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海中探索①

 翌早朝。

 朝日のもとだと、入江も違った表情を見せる。

 きらきらと朝の光を映して輝く水面(みなも)清澄(せいちょう)で、それ自体が財宝であるかのように鮮やかに目に映える。

 明け方であってもこの国の陽光は容赦がないが、海からの風が肌を心地よく冷ましてくれる。

 なんとはなくすがすがしく、縁起(えんぎ)良い一日の始まりだと思えた。


「調子はどうだ、メイシャ」

「ぜっこうちょう、と思う。ラットは?」

「ああ。俺もだ」


 これから海中探索をともにするメイシャと言葉を交わし合う。

 メイシャだけでなく、精霊酔いの治ったパパナも、ユウナギもみな調子良さそうだ。

 慣れない新世界の気候だが、早くもみんな順応してきた感がある。

 どこでも寝れるというのは、冒険者にとって、とても大事な特技だ。


 今日もユウナギが中心となって朝食の支度を終え、いよいよお待ちかねの海中探索スタートだ。


「よし、きつくないか、メイシャ?」

「ん、へいき。ラットは動きにくくない?」

「ああ。問題ない」


 俺とメイシャは、それぞれの腰に巻きつけたロープでつながり合う格好だった。ちょうど俺の背中にメイシャがぴったりくっつくような配置だ。

 まるで連行される罪人のような、あまり見栄えのよくない状態だが、このロープも大事な魔道具だった。

 これで結ばれることで、俺は海中でメイシャの手足となれる。

 さらに、いざとなればこのロープをたどり、浜辺で待機しているパパナとユウナギが俺たちを引き上げてくれる、命綱(いのちづな)の役割も果たす。


 水着に着替える必要はなかった。

 メイシャの気泡(アエラ・バブル)魔術のおかげで、衣服が濡れる心配がないからだ。

 さらに、魔術の泡に包まれることで、水中でも自在に移動が可能で、呼吸もできる。

 さすがにあまり重量のある装備だと泡の動きにも制限ができてしまうので、金属鎧(ハーフプレート)は脱ぎ、長剣(ロングソード)もパパナたちに預け、腰に短剣(ショートソード)だけを差す。


