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21話 実像おもねる虚像

聖法歴1020年1月6日



 フラクシヌス帝国某所。


 数日前にオーギュストの元に届けられた果たし状。

 そこに記されていた場所と時間に、ゼインと二人訪れていた。


「……本当に来るのか?」


 約束の時間まであと十分。

 暗に罠ではないのかと告げるゼインにオーギュストは静かに(うなず)く。


「彼は変わり者でね。戦いの場を得るためなら清濁関係なしって考えだから」

「……」


 面倒くさそうに顔を(しか)めるゼイン。

 時間を確認すると、約束まであと一分を切っていた。

 ゼインが面をあげて遠くを見つめる。

 すると、どこからともなく風が吹く。

 次第に強くなる風に二人は飲み込まれた。

 風は渦を巻き、一か所に集まる。

 勢いよく振られた腕が竜巻を切り裂き、中から一人の男が姿を見せた。


「待たせたな!」


 派手な演出を伴った男は弾けるような笑顔で二人と対面した。


「相変わらずの派手好きだね、グシオン」

「力ある者の性だ、オーギュスト」


 旧知の二人は対照的な表情をしていた。

 そんな二人の様子を歯牙にもかけず、鬱陶(うっとう)しそうに眺めるゼイン。

 グシオンと呼ばれた男の高笑いが虚しく響き渡った。



 ◆◆◆



「――さて、()()はどういうことだい?」


 落ち着いた頃合いを見計らってオーギュストが果たし状を取り出した。

 “果たし状”とでかでかと書かれた封筒の中には、日時の指定の他には素っ気のない挑発だけ書かれていた。


 “――犯罪組織に手を貸すことにした。止めたければここに来るがいい”


 あまりにも頭の悪い挑戦状に、初めに確認したオーギュストは頭痛でしばらくこめかみを揉むことになった。

 その場に居合わせたヴェロニカも「うわぁ……」と嫌な顔をして逃げ去っていった。

 さすがのオーギュストも今は彼には敵わないので、代理人としてゼインを引っ張ってきたていた。


「今回はなかなか凝ってるだろ? わざわざお前と戦うために入ったのだ!」


 理由を聞いてもまったく救いは無かった。

 オーギュストは盛大なため息をつくと、隣のゼインに顔を向ける。


「……彼、これまでに何度も私に挑んできていてね。そのたびに代理人を立てたり、のらりくらりと(かわ)したりしていたんだ。ここ数百年は落ち着いていたから油断していたよ。まさか、こんなタイミングで仕掛けてくるなんて……」

「ハハハハ、そうだろうそうだろう! 今回はオーギュストが無視できないようにしたんだ!」


 なぜオーギュストが追っている組織を知っているのかとか、そこと渡りを付けられたのかとか、大ぴらにしていいのかとか、聞きたいことは山ほどあった。

 しかし、そのすべてをオーギュストは飲み込んだ。なぜなら、彼からの答えは期待できないからだ。

 きっと謎の嗅覚で探し当て、組織に所属し、何一つとして知らされていないことが長年の付き合いで分かっていた。

 無駄な問答より、彼の確保が先決だと割り切ることにした。


 一見無害に見えるグシオンだったが、戦いの為なら虐殺も厭わない性格をしていた。

 “どこそこを襲えば強者が現れる”と唆されればホイホイと向かうに違いない。仮に嘘だとしても、何度か繰り返されればその通りになる上に、洒落にならない被害が発生する。

 犯罪組織に入っていの一番で果たし状を送ってきたことは不幸中の幸いだった。

 彼にへそを曲げられて、この場から立ち去られることは避けたいとオーギュストは考えていた。……ゼインがいる時点で無用な心配だとは思いつつ。


 簡単に背景を説明すると、グシオンがおもむろにゼインに視線を向けた。


「それで? もしかして、そこの少年が今回の代理人か? 見るからに()()()()()なんだがなぁ」


 期待外れと顔に書いてグシオンが嘆く。

 ゼインは相変わらず面倒くさそうな顔を浮かべていた。


「そのもしかしてだよ。――()()()()()ことだけは保証する」


 答えた途端、帰ろうとしたグシオンに太鼓判を押す。

 その言葉で動きを止めたグシオン。


「――ほお」


 振り返ると獲物を見定めるような視線をゼインに送る。

 それでも先ほどと変わらない態度を見せたゼインに、内心舌なめずりをしていた。


「ルールはいつもの何でもありでいいかい?」

「いいぞぉ!」


 先ほどまでとは打って変わって、喜色を露わにしたグシオンは指をポキポキと鳴らして待ちわびていた。

 そんなグシオンに少しだけ待つように伝える。

 身を屈めてゼインに向き直ったオーギュストが優しく声を掛けた。


「ルールはさっき言ったとおりだけど、殺しは無しだ。……あと、()()()()()()()()()。何かを賭けて戦っている訳じゃない。だから、()()()()()()は使わないように」

