19話 井の中の小鳥
聖法歴1019年9月9日
「はぁ~」
静かなため息が零れる。
腕を組んで立ち尽くしたまま相手の出方を伺う。
「――くっ、拙僧共の術具でも形無しとは」
「左様。あの結界を破る術が通じぬとは思わなんだ」
悔しそうに中折れした錫杖を握りしめながら相対する僧侶たちを放って近くの少年に流し目を送る。
「……」
彼は静かにこちらを見据えながら最初から一歩も動かない。
まるで時間が止まって動けなくなったように、身じろぎ一つしない姿はどこか不気味だった。
「そろそろ諦めたらどうかしら?」
これで何度目の忠告か――。
無意味と分かっていながら果敢に挑む僧侶たちに辟易していた。
目の前の僧侶よりも彼のほうが危険だと、己の危機察知能力が警鐘を鳴らす。
「なんのこれしき。まだ奥義が残っておりますので。我ら天通流の神髄をご覧あれ!」
高らかに宣言した僧侶が一歩前に出る。
後ろに控えたもう一人の僧侶が背中に手を置く。
「うおおおぉぉー!!」
雄叫び上げながら魔力が高まる。
準備が出来たようで僧侶がゆっくりと踏みしめながら近づいてくる。
そして――。
――目の前の光景に驚いて目を丸くして何度も瞬かせた。
◆◆◆
一週間前。
いつものように塔で魔法薬を作っていると、外で物音がした。
音からして家の前のポストに手紙が入れられたのだろう。
「はぁ~。また、かしら……」
うんざりしたように愚痴を漏らす。
一度手を止めて家を出てポストを調べる。
中には一通の手紙が入っていた。
手で粗雑に封を切りとって内容を確認する。
「――やっぱり」
嫌気がさして指に灯した火で封ごと燃やす。
「政府は私を便利な案山子か何かと勘違いしているのかしら?」
吐き捨てるように呟かれた独り言と燃えつきた灰が風にさらわれる。
◆◆◆
彼女の住む“マグノリア自治区”。
ここは多数の部族からなる独立地域である。
複数の部族の集合体――師部族が幾つか存在し、持ち回りで自治長を担う自治政府制をとっていた。
手紙に書かれた内容は“摸擬戦の申し立て”。
普通であれば拒否権があったが、彼女にとっては実質命令であった。
彼女のその特異な生まれと性質から、当初は抹殺を目論んでいた政府だったが、とある賢人会の役員が後見人を務めることで存命していた。
――ただし、幾つかの契約を結ぶ条件で。
その条件の一つが、ランクA+の英傑として責務を果たすこと。
これには魔獣掃討と代理戦以外にも後進育成が項目に入っていた。
魔獣掃討と代理戦に関しては、もう一人のA+の英傑「災嵐」が大抵を片付けていたので大した問題ではなかった。
しかし、こと後進育成については「災嵐」にその適正がなかった。正確に言えば、彼が“風”と“嵐”に特化した魔法使いで手加減が苦手という背景もあり、ほとんどが彼女――「孤絶」にお鉢が回っていた。
そのうえ、皮肉なことに彼女は基本・上位ともに四属性を使え、魔法の造詣が深かった。
手加減も容易にできるので、専ら後進育成という名目で摸擬戦の申し立てが数多く集まるようになった。……始め、政府が彼女の暴走を畏れ、若年層への教育ではなく摸擬戦という形だけの後進育成をさせていたことも理由の一つだった。
◆◆◆
気分転換に街へと降り立った。
顔を隠すように鍔の広い黒の帽子を目深にかぶる。
暗めの衣装のドレスを好んで着るせいでよく「魔女」と呼ばれていた。
今日は深緑色。
魔法薬の作業をするために袖や装飾にレースやひらひらのないコクーンドレス。
少しばかり夏の暑さが残っていたので、ゆったり目のドレスに身を包んでいた。
街を歩くために結界の範囲は最小、体の表面ギリギリに纏わせる。
入り口に着くと人々からは遠巻きにされる。
いつものことに気にも留めず街をぶらつく。
「あら、今日は不機嫌なのねぇ」
たまに立ち寄る果物を売るおば様から声がかかる。
「――ちょっと、ね」
苦笑しながら答えると無言で林檎を投げ渡される。
「それでも食べて元気だしな。せっかくの別嬪が台無しさね」
朗らかな笑顔に毒気を抜かれて思わず顔が綻ぶ。
「……ありがと。また寄るわね」
