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11話 揺蕩う風の便り

聖法歴1019年5月10日



 最近聞こえていた「辻斬り」の噂。

 それが数日前を境に、ぱたりと途絶えてしまった。

 なんでも、件の「辻斬り」が「不捉」によって撃退されたとか。

 それで終わればよかったのに、「辻斬り」が生きている、またどこかに現れて似たようなことをされては困るとの嘆願が、この二日間で評議会本部に大量に寄せられた。

 本来であれば別の人間が赴くところ、とある情報を見た私は、自ら買って出ることにした。



 ◆◆◆



 今日はお供のメイジーを引き連れて、教国と連邦を繋ぐ転移ポータルに足を運んだ。

 事前の手続きはメイジーが済ませてくれたので、程なくして連邦に入ることが出来た。

 これまた用意された魔道車に乗り込むと、メイジーの運転で目的の場所まで移動した。

「辻斬り」はここ、ソール連邦の魔力災害特別対策本部にいるらしく、アポを取り付けて会うことになった。

 中に入るとヴェロニカ女史が出迎えてくれた。


「――お待ちしておりました。件の方は既に詰めておりますので、ご準備が整いましたらお声がけください。連れてまいりますので」


 案内に従って部屋に通されると、女史は素早く二人分のお茶を用意して退出した。

 メイジーに席を勧めても、頑なに私の後ろで控えると言って聞かない。

 しかたなく女史を呼んで「辻斬り」と会わせてくれるように頼む。


「わかりました、連れてまいります。――驚かないでくださいね」


 退出ざまに女史が不穏な言葉を残す。

 メイジーと二人顔を見合わせる。

 噂自体、既に聞き及んでいるし、裏取りもした。

 たしかに信じがたい情報ではあったけど、それを指しているのだろうか。

 ――いや、彼女のことだ。

 私たちが既に情報を知っていることは重々承知だろう。

 そのうえであの言葉。皆目見当もつかない。

 二人頭を悩ませていると、控えめなノックの音が響く。


「――どうぞ」


 入室を促すと、女史が一人の少年を連れてきた。

 その風貌は噂と違わず。

 年のころは十歳を過ぎたぐらい。

 白髪に赤目。

 服装は噂では襤褸(ぼろ)を着ていたようだが、今は整えられていた。

 少年を観察していると、向こうも同じだったようで、目を細めて私を見ていた。


「――やあ、初めまして。私はセオドア・ルカン。ミスルト教国のしがない英傑さ」


 席を立ち、フレンドリーに自己紹介をする。

 続けて少年の名前を聞こうと口を開いた矢先、少年が平坦な声で疑問を口にする。


「――おまえ、()()使()()か?」


 瞬間、メイジーが懐に手を忍ばせて警戒態勢をとる。

 その気配を背中で感じつつ、ゆっくりと手を上げて制止する。

 当の少年はちらりと一瞥しただけで、興味を失ったように再び私に目を向けた。

 少年の態度に怒りを露わにしたメイジーだったが、私の制止を無視する気はないようで、奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