「――おいおい。出し惜しみとはつれないことを言うなって。やるには全力で! だろ」


 茶々を入れるグシオンを無視して言葉を続けた。


「君の好きに戦っていい。殺しさえしなければ、手足の一本や二本、吹き飛ばしても文句はないよ」

「分かった」


 そう言い残してグシオンと対峙するゼイン。

 少しだけ心配そうにオーギュストはその背中を眺めていた。



 ◆◆◆



「始める前に、いっちょ名乗りをあげよう!」


 手を腰に当て、胸を張りながらグシオンは高らかに宣言した。


「――俺は名はグシオン、従二位『百事』のグシオンだ! 風魔法を使い、格闘戦をこよなく愛す、中級悪魔だ! 『百事』の魔法なんて無粋なものは使わん。己の肉体と鍛え上げた技で敵をなぎ倒す、これぞ漢の美学だ!!」


 聞かれてもないのにつらつらと語りだす。

 ゼインは冷めた目でそれを眺めていた。


 グシオンの名乗りは初対峙する相手には必ず行うものだった。

 それを知っているオーギュストは栓無しとばかりに首を振る。


 しばらく胸を張ったポーズで固まっていたグシオンが、責めるような目つきでゼインを睨む。


「……おい、次はお前の番だぞ」


 話しかけられたゼインは、それはもう本当に面倒くさそうにしかめっ面で苦々し気に応えた。


「……ゼイン」

「それだけか? ――つまらんなぁ」


 意味の分からない罵倒を浴びせられ、ゼインはさらに皺を寄せた。


「しょうがない。盛り上がりに欠けるが始めるとしようか」


 なぜかグシオンが仕方ないなあという態度を見せる。

 その態度にイラついてゼインは舌打ちをする。

 相手のミスを誘う心理戦であれば見事なものだった。

 ――これをグシオンは作戦ではなく、素でやっているから始末に負えないのだが。



 ◆◆◆



「二人とも構えて――」


 オーギュストが審判のように告げる。


 グシオンは左手を真正面に突き出し、右手は握って脇を絞める。

 その体制のままゆっくりと腰を落としていった。


 ゼインは両腕をだらんと下げ、上体を僅かに前に倒して腰を落とす。

 両脚は半歩の幅で前後に開いていた。


「――始め!」


 言葉と共に互いに地を蹴る。

 両者の間で激突し、鈍い音が響く。

 衝撃は周囲を駆け巡り、草木を揺らす。

 グシオンは右の拳を突き出し、ゼインは左の掌底を突き出して、両者ともに腕に伝う勢いを脱力して散らしていた。

 激突も一瞬だけ。

 どちらともなく後ろに一歩下がると、目にも止まらぬ速さで技を繰り出していった。


 グシオンは拳をメインに手刀や貫手(ぬきて)を繰り出し、体捌きや歩法を駆使して翻弄する。

 対するゼインは小さな体を利用して器用に避けていき、回転やジャンプ、カウンターを以て威力の底上げを図っていた。


 傍から見ると残像ばかり。

 それも比較的動きの少ないグシオンの胴体ばかりで、手足や顔はぶれてよく見えない始末。ゼインに至ってはあちこち動き回るせいで、白っぽい何かとしか捉えられなかった。

 これでもまだ二人にとっては牽制――様子見の速度であるから驚きだ。


 グシオンの拳の勢いを利用してゼインが距離を取る。

 左手にゼインが乗ったと察知した途端、グシオンがすぐさま拳を引っ込めたのはさすがとしか言えなかった。

 それでも僅かな足場とほんの少しの力を利用して飛び退いたゼインもなかなかだ。


 距離を取って(にら)みあうと、グシオンが歓喜に口を歪ませる。


「ハハハハ! 想像以上だぞ、ゼイン! その歳で俺と渡り合えるとはな!」


 まだまだ互いに本気を出していないのはグシオンも気付いていた。

 それを考慮しても、十分以上の感触だった。


 並みの相手では一合と持たない打ち合い。

 それを何十と無傷で繰り広げられるだけで、ゼインの技量は(うかが)い知れた。

 残念なことに、ゼインの攻撃もグシオンにすべて(さば)かれてしまっていたが。


 お互い無傷で魔力も体力もまだまだ有り余る状況。

 不意にグシオンが構えを変える。

 先ほどまでは体を正面に向け、どっしりと腰を据えて待ち構えるような姿勢だった。

 それを今は重心は少し落とすだけ。代わりに、体は半身にして左手を前にして軽く開き、右手はしっかりと握りしめていた。


 見たことのない構えにゼインは目を細める。

 警戒を露わにしたままグシオンを睨みつけていた。


「さぁ! 第二ランドの始まりだ!!」


 大声で勝手に宣言すると、グシオンが一瞬にしてその場から消え去った。

 後には豪快な風切り音が聞こえた。



 ◆◆◆



「――っ!」


 寸でのところでゼインは首を倒す。

 空を切る音が左耳に大きく響き渡った。

 突き出されたグシオンの左拳はゼインの白髪を数本切り裂いた。

 右に倒れる勢いを利用して牽制の蹴りを入れると、グシオンが後ろに跳ぶ。


 ずっと見ていたはずなのに、グシオンの姿を一瞬見失っていた。

 気づいたときには目の前に凶拳が迫っていた。


「ハハハハ、これも躱すか。だが、そろそろ本気を出さないと、次はもろに食らうことになるぞ!」

「ちっ――」


 グシオンの一言で、()()()(かわ)せるかのギリギリを攻められたと悟った。

 さっきの蹴りもわざと後ろに跳んだのだろう。

 構えを変える前と後で、グシオンの速さが一段上がっていた。

 感じる魔力が変わらなかったから、何もないと高を括ったゼインの落ち度だった。


「ふぅ――」


 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。

 ゼインの纏う空気の変化を機敏に感じ取ったグシオンは、嬉しそうに口角を上げた。

 キッとグシオンを睨み手に力を入れるゼイン。

 構えは変わらず、腕を下げて上体を低くするような姿勢。

 さっきと違うのは、両手が何かを掴むように力が入っていることだけだ。

 たったそれだけのはずなのに、グシオンは彼の実力が上がったと理解した。


 (――来る!)


