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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天の光

作者: 空澄叶人

 これは書いた後、パソコンの片隅にずっと眠っていたものです。正直、投稿することは無いと思っていました。物語には現実と比べて少し脚色をくわえています。しかし主人公は自分の分身です。こんなふうな自分という存在が読者にどんなふうに受け止められるのだろう。それが気になって、今日投稿を決意しました。ちょっと読みにくいかもしれませんが、良かったら読んでやってください。



 貴方は善ですか悪ですか?

 そう聞かれたら、俺は悪よりですと答える。



 自分の友達が傷つけられれば反撃するし、恋人が毒親に殴られたのなら警察を呼ぶ。それは悪ではなく美談じゃないか? 言われてみればそうなのだけれども、俺の人生の根っこの部分はひどいもんだ。子供の頃は相当な悪さをした。幼稚園ではよく友達をぶって泣かせていたし、小学校の頃は夜な夜ないじめられっ子の家にロケット花火を撃ち込んだ。ピンポンダッシュは楽しかったし、万引きをした時のスリルは今でも生生しく思い出せる。だけど下を見ればきりがない。俺よりも悪い人間などいくらでもいるだろう。



 例えば俺の兄だ。高校生の頃の話。学校で調子にのっていると評判の奴のアパートの部屋に、夜な夜な襲撃を仕掛ける。兄の腕っぷしは強く、体躯は大きい。その上、極真空手をやっていたこともある。



 たとえ話にするとこんな感じだ。



 その夜、一人暮らしの彼は友達と三人で飲みをやっていた。未成年だが、未成年であるだけに酒を飲むのは格好良いと思っていた。タバコも吸っている。ゲラゲラと笑い声の響くアパートの一室。ふと部屋のインターフォンがポーンと鳴る。なんだろうと思い、彼は玄関に行って扉を開いた。そこにいたのは黒のニット帽で顔面を覆い隠した巨躯の男。両目の部分にだけは穴が空いていた。恐怖にかられ彼は急いで扉を閉めようとする。だが足を割り込まれた。これでは扉を閉められない。ニット帽の男はこう告げた。「楽しい夜の始まりだ」



 悲しいかな、俺の地元には兄よりも腕っぷしの強い男はいなかった。兄は、夏の夜道を歩いては通りかかる人の肩に肩をぶつけて、難癖をつけ、痛めつけては財布の中身だけ奪う。負けることは無く、誰かに叱られることも無く、教師は知らんぷりであり、両親でさえ怖がっていた。



 貴方の兄はきっと不幸になるでしょう、因果応報です。



 仏様はそう言うかもしれないけどさ、現実は違うよな? 実際、その二十年後の今。兄は警視庁の幹部となった。一番下から入ったのに、脳が焼けるほど勉強したんだろうな。何十人もの部下を従えており、今日も忙しく働いている。警察と言えば正義の味方だ。正義の味方には悪と戦うための拳銃がいる。そう、腕っぷしの強い兄は正義の組織にとっての拳銃になったのだ。そして、プライベートでは見目麗しい花嫁さんをもらい、ベッドタウンに二階建ての家を買った。やがて娘たちが生まれすくすくと育っている。その娘たちがどんな大人になるかはまだ分からない。いま現在、無邪気なおてんば娘たちである。もう誰もこの家族の幸せを止めるべきではなかった。兄の育ちが悪いからと言って、誰が彼の幸福を邪魔できるだろうか?



 お分かりだろう。みんな知っているけれど声を大にして言えない話がこれだ。若い頃に悪いことができた奴っていうのは、わるく(・・・)ない(・・)大人になるみたいだ。個人差はあるんだろうけれど。



 逆のたとえ話をしよう。ある人は、小さい頃から親のきつい教育を我慢して我慢して我慢して、ずうっと耐えて生きてきた。そんなある日、ふと思う。こんなに我慢をして生きているのに、どうして自分にはいつまで経っても幸せが訪れないのだろう? 最後に恋をしたのはいつだ? どうして就職したらいつもイジメられるんだ? おっさんの自分に対して両親は未だに子ども扱いだ。もううんざりだ。何もかもが嫌だ! ――大都会の大通りを、彼は両手に包丁を持って走った。ニュースでありそうな話である。