 私はヴェロニカ女史に視線で問いかける。

 女史は面白そうに眺めていて、私の意図に気付いて小さく首を振ってくれた。

 ――なるほど、最初の言葉はこういうことだったのか。

 得心がいったところで、少年の疑問に答える。


「そうだよ、私は精霊使いだ。加えて神聖魔法も使う。()()()()()神聖魔法使いってことになるかな」


 素直に口にすると、少年はすぐに興味を失ったようで視線を外された。

 後ろでメイジーが驚愕(きょうがく)に目を見開いていた。

 それを無視して少年に話しかける。


「君のことを教えてもらってもいいかな?」

「どうして」

「今後とも仲良くしたいからね」

「俺は別にいい」

「そんなつれないことは言わないでよ。長い付き合いになりそうなんだから」

「……何でそう思う」

「勘だよ」

「……」


 勘と答えると、少年は私を振り向いてしばらく黙っていた。

 少年の反応を待っていると、絞り出したようなか細い声が聞こえてきた。


「……ゼイン」

「いい名前だね。歳は?」

「今十一」

「伸び盛りだ。将来が楽しみだね」

「……」


 私の言葉で拗ねたようにまたそっぽを向いてしまった。

 ゼイン君は気難しいようで、もう口を聞いてくれそうな気配がない。

 仕方なしにヴェロニカ女史に向き直って会話しようとすると、少し乱暴なノックの後に見知った人が登場した。


「――すまない、セオドア。うちのゼインが失礼をしてないかい」

「大丈夫ですよ。ちょうど自己紹介を終えて雑談していたところです」


 息を切って現れたオーギュストは、部屋を見渡してゼイン君を見つけると、軽く頭を抱えた。


「はぁ。人見知りというか無関心というか。気を悪くしたならごめん。彼に悪気はないんだ」

「構わないですよ。代わりに事情を教えて頂ければ」


 私はここに来た経緯を説明する。


「『辻斬り』? 私は知らないが――ヴェロニカ、君の仕業だな」


 初めはきょとんとしていたオーギュストが、ヴェロニカ女史に視線を向けると、問い質すように目を細める。


「そのとおりです」


 ケロリとした表情で認めた女史が事の経緯を淡々と説明する。


 どうやら事の発端は、ゼイン君が幼い子供を保護したことから始まったそうだ。

 その子供は人身売買を行う犯罪組織から運よく逃げてきたようで、エルム連合王国から遠路はるばるソール連邦まで逃げてきたらしい。

 魔境を隠れながら移動したそうで、魔獣に襲われそうなところをゼイン君が助けた。

 その後、保護した子供の話を聞いたゼイン君が単身で街道封鎖を行い、結果として「辻斬り騒動」に繋がったという訳だ。


 話を聞いたオーギュストは頭が痛そうにこめかみを揉む。


「なぜそのことを私に報告しなかった……」

「そのほうがおもし……ベストだったからです」

「おまえなぁ」

「言葉遣いがなっていませんよ、オーギュスト執行官様」

「はぁ――」


 盛大なため息をついて苦労人を思わせるオーギュスト。

 怜悧(れいり)な表情で淡々としているけど、目は笑っているヴェロニカ女史。

 こうして久しぶりに会っても変わらない光景に、思わず笑みが零れる。


「――つまり、連邦のお偉いさんが絡んでる可能性があったと。それで、私にも知らせずにこちら側の情報を断った。――で、裏は取れたのか?」

「もちろんです。実働部隊を彼が根こそぎ捕らえましたからね。拠点も抑え、書類も接収しております」

「――資料は後ほどセオドア達にも共有する。今は少しだけ待ってもらえないかい?」

「ありがとうございます」


 少しだけ考えていたオーギュストがこちらに水を向ける。

 特に異論はないので素直に了承した。

 その後、こちらの用件を思い出したオーギュストが話題を切り出す。


「肝心の『辻斬り』だけど、もう起きることは無い。似たような事件があっても、今回みたいな騒動にはしないから。――いいね?」


 最後の言葉はヴェロニカ女史に向けて言い放つ。

 当の女史は素知らぬ顔をして(たたず)んでいた。


「『辻斬り』についても、ちょうど『不捉』以降は誰とも戦っていないそうだから、『不捉』に負けて大人しくなったことにすればいいんじゃないかな。似たような噂も流れているそうだし」