 声に出せないほど早く。

 気づいた瞬間にはゼインの姿が目前に迫っていた。

 空中で左の掌底を放つと宣言するように傾けられる。


 先刻の意趣返し。


 グシオンの右顔ギリギリに、今の彼では追えないほど高速の掌底が放たれた。


 ヒュッ――。


 顔を掠めた一撃は、あたかも幻影だったかのよう。

 放った掌底はいつの間にやらゼインの元に戻っていた。

 攻撃を終えたゼインは追撃はせず、空中で後ろに飛び退いた。

 距離が開くと、グシオンは掌底の通り過ぎた先を振り返る。

 そこには小さく穿(うが)たれた穴のある木々が見受けられた。

 改めてゼインを見据える。


 彼が行ったことは酷く単純だ。

 グシオンに飛び掛かり、鋭く左手で掌底を放つ。

 その後、腕を引き戻しただけだ。

 目で追えなかっただけで何をしたのかは理解できていた。

 ――突き出しと引き戻し。

 一連の流れでやると速度や威力が落ちてしまうはずだった。

 それなのに、この速度と威力――。


「……本気を出さないといけないのはこちらのようだな」


 グシオンは爛々(らんらん)と瞳を輝かせ、独り言を呟いた。



 ◆◆◆



 時を同じくして、二人の戦いを傍から見ていたオーギュストは、予想の斜め上の出来事に驚嘆にくれていた。


「――まさか、ゼインがここまでやるとは」


 元々速度を活かした接近戦を行うのは周知の事実だった。

 目で追うのもやっとの速度で、普通の人ではあり得ないスタートストップを繰り返す、そんな戦い方。

 近接格闘の技術もそれなりにあるが、精々が中の下ぐらいの実力。

 足りない技量を速度でカバーし、未発達の力も速度と魔力で補っていた。

 それが通用しない相手に対しては、魔法を使って強引に片付けていた。


 実際、今までに何度かグシオンのように戦闘技術を磨いた相手との戦いも見てきた。

 彼ほどの技量の者はいなかったが、それでも技術はゼインよりも上の者たちばかり。

 そんな相手に対して、ゼインは速度で上回ることで勝利を収めてきた。

 今回の戦いも似た傾向ではあった。

 オーギュストは正直、今回ばかりは魔法で相手取ると予想していた。


 グシオンは別に魔法戦も嫌ってはいない。

 彼の固有魔法「百事」以外なら躊躇いなく使う。

 対戦相手が魔法主体であれば、それに倣って戦う。

 ――ただ、接近戦の、とりわけ格闘戦が大好きなだけで。


 先ほどまでの攻防、ゼインがグシオンの攻撃をギリギリで躱したところで、魔法戦に切り替えると思っていた。

 その予想に反して、彼がとった行動はグシオンへの意趣返しだった。

 ただし、それに疑問が残る。

 確かにゼインの速度は上がっていた。

 それでも、グシオンが対応できないほどではなかったはずだ。

 近寄った動きもそうだし、掌底も一撃は鋭かったが、見逃すほどではなかった。


 グシオンの実力が落ちたとも思えない。

 彼から感じる魔力も前よりは大きくなっている。

 隠蔽が下手な彼が偽っているとは考えにくい。


 そこまで考えてゼインの動きを思い返す。

 最初と先ほどの違い――。

 しいて挙げるなら、動きに無駄が減ったように感じた。

 自然体に近かった動きのせいで、グシオンは動きを見落とした……?

