思いがけないクエスト①
時系列的に、第一話豪華客船より話がさかのぼります。
その日、俺は上きげんだった。
砂漠と蜃気楼の国オフラーブでの古代遺跡発掘調査のクエストを、俺達の冒険者パーティー、コールドロンズが勝ち取ったからだ。
オフラーブの王朝は排他的な性格で、他国の冒険者が自国に立ち入るのを、本来ひどく嫌がる。
まあ、俺が生まれる少し前には、公的に認可されたごく一部の商人を除いて一切の出入国を禁じる鎖国体制だったらしいから、それに比べればまだ解放的になった方かもしれないが……。
しかし、時代の流れには逆らえないもの。
この天魔石利用が世界中で流行している時代に、もし遺跡から太古の天魔石が発見されれば、オフラーブの国力は一気にはねあがるだろう。
調査には、専門の知識と技術をもった他国の冒険者が絶対不可欠だ。
それでも、古代遺跡の発掘のために立ち入ることを許されたのは、たった一組。
冒険者ギルドは、その一組に俺達コールドロンズを選んでくれたのだ。
俺達のパーティーの実力が全面的に評価された、とは思っていない。
むしろ、他の要因による偶然の方が大きいだろう。
まず、コールドロンズのメンバーは俺を含めて四人。
トレジャーハンター専門の冒険者としてはかなり小規模だ。
オフラーブの宮廷を刺激しないために、できる限り少人数のパーティーが望ましいのだろう。
それに、パーティーの政治色の薄さも小さくない要因だ。
俺達の出自はばらばらで、トレジャーハンターとしては例外的なまでに、政治権力と結びつきが薄い。
そのことが足を引っ張る場面は多々あったが、今回ばかりは、そのことがオフラーブ側にとって受け入れやすい要因となった。
そんな運もあるだろうが、他国に入国する以上、責任も伴う。
俺たちの地道な活動が認められたと思えば、誇らしくもあった。
パーティーの皆に結果を伝えるのがいまから楽しみだ。
俺は鼻歌まじりに、冒険者ギルドを出て、帰路につく。
道すがら、いつも利用している新聞屋に寄った。
魔道印字の技術が確立して以来、活字の本は庶民にとっても気軽に手に入る代物となった。
その際たる例が、身の回りのニュースを取り扱った日刊紙を売る新聞屋の誕生だ。
些細な情報がクエストのきっかけともなりうる俺達冒険者にとっても、実にありがたい話だ。
「よう、ラット。その様子だと、結果はきくまでもなさそうだな」
店先で、新聞屋のオヤジが声をかけてきた。
「ああ。正式な受諾はこれからだけどな。ギルドが公式に発表したら、ネタにしてくれよ」
俺もにやりと口の端をあげて返した。
オヤジから、いつもの日刊紙を買う。
近日中に、俺達のこともニュースになるはずだ、と思うとやはり心が弾む。
「っと、こいつもあんたに渡すよう頼まれてたんだ」
オヤジは、新聞のついでに何かを手渡してきた。
小さな手紙だった。
きちんと封がされているが、紋や差出人の名前はない。
「……誰からだ?」
「さあな。どこぞの使用人といった風体だったが……読めば分かる、とよ」
実のところ、町の新聞屋を郵便代わりにしている人間は少なくない。
このオヤジほど、この町ヴァンスの住民の顔と名前を憶えている男はいないだろうし、俺を含め定期利用者が一定数いるから、ヘタに配達を頼むよりも安価に、かつ相手に早く手渡されることになるからだ。
オヤジも、いちいち差出人の詮索なんかしないで、俺に渡せと言われて、気安く引き受けたのだろう。
しかし、俺に手紙を差し出すのに、自宅でも冒険者ギルドでもなく、新聞屋に託す、というのはほんの少し引っかかった。
誰かが、内密に連絡を取りたがっている?
