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精霊酔い①

 太陽というのは、どこへいっても同じものだと思い込んでいた。

 それが間違いだと初めて知った。

 灼熱(しゃくねつ)の光線を放つ赤い物体は、どこか怪物めいて、俺たちの頭上からのしかかってくるかのようだ。

 容赦(ようしゃ)なく肌に光が降り注ぎ、立っているだけで黒焦げになってしまうんじゃないかと心配になってくる。


 遥か西方、新世界の島は、空気からして俺達の生まれたネイザード大陸とは違っていた。

 かつては世界の果てだと思われていたような場所だ。


 覆うもののない剥きだしの世界、とでも形容すればいいだろうか。

 閃光のように太陽の光はまばゆく、目に映るものすべてが原色の風景。

 大地から立ち昇る陽炎(かげろう)がそれを歪ませる。

 慣れるまで、立っているだけで息切れしそうだ。

 仲間たちの方を振り向くと、ユウナギもメイシャも、弱音こそ口にしないものの、吐く息が荒くつらそうだ。


「ラット先輩、見てください。ヤシの木! すっごい大きいですね~。あんな高いとこに実がなってる!」


 パパナ一人がえらく元気だった。

 考えてみれば、こいつは南方の森の部族の出身だ。遠く離れた新世界の島でありながら、自身の故郷と似た気候風土に、テンションが上がるのも無理はないのかもしれない。


「はしゃぐな、パパナ。俺達はこっちだ」


 原色の光景に飛び込もうとするパパナの首根っこをつかまえ、港の方に引き戻す。

 子犬のような奴だ。

 とはいえ、こいつの元気さに釣られ、俺達のしんどさも和らいだような気がした。


 豪華客船が到着したのはクゥ・ランカ諸島でも最大の島、パーリ島だった。

 クゥ・ランカ諸島は、火山によって形成された大小合わせて十余りの島々からなっている。

 そのうち有人の島は五つだけ。

 観光客が訪れるのは群島の中核をなす、最大の島パーリ島と、そこから船で小一時間程度で着く衛星のような小さな島、サ・ダル島だけだ。

 先住民の人口の八割もパーリ島に集中していて、そこだけが急速に文明が発展している。天魔石(レイ・クラフト)を利用した街灯が市中に広がり、夜も明かりが灯っているという。


 だが、俺たちはその島には用はない。

 パーリ島は世界航路開拓(アヴェントゥラ)時代から栄えていて、多くの海賊達が新世界の拠点にしていた場所の一つだ。

 アルドラ・ムーンラビットが連合水軍とやりあった場所がここというのは、ありえない。


 俺達はこの港で船を乗り越え、別の島に渡る予定だった。

 残る有人の島の一つ、パオラ島だ。

 依頼主のシシリーも、パーティ―一の頭脳を誇るメイシャも、その島が海賊船の眠る島の筆頭候補であると見当をつけていた。

 豪華客船から降りた後、送迎の人力車に吸い込まれていく観光客を目で送り、俺達一行だけが港に残る。


「コールドロンズの皆様ですね」


 低く、実直そうな声が俺達パーティーの名を呼んだ。

 見やると、背筋をぴんと伸ばした一人の若い男が、遠慮がちに伏した目でこちらに視線を投げていた。

 浅黒い肌、ちぢれ毛の頭髪。大きな目と口。

 裸の上半身に、丈の短いパンツスタイルで、やせ型だがたくましく隆起した四肢が、陽光にまばゆく輝いている。


「シシリー様から話はうかがっています。リッキと申します。さあ、どうぞオレの舟へ」

「コールドロンズのリーダー、ラットだ」


 リッキがこの島の先住民であることは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 名乗る時、にこりともせず手を差し伸べることもなかったが、無愛想(ぶあいそ)というよりそれが彼らの文化なのだろう。

 シシリーが彼を手配したというなら、キャンベルノーズ商会と繋がりがあるはずだが、ネイザード大陸の習慣に合わせようしない様子に、かえって好感が持てた。


 リッキは俺達を導き、港に浮かぶ丸太をくり抜いたような舟に乗り込んだ。

 船の舳先(へさき)に座り、両手にオールを持つ。

 俺達もその後に続く。


 簡素な外見だが、俺達四人と船主のリッキ、それに俺達の荷を全て置けるだけのスペースがあった。

 それだけの重量が乗っても安定している。

 昔ながらの精霊船だ。

 正直、身の丈に合わない豪華客船より、こっちの方がしっくりくる。

 快適は快適だったがな……。


 リッキが力強くオールを漕ぐ。

 よほど水の精霊力を読むのがうまいのか、船はクゥ・ランカ諸島の内海をぐいぐいと進んでいく。

 精霊使いのパパナも感心しているのが、気配で分かった。

 リゾート地の気配はすでに遠い。


「先輩。今度の依頼で大金持ちになったら、次はあっちのホテルに泊まりますか?」

「そうですね。海を眺めながら、ゆるりと過ごすのも悪くないかもしれませんね」

「ん。きっと、おいしいものも食べ放題」


 仲間たちはそんなことを冗談めかして言いあっているが、さしてリゾート地に執着は見せない。


「観光旅行もいいが、あの女が所有する島っていうのがなぁ。終始見張られているようで、気が休まると思えん」


 俺が言うと、パパナ達は声を上げて笑った。


「シシリーさん、ちょっとおっかない感じですもんね」

「おっかないなんてもんじゃないぞ。あいつの冷酷さはガキの頃からだ」


 手ぶりを交えて力説する俺。


「……俺が七つくらいの頃だったかな。ほんの出来心で、ヘビの玩具を使ってあいつをからかったことがあってな。その時の怒りようを思い出すと、いまでも背筋が震えそうになる。一か月はろくに口を聞かなくなってな。そのくせ、呼びつけるのは止めないものだから、屋敷に行かないわけにもいかず……って」


 記憶を頼りにシシリーの恐ろしさが伝わるだろうエピソードを話してみせる。

 と、何故か話の途中で、俺を睨みつける三対の目線が返ってきたのに気づいた。

 仲間たちはそろって険しい顔つきだ。

 ……ん?


