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24話 若き英傑の実力

聖法歴1020年4月1日



 フラクシヌス帝国の帝都グリフィシー。

 私は今日、とある目的でここを訪れていた。

 騎士団の部下十人程を引き連れて、帝都に(つな)がる転移門まで向かっていた。

 起動準備が整うと、淡く光り輝き重く(うな)るような起動音が聞こえてきた。

 灰色の入り口をくぐった先には帝国側の担当者が待機していた。


「ダンスター様、それと第二騎士団の皆さま、お待ちしておりました。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、話題の若き英傑と相対する機会を得て嬉しく思う」


 簡単な挨拶の後、彼の案内に従って闘技場に到着した。


 今回の表向きの目的は帝国の期待の新人、今年ランクS-となった英傑「超人」タリオンルーガーとの親善試合のためだ。

 ……裏向き、というほどの事ではないが、友人の一人であるセオドアに、彼の実力を見てきて欲しいと頼まれたというのもある。


 国同士が不干渉といえど、魔獣討伐では肩を並べることもある。

 こうして時折、互いの軍同士が交流を持ち、親交を深めていた。


 我がバーチ共和国では、他国の軍に相当する組織は“騎士団”と呼称されていた。

 騎士団の役割は主に三つ。


 一つ目は国家の防衛を担う第一騎士団。

 今のところ国家間の関係が良好とはいえ、いつ何時でも平和であるとは限らない。そのため、即時動かせる戦力として、首都ベチュラに駐在し国防を担当してるのが第一騎士団だった。

 首都には国境付近まで直通の転移門がある。有事にはそれを使って出撃するという寸法だった。


 二つ目は魔獣の掃討。

 これは偶数番号の騎士団が各地で担当していた。

 私はその第二騎士団の団長を務めている。

 第二騎士団は主に遊撃担当で、首都近郊や手の足りない場所へと向かうことを主としていた。近場の騎士団が担当することもあるが、こうしてよく他国の軍とも親交を深める機会もあった。


 三つ目は治安維持活動。

 これは第一を除く奇数番号の騎士団が首都を除く各地で担当していた。

 首都については第一、第二騎士団が合同で行っている。有事の際には騎士団総出で出撃できるよう、日頃から民間の警備会社とも連携を取り合い、治安維持に努めていた。


 今回私が呼ばれたのは軍同士の交流という側面もあるが、ランクS-の英傑の実力を世に知らしめる意味合いもある。

 私はこれでも第一三七期の「十傑」の一人でもある。

 次回の選定会議目前であるこのタイミングを考えれば、次の「十傑」狙いなのは想像に難くない。

 今回の「十傑」の中で、近接主体の比較的話を持っていきやすい英傑となれば、私以外当て()まらなかったのだろう。


 現在の「十傑」は私含めて七人。

 近接主体は三人で、他は遠距離もしくは召喚系になる。

 友人の一人である「軍勢」レイフも相手としては良さそうではあるが、彼は召喚系。見栄えはいいが、交流を考えるとあまり向こうにメリットがない。

「無影」はそもそもイーレクス王国との関係がよろしくない。

「剛腕」に至っては同じ帝国内ではあるが、「超人」の師匠筋らしい。すでに対戦済みであろうし、同じ帝国出身となると評価が難しくなるところである。


 その点、私であれば、軍同士の繋がりで定期的に交流があり、実力・名声ともに申し分ない。下手な横やりや言いがかりも少ないだろう。

 今回交流する向こうの防衛軍第一師団も、これまでに何度か面識があった。あとは、タイミングと交流する部隊を少し弄るだけで済むとなれば、私に白羽の矢が立ったことに何ら不思議はなかった。


 少し前の友人(セオドア)の会話でも、向こうも似たような見解だったようで静かに同意をしていた。

 彼はそのまま私にこう言った。


「せっかくだから、期待の新人英傑を見てくるといい。得られるものがあるはずだよ」


 確信めいた言い草に、少しだけ興味をそそられたのは少年を見たからだろうか。

 そんなことを考えつつ、闘技場の控室へと入っていった。



 ◆◆◆



 今回の形式は一対一の一本勝負。

 魔道具の使用は三つまで。私には必要ないが、彼にとっては必須と言えた。


 なんでも、過去の事件をきっかけに魔力の質が変わり、膨大な魔力量を手に入れたとのことだった。その量は友人たちを軽く凌駕し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とされるほどだった。

 その圧倒的なまでの魔力密度によって、他人の魔法を無力化し、彼には生半可な攻撃は通じないのだとか。

 それほどまでの力の代償は大きく、魔力操作はからきしと聞く。魔力操作なしには魔法は扱えないため、彼は身体強化がやっとの状況らしい。そんな彼を宝の持ち腐れと揶揄する輩もいるのだとか。