 比較してみよう。

 夜の帝王であった過去を持ち、今は警視庁の拳銃である兄。

 親のきつい教育を耐え忍んで真面目に生きてきたのに、最後にやっちまった彼。

 死んだ後に二人を天国か地獄に送らなければいけないとして、その選択をするのが貴方だったする。

 どんな選択をするだろうか。



 さて、俺の自己紹介代わりと言ってはなんだが、少し語らせていただいた。



 今は夜だ。

 外は大雨が降っている。

 それに雷のひどい日だった。

 実家の茶の間のテーブルの席に座って、久しぶりに家族三人が顔を突き合わせていた。

 父さんと兄と俺だ。

 母はいない。

 数日前に亡くなったのだ。

 葬式のために、兄は家族を連れて東京から帰省してきている。

 葬儀は、母が生前の頃に親しくしていた親戚だけを呼び、静かにとり行われた。



 生前、母は専業主婦であり、優しい人だった。だけど人を愛するのがとても(・・・)下手(・・)だった。俺たちに愛情を与えるのだが、言うことを聞かないと頭を叩く。それがあんまりにも怖くて、俺たちはわんわんと泣き出す。泣くと母は優しく撫でて慰めてくれる。俺たちは愛情が欲しくて、子供の時はたくさん泣いたものだ。母はヒステリック持ちでもあった。一度頭に血がのぼると手がつけられない。だというのに父さんは、母さんの不手際をとやかく言っては馬鹿にし、両手を叩いて大笑いする。季節に一度は離婚騒動があった。だけど離婚することは無かった。その理由。母には持病があり、一人で食べて生きていくことができなかったからだ。もう一つある。母は、心の底では父さんを愛していたからだ。そんな不器用な母の愛情をたっぷりと受けて、兄と俺は育った。



 父さんは仕事をしてばかりの人だった。昼間は工場勤務。夜は家で、業務用ののこぎりや刃物を研ぐ副業をやって稼いでいた。そのおかげでうちは一人稼ぎだというのに金に苦労をすることは無かった。少なくとも俺は金銭的な苦労を感じなかった。だけどいま考えてみれば、父さんは仕事をやりすぎていた。いつも疲れており、心に余裕が無かった。イライラしていた。その鬱憤は、母に八つ当たりをするという方法で解消された。しかし今度は母がイライラを抱える。母は子供を厳しく教育することにストレスのはけ口を見出したようだ。それはもちろん、兄が暴力に目覚める前までの話だが。学校には教科ごとのテストがある。低い点数の兄。高得点の俺。この頃はまだ子供であり、兄は頭角を現していなかった。母は点数の高い俺ばかりを褒める。ご褒美にお小遣いまでくれた。焼きもちを焼く兄。



 兄と俺は一緒の部屋で寝起きしていた。兄は嫉妬を我慢することができなかったんだろうな。俺にはテレビが見えないように配置した。ゲームを独り占めし、夜は自分の好きな時に電気を消した。文句を言うと喧嘩になり、俺はボコボコにされた。「お前には手加減をしてやっているんだぞ?」それが兄の口癖だった。ありがたく思えということだろうか?



 ここに簡単な図が出来上がる。

 父は母を、母は兄と俺を、兄は俺を、それぞれストレスのはけ口にしていたのだ。

 ピラミッドの一番下を支えていた俺がどうやってストレスを解消したのか?

 それは最初に話した通り、幼稚園で友達をぶったり、小学生の時は他人の家にロケット花火を撃ち込んだり――


 

 ――ペットの犬をいじめたりした。

 家族の中でも俺ばかりが世話をしていた犬は5才という若さで亡くなった。最後は病気だった。だけど俺のいじめによるストレスが免疫力を低下させ、犬の死亡時期をこの上なく早めたのは間違いない。俺がいつもよりもひどくいじめたあの日の翌日、犬が死の病に倒れたからだ。この時ばかりは後悔した。もっと可愛がれば良かった。もっと遠くまで散歩をしてあげれば良かった。言う事を聞かないからといって頭を叩かなければ良かった。もっともっと、してあげられることがたくさんあっただろうに。そしてそれ以上に、してはいけないことをやっちゃいけなかったんだ。こうして俺は一番のストレスのはけ口であり、大切なペットの犬を失った。



