299回目の転移
「……スター、起きてください。マスター、起きてください」
聞きなじみのある彼女の声で僕は目を覚ます。
「やっと起きられたのですね。今回も転移成功しました。しかし、この世界も崩壊が進んでおり、この世界での生存確率は10%を下回っております。ここ最近の中では数値は高いのですがまた転移なされますか?」
彼女はその長い黒髪をふんわりと揺らしながら僕に尋ねてくる。
「この世界も10%を下回っているのか。どうしたものかな。君はどう思う?」
僕は彼女を軽くからかうつもりでこの質問を投げかける。
「私ですか……。私はマスターのおっしゃることが全てですのでなんとも……」
この答えは分かりきっていた。しかし、その上でさらにからかう質問をする。
「本当に君は堅苦しいな。もし、僕がいなくなったらどうやって行くんだい」
彼女はさっきよりも困った顔をして、しかしなぜか悲しそうな顔をしながら
「どう……なるのですかね。私でも想定が出来ません」
やはりロボットに考える質問は難しかったのだろうか。急いで元いた世界から脱出をしたかったがために、ロボットも転移装置も格安の物を買ってしまったからなのだろうか。それでも僕なりにシステムを改良したつもりではあったのだが。
「マスター、どうかされたのですか?」
「いや、なんでもないよ。色々考え事をね」
「そうなのですね。ポンコツな私には難しそうです」
「いや、ポンコツだなんて。僕なんかよりよっぽど優秀だと思うよ」
「本当ですか?!」
つけた記憶の無い尻尾が彼女から生えているのかと勘違いしてしまうほどわかりやすくウキウキしていることだけは分かった。ここまで何度も世界転移をしてきたのだが彼女が日に日に愛おしく感じてきてしまう。
「マスター、どうされたのですか? お顔がとても緩んでおりますよ」
つい、顔に出てしまっていたらしい。恥ずかしいばかりだ。
「にしてもこの世界で何個目の世界だっけかね。そろそろ僕たちもこの世界達も潮時なのかな」
「この世界で299個目になります。でも、10%の確率では生存できるかも知れないですから」
「そっかー、299個目か。そんなに回ったんだね。」
299もの世界を回ったのか。いつも生存確率は低くて次こそってやっていたような気もするが彼女は毎回言ってくれることがある。それはどんなに確率が低くても生存できるかも知れないからと言ってくれること。これにどれだけ勇気を貰ってきたのだろうか。ここまで頑張ってこれたのは、確実に彼女のおかげである。それがロボットだとしても。
「ここまで回ってきて楽しかった世界とかある?」
「楽しかった世界ですか……。私は感情というものがないので楽しいというのは……。私がというよりもマスターが楽しんでいた世界というのはしっかりと覚えています」
「え? 本当に?? いろいろなところに行きすぎて僕はあんまり……」
「私はマスターのロボットですから。マスターの体験や記憶はしっかり記録として残しているのです」
こんなにハイスペックな物を用意した記憶は無いのだけれども……。でも、一つだけ僕は決めた。
「もうさ、ここで終わろっか。この先に安全な世界が見つかるとも思わないしさ。この世界なら景色も綺麗で良くない?」
「マスターがそれでいいとおっしゃるのなら私は従うまでです。私にとってマスターが全てですので」
彼女は最後まで飾り気しかない笑顔で僕に微笑んで来る。僕はその笑顔を受け入れることが出来なかった。したくなかったのが正しいのかも知れない。
「もし、さ。人間になれるとしたらなにかしたいことある?」
「人間に、、ですか。。。考えたこともないですね。今も今後も。だって、私はあくまでマスターのロボットです。マスターの指示に従うだけですので」
こんな答えが返ってくることは聞かずとも分かりきっていた。だからこそ、僕は知りたい。
「じゃあ、質問では無く命令をしよう。人間として生きてくれ」
「はい、了解しました、マスター。。。って出来ると思っているのですか? 私はロボットなのです。確かに見た目は人型かもしれませんが所詮はロボットなのです。なにをどうすれば良いのですか」
「出来ているじゃ無いか。君はさっきまでずっと僕の指示を従うだけと言っていた。そうさ、元いた世界のロボットはみんなそうプログラムしている。しかし、君は僕の指示に背いた。それだけでも僕はうれしいよ」
「なにを喜んでいるのですか。私はただ、実行不能な指示をされたか言っただけで……それでうれしいのですか?」
そう。彼女の言うとおり実行不可能な命令をして出来ないと言われただけ。しかし、僕はおかしくなっていたのかも知れない。それだけでとてもうれしかった。
「マスター、今日のマスターはとてもおかしいです。私が転送時になにかをミスしてしまったのでしょうか。それなら……」
「そうだね。今日はなんか僕がおかしいのだと思うよ」
「やはりそうですよね。とても心配です。この世界がマスターの身体に合わないのでしょうか。なぜなのでしょうか」
「そういえばなんで、君はいまそんなに僕がちょっとおかしいからって焦ってくれているの?」
「……」
「いつもならもっと冷静に対応してくれるよね。というかそこまで焦ること?」
「……」
「色々な世界を回ってきて気づいたんじゃないかな。僕もさすがに心が苦しくなってきたかな。君がたまに気づきかけるたびに」
「……」
「最後に命令というか選んでほしい。この世界で僕とこの夕日を見ながら終わるか。次の世界に望みをかけて300回目。そして最後の転移をするか。僕にはもう選ぶ権利はない。というか使いすぎたかな」
「……」
「黙ってちゃ分からないよ。現状を選ぶか、変われるかもしれない未来を選ぶか。さあ」
「私は……」