 中央に歩み寄り、件の若き英傑と相まみえる。

 年齢は今年で十五、身長も年齢にしては高めの一七五前後はありそうだった。一九〇ある私の口元付近まで背があるから間違いないだろう。

 容姿はブロンズの瞳に金髪を短く刈り上げた、いかにも好青年といった印象を感じる。

 引き締まった体にすらりと長い手足で、異性からも人気がありそうだなと、年甲斐もなく年寄り臭いことを考えてしまう。


「――俺はタリオン・ルーガーといいます。今日はよろしくお願いします!」


 元気よく片手を差し出すルーガー少年は、印象と違わぬ爽やかさがあった。


「私はセドリック・ダンスターだ。こちらこそ、よろしく」


 少年の手を取ると、力強く握り返される。

 どこかの少年とは大違いだ。

 そのことに、思わず苦笑を浮かべた。


「あのダンスターさんにお相手してもらえるなんて、すごく嬉しいです! 俺、あなたみたいな皆を守れる存在になりたいんです」


 まっすぐな瞳で顔を輝かせるルーガー少年は、政治や思惑とは関係なく、今回の親善試合を純粋に心待ちにしていた様子だ。

 そのことを好ましく思いつつ、私も本心からの言葉を返した。


「ハハハ、私もルーガー少年のような若き英傑と手合わせ出来る機会は、大変嬉しく思う。今日は君を失望させないよう、精一杯努めるとしよう」

「俺のことはタリオンと呼んでください」

「分かった、タリオン少年。私のこともセドリックで構わない。ダンスターだと何人か振り向きかねないからな」


 おどけるように片目を(つむ)る。

 実際に、騎士団の中にもダンスター姓はそれなりにいる。

 近しい親戚という訳では無いが、共和国の昔の地名由来の姓であるから、ありきたりである。

 名前で呼ぶこと一つとっても、嬉しそうにするタリオン少年を微笑ましい目で見つめる。


 挨拶はこのぐらいでそろそろ試合を始めたいと、審判役が申し訳なさそうに割り込んできた。

 私たちはそのことに素直に了承して距離を取った。



 ◆◆◆



 タリオン少年はブレスレット型の魔道具を両手に嵌める。

 他二つの魔道具は腰に下げているが、どれも単純な魔力放出系のもののようだ。

 彼の魔力量を考えれば妥当だろう。

 下手な魔道具だと、彼の枷となってしまう。

 彼の魔力密度のまま魔道具を使えば、複雑な機構のものだとすぐ壊れてしまうだろう。

 それこそ、()()()()()()()()()であれば話は別かもしれない。

 ……いや、夢物語でしかないか。


 メリオラ嬢の所属するクエルクス貿易都市とフラクシヌス帝国は犬猿の仲だ。

 どう転んでも実現しない可能性を考えても詮無いこと。

 帝国の魔道具技術が劣っている訳では無いが、彼女が異端すぎるだけだ。

 いつの日か、肩を並べられると淡い期待を抱きながら、私も準備に取り掛った。


 何度か手を握って確認をすると、魔法を発動する。

 魔力が私の体を包み込み、目の前に体を覆い隠すほどの大盾と全長一メートルほどのバスタードソードが現れた。

 それらを(つか)むと、私を取り巻く魔力が甲冑鎧(かっちゅうよろい)へと変貌する。


 私の扱える魔法は主に二つ。

 一つは身体強化魔法。

 もう一つは具象化魔法。

 この魔法は私の魔力を糧に武具や防具を生み出す魔法だが、専ら今の三セットを愛用していた。

 他にも作れる武装はあるが、これが一番手に馴染む。


 軽く剣を振って確かめると、顔をあげた。

 向こうも準備が整った様子。

 こちらから声を掛ける。


「私は準備が整った。いつでも構わない」

「俺のほうもいつでも大丈夫です」


 二人の声を聞いた審判役が腕を天高く掲げる。


「――それではこれより、バーチ共和国の第二騎士団団長セドリック様、対、フラクシヌス帝国の第一師団所属タリオンとの親善試合を開始いたします」


 高らかな宣言で観客の軍関係者たちが固唾を飲む。


「双方、構えて。――始めッ!」


 腕を勢いよく振り下ろすと、試合開始が宣言された。



 ◆◆◆



 私の戦い方は主に二通りに分けられる。

 一つは身体強化と具象化魔法を活かした突撃。

 大盾で障害を蹴散らし、肉薄した相手に剣を突き刺す……単純だが、大質量の砲撃を防ぐ術を持たない相手には滅法強い。

 私の具象化魔法で生み出した武装は攻防一体だ。

 並みの相手では私の防具を破ることは出来ず、武器を防ぐことすらできない。

 私の友人たちも初撃は避けようとする。