 速すぎて一挙手一投足を捉えきれなかったので、何となくの勘に近いようなものだったが、オーギュストはゼインの動きをそう分析した。


「……変わった原因は九月の()()なのか? それとも数か月で上達した……?」


 物思いに耽りながら、オーギュストは二人の戦いを鋭く眺めていった。



 ◆◆◆



「ハハハハ、いいぞゼイン! 実にいい!! ()()()()()()()()のはオーギュストとの戦い以来だ!」


 高笑いをするグシオンに対し、落ち着いた表情で睨みつけるゼイン。

 温度差の激しい二人の視線が交錯する。


「お前を(あお)っておいて、俺が本気を出さないのは無粋ここに極まれりというものだ! さっきまでの礼と敬意を込めて、全力でお相手しよう!!」


 勝手に宣言したグシオンは足を肩幅に開くと、両手を握りしめて脇を絞める。

 魔力が膨れ上がり、闘気のように全身から溢れ、揺らめく。


「ふーぅ――」


 ゼインも構えは変えないまま、長く息を吐きだす。

 細められた赤い瞳の奥が静かに燃える。


 しばしの静寂。


「――これが最終ラウンドだ!!!」


 空気を震わせる雄叫びを上げながら、グシオンが吶喊(とっかん)する。

 彼が動き出した途端、目を見開いて姿勢を低くした。


 砲弾のように飛び込んできたグシオンを紙一重で躱し、横っ腹に掌底を見舞う。

 音速を超えた(てのひら)をグシオンは体をひねって回避した。

 追撃を止めるために顎を蹴り上げるおまけ付きで。

 それをゼインは頭を後ろに倒して避ける。

 ついでとばかりにバク転しながら蹴り返したが、空を切る。


 そこからの動きは今のオーギュストには目で追い切れなかった。

 二人の残像が周囲を飛び回る。

 動きに遅れて地面や木々が倒れる音が聞こえてくる。


 右かと思えば左――。

 左かと思えば後ろ――。


 縦横無尽に駆け巡りながら、即死級の一撃がそこかしこに落としていく。

 瞬く間に隕石でも落ちたような凄惨な景色が広がった。

 オーギュストが視線を落とすと、立っている場所は無事だったが、二歩も歩けば数メートルはある奈落に囲まれていた。

 高みから二人を遠巻きに眺める。


 二人は比較的被害の少ない窪みに着地した。

 どちらも大きな怪我はなかったが、掠めたような引っかき傷が体中にあった。

 睨みあいもそこそこに、またしても距離を詰め、激突する二人。


 今度は最初のようにはいかないだろう。

 オーギュストの予想は、想定とは異なった形で的中することになった。


 二人が交錯する刹那、ゼインがおもむろに半歩引いて立ち止まった。

 突然の行動に眉をひそめて訝しげに思いながら、グシオンは拳を振りぬく。

 ゼインの腹を貫いた拳は、()()()()()()()()()()()()()しかなかった。


「なっ――!?」


 あまりの出来事に驚愕の声を上げるグシオン。


 一瞬の隙。

 それを見逃すほど、ゼインは甘くなかった。


 グシオンが気付いたときにはもう遅かった。

 ゼインの掌底が腹を突き破り、血で真っ赤に染まっていた。

 腕を引き抜くと、(おびただ)しく血が噴き出した。


「ゴフッ――」


 吐血して仰向けに倒れたグシオン。


「おみ……ご、と……」


 残った力を振り絞って自身を見下ろすゼインに賛辞を残すと、静かに目を閉じた。



 ◆◆◆



 血だまりに()すグシオンに回復魔法をかけるオーギュスト。

 さすが中級悪魔だけあって、生命力がずば抜けていた。

 数センチ大の穴がお腹に空いてなお、生き長らえていた。

 まだ目を覚ましていないが傷は塞がっている。

 しばらく安静にしていれば、そのうち動けるようになるぐらいには生命力豊かであった。


「――そいつはどうするんだ?」

「グシオンはこのまま身柄を拘束して魔界に護送かな。何も情報を持ってないとはいえ、犯罪組織に加担しているからね」

「ふーん」


 オーギュストの答えに気のない返事を返した。

 回復し終えたオーギュストが、懐から通信機を取り出して連絡を入れる。

 二言三言伝えると通話を切った。


「これでよしっと」

「来るまで待たないといけないのか?」


 疲れた表情を見せるゼインに大丈夫と告げる。

 タイミングを見計らったように、()()()()()()が近くに現れた。