 メイシャはいつも通りの白衣姿だ。

 それともう一つ。

 背中に金属製の四角い箱のようなものを背負っている。

 これこそ、俺たちの海賊船探索の切り札と呼べるものだ。


 一見無骨な鉄の箱に見えるが、かなり高額な、最新式の魔動機器だ。

 正式名称は長ったらしく覚えにくいものだが、メイシャは単に探知機(シーカー)と呼んでいた。

 中には天魔石(レイ・クラフト)のかけらを利用した複雑な回路が組み込まれ、メイシャの送る魔力に反応して起動する。

 そして、海中にある人工物の存在を持ち主に告げてくれるのだ。

 ものすごく乱暴なまとめかたをしてしまうと、自然界の変化を読み解くのが精霊使いであるパパナの得意分野なら、人工物の探知が魔導士たるメイシャの得意領域といえる。


 ハイテクノロジーな代物だが、探知機の送り出す波長は複雑で、操作できるのも、読み解けるのもうちのパーティーではメイシャしかいない。

 そして、メイシャはこの探知機の操作にかかりきりになるため、俺がその分メイシャの手足になるというわけだ。


「探知機の状態はどうだ」

「ん。もんだいない。ちゃんと起動した」

「よし。じゃあ、そろそろ行くか」

「……うん」


 俺は砂浜のうえで腰をかがめた。

 メイシャが俺の背に身を預け、首に手を回す。

 探知機をしょったメイシャを、さらに俺がおんぶする格好だった。

 白衣越しでも、メイシャの大きな両の胸の柔らかな感触が、背中に押しつけられるのが伝わってくる。

 けれど、これから命がけの仕事に行くのだ。鼻の下を伸ばしている場合じゃない。

 と、案の定というか、ユウナギが横合いから言ってくる。


「あら、うらやましいですね」

「……それはどっちに向けての発言だ」

「もちろん、ラットさん、メイシャさん、両方ともです」


 ユウナギは今日もブレない。

 しかし、こいつの戯言(たわごと)に付き合っていては日が暮れてしまう。


「……行くか」

「うん。ラットはだいじょうぶ? 苦しくない? メイシャ、重い?」


 うっ。

 吐息が掛かるほど、耳元近くでささやかれるメイシャの声。

 これが案外ヤバかった。

 抑揚のとぼしい平坦な声音だからこそ、ささやきかけられると耳の穴の奥までくすぐってくるようだった。

 正直、胸が背中に押し当たることはハナから予想できてたことで、ぶざまに反応しないよう身がまえてもいた。

 けど、こっちは想定外の破壊力だった。


 声一つが、まるで魅惑(チャーム)の魔術のようだ。

 本人が無自覚なのがまた、おそろしい。


「あ、ああ。大丈夫だ。メイシャこそ問題ないか」


 しかし、ここで動揺を表に出してしまっては、ユウナギあたりに何を言われるか分かったもんじゃない。

 つとめて冷静な声音を作り、メイシャに返す。


「うん。へいき。……ありがとう、ラット」


 ……ぐぬ。

 抑揚(よくよう)にとぼしい、けど、ほんのかすかにはずんだ声。

 ごく間近で聞くと、喜びの感情がたしかに入り混じって聞こえる。

 例えるなら、そう、春先に菜の花のつぼみがふわりとほころびかけるような、健気(けなげ)さといじらしさが伝わる。

 放たれたささやき声は、本人無自覚なままに俺の理性を狂わせようとする。


 ふ〜。

 俺は深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻そうとつとめる。


「あはっ。ラット先輩でも海賊船相手だと緊張したりするんですね」


 パパナには俺の動揺を見抜かれてしまったみたいだ。

 さいわい、その理由は勘違いしてくれていたが。

 ここはその勘違いに乗っかっておく。


「ははっ、悪い。ガラにもなかったな。よしっ、今度こそ行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ。ご武運を」

「バシッと海賊船見つけてくださいね。ラット先輩、メイシャ!」


 ユウナギとパパナに見送られ、俺はメイシャをおぶり海中へと足を踏み入れていく。

 砂浜からメイシャを背負って一歩ずつ海中へ入るさまは、はたから見たら心中でもしてるようだろう。世紀の大探索を始めるのにあまりかっこいいスタートとは言えないが、そんなこと気にしてもしかたない。