 彼らはどちらかというと攻撃寄りの魔法を使うから無理もない。


 もう一つはカウンター狙いの待ちの姿勢。

 相手の実力が分からないときや向こうの速度が私を凌駕するときはこの手を頼る。

 この試合では顔を隠さないよう頭装備は無しにしていたが、普段は顔すら覆い隠している。

 内部からは頭装備がないように周囲を見渡すことが出来るから、視野は今と変わりない。

 今回はタリオン少年の実力を測るため、後者の戦術を取っていた。


 開始の合図と共に地を蹴るタリオン少年。

 その膂力(りょりょく)は凄まじく、足元がまるで爆破したかの如く窪んでいた。

 目を見張る速度で接近すると、大きく振りかぶった右の拳を繰り出してくる。

 慌てず大盾で真正面から受け止める。

 ゴーン、と鈍い鐘を殴ったような音が響き渡った。

 彼の一撃は想像以上に重く、受け止めた左腕に痺れが残る。

 タリオン少年は驚きに目を見開き、その場で立ち止まった。


「――呆けていていいのかね?」


 言葉の後に剣を上段から振り下ろした。


「――ッ」


 寸でのところで(かわ)した少年は後ろに飛び退る。

 剣を地面すれすれで止め、再度待ちの構えをとった。


 その後、タリオン少年は果敢に攻め込んできた。

 速度も膂力も申し分なし。

 拳の他にも蹴りや肘、膝蹴りも多用して手数も十分。

 技術もそれなり、この歳で考えれば十分以上だろう。

 綺麗な帝国式格闘術の中に、時折見え隠れする野性的な攻撃は「剛腕」の影響だろう。

 動きが読みやすいと思った矢先に出てくる()()()()は、彼の賜物だと容易に想像できた。


 最初の一撃以降、私は彼の攻撃を正面から受けず、いなし、逸らし、時には利用してカウンターを叩きこんだ。

 彼の攻撃で私の防具を破れなかったが、それは様子見の一撃だったからだ。

 その後の本気交じりの拳であれば、ヒビが入っていたかもしれない。そのぐらいには脅威を感じた。

 また、彼を打ったバスタードソードには刃こぼれが目立つ。

 一度二度なら何とかなるが、彼の強靭(きょうじん)な体を貫けるほどの硬さは無く、数度の打ち合いで刃こぼれしてしまった。その都度魔力を注ぎ込み、修復していた。


 傍から見ても私とタリオン少年の実力は拮抗していた。

 どちらも決め手に欠け、有効打を食らわない、そんな膠着(こうちゃく)状態。


「――そこまでッ!」


 タイミングを見計らった審判役の声に、私たちは構えを解いた。合わせて、私は魔法も解除する。


「さすがですね、セドリックさん!」


 曇りない純真な態度で真っ先に私を褒めるタリオン少年。

 その心根こそ流石だと思いながらも、私も少年の健闘を称える。


「タリオン少年こそ。まさかこれほどの実力があるとは思いもしなかった。君の一撃でまだ左腕が痺れているよ」


 まだ微かに震える左腕を見せながら、彼と握手を交わす。

 周囲からは惜しみない拍手が送られた。



 ◆◆◆



 この後も親善試合は続く。

 部下たちが帝国の軍人と戦うのだ。

 私は観客席に移りつつ、物思いに()る。


 ……タリオン少年は確かに十分な実力を兼ね揃えていた。ランクS-でも何らおかしくはない。

 ただ、()()()()()()()()()()は感じられなかった。

 ランクS+の友人たちほどの不条理さや、ランクS-の「無影」や「行燈」のような光る何かも。

 一皮()ければ化けそうだとは思うので、将来性を買われてのランクS-なのだろう。

 他の人からしてみれば、()()()()()()()()()というのも理不尽ではあるか……。

 そう考えつつ、ふと同じタイミングで昇格したもう一人の少年を思い浮かべた。


 出会った時はランクC+。

 タリオン少年と同じタイミングで発表された所為で、彼の影に隠れて見落とされがちだが、一度の昇格でランクA-まで行くだけでも話題になってもおかしくはない。

 少しだけしか顔を合せなかった彼。

 友人の言葉もあったが、その短い間だけで異常性を垣間見た。


 彼と比べると、タリオン少年はどうしても()()に思えてしまう。

 強いには強い。だが――。

 そこまで考えて、友人の言葉が脳裏をよぎる。


 (……まさか、な)


 部下の手前、表情を変えず内心で独り言ちる。


 闘技場ではちょうど次の試合が始まるようだった。

 私はそれを静かに眺めていた。


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