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20話 選択の行く末

聖法歴1019年9月26日



 ソール連邦の魔力災害対策本部。

 三日前の激闘を終えたゼインは未だに眠っていた。

 私たち第三課の控室、そこにあるソファーで横に丸まったまま。

 時々起きてはいるみたいだったが、食事も摂らずにずっとその姿勢で過ごしていた。


 戦いの後、彼は魔力も体力も十分ありそうだった。

 けれど、顔を伏せ胸を押さえて涙を流していた。

 その場から動こうとしない彼を無理やり連れだして、何とかこの部屋まで来ることが出来た。


「戻らないのかい?」

「……」


 無言のまま首を振った彼は、そのままこちらに背を向けてソファーで丸くなった。

 しばらくすると寝息が聞こえたので、彼の好きにさせることにした。

 部下たちにもそっとするよう言い含めておいた。


 三日ぶりにようやく起きてきた彼は、げっそりとして生気が感じられない顔をしていた。


「何か食べるかい?」

「……いらない」


 消えるようなか細い声だったが、返答が返ってきただけマシだろう。


 まだ朝の早い時間。

 出勤している人はまばらだった。

 私は彼を見守るために、この三日間早く出勤していたが、今日始めて彼と顔を合わせることが出来た。


 彼にそっと入れていたコーヒーを手渡す。

 受け取ったカップを無機質な動きですべて飲み干した。


「気分は落ち着いたかい?」

「――最悪だ」


 吐き捨てるように呟いた声には苦々しさが滲み出ていた。

 彼の手に持ったカップが急に割れる。

 床に散らばる破片の音でようやく気付いたように顔を(しか)めていた。

 きっと無意識に手に力が入ったのだろう。


 だいぶ精神的に参っている彼をゆっくり椅子に誘導する。

 彼は抵抗せず素直に座った。


「相談があれば乗るよ」


 散らばったカップを片付けながら問いかける。


「……いい」


 一人で抱え込まなくてもいいものを――。

 孤児院の子たちに心配させたくないからここにいるんだろうから。

 口をへの字にして嘆息する。


 そうこうしているうちに、部下たちが続々と出勤してきた。


「あ、ゼイン起きたのか」

「ほら、元気出して」

「お風呂でも入ったらどうだ? 少しは気分が晴れるかもよ」

「何か食べたいものはない? 買ってくるよ」


「……」


 口々に声を掛けても彼は黙り込んで座ったままだ。

 心配そうに私を見てくるが、静かに首を振る。


「とりあえず、お風呂に入れてはどうですか? しばらくぶりのようですし、このままですと気が滅入りますから」


 ジョズの提案にドミニクが手を挙げた。


「私がお世話します。()()()()()()()ので」


 女性に任せるのは気が引けたが、他の部下たちは独身や一人っ子が多く、子供の世話した経験がない。

 その証拠に、視線で互いに探り合っていた。

 誰か彼女の代わりに名乗りをあげろよ、と。

 その反面、彼女には七歳ぐらいの弟がいたので、任せてもいいかもしれない。

 ゼインは今年十二歳だが、成長期がまだで十歳ぐらいの体格だった。

 ヴェロニカがいれば頼んでもよかったが、生憎と仕事で数日ここを離れていた。


「頼めるかい?」

「任せてください」


 結局はドミニクに任せることにした。

 腕まくりした彼女はゼインの手を取って宿直用のお風呂場へと連れだった。



 ◆◆◆



「――彼に何があったんですか?」


 二人を見送ると、部下の一人が疑問を口にする。

 普段の様子からは想像できない憔悴具合だから仕方はない。

 皆の視線が私に集まる。

 さすがに全てを把握している訳ではない。

 知っていたとしても、きっと口には出さないだろうけど――。


「……私も詳しくは知らない。ただ、力の代償が彼にとって不愉快なものだったことだけは確かだ」

「なるほど」


 それ以上誰も追及しなかった。


 伝え聞いた()()の代償にしては随分と風変りな気がする。

 どちらかと言えば、不完全な昇華状態のほうに似ていると思う。

 真相は彼が口を開かない限り知る由も無いだろう。


 しばらくすると、さっぱりとして小奇麗になったゼインとシャツを濡らしたドミニクが現れた。


「お待たせしました」


 ゼインの背中を押す彼女は自分の惨状を気にも留めていない。


「――ドミニク、ありがとう。目の毒だから、()()着替えてくるといい」

