22話 三英優の集い
※レイフ(「軍勢」の二つ名を持つエルム連合王国の英傑)視点です。
聖法歴1020年8月2日
ミスルト教国。
今日はお忍びでここに来ていた。
暑い日差しを避けるようフードを目深にかぶり、大通りから一本外れた通りを進む。
ひと通りはそれなり。
私の他にも日除けのフードを被った人を時々見かけた。……私の場合は顔を見られたくないという理由もあったのだが。
目的のお店に着くと静かに招待状を見せる。
予め話を通しておけば、こういった対応を取ってくれるので助かっている。
店員の案内に従って奥の部屋へと進む。
示された扉をノックしてから入ると、既に二人は到着していた。
「すまない、遅れた」
「いや、時間通りだ」
「そうだね。私たちが早く着きすぎただけだよ」
私の言葉に友人たちが口を揃えて気にするなと告げた。
それに甘えることにして、空いている席に座る。
先に注文を済ませていたらしく、私の到着と同時に飲み物が届いた。
それぞれの手に渡ると、発起人のセオドアが音頭を取った。
「今日は忙しい中、集まってくれてありがとう。また二人と『十傑』に選ばれたことを嬉しく思うよ。皆の健康と活躍を祈って、――乾杯」
「「乾杯」」
グラスの小気味いい音が鳴り響く。
中身を一息で飲み干すと、次々と料理が運ばれてきた。
◆◆◆
料理に舌鼓を打ちながら、会話に花を咲かせる。
「それにしても、今回は若手の選出が随分と多かったように思えるな」
セドリックの言葉に私も同意した。
「確かに。ここ数年で台頭したランクSが三人も選ばれるとは思わなかった」
イーレクスの「狂気」クレナ嬢が十八歳、クエルクスの「要塞」リンド姉妹が二九と二七歳、フラクシヌスの「超人」タリオン君に至っては最年少の十五歳だ。
前回のセオドアの十六歳よりも若く、将来を期待されていた。
ようやく選ばれたマヤ嬢は例外として、ウォーレンも確か三四歳、目の前の友人二人――セオドアが二六歳、セドリックが三一歳と全員四十を超えていないほど若かった。
かくいう私も、まだ三九歳。
「十傑」の他二人は年齢不詳で面識がなくて分からないが、それでもここ数年聞こえてきた英傑なので、年齢はそれほど高くないのだろう。
前回は「複写」に「行燈」、「無影」、「剛腕」もいたから年齢層は高かった。
最高齢だった「複写」も数年前に八十近くで寿命を全うされたので、前回と比べると酷く新顔が目立つ。
そのことで不安に思う声が出ていることが、今回の集会の目的だろうと私は読んでいた。
「そうだね。前回に比べたら若い英傑が多くて不安に思う気持ちもあるかしれないね。それでも全員、実力は確かだと私は思っているよ」
「私たちを呼び出したのはそのことではないと?」
きっぱりと言い切るセオドアに私は疑問を呈する。
「ははは、まさか。ただの懇親会だよ。こうして三人が集まるのは久しぶりだったからね」
静かに魚を切り分けながら朗らかに笑うセオドア。
セドリックも私と同じ考えだったようで、少し肩透かしを食らったような顔をしていた。
「お前がそう言うなら信じよう」
そのまま和やかに談笑しながら料理を平らげていった。
◆◆◆
食後のデザートの後、セドリックがおもむろに口を開いた。
「そういえば、『十傑』の最年少記録が更新されたのか。残念だったなセオドア」
「ははは、優秀な若い子が増えるのは大歓迎だよ」
言葉通り、セオドアが嬉しそうに笑った。
「最年少記録は帝国のタリオン君か。彼の過去を思うと忍びないが、あれだけの魔力を持っていると将来期待できそうだな」
「――いや、最年少はゼイン少年だ。今年で十三とかのはず」
セドリックがすかさず訂正を入れた。
彼はすでに会ったことがあるようで、複雑な表情を浮かべながら視線を落としていた。
