17話 魔界の平悪魔たちの雑談
聖法歴1017年12月8日
魔界のとある浄化現場。
年の瀬近い今日、巡回兵である二人の悪魔が「儀式場」を訪れていた。
後輩が魔道車を運転しながら、助手席に座る先輩に声を掛ける。
「先輩、今日はどこまで行くんですか?」
「うーん、とりあえず第二区画までは行きたいな」
手元の資料を見ながら先輩が答えた。
「了解で~す。最初は温存しておきま~す」
気の抜けるような返事はいつものことなのか、先輩は咎めることは無かった。
二人は入り口の厳重なゲートをくぐる。
後ろでガチャンと、ロックの掛かる音がした。
ここは「穢れ」が流れ込む「儀式場」と呼ばれる隔離施設。
「穢れ」の海をぐるりと囲むように作られたこの施設は、「穢れ」の侵食を抑えるためのものだった。
「穢れ」は泥のように纏まる真っ黒な霧のような見た目をしていた。
周囲を専用の柵で囲まれ、入り口はただ一つだけ。
それも幾重にもロックが施され、漏洩を遮断するようになっていた。
「穢れ」はその性質上、何もない所に運ぶとじわじわと侵食するように大地を汚染し、そこには木や草も生えない不毛な土地となる。
地盤も液状化するように弱くなり、浄化してなお、元に戻るまでに長い年月を要した。
そのため、「儀式場」は研究室や危険区域のように厳重に管理され、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「穢れ」は空気よりも重く、水より軽い。
そのせいもあって、「儀式場」には天井がなく、開放感があることだけが救いだった。
何度か入り口をくぐった二人の悪魔が「儀式場」内部に到着する。
「うーん、第一区画から、結構濃度が高いな」
区画と言いつつ、壁や仕切りがある訳ではない。
大きな広間を区画と呼んでいるに過ぎない。
池や湖のように広がる「穢れ」の合間合間に小さな島のように広間が広がっているだけだ。
その島々を繋ぐようにしっかりとした小道が形成されている。
入り口から第一区画、道を一本渡った先が第二区画、さらにその先が第三区画と呼ばれていた。
悪魔二人が近づくと、「穢れ」が形を成し、狼のような魔獣の姿をとる。
顔や牙、毛並みまですべて黒い靄で形成された魔獣を悪魔二人は魔法で屠っていく。
倒した端から魔獣が形成され、二人に襲い掛かる。
ときには防ぎ、ときには躱し、悪魔固有の魔法で次々と倒す。
傍から見れば簡単な討伐作業に感じるかもしれないが、二人が中級悪魔だからこそ危なげなく処理できているだけだ。
下級悪魔であれば最低でも五倍、人間であればランクAが十人以上は必要だった。
残念ながら、人間はこの「穢れ」で出来た魔獣を倒すことは叶わないが……。
二人が順調に倒していくと、魔獣の発生が止まる。
倒した数は三十を超えていた。
「疲れましたね~、先輩」
「ふぅ、そうだな」
周りを見渡して「穢れ」が薄くなったことを確認すると、力を抜いて一息つく。
最初の言葉通り、今回は先輩主体で戦っていたため、彼の消耗が激しかった。
腰から回復薬を取り出して一気に呷る。
しばらくすれば疲労感が抜けて魔力も回復する。
二人はその場に座って休憩をとることにした。
◆◆◆
休憩の最中、後輩がおもむろに愚痴を零す。
「はぁ~、何で悪魔がこうあくせく働いているっていうのに、天使はのんびり寝てるんですかね」
「お前、それどこで聞いた?」
「どこだったかな~。忘れましたけど、そんな話を耳に挟みました」
手足を投げ出して座る後輩を咎めるような目つきで見る先輩。
「……今の若いのは知らないのか」
「あ、それパワハラですよ~、先輩」
ぼそりと呟いた先輩に後輩が口を尖らせる。
「そういう意味じゃないんだがな。――勘違いしているようだから教えるが、天使って全体の約七割が一日の三時間ぐらいしか起きてないんだ」
「やっぱり寝てるんじゃないですか~」
「違う、正確には活動できる時間が一日三時間しかないんだ」
「どういうことですか?」
始めは気の緩んだ顔をしていた後輩が首を傾げていた。
あまり言いふらすな、と注意喚起した先輩が説明する。
「天使の能力の一つなんだが、他の天使に自分の力や状態を貸与できるらしい。天使の役割として、地上界のバランス調整があるのは知っていると思うが、それを一部の天使に力を集約して行っているらしい。で、与えた天使は眠らざるを得ないってことみたいだ」
「へぇ、天使ってそんな能力持ってたんですね。でも、力を貸すのは何となく分かりますけど、状態ってどういうことですか?」
「確か、眠気とか疲れとか、病気もだったかな? そういうのを相手に渡せるんだとか。天使が寝てばっかりと言われる所以だ」
「はぇ~」
先輩の説明に感心して頷いていた後輩だったが、ふと疑問に思ったことを口にした。
「でも、なんでそのことが知られてないんですか? 学校でも習わなかったですし。現に寝て怠けてばっかりいる~って勘違いされるじゃないですか」
後輩の質問に少しだけ表情を引き締めた先輩が答える。
「……天使の能力が知れ渡ると自分たちの身が危ないからな。一人いなくなるだけで力が削がれるんだから。かといって、全く知られないと変な気を起こした連中に攻め込まれる危険もある。だから、人づてに教えられるのは見逃すことにしたらしい。――触れ回るなと忠告したうえでな」
「あ~なるほど。でも、先輩はよく知ってましたね。誰に聞いたんですか?」
「死んだ俺のじい様から聞いた。なんでも、『盟約』のときに現役だったとか」
「へぇ~、おじいさん、随分と長生きだったんですね~」
「盟約」が結ばれたのは今から二千年ほど前。
そこで、当時の天使長、魔王、仙人の長、神の代表が集まりルールを定めた。
天使は、書物に天使の能力を一切残さないこと。
悪魔は、地上界に降り立つ悪魔を管理すること。
仙人は、世界規模の危機が訪れない限り、手を出さないこと。
神は、世界を見守り、最後の砦として直接的な干渉を避けること。
危機の基準は、まず人間たちで対処する。出来なければ天使長と魔王で対応する。それでも無理であれば仙人たちが解決にあたる、と取り決めをした。
細かいことはあれど、大まかにこのように定められたのが「盟約」と呼ばれていた。
悪魔は長命種だ。
魔力の多さによって寿命が変わり、長ければ千年以上生きることもある。
その「盟約」が結ばれた時代を生きていたというのであれば、先輩のおじい様は優に千歳を超えていただろう。
下手をしたらその倍を生きていたのだから、魔力量は考えるまでもないだろう。
その後、二人は他愛もない雑談に興じながら、しっかりと休息をとっていった。
◆◆◆
「そういえば、仙人って今どれぐらいいるんですか?」
休憩も終わろうかというタイミングで後輩が尋ねる。
立ち上がろうと中腰になっていた先輩は、しばし思い出すように考え込む。
「……確か、二、三人じゃなかったか。詳しくは知らないな」
「へぇ~、少ないですね」
気のない返事をすると、後輩が勢いよく立ち上がる。
「休憩は終わり。次は第二区画を『浄化』していくぞ」
「は~い」
二人は揃って三つあるうちの一つに進む。
そして、休憩を挟みながら第二区画すべてを浄化したのちに「儀式場」を後にするのだった。
天使について、どこにも書いてないなと思って入れました。
天使の強さ≒頭数の多さ
となります。