 よく見るとそれは影で出来ており、水のように揺れていた。


「――お迎えに上がりました」


 水が噴き出したように盛り上がると、中からヴェロニカが姿を見せる。


「彼の護送を頼む」

「了解です」


 ヴェロニカが触れると、グシオンが影に包まれ、水たまりに飲み込まれていった。


「それではまた」


 そう言い残して登場と同じように、ヴェロニカは影の中に消えていった。


「――さて、帰ろうか」


 影の消えた場所を見つめていたゼインに声を掛ける。

 反論はないようで、顔をあげたゼインがオーギュストと一緒に転移でソール連邦まで戻っていった。



 ◆◆◆



「――最後のあれ、どうやったんだい?」


 魔力対策本部へと戻る道すがら、オーギュストがゼインに質問を投げかけた。


「……ああ、あれか。大したことじゃない。部分的に転移させて躱しただけだ」

()()()? そんなことしたら、体が引き裂かれないかい?」


 オーギュストの懸念はもっともだ。


 転移事故でよくあるのが、“部分転移”による体の欠損。

 設置型の転移ではあまりないが、ゼインがよく使う、指定したものだけを飛ばす指定型の転移では頻繁に聞く事故だった。

 物の指定が甘かったり、飛ばす座標が少しずれたりするだけで、地形に埋まったり、一部が転移されずその場に残ったりしてしまうからだ。

 そのため、“一部のみを転移させることは出来ない”という通説があり、“部分転移”と言えば事故のことを指すのが一般的だった。


 “部分的”と聞いて、これを連想したオーギュストは何も間違ってはいなかった。


「それは現界を転移する場合の話だろ。俺がやったのは、異空間に体の一部を転移させるほうだ。これなら引き裂かれない」

「“異空間”ってまた特殊なものを……。それ、一般的じゃないんだよ?」

「使えるなら何でも使う。じゃないと、強くなれないから」


 淡々と答えるゼインに、今日一番のため息を漏らしたオーギュスト。

 これは何を言っても聞かなそうだな、と内心で愚痴を零す。


「異空間って迷い込んだら出られなくなるんだよ。一部とはいえ、よくやるね」

「俺の肉体の一部が現界(こっち)にあればそれをコアにして問題なく戻って来られる。飽和攻撃は普通の転移で躱せばいいし、()()()()()()近接特化の奴ぐらいにしか使うつもりはない」

「異空間にも攻撃を届かせることは出来るんだよ? ゼインのような空間魔法なら特に」

「知っている。だから()()()()()()()()()()()()()

「は――?」


 平然と言ってのけたゼインを思わず凝視する。

 ()()()()だけどな、と続けられた彼の言葉は、残念ながらオーギュストには届かない。


 異空間に干渉する魔法は、その存在が一般に知られていないことからも分かる通り、相当難易度の高いものであった。

 オーギュストも扱えるからこそ、その難しさを理解している。

 ()()()()()()()()()()()だけでも相当だというのに、それを複数経由するだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「それに、まだまだ無駄が多い。今回は動きを止めたうえに、()()()()()()()()()()()()()範囲だった。出来れば動いたまま、通過する物体分だけ飛ばせるようにならないと、使い道が限られる」


 続けて告げられたゼインの言葉に、さしものオーギュストも足を止めて絶句していた。

 あまりにも高すぎる目標に脳が理解を拒んでいた。


「ん、どうした?」


 自分の発言の重大さを理解していないゼインが、暢気に振り返る。


「ははは、何でもない……」


 乾いた笑いをあげてオーギュストは歩き出す。

 その強張った笑みを不思議そうに首を傾げていたが、ゼインはすぐに興味を失った。


「やっぱり、彼の魔法の技量は途方もないな……」


 諦念の籠った独り言は、誰に聞かれることもなく泡沫となって消えていった。


一言メモ

グシオンの「百事」の固有魔法:過去の出来事(情報)を知ることが出来る。

相手の手の内が分かってしまうので、自分で使用を禁じていました。

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