ゼイン――「悪鬼」と呼ばれる英傑が、数年前に現れたことを考えれば年齢を公開されていないことに納得がいく。
賢人会の規定では原則十二歳から。彼の場合は恐らく特殊事情による前倒し取得。
あまり大っぴらに言えない事情があるのだろう。
詳細を知りたい気持ちもあるが、ここは聞かないほうがいいだろう。
何せ、今月末にはソール連邦との代理戦争を控えている。
下手に事情を知ってしまうと手を出しずらくなりそうだった。
そのことを慮ってか、セドリックの表情が晴れない。
そんな中、セオドアの澄んだ声が部屋に響き渡る。
「――実は最年少は彼ではないんだ」
思わず彼を振り向く。
セドリックも顔をあげて不思議そうにしていた。
私たちの視線を受け止めたセオドアは、口に指をあてて内緒話をするかのように話し出した。
「オフレコなんだけど、キエラ嬢が最年少。その歳は、なんと五歳。――ちょっとした事件で生まれた魔法生物なんだ」
彼の語る真実に否が応にも眉が寄る。
セドリックも無意識に力が籠ったのか、紅茶のティーカップを握り砕いていた。
割れたカップを片付ける様子を尻目に考え込む。
今も昔も人に類する生命体を生み出すことは禁忌とされている。
そんな研究を行った人も組織も、一部の例外なく処されていた。
ここ数百年、そんな無謀をする輩が現れなかったと聞いていたが、数年前に現れていたようだった。
生み出された生物に関しては、扱いの難しい所だ。
今回はほぼ人と同じ姿、知能、そして何より本人が共存を望んでいたこともあり、セオドアが後見人として保護したとのことだ。
「研究者やその組織はどうなったんだ?」
事情を知る彼に問いかける。
「研究者は彼女によって文字通り、消されたみたいだね。組織については証拠が全くなくてお手上げ状態。オーギュストの方でも調べて貰っている最中かな」
優雅にお茶を飲みながら答えるセオドア。
オーギュストまで絡む事態になっているのか……。
彼は魔界の特務捜査官も兼任している。
その役柄は、違法入界の悪魔や犯罪に手を染めた悪魔の調査・捕獲を主としている。
一般には知られていないが、中級悪魔として魔界から遣わされたエージェントだ。
本来は上級悪魔らしいが、上級悪魔だと良くも悪くも目立つとのことで、力を制限しているらしい。
それでも上級悪魔に匹敵する実力を兼ね揃えているから、頼もしい限りである。
「何か手伝えることがあれば言ってくれ。力を貸そう」
私の魔法であればセオドアの隙を埋めるのに都合がいい。
「私も微力ながら助力する。何かあれば声を掛けて欲しい」
もう一人の友人も快く協力を申し出た。
「レイフ、セドリック、二人ともありがとう。何か進展があれば、二人にも声を掛けるよ」
今は手がかりも何もないからね、と肩を竦めてため息をついていた。
「……彼の尻尾を踏んでくれれば、話は早いんだけどね」
「どういうことだ?」
「なんでもない。ただの独り言だよ」
意味深な呟きの意図を尋ねたが、はぐらかされてしまった。
言いたくないことの一つや二つ、誰にでもある。
そのうち、相談したくなった時にでも、聞き手になれればいい。
そのまま時間は過ぎ去っていった。
◆◆◆
「今日は二人とも、ありがとう」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう。楽しかった」
「私も。またこうして集まれるといいな」
それぞれ別れの言葉を口にして、お店を去る。
まだまだ厳しい日差しに晒されながら、私は帰路に就いた。
セオドア 「使徒」ランクS+ ミスルト教国
セドリック 「守護」ランクA+ バーチ共和国
レイフ 「軍勢」ランクS+ エルム連合王国