「あいさ。待ってるよ」
お礼を言って立ち去る。
歩きながら鮮やかな赤い林檎を齧る。
「……おいし」
林檎をちびちびと摘まみながら街をぶらついた。
塔へ戻る頃にはやさぐれた心はどこかへ吹き飛んでいた。
◆◆◆
摸擬戦の当日。
今回は塔の近くにある開けた草原にいた。
開けているとはいえ、端から端までは百メートルもない。
戦うには決して広いとは言えない面積でも、この辺りでは一番広い。
摸擬戦を行う時はここか、自治都市がある場所のどちらかが多い。
なんとなくで住み着いた塔ではあるけれど、四年近く住めば愛着もある。
無闇に周辺の森を荒らされたくは無かった。
ここは偶々開けた土地だったので都合が良かった。
約束の時間になると、目の前にコーヒーにミルクを垂らしたような空間渦巻く裂け目が現れる。
「へぇ」
いつもの有象無象よりはマシかもしれないと彼女が内心ちょっとだけ期待をしていると、ようやく空間が安定したらしく、茶色っぽい灰色の板のような入り口が出来た。
これは転移用の門。
私には人が通れるほどの大きさは作れないけれど、手のひらサイズであれば転移させられる。
大きさが違うから純粋に比べられないけれど、魔法の発動が遅い。
……ちょっと期待外れかも。
そんなことを考えていると、門から三人の人影が現れた。
三人? 手紙には対戦相手は二人と書いてあった気がするのだけど、と訝し気に思っているうちに門が閉じた。
二人は全く同じ法衣を着た男で、頭を剃った姿も相まって僧侶だということは一目で分かった。三人目はそんな二人とは似つかないどこかの制服を着た真っ白な髪を肩まで伸ばした少年で、伏し目がちの赤い瞳がどこかミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「――お初にお目にかかる、キエラ殿。噂に違わぬ美しさ。このゴウラ、感銘の至り」
「――お会いできて光栄です、『孤絶』殿。あなたのその強さ。このシシリが打ち破って見せましょう」
双子かと思えるほど似た二人の僧侶が挨拶と自己紹介を混ぜた口上を述べる。
違いがあるとすれば、ゴウラと名乗った僧侶には額に大きな稲妻の入れ墨があり、シシリと名乗った僧侶にはないことぐらい。
そんな二人の視線は全身舐めまわすように不躾に向けられて非常に不愉快だった。
特に、胸や腰に目を向けられ鳥肌が立つ。
顔を顰めて絶対零度の視線を二人に向けながら、もう一人の少年をちらりと見る。
彼はどうでも良さそうにその場に佇み、こちらに見向きもしていなかった。
さすがに彼の反応は予想外だ。
自他ともに認めるプロポーションをしている自負はある。
これまで一度たりとも無関心だった異性はいなかった。
大なり小なり視線を泳がせていた。
紳士な人ならすぐに目を覗き込んで固定させるか、あらぬ方向を見ながら話す。
どういうことかしら、と悩んでいると、視線に気付いた僧侶が彼を紹介した。
「――おお、失礼。彼のことを伝え忘れていました。彼は今回の摸擬戦の見学者です。なんでも、許可証を取って日も浅く、代理戦とも縁遠かったとか。ソール連邦から遙々観戦に来たんですよ」
刺青のある僧侶が説明をする。
きっと今回の人たちは大変な自信家で自分たちが勝つと疑ってないのだろう。
他国の人間を証人に立てて言い訳できないようにするために――。
実はこの摸擬戦、“ランクA+の「孤絶」に勝てばランクアップの検討をする”と挑戦者側への報酬が設定されていた。――当時、彼女を畏れた政府の悪知恵によって。
今でもその報酬は続いているが、未だ誰も彼女に勝てた者はいない。
それでも目先の欲に囚われた人間が、時折こうして挑んでいた。
「そう……」
答えながらも少年に気を配る。
どこからどう見ても、二人の僧侶よりこの少年のほうが強い。
魔力を偽っているから実力を図り切れないけれど、少なくとも私と対等に戦えるぐらいには……。
そこまで考えて全身が逆立つ感覚に襲われる。
「――っ」
思わず少年を凝視した。
「どうかされましたか?」
突然の行動に僧侶が不思議そうに尋ねる。