 俺は家族に優しくなった。自分が買ってもらったゲームを兄に独占されても、母が疲れていてベッドから起き上がれなく、休日のお昼ご飯を作ってくれなくとも、父が母を言葉でからかって、近所迷惑になるほどうるさい口喧嘩を始めても、文句を言わなかった。



 はけ口の無い膿が脳に溜まった。

 溜まりに溜まったストレスは、俺の睡眠サイクルを破壊した。

 この時にはもう手遅れだったんだろうな。

 俺の脳みそは致命傷を負っていた。

 夜は眠れなく、朝は起きられない。



 高校は留年した。鉄の意思で卒業した。どんなに遅くに寝ても、朝は母に叩き起こしてもらっていた。だけどもう、俺は社会に出て使い物になる人間ではなかった。夜の睡眠時間の足りない俺は、毎日フラフラだったのだ。



 就職しては退職を繰り返すうちに精神は崩壊した。

 自殺未遂を起こした俺は大学病院に運ばれ、精神2級の手帳をもらうこととなる。

 あの時のことは良く覚えている。

 あの時の生々しい状況は書けない。

 書けることがあるとすれば、遺書を書いたことぐらいだ。

 家族に宛てて、一緒に生活してくれてありがとう。楽しかった。俺は生まれて良かった。そんなことを書いた。



 退院して、静養して、薬の服用を続け、それから俺はずっと作業所通いの毎日だ。作業所というのは、身体、精神、知的、そういった障害者たちが集まって軽作業などをする施設である。底辺の人生と思われるかもしれないが、俺はその暮らしに満足していた。



 そんな折に起こったのが母の葬式だ。死因は昔からの持病ではなく、数年前から患っていた内臓の病気だった。



 テーブルの席で、三人は黙りこくっていた。

 沈黙が重苦しく、中々口を開けない。

 窓を叩く雨音と、雷の音だけがやけにうるさかった。



 母さんが残していった借金があった。それも二千万円と少し。葬式の日まで、父も知らなかった負の財産だった。それも莫大である。子供の頃、俺が金銭的な苦労を感じなかったその裏で、この家は借金地獄だったのだ。



 母は何に金を使ったのだろう?



 そんな謎を解くのに熟考する必要はない。二十年前のあの頃、この家には梅雨の湿気のようにストレスが充満していたのだ。母さんは俺たちを厳しく教育することだけでは足りず、何かに金を使うことで憂さを晴らし、自分の精神を必死に守っていたのだ。それがいま発覚した。



 返済する当ては、無い。



 警視庁幹部の兄も、定年を過ぎた初老の父も、作業所に通う俺も、二千万円なんて大金を持っていなかった。全員でかき集めて出しても一千万円に届かないようだ。ちなみに母の死亡保険金は葬式代に使われて少々が消えていた。残ったのは八十万円ほどである。



 今、実家には兄の嫁と娘たちが来ている。寝室でぐっすりと寝ている。娘たちは、こんな兄の血を受け継いで生まれたとは思えないほどの美形だった。葬式の最中、合間を見計らって俺は何度も遊んであげた。これからこの娘たちが一族の遺伝子をつないでくれるのである。絶対にその生育を守らなければいけない。兄や俺のように、いびつな環境下で育って欲しく無かった。大きなストレスは俺を見れば分かる通り、人間を破壊するのだ。借金取りに追われる生活なんてダメだ! 



 お嫁さんの方はというと、花が咲いたような美人であり、明るく活発な人だった。料理も上手である。娘たちに対しても、兄や父や俺に対しても優しい。



 明日、弁護士に相談しようということになり三人は解散になった。父と俺が自己破産をするしかない。それが父と兄の見解だった。だけど自分の親が自己破産をすれば兄の職場での立場はどうなるのだろう。お嫁さんの生活は? 娘たちの学校での暮らしは? これまで通り和気あいあいと行けるのだろうか? 借金取りは追って来ないのか? 考えるほどに俺は身震いした。



 父と兄は各々の寝室へと向かったようだ。

 俺は一人、靴を履いて玄関を出た。

 深夜である。

 空に雷が弾けて光る土砂降りの中を、傘もささずに歩いていく。

 やがて国道へと出た。

 街灯の明かりや信号機の無い横断歩道を見つけて、片側の道路の真ん中、俺は一人あぐらをかく。

 俺がこれから何をするのか、分かるよな?

