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性格悪い私が破滅直前の悪役令嬢に転生したので、起死回生はどう足掻いても無理だろうと開き直り前世で憧れていた『札束で頬を叩く』をやってみた

作者: tea

性格の悪い私が転生したのは、乙女ゲームの悪役令嬢でした。



ミレイア・モントレイス公爵令嬢。


流れる様な美しい銀髪に紫紺のわずかに猫のように吊り上がった大きな瞳をした十七歳。

それが生まれ変わった今の私の姿です。


文句なしの美少女で、前世とは違いお金にも権力にも不自由していませんが……。

残念ながら私がその事に気づいたのは破滅まで残すところ僅か約一か月と迫った時でした。



本来でしたら、例え今更であっても心を入れ替えバッドエンドのフラグを折る事を目指すべきなのでしょう。


でも。


先にも言いましたように、私、性格悪いので。



これはどう足掻いても無理だろうと開き直り、残り一か月、有り余る公爵家の金に物を言わせて好き勝手生きる事にしました。


『札束で頬を叩く』って、昔懐かしの昼ドラに出て来ていたアレ、一度でいいからやってみたかったんですよね。







****



さて、誰から叩いてやろうか。


そう思ってルンルンで屋敷を出ようとした時です。


「お嬢様、どちらへ?」


そう声を掛けて来たのは家令のヘルマンと、メイド頭のイサベルでした。



確かこの二人、悪徳三昧の公爵家には似合わない善良な二人で、ゲームでウチが没落する前に他の使用人に新しい働き口を世話して暇を出した後、最後まで私の世話を焼く為のこってくれるんでしたっけ?


「どこへ行こうと私の勝手でしょう?」


そう言えば


「外は危ないので供を付けます」


と五月蠅いので、早速札束で叩いて黙らせることにしました。



「退職金よ。これでさっさと失せなさい」


目が丸くなるような金額を書いた小切手をそれぞれに、そして他の使用人の分もまとめて切って放り投げるように手渡せば、二人は


「お嬢様……」


そう言って目元に涙を浮かべ悔しさを噛み締めるように俯き黙ったのでした。





****



止める人がいなくなったのをいい事に、私は早速一人、街に繰り出すことにしました。


さて、何からしよう。

ルンルン気分で街を散策していた私がフッと思いついたのは


「そうだ! 猫飼いたい!!」


でした。


前世はペット禁止の安アパートの住人でしたから諦めていましたが。

今は持ち家ですから飼い放題ですよね?


でも本当の犬猫は私が断罪された後、捨てられては自力で生きて行けず流石に可哀そうなので、奴隷として売られている獣人で代用することにしました。



そう、この世界には獣人もいるのです。


国境を二つ越えた先には獣人の王が治めるバレアスという美しい国があると聞きます。

ここソリアでも、下町で暮らす獣人は少なくないですが……。


何世代も前にバレアスと戦争があった事に禍根を残しやや差別的に扱われる事も多く、その一部は秘密裏に奴隷として売買されているのでした。





「奴隷を買いたいの」


表向きはただの宝飾店を装った奴隷商の店に、同じく汚い商売に手を染めている父の名を出し簡潔に要件を伝えれば、あっさり店の地下に案内されました。


「どの子にしようかしら」


鼻歌交じりにそんな事を言いながら牢に繋がれた獣人達をぐるっと見渡せば、うるうると目を潤ませる沢山の獣人達と目が合います。


猫の代わりに愛でる獣人を買いに来たはずでしたが……。

ペットショップで目が合うと、どの子も連れて帰りたくなる気持ち、分かってもらえますよね?


悩んでいる間に他の人に買われたら嫌なので、老いも若きも、猫耳の獣人もそうでない獣人も、とりあえずみんな片っ端から全て買い占める事にしました。



流石にそれだけのお金は持ち合わせていなかったので、代金は公爵家につけてもらう事にします。


え?

来月には没落していて、返済できないんじゃないかって?