「……いえ、何でもないわ。――そろそろ始めましょうか」
目を少年から逸らして首を振る。
その様子に僧侶たちは特に疑問を持たなかったようだ。
流れる汗を落ち着かせるために深呼吸をする。
少年の、彼の実力を見極めようと注視していたその時、彼がおもむろに面を上げて一瞬だけ目線があった。……それだけだ。
それだけのはずなのに、謂われようのない悪寒が襲った。
底知れない何かを見てしまったような、触れてはいけない何かに触ったような、そんな感覚。
思わずまじまじと見つめてしまった。
彼はゆっくりと視線を落としたけれど、一度認識した異常さは消えなかった。
正直隣で能天気に笑う僧侶たちの気が知れない――。
“――触らぬ神に祟りなし”
何も気づかなかったふりをして、今は摸擬戦に集中する。
結界を戦闘用に広く展開する。
自身から半径三メートル。
もっと広くもできるけど、魔力の消費や効率を考えてこのぐらいにした。
「こちらは準備できたわ」
声を掛けると僧侶たちも背負っていた荷物を広げだす。
組み立て式の薙刀に三節混、錫杖……。
あれはたしか――。
「拙僧共も整いました」
名前を思い出す前に僧侶たちが声を上げる。そうして二人と対峙した。
開始の合図は向こうから。
今回は一対二。
変則的ではあるけれど、私にとって相手の数はそこまで重要じゃない。
攻撃も相手の出方次第。
すぐに降参すれば何もしない。
諦めが悪いのなら魔法で倒して有無を言わせない。
いつの間にか少年が顔をあげてこちらを見据えていた。
その瞳には何も映さない――。
ちらりと見ただけで、すぐさま正面に視線を戻す。
「――それでは、天通道場のゴウラ『シシリ』がお相手仕る」
ああ、そんな名前の流派だったわね……。
僧侶の口上を聞きながら益体もないことを考えていた。
◆◆◆
まずは二人揃って薙刀を持って駆け寄ってきた。
たしか、あそこの流派って棒術専門じゃなかったかしら……?
疑問に思いながらも二人の行動を眺める。
薙刀を槍のように構えて突進する二人。
私から三メートル――ちょうど結界の範囲に薙刀が到着すると、まるで先端から削り取られたように消えてなくなった。
「なるほど! これがあなたの御業という訳ですね!」
いやに上機嫌な僧侶たちは中折れした薙刀だったものを観察する。
彼らは結界の手前で停止したから良かったけれど、そのまま足を踏み入れていたら薙刀と同じ運命を辿っていた。
◆◆◆
私のこの結界は領域に入った異物をすべて消し去る能力だ。
今回は物だったから良かったけれど、魔力を持った生物であれば私の魔力と反発して内部から破裂していく。それはもう凄惨なぐらいに。
初めの頃、何も知らない相手がそれで血だまりに臥したことがあった。
それを見た政府の人間が恐怖に慄き、私を排除しようとした。
私は逃げて今の塔に引きこもり、籠城していた。
幸いにも食べ物を摂る必要がないので籠城は得意だった。
結界の範囲を広げれば容易に近づけなくなる。
二か月ほど籠城していると、賢人会の英傑を名乗る男が現れた。
彼は眩いほどの光る魔力を纏い、私の結界に抗っていた。
血だまりを避けながら塔の入り口で立ち止まると、交渉に来たと言う。
警戒しながら半信半疑ながら話だけは聞くと政府には手を引かせると確約した。
その後は私の返事も聞かずに立ち去った。
実際それ以降は、無駄な血だまりが増えることも無ければ政府からのアクションもなかった。
再び現れた彼の説得で、私は許可証の登録と政府との話し合いをした。
……その時に見栄を張らずに彼に付いてきてもらえば良かったと後悔している。そうであれば、こんな面倒な契約を結ばずにいられたのでしょうにね。
◆◆◆
戦いの最中だというのに結界の前で考察している僧侶を眺めながら、過去に思いを馳せていた。
「――魔力を纏わせてもダメですか。なかなかに厄介ですな」
「左様。こちらの三節棍でも同様ですな」
「次を試してみましょうぞ」
今度は数珠を取り出してぶつぶつと唱えだす僧侶たち。
「諦めたらどうかしら?」
腕を組みながら悠然と言い放つ。
「何の何の。まだまだ拙僧らの術法は残っております故」