 慰謝料を狙った当たり屋である。

 自殺とも言う。



 借金取りに追われるような生活を、あの娘たちにさせる訳にはいかない。そして父にも、自己破産などとは縁の無い生活をこれからも続けて欲しい。兄家族の暖かい団らんを守りたい。それだけじゃない。理由はそれだけじゃないんだ。俺は自分の人生を意味のあるものにしたかった。大切な人を救うことのできた命であって欲しかった。ボロボロになった精神を持つ体でも悔いることなく散りたかった。たとえ赤の他人にとって俺は悪魔であったとしても。



 巨大なストレスが、成長期の人間をいかに破壊するのか。

 身をもって知っている。

 うちが自己破産をするぐらいなら……。

 悪魔になってやる!

 ふと、自分の人生を思い出し、振り返った。

 俺は誰にも何も恨みを抱いていなかった。

 幸せだと思った。



 ちょうどその時、右の方からはヘッドライトをつけた大型トラックが走って来る。

 雷の音に負けないほど、豪快なエンジン音を響かせている。

 その道路の先に比喩ではない人間爆弾が待ちぶせていることも知らずに、だ。

 俺はすでに昨日、スマホで調べて知っていた。

 事故で歩行者を死なせた場合、運転手側が十割悪いとなると、被害者側は二千万円を大きく超える慰謝料を請求できるらしい。死亡者の年齢にも寄るらしいが。

 弁護士費用はかかるが、借金を返済することができるだろう。

 俺は以前から生命保険もかけているので、少々だがそれも下りるはずだ。



 大型トラックのヘッドがもう目前に迫っていた。

 俺はその場に立ち上がる。

 運転手は人影に気付いたのか、大型トラックがけたたましいブレーキ音を上げた。

 俺はぎゅっときつく目を閉じた。

 天が光った。

 轟音が鳴る。

 痛みなんて分からなかった。



 こうして俺は死んだ。

 死ぬ直前に思ったことがある。

 ……天国にいるペットの犬、いま俺も行こう。

 こんな俺に、天国に行く資格があるか否か?

 分からなかった。



 死んだ俺の魂。それは小さな青い球体をしており、身体から離れて空中に浮いていた。

 ふわふわと上へ進んでいく。

 なるほどな、これから俺の魂は天を目指して昇るのだろう。



 ふと地面を見る。

 そこで驚愕した。

 大型トラックが、俺の身体の直前で止まっているではないか!

 ギリギリのところで衝突事故を免れていた。

 


 なぜ!?

 どうして!?

 俺はもう死んでいるのに!?



 自分の死体をよくよく観察すると、頭部だけが無くて首元は焼けこげている。

 その下のアスファルトにはひび割れた大穴が空いていた。

 


 ……。

 ……。

 俺は……。

 あの瞬間、雷に打たれたようだ。

 死因は落雷である。



 そして大型トラックは緊急停止に成功したのだ。

 やがて運転手が座席の扉から飛び出してきて、俺の死体を見下ろした。

 何も言葉が出ないのか、青白い顔をしている。

 やがてポケットからスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。



 その間にも、俺の魂は天へと上昇し続けている。

 これでは大型トラックの運転手に慰謝料を突き付けることができない

 父は自己破産を免れることができない。

 目的は失敗した。



 だけど。



 嘘だと思うかもしれないが、作戦は失敗したというのに、俺は安らかな気分だった。

 なぜなら俺はもう死んだからだ。

 もうこの世界にはいないのである。



 ……まあ、いいか。

 そう思った。



 あとの事は、父や兄とその家族に任せようではないか。

 先ほどの落雷は、人生の最後最後で大きな過ちを犯そうとしている俺を、神様が叱ってくれたのだろう。



 きっとそうだ。

 そうに違いない。

 これで良かった。

 ありがとう。

 さようなら、世界。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐れずにここまで書けたことに敬意を(>_<) 自分をさらすというのは勇気がいります。 叶人さんの勇気は私の勇気にも変わりました。 だから他の人にも勇気が伝わると思います。 読ませていた…
[良い点] なんというか、迫力ある作品でした。 手に汗握ると言いますか。 うん、カナちゃんが魂になってなくて良かった!! 私は思いました、警察は悪魔退治のお仕事ですから、一度は悪魔を知らなければなら…
2024/06/20 21:27 退会済み
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