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分配された恋

分配された恋

作者: あい

第一章:分配通知の夜


2043年、日本。

出生率は0.59まで落ち込み、政府は最後の手段として「結婚出産義務法」を完全施行。

25歳以上の未婚者は国家によってランダムにペアリングされ、2子をもうけるまで婚姻と同居が義務化された。


アイドルグループ「LOVEYOU」のメンバー・沙織(25)。

透明感ある歌声と、決して崩さぬ“清純キャラ”で人気を誇る沙織にも、ついにその通知が届く。


> 【通知】あなたの義務パートナーは「村上賢太むらかみけんた」と割り当てられました。

第七特別区A-4棟、同棲開始日:72時間以内。




その名を見て、胸がざわめいた。

賢太――過去に何度もファンレターを寄越した、ライブ会場でもたびたび見かけた男の名前だった。


「なんで、よりによってファンなの……」


沙織は部屋の床に座り込み、スマホを握ったまま動けなかった。

自分の意思ではなく、制度で決められた“結婚”。

この清楚なイメージも、全て壊れてしまうのか。



---


第二章:制度の檻の中で


割り当てから3日後。

第七特別区――かつての都営住宅を改装した国家支給マンション。

規則通りに共有スペースとプライベートスペースが分けられ、「妊娠管理装置」が各部屋に設置されていた。


賢太は、見るからに地味で不器用な青年だった。


「……初めまして。こういう形で……すみません」


その声は意外なほど低くて、どこか誠実だった。


「知ってるわ。あなた、古参のファンでしょ? こんなの、夢だった?」


挑発のように言った沙織に、賢太は静かに首を振った。


「夢じゃないです。むしろ、悪夢だと思ってます。……あなたを、制度で手に入れるなんて」


その言葉に、沙織の胸の中にあった嫌悪が、ほんの少しだけ緩んだ。



---


第三章:処女と義務の狭間で


沙織は今まで、清楚を貫いてきた。

恋愛禁止ルールを破ったこともなければ、誰かと身体を重ねたこともなかった。

それは“商品としての自分”を守るためであり、同時に、自分を守る最後の砦でもあった。


そして今、それを失わなければならない日が来た。


> 【通達】性交渉実施期限:7日以内。妊娠検知は国家管理センターへ即時報告。




その晩、沙織は震える声で言った。


「……私、まだ処女なの」


沈黙が流れる。


「嫌なら、無理にとは――」


「違う。制度だから、じゃない。……あんたなら、まだ……マシだから」


沙織は、目を閉じた。

怖かった。

見られること、触れられること、傷つけられること。

ファンの手によって、自分が“汚されていく”と感じてしまうことに、耐えられる自信がなかった。


でも、賢太の指先は、驚くほど震えていた。

まるで、触れるだけで壊れてしまう陶器に触れるようだった。


「……ありがとう」


沙織は、涙を流しながら初めての夜を受け入れた。



---


第四章:芽生えた命と名前


1ヶ月後、沙織は妊娠した。


国からの通知が届いた瞬間、どこかで覚悟していた未来が、現実として突きつけられた。


「……妊娠、したって」


賢太は顔を上げ、目を見開いたあと、そっと微笑んだ。


「ありがとう。あなたが……産んでくれるって、思わなかった」


「義務だからよ。制度だから」


口ではそう言ったけれど、沙織の内側には、小さな炎のような感情が生まれていた。

体内で育っていく命に、何か“意味”を見出したかった。


出産は想像を絶する痛みだった。

でも、産声を聞いた瞬間、その全てが洗い流された。


「……この子に、“優陽ゆうひ”って名付けたい」


それは、沙織がずっと胸に秘めていた名前だった。



---


第五章:第二子命令と拒絶の夜


優陽が1歳になる頃、国家から新たな通知が届く。


> 【通知】第二子の義務履行期限が迫っています。性交渉記録が3ヶ月間確認されておりません。

本通知は最終警告となります。




「ふざけてる……子どもを“数”でしか見てないの?」


沙織は怒りに震えた。

一人目の時とは違い、今の彼女には“母”としての感情があった。

そして、もう一度“抱かれる”ことに、別種の苦痛を感じていた。


「……怖いの。身体を差し出すことより、また“制度の道具”に戻されるのが」


その晩、沙織は自ら賢太の手を握った。


「お願い……あんたでいい。だから、私を“壊さないで”」


彼の目は静かで、どこか悲しかった。

そして、沙織をもう一度、包み込んだ。


制度に負けないように。

彼女を“ただの機能”にしないように。



---


第六章:二人目と、選ばれた愛


二人目の妊娠が発覚したとき、沙織の心は落ち着いていた。

怒りや拒絶ではなく、まるで“受け入れた海”のように、静かだった。


第二子出産の義務が果たされると、国はこう通知した。


> 【通達】義務は完了しました。今後は婚姻継続希望の有無を申告してください。




その晩、沙織は賢太に聞いた。


「……制度がなかったら、私を選んでた?」


「選べるなら、最初からずっと、あなたを選んでました」


沙織はうつむき、そして、小さく微笑んだ。


「じゃあ今度は、私が選ぶ番ね。……これからも、一緒にいて」



---


最終章:制度の中の自由


2048年。

結婚出産義務法は未だに継続中。

だが、制度に“縛られながら”、自分たちの中に“選んだ愛”を見つける人々も増えてきていた。


沙織は今、かつてのアイドル衣装を封印し、保育ボランティアとして地域で活動している。


ふと見ると、遊ぶ子どもたちの中に、優陽と第二子・つむぎの姿があった。

賢太は遠くからそれを見守り、静かに手を振った。


制度に始まり、制度に導かれた関係。

だがその中で、確かに彼女は“自分で選んだ家族”を持った。


「ありがとう……奪われたものもある。でも、それだけじゃなかった」


制度が終わらなくても、心は自由だった。

そして、彼女はそれを、証明していた。



---


―完―


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