ほう、魔力を感じ取れるようになったのか」
「まぁね!」
兄ちゃんの言葉に胸を張って答えた。
魔力自体は結構前――学舎に入る前から感じ取れていたけど、兄ちゃんの魔力は最近ようやく分かるようになった。
確か、魔力の隠ぺいとかいう奴だったはず。
兄ちゃんはそれが上手くて、全然感知できなかった。
今でも何となくそれっぽい感覚があるだけで、どんな属性の魔法を使っているかとか、何をしているのかとかは全く分からないままだ。
だから兄ちゃんに直接聞いていた。
「頑張っているようで何よりだ。――で、何してるのかっていうと、新しい魔法を考えてた」
「すげぇ!! それって難しいことなんでしょ。どんな魔法なの?」
俺の言葉で兄ちゃんが苦笑する。
「まだ考え中。特にどんな魔法にしたいかとか決めてないからな。だから、とりあえずは足りないものを考えていた」
「足りないもの?」
兄ちゃんに足りないものって何だろう……。
あんまり兄ちゃんの魔法を見たことないから分からないけど、確か空間魔法と炎、氷、雷を使えたはず。
俺じゃ目で追えないぐらい早いし、前に見せてもらった炎魔法も俺とは比べ物にならないほど強かった。
空間魔法で転移したりや障壁を張ったりできるから、十分だと思うんだけど……。
「兄ちゃん的には何が足りないと思ってるの?」
「ん? そうだなぁ。速度もまだまだだし、威力もそうだな。未知の攻撃に対しての対抗策なんて、魔法をぶつけて相殺するか、障壁で防ぐぐらいしかないから、もっと手段が欲しい。魔力消費をもっと抑えたいから魔力操作も鍛えないと」
「えぇ~、今でも十分強いじゃん――」
どんだけ鍛えるつもりなんだろう。
少し前、ランクAになったって聞いたのに、まだまだ足りないんだ。
兄ちゃんで足りなかったら、俺なんて全然だ。
俺の顔を見た兄ちゃんは、また苦笑いをした。
「まぁ、俺より強い奴が敵として現れた時、後悔しないためにな。『自分のほうが弱いから見逃してくれ』で素直に見逃されることなんて、そうそう無いからな」
「う~ん、確かにそうかも」
兄ちゃんの意見は一理あるかも。
弱いとさく取されるってよく言うし、実際に戦争とかでも強さで勝敗を決めている。
兄ちゃんはランクAになったことで、前以上に責任のある立場になったのかもしれない。
でも、昔みたいに一人で抱え込んで欲しくない。
あんな姿、二度と見たくは無かった。
きっと、当時の兄ちゃんもこんな気持ちだったんだろうな……。そう思えるぐらいには成長できたと思っている。
「じゃあ、俺も一緒に考えるよ!」
俺の言葉で、兄ちゃんは少しだけ驚いたように目を見開いた。
すぐさまふっと笑って兄ちゃんはこう言った。
「あぁ、よろしくな」
その返事を俺はどこか嬉しく思った。
◆◆◆
「兄ちゃんって魔法はいつもどう使ってるの?」
二人で向かい合って座りながら兄ちゃんに尋ねる。
少し考える素振りをした兄ちゃんはいくつかの魔法を見せてくれた。
「どうって、だいたいはこうかな。針にしたり、圧縮してぶつけたり、ただ放出したり。後は精々近づいて殴ったり蹴ったりしてる」
普段よりもずっと抑えているんだろうけど、それでも手のひらサイズなのに、すごい魔力を感じる。
兄ちゃんが生み出したのは、炎で出来た針にビー玉サイズの白熱した炎の球、後は火炎放射のように噴き出す炎の柱だった。
前に見せてもらった炎の針は二メートル近い大きさだったので、針というより槍に近かった。
「なんかこう、もっとうねうね~って動かさないの?」
「出来なくはないが、必要か? 圧縮したのをまとめて放るか、針で個別に串刺しにすればいい気がするんだけど」
「いやいや、うねうねって動いたほうがかっこいいじゃん! それに、生き物みたいで威嚇にもなると思うし」
どうやら兄ちゃんはあまり納得していない様子だったけど、覚えておくとだけ言って他にあるかと聞いてきた。
「う~ん、他かぁ。……そういえば兄ちゃんって放出系ばっかりだよね」