そんなこと知りません。


なんせ私、性格悪いので。



揉み手してくる奴隷商にもっと他にいないのか聞けば、ここに今は置いていないが別の場所に処分予定の小さな病気の白猫の獣人の子どもと、手負いの黒豹の獣人がいるということだったので、その二人は屋敷に直接届けてもらうことにしました。






店を出て、買い取った奴隷達を引きつれ目立たない裏路地を通り、街外れまでやって来た時の事です。


買い物の時に感じて居た高揚感が突然スッと冷めて行くのを感じました。


「やっぱり気が変わったから貴方達いらない」


そう言って契約書を奴隷達自身に押し付けアッサリ捨てれば、彼らは困った様に互いに顔を見合わせていました。



『一度飼ったペットは最後まで大切にしましょう』


そんな標語を前世で聞いたような気はしますが。

でも残念。


私、性格悪いし飽き性なので。


まぁ彼ら半分人ですし、いい歳した大人に見えますし?

下町には獣人達のコミュニティもありますし、ここで捨てても野垂れ死ぬ事はないでしょう。







*****



さてさて、再び身軽になったところで散策再開です。


街の広場を通り過ぎようとした時でした。


恵まれない人々に施しをする学生の一団と出くわしました。

彼らは施しをする傍ら、周囲の人々に何やら熱心に語りかけているようです。



意識高い系の人間にはアレルギーがあるので、関わることなくさっさと通り過ぎようと思った時でした。

学生のリーダーと思しき人物に強引にチラシを渡されました。


透き通るぺリドットの瞳が印象的なその青年は、下町には珍しい整った容姿をしていました。

彼は硬派な貧乏学生を気取っているようですが……。

彼の着ている服の生地や仕立ての良さからいい家のボンボンであろうことが容易に推測されます。



手渡されたそのチラシを嫌々読んで驚きました。

チラシにはデカデカと


『不正の温床である公爵家を廃せ! その金で子ども達にパンを!!』


と書かれています。



不敬罪で投獄されても不思議ではない物を堂々と配っている割に、廃そうとしている公爵家の一人娘の顔も知らないなんて……。

だめだこりゃ。


呆れてポイとそのチラシをその場に投げ捨ててやれば、それを見た彼が、その少女の様に滑らかで白い頬をカッと怒りに赤く染めるのが分かりました。



えぇ、そうですね。


どれだけ計画性が皆無に等しく、学生達のただのお遊びにしか見えなくても、貧しい人々の為に(こころざし)高く活動する見目美しい貴方をあざ嗤うなんて、普通のお嬢さんはしないのですよね?

でもごめんあそばせ。


私、性格も男の趣味も悪いので。





「パンがないなら、これでみんながお菓子を食べられるようにすればいいじゃない」


憤る彼に向かい、前世で一度言ってみたいなと思っていたセリフを高飛車に言い捨ててやりました。

前世では勉強が苦手だったので、一部がちょこっと間違っている気はしますが、まぁそこはご愛敬です。


学生達の目の前で小切手を切って嫌味たらしくヒラヒラと目の前で振ってやりました。


ぺリドットの瞳をした彼はその金額を見てしばらく放心していましたが、最後に一度悔し気に深く俯くと、小切手を握りしめたまま仲間を引きつれどこかへ歩き去って行きました。







****



革命家気どりの彼らの、その高い鼻っ柱を札束でへし折ってやったことに爽快感を覚えたその時です。


「ぐぅ」


突然私のお腹が小さく鳴りました。


彼らがパン、パン言っていたせいですね。

なんだか無性に美味しいパンが食べたくなって来たなと周囲を見渡せば、すぐ近くにパン屋さんが見えました。



カランコロンとベルを鳴らしてパン屋さんに入れば、芳ばしいパンの香りに紛れて、微かにスパイシーな香りがします。


この香りの正体はどのパンだろう?

そう思って、一つ近くにあったパンを手に取ってみた時です。


「お客様申し訳ありませんが、商品には直接お手を触れないで下さい」


人のよさそうな店主に申し訳なさそうに、でもきっぱりと叱られてしまいました。


まぁ、そりゃそうですよね。

分かりますよ。

でも、それでは香りの正体を突き止めることが出来ないじゃないですか!