唱え終わった僧侶が快活に笑いながら答える。
「そう」
素っ気ない態度で二人の行動を見守る。
二人とも唱え終わると、それぞれ手で別の印を結び魔法を放つ。
半透明な球体や刃が現れ、こちらに飛んでくる。
「おお。これもダメですか」
僧侶の言葉通りに結界に入った瞬間、二人の魔法は掻き消え魔素へと戻っていく。
またしても何か唱えだし、次々と魔法を放ってくる。
どれもさっきの魔法と同じ運命を辿る。
「なるほど。では、こちらはどうですか」
刺青のない僧侶が数珠を持つ手を前に突き出す。
「ハッ!」
数珠が結界に触れる。
バチッと、いつにない音を立てると触れた部分が消え失せた数珠が手から零れ落ちる。
「なんと! シシリの『結界破り』でもダメですか!」
何をしたのか訝しんでいると刺青の入った僧侶が驚きの声を上げた。
さっきの音は結界破りの魔力を弾いた音だったのかしら? そういえば一度も見たことが無かったわ……。
内心そっと胸をなでおろす。
二人よりも私の方が技量が上だったから良かったけれど、きっと自分よりも技量のある相手だったらと思うとぞっとする。
「そろそろ終わりにしないかしら? あなた達では破れないわよ」
胸中を悟らせないよう余裕を持った態度で告げる。
「まだまだですぞ」
二人は足元の錫杖を構えて再び唱えだす。
今度は先ほどの結界破りに似た魔力が錫杖に集まりだす。
少しだけ警戒して目を細める。
まだ結界の強化幅に余力はあるけれど今はこのままで。
表層を破られたら考える――。
そう心の内で線引きをする。
ようやく準備が整ったようで錫杖を投げ槍のように構えた。
「フンッ!」
勢いよく振りかぶる。
投げるのかと思いきや、壁を拳で叩きつける要領で結界に錫杖を突き刺した。
またしてもバチッと音を立てて錫杖の半分近くを削り取った。
「はぁ」
呆れ果てていると伝えるために腕を組んだままため息をつく。
私の態度をよそに僧侶たちは悔しそうに会話をしていた。
「――くっ、拙僧共の術具でも形無しとは」
「左様。あの結界を破る術が通じぬとは思わなんだ」
こちらの意図が伝わらないとは本当に面倒な相手だった。
二人を放っておいて近くの少年を盗み見る。
「……」
ずっと動かず今までの様子を眺めている彼が何を考えているのか分からない。
気を抜いたら彼の存在を見失いそうになるほど、自然に溶け込んでいた。
対峙している二人の僧侶はきっと彼のことを完全に忘れているのでしょうね。彼らの哀れさに思わずふっと笑う。
「そろそろ諦めたらどうかしら?」
「なんのこれしき。まだ奥義が残っておりますので。我ら天通流の神髄をご覧あれ!」
高らかに宣言した刺青の入った僧侶が一歩前に出る。
もう一人の僧侶が背中に手を置いて何かを唱えだす。
「うおおおぉぉー!!」
雄叫びを上げながら魔力が高まっていく。
さっきまでの結界破りに似た、でもそれよりも濃密な魔力が――。
薄っすらと鈍色の魔力を纏う。
準備が出来たようでゆっくりと地面を踏みしめながら近づいてくる。
両腕を上げて結界を押すかのように構えをとる。
そのまま結界に徐々に近づき、そっと触れる。
その光景に思わず目を見開いた。
いくら表層とはいえ、鈍色に輝いた僧侶が手を結界の中に入れていたからだ。
戦闘用の結界に触れて無事だった者は今まで一人もいない。
賢人会の彼の時は籠城用で今ほど殺傷力も排斥力も高くなかった。
彼と似たような方法で一時的に結界の影響を遮断しているのでしょうね――。
驚きながらも冷静に分析をする。
ここまで出来るのね……、と内心舌を巻いていると、突然悲鳴が聞こえてきた。
「ぐわあああ!!」
悲鳴に顔をあげる。
見ればいつの間にか鈍色の魔力が消え失せ、内部に入っていた彼の手が弾け飛んでいた。
苦しみに地面を転げまわっている。
幸いなことに手首までしか入れていなかったので難を逃れていたけれど、全身入っていたら今頃どうなっていたことやら。
緻密な魔力制御が必要な技だったみたいで、結界に侵入できた喜びで制御を誤ったのでしょうね。
「大丈夫か、ゴウラ!?」
もう一方の僧侶が駆け寄る。