「私は構わないですが、本人はそれでいいのですか?」


 ちらりと部屋の隅で一人だらっとしているゼイン君に目を向ける。


「――ゼイン、それでいいかい?」

「好きにしろ」


 オーギュストの声掛けに、身動き一つしないゼイン君がぶっきらぼうに返した。


「本人の許可も下りたことだし、それでいこうか」


 オーギュストの明るい言葉でこの話題を締めくくった。



 ◆◆◆



「もう用がないなら俺は帰る」


 おもむろに立ち上がったゼイン君は私たちに向かって告げた。

 視線でやりとりすると、オーギュストが代表して答えた。


「構わない。今日はありがとう」


 その言葉を聞くや否や、ゼイン君は目の前から一瞬にして消えていなくなった。

 転移を使った気配がしたけど、驚くほど残留魔力が少ない。

 感心していなくなった場所を眺めていると、落ち着いた声が響き渡る。


「凄いだろう、ゼイン。あの年で魔力制御が群を抜いている。正直、今の時点でも私を超えている」

「……そこまでですか」


 私の知る中でも一、二を争う魔力制御の達人であるオーギュストがそこまで絶賛するとは。

 感嘆を漏らしながらも、ふとした疑問がよぎる。


「先生、私のことをゼイン君に話しましたか?」

「――先生はもう卒業したんだから、名前で呼んでくれ。……その質問はノーだ。セオドアについて話したことはないね」


 懐かしむように遠い目をしたオーギュストがきっぱりと否定する。

 そのまま隣のヴェロニカ女史にも問うような視線を向ける。


「――私も一切お話しておりません」

「セオドアも初対面で言い当てられた口かい?」


 女史が否定すると、オーギュストは思い当たる節があったようで茶化すような笑いを浮かべていた。


「すると、オーギュストも?」

「そうだ。彼に初めて会ったとき、いきなり悪魔と言い当てられて焦った焦った。一緒にいた部下たちが殺気立って、一触即発だったよ」


 笑いごとのように告げているけど、彼の部下たちと一触即発ということは、随分とゼイン君は怯えたのではないだろうか。

 顔に出ていたのか、オーギュストが苦笑しながら教えてくれた。


「下手に動くとこっちがやられそうでね。どうにか双方を宥めて事なきを得たけど、あのまま戦いになっていたら、()()()()()()()()()()だろうね」


 驚きのあまり、目だけでなく口まで開いてしまった。

 ――あのオーギュスト先生が少年相手に負ける? それも、多対一で?

 目の前に座る姿を見るに、冗談や誇張じゃなさそうだった。


 咀嚼(そしゃく)するまでに少なくない時間を使って言葉を嚥下(えんげ)する。

 落ち着くために、お茶を一口飲む。


「――彼、そこまで強いのですか?」

「強い。初見じゃまず見抜けないだろうが、あいつは魔力も実力も隠蔽している。知っていても、どこまで隠しているか読み取れないぐらいには隠蔽が上手だ。本人が実力を誇示するのを嫌っているのもあって、未だに測りきれていない」


 オーギュストの言葉で事前に見た資料を思い出す。


「彼のランクはC+ですよね? 試験はどうしたのですか」

「特例措置で前倒しで受けさせてもらった。計測板が機能しなかったから、そこも特例で暫定措置」


 それで思い出した。

 去年、とある試験で計測不能者が現れたと耳にした。

 前代未聞だったので調べようとしたけど、当時は非公開で閲覧できなかった。

 噂もすぐに立ち消え、魔道具の不調か何かだと思っていた。

 今なら役員権限で見られるかもしれない。


「計測できなかった原因をご存じなのですか?」

「……確証はないけどね」


 愁いを帯びたオーギュストの様子に思わずたじろぐ。


「気にはなりますが、あなたが話してくれるまで……あるいは、知る機会があるまで待ちましょう」

「……ありがとう」


 一生あれを使う機会がなければいいのに――。

 オーギュストの零した独り言は、この場の全員聞こえなかったことにした。



 ◆◆◆



「そろそろ私たちはお暇しますね」


 その後は和やかな雰囲気で世間話に興じていた。

 少し長居をしすぎたようで、空は朱に染まっていた。


「こちらこそ、長々と引き留めてすまなかった。久々に会えて嬉しかったよ」


 返ってくる返事も心なしか哀愁が漂っていた。

 オーギュストとヴェロニカ女史は出口まで見送ってくれた。


 メイジーの運転で転移ポータルに到着する。

 転移で教国に戻るなか、ちょっとした願望が漏れる。


「転移、自分で使えると便利なんだけどね」


 転移を発動するときの魔道具の音に掻き消えそうなぐらい小さな呟きをメイジーが拾う。


「――苦労もひとしおですよ。今以上に業務を抱えるおつもりですか」


 的を射た意見におもわず苦笑が浮かぶ。


「さすがに勘弁してもらいたいね」


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