「え? あ、すみません――」


 手で体を隠し、急いで部屋から出ていった。

 後には先ほどよりは目に活力を宿したゼインが残っていた。


「……凄かったな」

「……ええ。濡れたシャツがあの胸に張り付いて、それはもう――」


「ん、んん」


 ジョズがわざとらしく咳をする。

 小声で感想を言い合っていた他の職員が気まずそうに目をそらした。


 彼女は確かに他の男性職員から人気があった。

 平均的な身長に、大きめの胸、優しい瞳にどこか落ち着ける雰囲気があり、誰とも分け隔てなく接する包容力もある。それでいて、仕事も早く、後輩への教育も熱心だった。

 ちょっとだけ抜けているところもチャームポイントで、今回みたく指摘されるまで気付かない、ということも時折あった。

 だからといって、先ほどの部下たちの発言はもう少し人目を気にして欲しいものだが。


 そんなことを思っていると、部下の一人、お調子者のコンスタンがゼインに近づく。


「で、()()()()()()()()()? 凄かったのか?」

「……何が?」

「体だよ、体。胸とか柔らかかったか? 見たり触ったりしてないのか?」

「……知らない」


 コンスタンの質問攻めをバッサリと切り捨てて、ゼインはまたソファーで横になってしまった。


「かーっ! これだからおこちゃまは――」

「バカお前! 子供になに聞いてんだ!」

「子供でも男は男だ。女の、それも大人の女性の体に興味を持たない訳がないッ!」


 窘める部下にコンスタンは力説を繰り広げる。しまいには拳を空へ突き上げていた。


 ゴンッ――。


 鈍い音が部屋に鳴り響く。

 痛いと頭を抱えてうずくまるコンスタン。

 額に青筋を浮かべたジョズが拳骨を振り下ろしていた。


「――この馬鹿者が。時と場所を考えなさい」

「元気になるかなぁって。……ちょっとしたジョークですよ、ジョーク」


 言い訳をするコンスタンを尻目に私は部屋を出た。



 ◆◆◆



 しばらく歩き、廊下の途中で壁を背にして待つ。


「ここでどうしたんですか、オーギュストさん」


 着替えたドミニクが不思議そうに声を掛けてきた。


「ちょっとね。――少しだけ話す時間はあるかい?」

「はい、大丈夫です」


 彼女を連れて、空いている会議室に入る。


 席に座ると単刀直入に話を始めた。


「――ドミニク、()()()()()なら乗るよ」

「あはは……。ばれてましたか」


 彼女は髪を弄りながら気まずげに苦笑した。


 彼女――ドミニクはゼインたちの孤児院に勤めたいと以前から考えていた。

 ドミニクの弟は()()()()()()()()()()()

 死因までは知らないが、今も生きていればちょうどゼインと同い年――。

 彼に弟の幻影を重ねていたのかもしれない。

 今日も率先していたぐらいだから。


 しばらく思いつめる表情をしていた彼女だったが、深呼吸をすると決意を固めた表情になった。


「――オーギュストさん、今までありがとうございました。私は彼の孤児院で働こうと思います」

「彼には言ったのかい?」

「……まだです。ここを辞めてからじゃないと卑怯な気がして」

「構わないさ。先に彼に話を通しておいで。ダメでもここで働き続ければいい」


 私の言葉で逡巡を見せるドミニク。

 すぐに眉を下げて苦笑いを浮かべた。


「……有難いですが、今はちょっと。弱みに付け込むような真似は出来ませんので」

「そっか。言い出すタイミングは任せるよ。辞めるときはいつでも言っていいからね」

「ありがとうございます。でも、今年いっぱいは辞めません。まだ新人教育も残っていますし」


 彼女らしい発言に笑みが零れる。


「無理だけはしないでね。大事な部下なんだから、君自身も大切にするんだよ」

「――ありがとうございます」


 会話はそれきり。

 そのまま二人して会議室を出た。



 ◆◆◆



 その日以降、ゼインを気に掛ける彼女の姿をよく目にすることになった。

 少しでも好感度を稼ぎたいのかもしれない。

 彼も前よりは邪険にしなくなったから、大丈夫だとは思う。

 いつか来る、彼女の輝かしい未来に思いを馳せながら――。


人物紹介

オーギュスト 第三課課長

ジョズ    一話の手記を書いた人物

ドミニク   一話や十三話で登場した女性執行官

コンスタン  ドミニクの同期

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