なので……。


「私が直接手を触れたものは全て買い取ります。それなら文句ないでしょう?」


そう言って店主の口を札束で塞いでやる事にしました。



これは違う。

これでもない。


手当たり次第手に取って行けば、すぐに持ちきれなくなってしまったので店主を呼びつけ


「これ、表に捨てて下さる?」


そう言って次々に焼きたてのパンをトレーに乗せて渡しました。


店主は最初酷く驚いた顔をしていましたが、札束の力にはかなわない事を早々に悟ったのでしょう。

トレーを持って私と店のドアを何度も往復していました。





ちなみに。


パンは地面に落ちる前に、騒ぎを聞きつけ集まった飢えた子ども達がトレーから次々奪っていったようでした。


まぁ、私の目的はあのスパイシーな香りの正体を探すことだったので私が捨てたパンがどうなろうと興味はありません。



結局、店にあるパン全てを手にしてみましたが、あの香りの正体は見つけられませんでした。







*****



翌日の午後―


自分でお茶でも入れるかと思ったところ、パン屋からチャイが届けられました。

部屋が微かにスパイシーな香りに包まれます。


チャイは確か前世で得た知識によると、商品にならないような茶葉をミルクと砂糖とスパイスで何とか誤魔化し飲めるようにしたものでしたか。


きっと昨日の私の暴挙に対する仕返しなのでしょう。

あのパン屋、人がよさそうに見えてなかなかいい性格しているじゃないですか。



気を取り直し、次は何をして遊ぼうかとウキウキしていた時の事です。



「お嬢様、お客様です」


メイド頭のイサベルにそう声を掛けられました。


イサベルには昨日暇を言い渡したはずですが?


長い事私に仕えていた他の使用人たちは、突然解雇を言い渡され困惑しているのでしょう。

恨めしそうに時折私の事を睨みつけながら慌ただしく田舎や次の奉公先に旅立つ支度をしていますが、イサベルと家令のヘルマンは何食わぬ顔でいつも通りに働き続けています。


退職金、あれでは不満だったのでしょうか?

来客対応が済んだ後で、今度は小切手ではなく現ナマで頬をペチペチしてやらねば。





イサベルに案内されたゲストルームでは、ミイラ男のコスプレかと思うくらい包帯にグルグル巻きにされた大柄な人型の何かがベッドの上に寝かされ、何やらウーウー唸っていました。


お客様とのことでしたが……。


「何これ?」


首をかしげつつ、部屋の入口に控えていたヘルマンを振り返りそう尋ねれば、


「昨日、お嬢様が購入された黒豹の獣人と聞いております」


そんな返事が返ってきました。



……そう言えば。

昨日、何か買いましたね?

あの時はテンション上がっていて衝動買いしてしまいましたが、興味が逸れたのですっかり忘れていました。


どうしようかな、コレ。


そう思ったとき、昨日買った綺麗な瓶が目に入りました。

確か、これの中身はどんな大怪我も病気もたちどころに治してしまうという高級ポーションでしたっけ。

何気ないこの小瓶が気に入って買ってみたものの、中身の処分に困っていたのでした。


ちょうどいいので、中身はコレにかけて処分してしまいましょう。





下町に家が買えるくらいの金額のポーションを適当に振りかけてしばらく放置すると、大柄な人型の何かが唸るのを止めました。


包帯の下には、どんな姿が隠れているんでしょう?