苦しみながらも私に憎悪の籠った目を向ける僧侶たち。
その様子に呆れながら肩を竦めて蔑むように睨む。
――もうこれ以上手はないようね。
最後通牒を突きつきつけようと口を開く。
「あなた達、いい加減こう――」
私の言葉は唐突な横やりで遮られた。
「――そこまでだ。お前らの負けだ」
いつの間にか二人の横に立っていた少年が二人を見下ろす。
少し高めの声が耳をくすぐる。
「餓鬼。お前はただの見学だろ、すっこんでろ」
さっきまでの口調とは裏腹に口汚く少年を罵る。
「俺はお前らのお目付け役だ」
「ハッ、許可証取りたての雑魚が何言ってやが――」
僧侶の悪態は少年の魔法によって阻まれた。
「――っ!?」
少年の魔法が一切わからなかった。
わかったのは辛うじて魔法を使ったことぐらい。
悪態をついた僧侶は地面でのびている。
両手を失った僧侶もいつの間にか昏倒していた。
「――悪かったな。この戦いはそっちの勝ち。僧侶たちは俺がマグノリア政府に持って帰るから」
そう言って二人を浮かび上がらせた少年。
そのまま背を向けて歩き出す彼を引き留める。
「待って! 説明してちょうだい。訳がわからないわ」
立ち止まって振り返った彼は困ったように顔を曇らせていた。
しばらく逡巡を見せた後、おもむろに口を開いた。
「……俺はオーギュストに依頼されてここに来た。なんでも、マグノリア政府の横暴に釘を刺すんだったかな。精霊使いの頼みでお灸を据えて欲しいとも言っていたと思う。で、こいつらと同じく空間魔法が使える俺が呼ばれたって訳」
説明を聞いてもよくわからなかった。
オーギュストは誰だかわからないけど、精霊使いって賢人会の彼のことよね? 前に教えてもらった時に、精霊使いはほとんどいないって言っていたはずだから。
「えっと、お灸を据えるって具体的にはどうするつもりなの?」
「政府に乗り込んで、これを渡す」
彼は懐から魔道具を取り出して見せた。
あれは映像や音を記録する魔道具。今回の一部始終を撮っていたらしい。
「複製してオーギュストたちにも渡す。あとは手紙を届けて終わり」
「……目的はなに?」
最大限警戒しながら彼を見つめる。
こっそりと魔法の発動準備をしていつでも放てるようにする。
私のそんな態度を気にも留めず彼は首を傾けた。
「さあ? 聞きたいことがあるならオーギュストたちに聞いてくれ。俺はそれ以上知らない」
韜晦している様子もなく本当に知らないのでしょうね。
そっと目線を落として力を抜く。魔法はまだ準備したままで。
「……一つだけ確認させてちょうだい。あなたの言う『精霊使い』、その人の名前はなんていうのかしら?」
「あいつの名前なんだっけ……? 確か賢人会の役員やってるって言ってた気がするが……」
私の問いかけに彼は独り言を呟きながら考え込む。
嘘を言っているようには見えなかった。彼の独り言を確かめるために尋ねる。
「その人の名前、『セオドア・ルカン』じゃないかしら?」
「ああ、そうだ。そんな名前だった」
私の言葉に得心がいったように手を鳴らして彼は頷いた。
「……そう、わかったわ。聞きたいことはそれだけ」
「そうか。なら俺はいくぞ」
そう云うや否や、彼は二人の僧侶を連れてその場から消え去った。
おそらく転移したのでしょうけど、魔法の兆候も魔力の揺らぎも感じ取れなかった。
ふぅ、と息が漏れる。
脱力すると手が震えていることに今更気付いた。
「……彼、凄いわね」
震える手を見つめながらそんな独り言が零れた。
◆◆◆
後日、政府から謝罪の手紙と契約の見直しについて提案がなされた。
契約内容は大分細かくなったけれど、私に不利な要素は一つもなかった。
ゆっくりとお茶を飲みながら手紙を書く。
宛名は二つ。
今回、裏で私を助けてくれたセオドアと白髪の少年。
彼の届け先はわからないのでセオドアに渡すようにお願いしている。
「ふぅ」
書き終えた手紙を持って窓に寄る。
窓辺に置いた小さなベルを鳴らす。
これでそのうち彼の精霊が来てくれるでしょう。
小さな来訪者を待ちながら、ゆっくりと流れる白い雲を眺めていた。