新聞屋におざなりな礼を告げ、歩きながら手紙の封を破った。
中を見た瞬間―――浮かれ気分なんて、一瞬で消し飛んだ。
手紙の内容はすぐには読み取れなかった。
一般的な文字で書かれた手紙ではなかったからだ。
それは、この地より北方の国、ノルフェンランドの貴族が用いる暗号だった。
俺の知る限り、この暗号を使いうる者なんて、この町には一人しか心当たりがない。
差出人の顔を脳裏に思い浮かべる。
やっかいごとの予感がひしひしとした。
我知らず、買ったばかりの新聞を、手の中でぐしゃぐしゃにしていた。
記憶の糸を手繰り、暗号の意味するところを解読する。
“可能な限り速やかにやって来い”
手紙の内容は、それだけだった。
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宮殿かと見まごうような大豪邸。
庭の木々は剪定され、花壇は手入れが行き届いている。
全体的に色合いが調和し、寸分の隙なく計算されつくされている。
趣味は合わないが、この屋敷の主が成金富豪にありがちな、ただ財力を誇示するだけの人間ではなく、芸術的センスの持ち主でもあることをうかがわせる。
同時に、いやがおうにもその様式のなかに、ノルフェンランドの匂いを感じてしまう。
敷地に足を踏み入れると、どうにも尻がむずがゆくなるような、居心地の悪さを覚える。肉食獣の巣のなかにでもいるような気分だ。
できることなら暗号文など無視してしまいたかった。
だが、万一俺が手紙を無視したことで、仲間たちに危害を加えられたりしたら、シャレにならない。
広い庭を足早に通り抜ける。
と、屋敷の門の入り口には、白いエプロンと黒のロングスカート、頭にはカチューシャというクラシックスタイルなメイドが一人待ち構えていた。
「お待ちしておりました、ラット様」
慇懃な口調で、深々と頭を下げる。
年若いが、一挙手一投足が洗練されている。
かえって威圧感すら覚える丁重ぶりだった。
俺は軽くうなずきを返すのにとどめ、屋敷の中に入ろうとする。
が、メイドがごくさりげない所作で門の前に立ち、俺をはばむ。
「武器をお預かりします」
丁寧だが、有無を言わせぬ口調だった。
俺は舌打ちしたい衝動をなんとかこらえる。
さすがに冒険に赴く時のように長剣は装備していないが、街中でも腰に短剣を常備していた。護身用であるのと同時に、自分が冒険者であることの証みたいなものだ。
ユウナギ愛用のカタナほど、魂を込めたアイデンティティというわけでもないが、これを取り上げられるのは軽い不快感があった。
まあ、いい。
入り口で揉めても仕方ないし、俺はおとなしく短剣の鞘を腰から外し、メイドに預ける。
いざとなれば、ふところやブーツの中にも刃は仕込んである。
まるで暗殺者のようだと思われるかもしれないが、これくらい用心を重ねておくのが、この仕事を長く続けるコツだ。
短剣を受け取ったメイドは、表情一つ変えずに言う。
「言葉足らずで申し訳ありません。武器の類は全てお預かりします」
「…………」
その視線は俺の胸元や靴に向けられていた。物腰は穏やかだが、視線は凍てつくまでに鋭い。
さらに、ダメを押すようにもう一言。
「代えのお履き物はこちらでご用意いたします」
……どうやら隠し武器の類は全て見透かされているようだ。
彼女の眼力によるものか、金属を探知する魔道具か何かをひそかに使ったのかは分からないが、なんとなく前者のような気がする。
「……分かったよ」
投げやりに答え、俺は刃を仕込んだ靴を脱ぎ、身に付けた得物を全て放る。
メイドはむき出しの刃物にもまったくひるまず、妙に慣れた手つきでエプロンのポケットにしまっていく。
こんな格好をしているが、相手の方こそ暗殺者が本業なのではなかろうか……。
あの主人にして、この従者ありと言ったところか。
「お手数をおかけしました。さあ、どうぞお入りください」
何事もなかったかのように一礼すると、メイドは門の扉を開け、恐ろしく速い所作で客人用の室内履きを用意する。
そのまま俺を先導する形で廊下を進んだ。
前を行ってくれてよかった。
この人に後ろに立たれるのを想像したら、どうにもおっかない。
赤い絨毯が敷かれた廊下の左右には、絵画や彫刻、壺や磁器などの芸術品が悪趣味にならない程度の感覚で立ち並んでいる。
中には古代魔法帝国のものと思しき品もある。
もしレプリカでないなら、庶民の一生涯分の稼ぎにも匹敵するような代物だ。
もちろん、詳しく鑑定しなくては分からないが、トレジャーハンターの直感では、おそらく本物だろう。
「どうぞ、こちらでしばしお待ちください」
メイドは一室の扉を開けると、深々と一礼して去っていく。
そこはどうやら応接間のようだ。
簡素だが高級そうな黒檀の机に、十人は並んでかけられるようなものものしいソファー、壁際には精緻な彫刻をあつらえた暖炉が見えた。おそらくは、実用的なものではなくインテリアの一種だろう。
相変わらず、虎の口の中にでもいるような居心地の悪さを覚えながら、仕方なく俺はソファーの中央に腰掛ける。
柔らかすぎて、かえって尻が落ち着かない。
一介の冒険者にとって、場違いに過ぎた。
ほどなくして、先ほどのメイドが紅茶を銀の盆に載せあらわれた。屋敷の主はまだ姿を見せない。
もういちいち描写するのもバカらしくなるが、どうせこの紅茶もそれを淹れたティーカップも超高級品なのだろうし、トレーも銀メッキではなく本物の純銀なのだろう。