そのドス黒く変色した包帯を好奇心のままに相手の許可も得ず無遠慮に解いていけば、包帯の下に隠れていた短くも艶やかな黒髪がまず見えました。

次いで、ベルベットのような美しい体毛に覆われた少し丸みを帯びた小さな獣耳が、そして人を惑わす満月の様な金色の瞳が露わになります。



「大きいモフモフした猫みたいな獣人だったらいいな!」


そう期待していた私は、包帯を全て取り払った後、がっかりして大きな溜息をつきました。


包帯の下に隠れていたのは、獣耳と同じくベルベッドの体毛に包まれた黒く細いしなやかなしっぽがある以外の見た目は、ほぼ人と変わらない男性でした。


年の頃は私より十くらい上と言ったところでしょうか。

その体は剣士の様に細身でありながらしなやかな筋肉がついて逞しく、そしてその顔立ちは完璧に整った人間のそれで、金色の瞳にどこか神々しささえ感じさせられます。


普通の令嬢なら彼のそのあまりの美しさに歓声をあげるところなのでしょうが……。

残念ながら私が求めていたのは癒しのモフモフなのでねぇ。



「アロイスと申します。この度は助けていただき本当にありがとうございました」


アロイスと名乗ったその獣人がベッドから立ち上がり、優雅な仕草でその場に跪きました。

彼が私の手に忠誠の口付けを落とそうとしたその時です。


「私は可愛らしいペットが欲しいの。だから全然モフモフじゃない貴方はいらない。契約書はあげるからそれを持ってどこへなりと行きなさい」


アロイスはそんな私の身勝手な発言を聞いてピキッとその尻尾を凍りつかせました。



そりゃ誰だってそんな言い方されたら腹を立てますよね。

でも癒しのモフモフ以外に用は無いので、遠慮なしに言っちゃいます。


だって私、性格も口も悪いので。



アロイスはしばらく何が起こっているのか分からないようでしたが、私の我儘に振り回され慣れているヘルマンはこうなる事を予想していたのでしょう。

アロイスに準備していた契約書を渡しながら、何やら同情するように彼の肩を叩き優しく頷いてやっていました。





「お嬢様、こちらにもお客様が」


イサベルにそういわれて隣のゲストルームにいけば、そこには白い猫耳に白銀色の髪をした六、七歳くらいの女の子がベッドに寝かされていました。


熱が高く苦しいのでしょう。

きつく目を閉じ浅い呼吸を繰り返しています。

こちらも同じく瓶の中身を廃棄する為、ポーションを飲ませることにしました。



ポーションを飲ませしばらく経つと、次第に子どもの呼吸が落ち着いていき、そしてついにその子がパッと目を開きました。


淡い紫の瞳がアメジストの様でなんて綺麗だろうと思った時です。


「エステファニア様!!」


後ろで祈る様にその様子を見守っていたアロイスが彼女が伏しているベッドの横に膝を突き、彼女のその小さな手を彼の大きな手で優しく包み込みました。


「知り合い?」


私の質問にアロイスが小さく頷き、彼らの身の上を教えてくれました。



エステファニアは、攫われこの国に連れて来られた獣人の国の十三番目のお姫様で、アロイスは彼女を救出する為単身国を飛び出して来た騎士なのだとか。


お姫様救出に、騎士がたった一人単身で?

十三番目という数からも考えて、エステファニアは所謂『捨て置かれた姫』というヤツなのかもしれませんね。



そんな事を思った時でした。


「お母様?」


エステファニアがその白い手を私に向けて伸ばし言いました。



お母様?


驚いてアロイスを見れば、エステファニアの母は彼女の物心つく前に亡くなっており、私の姿が彼女の母を描いた絵姿に似ている為、間違えたのだろうと教えてくれました。


前世でも今世でも子どもを産んだ覚えはありませんので完全な誤解ですが、確かに言われてみれば髪や目の色、そして吊り目がちな所など彼女と私との間には共通点が多いですものね。


私の破滅まで残り約一か月未満。

来月にはお別れの為、彼女が悲しい思いをしないよう本来ならここは毅然と突き放すところですが……。


ほら私、もう十分ご存知(ぞんじ)かと思いますが性格悪いので。



「エステファニア、よく頑張りましたね。心細かったでしょう? 喉は乾いてないかしら?」


エステファニアがあまりに可愛らしかったので、彼女が将来傷つく事などお構いなしに、彼女の望む母の役をして彼女を好きなように愛でる事にしました。


そもそも獣人を買おうと思ったのも、猫飼って愛でたいと思ったからですし?



