五秒の再会
坂道の向こうに見える黒いコートの影。
見覚えのあるシルエット。
見覚えのある? ううん、違う、その言い方は正しくない。
忘れられないシルエット。
真夏の太陽みたいに、あたしの心に影を焼き付けて行った。
生傷を少しずつ、ジャラジャラした派手なカサブタで覆ってみたけど、時々ヒリヒリするの。
コツンコツンとあたしのプライド、15cmのピンヒールを連れて瞬時に戦闘態勢。
二年ぶりに視界に入るあのシルエット。
近づいてくる、クールな横顔。
かきあげるとちょうどよく指の間をすべる前髪と、あたしの好きな長さの襟足が悔しくて。
隣は今の人? それともただの客?
あの頃、周りじゃ皆が噂してた。あいつに近づくな。
裏でなんて呼ばれていたか、ホントは知ってたんでしょう?
JET、それがあなたのコードネーム。手が早いクールな男=JET。
それを光栄だねなんて言ってのけるような男だった。
近づく。
あと20メートル。
片手に持っている花束は、隣の女の好きな花? 趣味悪いわ。派手なだけ。
靴音。
あと10メートル。
本気だなんて嘘だったんでしょう?
毎日が嘘みたいにキラキラして、それからギラギラになって疲れてきたの。
本気だなんて嘘ばっかり。
笑い声。
あと5メートル。
あの日々がふわふわ浮かぶ。
思い出を指先に巻きつけて、甘い甘いコットンキャンディ。
指先を淫らに舐め上げたらびっくりするかしら。
あの香り。
あと50cm。
あの声。あの視線。熱い。指先。肩越しの景色。唇。首筋。
目が合う、あなたの瞳。二人だけの視線で。
そのまま昇りつめそうな、秘密の無言劇。
すれ違う。
甘くて苦い、五秒の再会。
本当は知ってたの。
あたしだってこの街で、夜の顔で生きている女だもの。
あなたの愛が怖くて、きっと逃げ出したのはあたしが先。
信じるなんてそんな怖いこと、選ぶことが出来なくて。
振り返る。
嘘みたいなシンパシー。
ゆっくりと、あたしの視線に滑り込む、あなたの瞳。
もう一度、目が合っても、もう戻れない。
胸の奥がヒリヒリと熱く、唇は思い通りに動かない。
「愛してる」
もう一度、その唇で言われたら、きっとポッキリ折れてしまう。
あたしの15cmの踵。
「ありがとう」
声にならない声で呟く。
見逃さなかった。
悪戯っぽく、瞳だけで笑うあなたを。
五秒の再会。
それはあの二年の月日より長く感じた。