 足元から水中に浸かると、メイシャの気泡(アエラ・バブル)の効果が実感できる。

 全身が水中に埋もれても衣服が濡れることはなく、視界もクリアなままだ。波の圧も小さく感じる。

 海面が自身の身長ほど頭上になった辺りで、俺は砂底を蹴りあげた。ふわりと浮遊感に包まれる。


 不思議な感触だった。

 泳いでいるのとも歩いているのとも違う、水中をすべるような感覚。

 もし、つばさもなしに空を飛べたなら、こんな感じだろうか。


「……っ」


 視界に飛びこんできた光景に息を呑む。

 メイシャも吐息を漏らしたのが、首筋に伝わってくる

 新世界の海はにぎやかだった。そして美しい。


 熱帯の海は多種多様な生物をそのうちにはらんでいた。

 地上では容赦なく感じられた陽光は海の水にきらめき、エメラルド色のプリズムを創り出す。そして、そこに広がるのは極彩色の世界だ。

 赤や紫、青に碧。色とりどりのサンゴや海藻が地面いっぱいに広がり、その隙間には無数の生き物が暮らしている。


 カニやエビ、ウニのようなものや、巻貝やザリガニのような姿のもの、まったくいままでに見たこともない形状の生物も多々見られた。

 泳ぐ魚たちすら故郷のものとは違い、目に楽しい鮮やかな色合いのものばかりだ。


 それは海の王国と呼ぶにふさわしい、生き物たちの楽園だった。

 地上があまりにも暑すぎて多くの生き物たちが海に逃げ込んだのではないか、なんて妄想まで湧いてくる。


「この光景、ラットと一緒に見れてよかった」


 背中から、メイシャのつぶやく声が聞こえる。

 泡のなかでは、こうして会話することも可能なのだ。


「メイシャの魔術のおかげだ。ありがとうな」

「ううん。ラットがいたから……ここまで来た。だから、ありがとうは、こっち」


 メイシャの声音には相変わらず抑揚が乏しいが、その言葉だけでも歓びが伝わってくる。振り返ることはできないが、もし顔を見られたら、いつもよりほんの少しだけ柔らかな表情をしていることだろう。


「パパナとユウナギにも見せてあげたかったけど……」

「たしかに、あいつらには少し悪い気もするな。まあ、これも役得だと思って満喫(まんきつ)するとしよう」

「……うん」


 冒険者をやっていて心からよかったと思えること。

 その一つが、そうでなければ絶対に観ることの叶わなかった景色に出会った時だ。

 とはいえ、浮かれてばかりもいられない。

 何度でも言うが、俺たちは観光をしにきたのではないのだ。

 安全を保障してくれるようなガイドはどこにもいない。

 俺は改めて気を引き締めなおし、メイシャに聞く。


「探知機の反応はどうだ」

「もう少し沖に進んでほしい。北西三十度」


 メイシャの指示に従い、俺は水中を進む。

 岸辺は遠ざかり、海も姿を変えてゆく。

 水は青さを増し、浅瀬に広がっていたサンゴ礁は姿を消す。

 代わりに、海底には起伏に富んだ岩場が多くなる。

 海洋生物も大型のものが増えてきた。

 泡のおかげで流されることはないが、潮流もキツくなってきた気がする。


「修正、二十五度」

「了解」


 メイシャの声音に真剣味が増していく。


「この辺りで、かすかだけど金属の反応がある。おそらく、人工物」

「分かった。くまなく探そう」


 メイシャの指示に従いながら、俺は海底へと降りていく。

 ここからは地道な作業だ。

 最新鋭の魔道具といえど、探し物のありかをピシャリと当ててくれるわけじゃない。

 反応の変化を頼りに、四方を探索してまわるより他なかった。


「南西……15度。ごめん。25度」

「間違っても責めたりはしない。自分の手足を動かすつもりで、自信持って指示してくれ」

「……うん。できるだけゆっくりすすんで。この辺りと思う」


 海底の地形は、地上と変わりないくらい変化に富んでいる。

 海藻の森のような場所もあれば、高い山々もある。

 そこに潜む生き物たちは故郷の海では見なれないものばかりで、なにが危害を加えてくるか分からない。

 そんななか、かすかな手がかりも見落とすまいと注意するのは、なかなか神経のすり切れる作業だ。

 だが一方、このスリルに他にたとえようもないほど、気分が高揚する。どうしようもないほどに、自分は冒険者だった。


 二百年前の海賊船が、いきなりそのままの姿で発見できると考えるほど、楽天的ではない。

 ただ、手掛かりの一つでも見つかればいい。


 どれほど探索を続けただろうか。

 海中では太陽の動きも分かりづらく、時間の感覚も希薄になる。

 地上のように食事のための小休止もできない。

 無理をすべきではない。

 そろそろ一度浜辺に引き返し、休憩の後再探索すべきか。

 次はこのへんに当たりをつけて、まっすぐにここまで来てから探索すればいい。


 そう思い始めた矢先―――


「あっち!」


 メイシャがいままでにない、キッパリした声音で呼びかけ、指差した。

 背中の後ろからまっすぐ伸びた、 細い指が視界に映る。

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