「ううん、いらない。それより、手を握って」


エステファニアの願いに応え、アロイスが握っているのと反対のエステファニアの手を握れば、


「こうしてるとアロイスがまるで私の本当のお父様みたい」


そう言って彼女が楽しそうに声を立てて笑いました。

彼女の無邪気そうな笑顔とは対照的にアロイスはどこか切なげに、その綺麗な顔を微かに歪めます。


後で知った話によると、エステファニアの若くして亡くなった母は、突然側室として召し上げられる前はアロイスの幼馴染であり、彼の婚約者だったのだとか……。



「エステファニアは早く自分の国のお城に帰りたい?」


彼女の心地よいサラサラの髪を撫でながらそう尋ねれば


「嫌! お城は寂しいから帰りたくない!! お母様とアロイスと一緒にここにいるのがいい!」


エステファニアは私にギュッとしがみついてきました。


「エステファニア様……なりません。これ以上はこちらにご迷惑が掛かります。それに……お父上がきっと、きっとご心配されていますよ」


アロイスがまるで自分自身に言い聞かせるようにそんな事を言いましたが、エステファニアは嫌々と首を横に振るばかりでした。





「命を助けていただき、本当にありがとうございました。このご恩はいつか必ず……」


数日後、そう言って嫌がるエステファニアを連れて出て行こうとするアロイスを呼び止め言いました。


「あら? 勝手にウチの子を連れて行かないでいただけるかしら?」


アロイスの目の前に、性格悪くエステファニアの契約書を突きつけヒラヒラ振って見せながら彼女の引き渡しを拒めば、アロイスは


「貴女って人はどうして……」


そう言って崩れ落ちるようにその場にガクリと膝を突いたのでした。








****



すっかり元気になったエステファニアが、庭で蝶々を追いかけるのを見て楽しんでいた時です。



「お嬢様、お客様です」


イサベルにまたそう声を掛けられました。


「マローラ子爵様がお嬢様に、先日の非礼をお詫びしたいとのことです」



何の事だろうと思いながら応接室に行けば、先日広場で小切手をやった学生達のリーダーと思しき、ぺリドットの瞳の(きみ)がさっとソファーから立ち上がり綺麗な礼の形をとりました。


今日は貧乏学生を気取るのは忘れたのか、謝罪の場との事でコスプレは止めたのか、貴族らしい綺麗な身なりをしています。



「ルシアノ・マローラと申します。先日は大変な失礼を……」


下々の者の戯言や顔などいちいち覚えていないから何の事か分からないと言えば、ルシアノはまた小さく目礼した後、


「今日は、計画書をお持ちしました」


そんな思いもかけない事を言い出しました。



何でもあのお金を元に、仲間たちと協力して仕事のない人達を雇えるよう工場を作る予定なのだとか。

ちなみに工場で作るのはクッキーで、そのレシピの提供者はあの()()性格をしたパン屋の店主とのこと。


計画書と共に渡された求人票を見れば、募集人員の欄に『男性で中等教育を終えた者』と記載されていました。



今度の計画は、前回のものと違い随分しっかりしているようです。


ルシアノの母は確か、子爵家の後妻で、その実家は裕福な商家でしたか?

恐らく、大金がかかった今度は失敗するわけにはいかないと、仲間たちと共に母の実家に頭を下げて、初めて大人達の助言を乞うたのでしょう。



普通の人ならその頑張りに拍手喝采を送るのでしょうが……。


ほら、私、性格も意地も悪いので。



ルシアノのその自信満々な顔がなんか癪だったので、求人票を奪い取り、そこに書かれた完璧な要綱を勝手に書き換えてやりました。



「募集人員は……性別も学歴は問わない?!」


ルシアノの焦る顔が面白かったので、更に就業時間を短く書き換えてやります。


そしてルシアノが


「そんな……こんな条件ありえません!」


と何やらブツブツ五月蠅かったので、今度こそ銀行から降ろしてきておいた札束でその頬を叩いて黙らせてやりました。







****



そんなわがまま放題の楽しい日々はあっという間に過ぎて―



ついに私の両親がこれまで犯してきた罪が詳らかにされ、婚約解消と共に私の処分を言い渡される断罪イベントの日がやって来てしまいました。







****



屋敷を出る前、イサベルには私の支度を手伝う際に私の髪を強く引っ張った罰として、そしてヘルマンには不敬にも私に登城を止め、病気療養中と嘘を言って田舎に引きこもるよう進言した罰として、それぞれに改めて首をきつく言い渡しました。


私の性格の悪さを知っている二人はもう何も言いませんでしたが、せっかくなので公爵家が保有していた権利書の束でダメ押しにそれぞれの頬をポンポン叩いておきました。



「早く帰ってきてね!」


そう言ってまとわりついて来るエステファニアは、彼女を縛る契約書と共にウチに残っていた宝石やドレスや美術品を売り払って用意した札束を渡した後、私の心ゆくまでその柔らかな頬っぺをフニフニ撫でまわして黙らせました。