何となく思ったことを口にする。
「そうでもないぞ。ちゃんと近接戦はやるし」
「そうじゃなくてさ。炎とか氷とか、剣にまとわせたりしないじゃん」
「俺、素手だぞ? それに纏わせたところで、属性の優位性よりも個人の技量のほうが重要だし」
「えっ、そうなの!? 教科書じゃ、火は風に強くて風は土に強いって書いてあったよ」
兄ちゃんの口から思わぬ情報が飛び出してきた。
流石に最近習ったばかりだから、まだ忘れていない。
基本の四属性で四竦みの関係になっている。
火→風→土→水→火と右の属性に対して優位だと学舎では習った。
でも、兄ちゃんからしたらあまり関係ないらしい。
「同じ魔力量、同じ魔力操作であればそうだな。ただ正直言って、注いだ魔力量や術者の魔力操作力で簡単に逆転する程度の関係だ。結局はどれだけ魔法が上手いか次第になってくる」
「そうだったんだ……。ねぇ、それって強い人達からしたら一般的なの?」
ここまで断言するんだから、きっと本当なんだろう。
ちょっと気になったことを兄ちゃんに聞いてみた。
「知ってる人は知ってるってとこだな。少なくとも、俺以外にも何人か同じ考えの奴はいたから間違ってはいないぞ」
他人の魔法でも実験した、と追加で言われれば信じるしかない。
少しでも強くなれるきっかけを貰えて嬉しかった。
「ニネット達にも教えていい?」
「構わないが、ちび共には大きくなるまではダメだぞ」
「分かってるよ」
魔法を覚えたてじゃ、意味分からないだろうし、仮に理解できても変に慢心して練習を疎かになっても良くないから。
目安は十歳、ぐらいかな?
ニネット達が今年でその歳になるから、兄ちゃんが許可を出したのかもしれないし。
兄ちゃんを見ていて、ふと一つの案が浮かんだ。
「――ねぇ、兄ちゃん。属性を体中にまとったらどうなるの?」
「どうって武器とかと同じなんじゃないのか?」
「うん、そうだよね。でも、前に剣に風をまとわせたら、速度が上がったよ」
「……」
俺の一言で兄ちゃんは考え込む。
腕を組んであごに手をあてながら、顔を下げていた。
「ちょっとやってみる」
そう言って少し離れた場所に立つと、床を見つめていた。
俺は静かに兄ちゃんの様子を見ていると、突然、兄ちゃんの体の周りにゆらゆらと陽炎が生じた。
「ゼイン兄ちゃん!!」
慌てて叫んで駆け寄ろうとした。
「大丈夫だ」
振り返った兄ちゃんは平然としていて、さっきまであった陽炎はどこかへ消えていた。
「熱くなかったの? 陽炎が生まれてたけど……」
「あぁ、問題ない。身体強化みたいに内側へ魔力を這わせたが、上手くいかなかったな」
「え!? 焼け焦げたりしてないの!?」
予想外の使い方をしていた兄ちゃんの手を取る。
ほのかに温かい兄ちゃんの手は、さっきまで陽炎が生じていたレベルの温度では無いような気がした。
「だから、大丈夫だって言っているだろ。属性の魔力を流しただけだから、焼けたり火が付いたりはしない」
「それ、どうやるの?」
「――危険すぎるから、ユーグは絶対真似するな。今試せば、一瞬で焼け焦げて死ぬだろう。風属性でも細切れになるだろうからな」
真剣な眼差しを浮かべるゼイン兄ちゃんに、思わずのどを鳴らす。
そこまで危険なことを、おいそれとやる兄ちゃんもどうかと思うが。
そんな俺の心を読んだかのように、兄ちゃんが告げた。
「俺の場合はいくつか保険を掛けながらやったからな。……最低限、空間魔法が使えないと出来ない保険だから、ユーグには真似できないと思う」
「そっか。残念だけど、まだ他の方法でも強くなれるから、そっちを頑張るよ」
「あぁ、そうしろ。少しは手伝うから」
結局その後は、いつものように俺の練習に付き合ってもらった。
ちょっとは兄ちゃんの役に立てたらいいなと思いつつ、これ以上、危険なことはして欲しくないとも思ってしまう。
そんなジレンマを抱えながら、今日も一日過ごすのだった。
学舎は十歳から入学可能です。
ユーグ君は十歳から入っています。




