リザードマンのリク
里の様子は、ひどいものだった。
子供達が育てていた作物や花は踏み荒らされ、樹木の中に作っていた家達は消し炭になっている。
ぐちゃぐちゃになった土からはまだ血の匂いがするようで、しかしながらそれらは……全て入り口で止まっていた。
きっとあいつが、辛くもここで食い止めたのだろう。
さらに奥へ進んでいくと、徐々に魔物の気配がしてきた。だが、誰も出てこようとしない。
それはそうだろう。つい先日、人間に襲われたばかりなのだから。だから……。
「何の用だ、人間め」
真っ先に出てくるのは、ボスのリクだろうと。俺もそう踏んでいた。
だから、どう説得しようかなんていくらでも考えてきた。なのに、自慢の一本角を折られたリザードマンのリクを見ていると、言葉に詰まってしまった。
「俺たちの里に、これ以上手ぇ出すなら容赦はしないぞ……今度は躊躇しない。角をもぎ取られようが鱗を剥がされようが殺してやる……! これは、今は亡き親友へ立てた誓いだ」
その不意を突かれた。
リクは、なんだかんだ言って優しいやつだった。人間が来ても追い払う程度で、復讐に行こうとする仲間を止めるような。
そんなリクが……という思いと共に、これも思い出した。普段はヘラヘラ笑いながら、魔物が虐げられている現状を誰よりも深刻に考えているようなやつだった。
それが今や、見るモノ全てを傷つけるような殺意に満ちた目をしている。
「……はっ。死んだやつに誓って何になる? もう、死んじまったんだろう」
どうしてだろう、俺はそんなリクに向かって思いつく限り最悪の言葉を伝えてしまった。
「っ!」
そして当然、リクは傷だらけの体から血が吹き出るのも構わず俺に飛びかかってきた。どうやら、愛用の槍だけは折れなかったらしい。
組み伏せられても勇者の力を持った俺ならはね飛ばせるが……それより先に、言葉が出た。
「そんなに大事らしい奴を失ったなら、考えるべきはもう次の犠牲を出さない事じゃないのか? 今のお前に前進以外の道は残されているのか?」
「黙れっ! 俺に、俺にとって……あいつがどれだけな存在だったか! ああそうさ、決して強くなんか無かった。一撃でもまともな攻撃を食らえば死ぬような奴だった。だけど、だけどな! 誰よりも優しい奴だったんだ!」
つう、と垂れてきたそれが涙なのか血なのか、俺には分からなかった。
「優しくて、強くあろうとした奴だった……どれだけ泥臭く情けない姿だろうが、目に光だけは失わない、そんな奴だったんだ……! それを! お前ら人間が、嗤いながら殺したんだ!」
これが、どれほどの痛みか、お前には分からないだろうな。そうこぼすリクの力はもう抜けきっていた。
だから、ただ。
「……ありがとう、リク」
それだけは、口に出して言いたかった。そんなもの、リクには伝わりようがないだろうが。
「何を……?」
「と、そいつなら言うだろうなと思っただけだ。それだけ大事だったなら、彼が今のお前を見れば、何を思うかなんてわかりきっているんじゃないのか? なあ、そいつが今もお前のすぐそばでお前を見ていたら、何を望むと思う?」
リクの目から、殺意が消えていく。同時に、哀の感情が満ちていく。
「まずは、復讐を望むだろう。だけど、『俺の代わりに人類を皆殺しにしろ』なんて事は言わないだろうな……何事も、自分の手で成し遂げなきゃいけないって奴だった。ふんっ……案外、ゴーストになって人間を呪いに行くだけかもな」
リクはそう笑って、俺を解放した……そして、力なく顔を伏せる。
「お雨ほどの力の持ち主なら、いつでも俺を殺せたはずだ。なのに何故、対話を望んだ?」
「……俺には、お前ら魔物を殺す理由はないからな。俺は魔物使い、魔物と手を取り合い戦う職業だ。それを殺してしまってどうする?」
「ふんっ。そんなもの、洗脳魔法なり何なり使えばいいだろうに……変な人間だな。改めて問おう。ここに何の用だ?」
用事、か。それならもう済んだ。
「妖精族を一匹、届けに来た。それだけだ。面倒を見てやってくれ。そしていつか、故郷へ」
「そんな事を、どうして俺に頼む?」
お前以外の奴に、任せられないからに決まってるだろ。
「別に……誰でもよかった。この辺りで一番質の良い里がここだけだっただけだ」
俺はそう言って、立ち上がり背を向ける。目に涙はもうない。ただ一つ、心に決めた事がある。
「待ってください! 私の意志は無視ですかー?」
「は?」
「ん?」
そういえば居たな、という程ほったらかしにしてしまっていたシフィーの声に、二人とも間抜けな声が出てしまった。
「私は、ミグ……人間についていきます。この目で確かめたい事ができたので」
「シフィー、お前何を……」
「いいから、行くんです。ほらほら」
俺はシフィーから背を押されてその場を去る事になった。その背に、リクからの声は、無かった。そりゃそうだろう、あいつからすれば何が何やらだろう。
里の入り口まで来たところで、ようやくシフィーは俺の背中からテを離した。
「お前、何のつもりだよ?」
「気分が変わっただけです。ここのボスより貴方の方が強いようですし、先ほどのやりとりの真偽も全て私には分かっていますから……ですから、ついてきてあげたんです」
ああ、くそ。そうか。妖精族ってのは嘘も見分けるんだっけか。
「リクさんの叫びには、何一つ嘘はありませんでしたよ」
「うるせえ……」
「そして貴方は、一つ大きな嘘を吐きました」
「うるせえっての」
「亡くなった方に誓いを立てるのは、この上なく大きな力になることを、貴方は知っているようですよ?」
「……ああ、そうだな」
俺は今度は自分の意志で歩き出し、首に巻いていたマフラーをちぎって顔を覆い隠した。
「俺は、人間がいくら憎くても奴らのように虐殺なんかしない。だけど、もうこんな戦いが起きないよう、できなくなるよう、どんな手段を使ってでも人間達から全てを奪ってやる」
「それが、そうですか」
「ああ……もう会うことないだろう親友に、立てた誓いだ」