一人、呼んでおいた馬車に乗って城に向かおうとした時です。


「お手をどうぞ、お嬢様」


そう言ってアロイスがその大きな手を私に向かって差し伸べました。



「一人で行けるわ」


そう言ってその手を無視して一人馬車に乗り込んだのですが。

何故か


「エスコートいたします」


そう言って強引にアロイスが隣に乗り込んできてしまいました。



いつもなら札束でバシバシ叩いて追い返すところですが……。

さっき残りはエステファニアに全て上げてしまったところなので、残念ながらもうすっからかんです。


悔しくて下唇を噛めば、いい気味だとでも思ったのでしょう。

アロイスが初めてその鋭い犬歯を覗かせて笑いました。


どうやらアロイスも私に負けず劣らず性格が悪かったようです。







****



「以上の罪により、コールニー公爵家は全財産没収の上取りつぶし。そなたとの婚約も解消とする。……以上だ」


王の御前で、婚約者であった第二王子から告げられた私への罰は、要約すると『全財産没収の上での平民落ち』と、拍子抜けするほど軽い物でした。



てっきりゲームと同様、死罪を言い渡されるものと思っていたのに……。


思いもかけず生き残ってしまいました。

さて、これからどうしよう。


そう思った時でした。



「さぁミレイア、一緒に帰ろう。ヘルマンもイサベルも、他の君を慕う他の使用人たちも皆、僕の屋敷で奥方としての君の帰りを待っているよ」


そんな声と共に、私の目の前に真っ白な手袋をつけた手がスッと差し伸べられました。

その手の方を見れば、けぶるような金髪にサファイアブルーの瞳が美しい長身の青年が優しく微笑んでいます。


これは確か、母方の従兄弟であり次期伯爵のシグルドで間違いないはずですが……。


ヘルマンとイサベルが待ってる?

奥方???



予想だにしなかった申し出に、何と返事をすべきか分からず固まってしまった時です。


「いや、ミレイア様はこのまま俺達と共にバレアスに向かう。ミレイア様、貴女が解放してくださった他の同胞たちも貴女が我らが祖国バレアスにいらっしゃる事を心待ちにしております」


アロイスがわけの分からない事を言ってきました。


解放??

ペットの不法遺棄で断罪されるなら心当たりがありますが?


混乱する私を他所に、アロイスのぶっ飛んだ話は続きます。



「王の最愛の寵姫であったエステファニア様の母君、セラフィナ様によく似ていらっしゃる貴女が望まれるなら、我らの国で王妃の座を手に入れる事も容易いでしょう。ですが……ですが、もし許されるのならばどうか俺の妻に。貴女の事は今度は決して王には渡さず、俺が必ず幸せにすると誓います」


アロイスは神々しいまでに美しいその金の瞳を切なく細めていますが、ちょっと何言ってるのか良く分かりません。



「いいえ! ミレイアさんは一人の独立した女性としてボク達の工場で僕らの仲間として一緒に働いて自立するんです!!」


ぺリドットの瞳を子供の様にキラキラさせて、多くの爵位が上の貴族達を前に臆す事なくそんな事をよく通る声で言い始めたのはルシアノでした。



「ミレイアさん、休憩時間にはみんなで一緒に焼きたてのクッキーを食べましょうね。自分達で作るクッキーはきっとお城で食べるどんな高級クッキーよりも美味しく感じるはずですよ」


誰にも煩わされないで済むよう働いて自立し、休憩時間に焼きたてのクッキーですか。

それは、なかなかに魅力的ですね。


「住む場所ならご心配なく、新たに支援していただいたお金で働く人の為の寮も立てる予定ですし、子どもが生まれた後もみんな安心して働けるように子ども達の面倒を見る施設も作る予定です」


福利厚生ばっちり。

夢に夢見るダメなボンボンかと思っていましたが、意外とやるじゃないですかルシアノ!


よし、この話に乗るかと思った時です。

ルシアノまでもが意味不明な事を口走り始めました。


「でも、もちろんミレイアさんが庶民の暮らしには馴染まないというならどうぞ安心してウチにいらしてください。ボクだって貴族の端くれ、愛する人の事はこの命に代えて全力で守ります!」





皆、何を寝ぼけた事を言っているのでしょう??

皆で一緒に仲良く何か悪いものでも食べたのでしょうか?