「シシリーさんって、ラット先輩のおさななじみなんですよね?」


 パパナが妙に(とげ)のある声で言ってくる。


「あ……、ああ。そんな可愛らしい生き物じゃないが、ガキの頃を知ってるって意味じゃ、おさななじみとも呼べなくはないな」

「ふぅん、そうなんですね」


 うなずく様子もやたら含みありげだ。

 なんなんだよ。


「……メイシャたちの知らないラットを知る女」

「……油断なりませんわね」


 メイシャとユウナギも身を寄せ合い、なにやらぼそぼそと言い交わしている。

 狭い船内で、身動き取れないなか、険悪なムードになるのはカンベンしてもらいたい。

 しかし、こいつらの機嫌が急に悪くなった理由がいま一つ分からない以上、なにかしゃべるとかえってヤブヘビになりかねない。

 ……俺が悪いのか、これ?


「あ~、リッキ。パオラ島までどのくらいだ?」


 やむなく、俺は船頭を務めるリッキに呼びかけた。


「日が落ちるまでには着けます」


 こちらを振り返ることもなく、オールを持つ手も休めずリッキは答えた。

 そのそっけない態度が、いまはありがたく感じられた。

 あと、二、三時間程度といったところか。


 パオラ島。

 クゥ・ランカ諸島中、有人の島の一つだ。

 島の総面積はパーリ島の三分の一にも満たないが、文献を総合的に判断した結果、アルドラと当時の海軍がその島でやりあった可能性が最も高い。


 さいわい、秘境を前にして仲間たちも機嫌を取り戻したみたいだ。

 みんな経緯はそれぞれだが、根っからの冒険者気質だ。

 俺達にとって初めて訪れた新世界の光景に、胸躍らせないわけがない。


 四方には、濃緑の島影が浮かんで見える。

 諸島の内海は大海と違い、黄土に濁っている。

 濃密な生命の気配が感じられた。

 ネイザード大陸のどこにも、こんな光景はない。


「ねえねえ、リッキさんはパオラ島の人なんですか?」


 パパナが人なつっこくリッキに問う。


「はい。いまはガイドの仕事でパーリ島に住んでますが、元はパオラ島の出身です」


 同じ南方系の民族同士通じ合うものがあるのか、リッキの声音は俺に対するより幾分(いくぶん)柔らかく感じられた。

 相変わらず生真面目(きまじめ)に視線は前方に注がれ、オールを絶え間なく動かしながらではあったが……。

 がっしりとした体格と彼のオールさばきから察するに、元は漁師なのかもしれない。

 それからパオラ島に着くまでの間、主にパパナが中心となってリッキのことを尋ねた。

 彼は自分から積極的に話をしようとはしなかったが、問われたことにはよどみなく答える。


 予想した通り、元々は漁師の家系だそうだ。

 金銭を得るためパーリ島に移ったところ、キャンベルノーズ商会の者の目に止まり、ガイドの仕事を始めたらしい。

 一度だけ、島に視察に来たシシリーとも顔を合わせたことがあるという。

 残念ながら、海賊船についての噂は何も知らない。

 先祖代々、海賊にまつわる逸話は数多く聞かされたというが、海賊船が島に眠っているという話は聞いたことがないそうだ。

 どちらかというと開明的な考えの持ち主のようで、父祖の語り継いだおとぎ話や民話について話す時は、どこか小馬鹿にしているような雰囲気も感じられた。


「着きました。パオラ島です」


 話を打ち切り、リッキが告げる。


 海から見ると、その島は巨大な緑の山のように見えた。

 島全体を密林が覆い、人が暮らしているのは海沿いにある、数か所の村だけだという。

 浜辺からいくらも歩かないうちに、小さな集落に行きついた。

 ざっと見渡した限り、十戸程度だろうか。

 高床式の木組みの家で、大体どの住居も同じ造りをしていた。

 俺達が足を踏み入れると、家の中からこちらを覗いている気配がそこここから感じられたが、観光地化されたパーリ島と違い警戒心が強いのか、寄ってくる者はない。

 もしかすると、日が落ちるまでの間は働き手はみな出払っているのかもしれない。

 俺達としても、交流に来たわけではないから、その方が気は楽だった。


「どうぞ、こちらへ。パーリ島から来た客には、ここに泊まってもらっています」


 リッキが導いたのは、その中でも一番大きな家だ。

 なるほど、リッキはキャンベルノーズ商会とも繋がりがあるし、客人用の宿を村に用意しているようだ。


「助かる」

「何か用がありましたらお声がけを」


 そう言って、リッキは宿の向かいの家の中へと歩いていった。

 全員でリッキに礼を告げたのち、宿に入る。


 部屋と呼べるほどではないが、屋内は大きな布地で三つに間仕切りしてあった。

 男一人と女三人というパーティーだから、着替えの時などは助かる造りだった。

  簡素な造りだが、クエストの合間は野宿も当たり前な俺達にとっては、拠点があるというのは、十分過ぎるほどありがたい。

 南国らしく熱を逃がす造りをしているようで、室内は外の灼熱と比べるとかなり涼しく感じられた。


 夕飯は豪華客船の食事時にくすねたパンや野菜で適当に済まし(せこいと言うなかれ。俺達にとっては食料も死活問題だ)明日に備え、早々に就寝する。


 いよいよ、明日から本格的に海賊船探索だ。


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