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9話 幼子の守護者

聖法歴1022年2月4日



 国際会議を間近に控え、皆いつになく殺気立っている。

 教会を訪れる人々も増え、民衆も不安に駆られていた。

 彼が情報をもたらしてから優に一年は経過しようとしている。

 さっさと裏取りをして各国の足並みを揃えればよかったものを、今では後の祭りだった。



 ◆◆◆



 今期の「十傑」を発表してまだ一年半しか経っていないのに、既に四名が亡くなった。

 名のある英傑も数多く亡くし、残った戦力で挑まなければならない。

 やはり戦争は失うものが多すぎる。

 それも、仕組まれたものであれば、悔しさもひとしおだった。

 私が一人執務室で憂いていると、ふわふわと近づく人影があった。


「さがしましたよ~、セオドア~」


 窓の外から壁を透過して声の主が表れた。

 手のひらに乗るほど小さく可憐なこの少女は、私の契約している精霊だ。

 彼女は天界や神界から、私へのメッセンジャーとしてよく働いてくれている。

 その他にも遠く離れた出来事から、その辺りの市井の噂まで様々な情報も私にもたらしてくれる。

 今日もなにかしら持ってきたのか、甘えるような仕草で肩に乗る。


「アネモス、お茶でもどうだい?」

「いただきます~」


 備え付けの湯沸かし器を使ってハーブティーを()れる。

 そっとテーブルに置くと、手にしたスプーンで掬ってちびちびと飲み始めた。

 満足げに一息つくと、用事を思い出したのか、食ってかかるようにアネモスは話始めた。


「そうです、おねがいがあったんです~! このまえあらわれた、人造天使。そのかけらでもあれば、ゆずってほしいです~」

「それは天界が欲しているのかい? それとも神界?」

「天界のほうです~」


 独特な調子で告げられた言葉は想定していたものだった。


「構わないよ。次来る時までに用意するから持っていくといい」

「ありがとうです~」


 ほっとしたようで、残っているハーブティーにまた挑みかかっていた。

 しばらく様子を眺めていると、アネモスは独り言のように呟いた。


「でも、のこっていてよかったです~。あとかたもなくきえたとおもってました~」

「どうしてだい?」

「だって、あの『幼子の守護者』のげきりんにふれたです~。()()()()じゃすまないとおもいます~」


 スプーンを振り回して滔々(とうとう)と語るアネモスに苦笑で返す。


「そう考えるのも無理はないかな。今回のことは私も詳しくは知らないけど、戦闘跡地は軽く更地になってはいたらしいよ」

「やっぱりです~!」


 それ見たことかと言わんばかりにスプーンを突き立てて得心する。

 事後報告で彼から直接渡された()()に関して、扱いには困ってしまった。

 それと一緒に人造天使の破片を受け取った。

 彼曰く、他に証明できそうなものが無かったから仕方なく残したらしく、他にあれば、わざわざ()()()()()を残そうとはしなかったそうだ。

 そういう意味ではアネモスの言葉は正しい。

 得意満面で彼の過去の行いについて語る彼女へ水を差すまでもないだろう。

 適度に相槌を打ちながら過去に思いを馳せる。


「かれはなぜか、こどもの()()がわかります~。あくじをはたらく()()()()()も、いつかはかれがせいばいするです~」

「そうだね。過去には善良で知られていた英傑も、裏で虐殺を行っていたみたいで、それを一目で見抜いてしまうのだから」

「そうです~。あのときは精霊さがしたいへんでした~」

「あの時はありがとう。本当に助かったよ」

「いえいえ~」


 あまりしつこく感謝すると、彼女は照れてしまうから軽い口調でお礼を言ったが、あの件は本当に助かったのは事実だ。


 ちょうど一年半ほど前。

 アケル公国とソール連邦の国境付近で、広大で不審な焼け跡が見つかったことから始まった。

 当初は誰かのいたずらや未知の魔力現象が疑われた。

 普段は人が寄り付かない場所だったせいもあって、得られる情報が少なかった。

 調査の結果、数百メートルにも及ぶ焼け跡にも関わらず、誰も火の手はおろか煙すら見ていなかった。

 また、焼け跡が無かったとされているひと月ほど前までの間に、巨大な魔力波も周辺で検知されなかったとなって、ほぼお手上げ状態だった。


 そのため、アネモスへ周辺にいた精霊や動物に聞き込みを頼んだのだ。

 元々時間感覚が人間とは異なる精霊や、意思疎通の難しい動物相手の聞き込み調査は、相当骨が折れただろう。

 最終的に犯人が分かったが、今度はその犯人の裏取りが待っていた。

 事情を知る彼の証言だけでは不十分であったため、過去いつ起こったか分からない出来事を調べ上げたのだ。

 アネモスの貢献なくして詳細を知る由もなかった。


「こどもがまきょうにはいったときはひやひやでした~」

「あれには驚かされたね。面識もないはずなのに、ピンポイントで見つけて助けてしまうんだから」

「そうですね~。きいたあと、()()()()ていって、()()としたら、こどもをねこちゃんみたいにつかまえてました~」

「犯罪組織を見つけるときも、最初から知っていたかのように場所を特定してね。暗号も封印魔法も形無しだったよ」

「あのときは、たてものもなくなって()()()()でした~」

「そうだね。私は都市が潰れないかとヒヤヒヤしていたけどね」

「きれーにスプーンですくったみたいでした~。あのときのひとたちのかお、()()()()()()()でおもしろかったです~」

「あの事件後ぐらいからかな。子供を標的にした犯罪が減少していったね」

「そうみたいです~」


 ハーブティーを飲み終えたアネモスに、引き出しから取り出したクッキーを差し出す。

 体と同じぐらいの大きさのクッキーにかじりつく様子は、何度見ても不思議なものだ。


「私が知らないだけで、彼はきっと多くの子供たちを助けているんだろうね」

「でも、ひにくです~。そんな『幼子の守護者』がこどもたちからこわがられるなんて~」

「――仕方ないさ。彼、見た目にはこだわりがないみたいだし。少し前にイメチェンしてたけど、(にじ)み出るオーラまではどうしようもないからね」

「ざんねんです~」


 彼に対して思うところがあるのか、少しだけ悲しそうな顔をした。

 そんなこんなで雑談に花を咲かせながらも時間は過ぎていく。


「ごちそうでした~」


 クッキーを食べ終えたアネモスはゆっくりと立ち上がる。


「お粗末さまでした。約束のものは準備しておくから」

「ありがとうです~。またきます~」


 そう言って軽く手を振ってからアネモスはぱたぱたと飛び去って行った。


「またね」


 見えなくなるまで見送る。

 思いがけない来客で鬱蒼(うっそう)とした気分が晴れた。

 彼の行い、世界の敵、今後の働きかけ等々……。

 課題は山積みだが、戦力に関しては問題ない。

 私たちには「幼子の守護者」がついている。

 彼は私たちの勝利の要だ。

 彼の信念が揺らがない限り、私たちと彼は共闘し合える。

 そんな確信を胸に、来たるべき会議に向けて準備に取り掛かった。


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