混乱のあまり、先ほどまで婚約者であった第二王子のクラウディオを思わずチラッと振り返れば、クラウディオが酷く悔し気にその形のいい唇を血が出る程強く噛んでいるのが見えました。



クラウディオは幼い頃より将来王となる彼の兄を補助すべく厳しく育てられたため、真面目で潔癖です。

ルールに厳しい彼は、誰よりも重くそれを尊守することを常日頃より自分に課しています。

そして、彼は非常に情の深い人でもありました……。







****



王家と公爵家(うち)のこれ以上の接近を防ぎたかったのでしょう。


学生時代、クラウディオの元には、色々なタイプの可愛らしい女の子達が送り込まれてきていました。


所謂ハニートラップというヤツですね。


中でもやはり目を引いたのは、このゲームのヒロインである男爵令嬢のリタでした。



彼女は自分自身がハニートラップ要員だなんて知らされてなどいなかったのでしょう。

その無邪気で裏表のない柔らかな笑顔には、同性の私でさえ思わずコロっといってしまいそうな不思議な魅力がありました。


リタがクラウディオに振られた後、健気にも精一杯笑って


「お話、聞いてくださってありがとうございました。クラウディオ様とミレイア様のお幸せを心よりお祈りしております」


そう言うのをうっかり立ち聞きしてしまった時は、性格の悪い私ですら思わずウルッとしてしまったくらいです。



それなのに、堅物クラウディオはいつだって、そんな可愛らしく優しい女の子なんかに目もくれず私の事ばかり気にしていました。





馬鹿なクラウディオ。


きっとここに居る誰よりも私の事を好きで思っている癖に。


どんなに魅力的な女の子の誘惑を受けても決して離さなかったその手を、誰とも知らない民草の為に離すなんて。





普通の女の子であれば、彼の崇高な精神に心打たれ、いつか再び偶然巡り合う日を夢見て大人しく市井に下るのでしょうが……。


私、性格が悪いし薄情な女なので。





私はクラウディオの事はとっとと見限り、他の皆の意味不明な申し出も聞かなかった事にして、エステファニアからの


『ここに三人で残るのが無理なら、私と一緒にバレアスに行ってお城で暮らしましょう!!』


という提案を受け、彼女の侍女として獣人の国バレアスに行くことに決めました。







****



それから六年の月日が経ち―



エステファニアがバレアスでの成人を迎えたのを機に、私は彼女の元を去る事にしました。


バレアスを去る前、エステファニアとアロイスとの関係修復に成功した彼女の父であるバレアス国王から退職祝いに何が欲しいか聞かれたので、ダメ元でまた人の頬を叩けるだけの札束が欲しいと言ってみると、意外にもその希望がすんなり通ったので、遠慮なくもらえるだけもらってバレアスの国を後にしました。





その後はそれでまた我儘いっぱいに人の頬を叩いて好き勝手遊び暮らしていただけなのですが……。







ふと気づけば、私の母国ソリアと国境を有するビルバという国の、辺境伯という地位についていました。


跡継ぎがおらず困っていた高齢の辺境伯を札束でしばき倒し、養女と言う形でその全権を引き継いだのです。





さて、今度は何をしようか。


そんな事を思いながら、少し疲れたのでまずは昼寝をしようと思った時の事です。

遠くから大砲の音が聞こえてきました。



そうでした。

今、この領地はソリアで起きた飢饉を機にソリアと戦争状態にあるんでしたっけ?

安く買い叩けた理由をすっかり忘れていました。


六年経った今でも私の性格の悪さは治っていないので、金で買った領地や両方の国がどうなろうと正直全く興味はありませんが、午睡を大砲の音なんかで邪魔されるのは腹立たしいです。



どうしてやろうかと考えた末、またさっさと札束で叩いて黙らせる事にしました。







うわさ通り母国ソリアの状況はかなり苦しいのか、和平交渉にはわざわざ第二王子であるクラウディオがやって来ました。



クラウディオは私を見て酷く驚き、しばらくは言葉も出ないようでした。


しかし札束を彼の眼の前に積んでやり、私の安眠の為に和平を結び、その証として私と結婚するよう脅せば、彼はしばし間抜け面を晒したその後、その乙女ゲームの王子様然と整った顔を真っ赤にして何やら怒鳴っていました。



婚約解消を申し渡した相手に金で買われるなんて。

潔癖な彼からしてみればこの婚姻は屈辱以外の何物でもないのでしょう。


コレが所謂『ざまぁ』成功ってやつなのでしょうか?


バレリアではこういった『ざまぁ』展開の本が流行っていて、当時は何が面白いのかよく分かりませんでしたが……。

成程、理解しました。


かつて煮え湯を飲まされた相手に残酷な仕返しをしてやるこの快感、確かに癖になっちゃいそうです。



と、いうわけで。


この先も札束で人を殴ることはしばらく止められそうにないなと、私は悔しがるクラウディオを尻目に、扇の下で本物の悪役令嬢も真っ青な悪い顔をして嗤うのでした。









【クラウディオ side】



断腸の思いでコールニー公爵家を断罪し、私の唯一にして最愛の人であったミレイアに婚約解消を申し渡した。



これ以上の汚職を防ぐ為、悪は早々に正さねばならぬ。

それは王家の、そして同時に国民の総意でもあった。



使用人達や多くの者達から清廉な彼女の助命を乞う声は届いており、悪名高い両親の元に生まれ落ちた以外、彼女自身になんら非が無いのは分かっていた。


それでも。


国民の手本となるべき私には、私情に走り彼女の手を取る事は許されない、そう思った。



しかし……。


自分勝手にもほどがあるとは分かっていながらも、婚約解消を言い渡した途端、待っていたとばかりに多くの者が彼女に求婚していく様を見るのはやはり胸を引き裂かれるように苦しかった。







公爵家を取りつぶした後、皮肉な事に金を落とす公爵がいなくなった事により商人たちは国から逃げて行き、王都は一気に寂れていった。


おまけに長雨が重なり、国境近くでは飢饉が起きた。



民は今こそ国庫を開けと言うが、無暗にそんな事をすれば一時的には何とか持ち直したとして、その後は更なる貧困が手ぐすね引いて待ち構えている事は明らかだ。


どうすべきか政策を決めかねているうちに隣国に助けを求めた国民があちらの国境警備兵に誤って撃たれ、それを機に隣国ビルバと戦争になった。



賠償金を支払ってとっととこの馬鹿な戦争など終結させたいが、情けないことにその金がない。

民の暮らしを守る為、国土をおいそれと切って賠償金にあてるわけにもいかない。



八方塞がりの状況に頭を抱えた時だった。

思いもかけず再びミレイアが私の前に姿を現した。





最後に別れた時よりも更に美しくなった彼女は優雅に微笑んで、莫大な持参金をやるから自分と結婚しろ、そしてそれを賠償金にあてろと言ってのけた。



どうして。


どうして、あの時守ってやれもしなかった私にそこまでしてくれようというのか。


思わず零れそうになる涙を堪える為、うっかり怒鳴るようにそう言えば、彼女が天使のように慈愛深く微笑んで言った。


「私、性格も男の趣味も悪いんですよ」









【シグルド side】



従妹であり三つ年下のミレイアは幼い頃から、その両親に似ず、利発で心根の優しい美しい少女だった。



ある日、公爵家の家令ヘルマンに公爵家に仕えていた使用人達を数人だけでも良いから引き受けてもらえないかと相談を受けた。


何事かと驚いて尋ねれば、突然ミレイアが使用人達に暇を出したのだという。


恐らく公爵家お取りつぶしの日が近い事を察し、そうなる前に給金を払えるだけ払ってやろうと考えてのことだろうと、ヘルマンはそう言った。



伯爵家には既に多くの使用人がいるので、本家の方は今、人は足りている。

だが、僕は元々そう遠くない将来この家を出て新たに邸宅を構える予定だった。


生憎、まだ結婚相手どころか婚約者や恋人さえいないが。



「いい加減、腹をくくるか……。分かった、希望するものは全員引き受けよう」





いい歳をして、未だ独り身の僕の社交界の評判は散々だ。

なまじ容姿が良く、借金も無い為、男色だとか人に言えない趣味があるのだとかの噂がまことしやかに囁かれている。


そして、その噂を流したのは僕の親友だった。





『伯爵家の次男坊は、愛してはならない方に恋をしている』


最初にそんな噂が流れた時、僕がずっと従妹であり第二王子の婚約者となってしまったミレイアに叶わず苦しい恋心を抱いている事を知っていた親友は、僕を守る為、その噂を隠す多くの流言を面白おかしく流してくれた。


木を隠すなら森の中というやつだ。



おかげで僕の秘密の恋の噂は、もっとセンセーショナルで面白い噂に埋もれ誰ももう覚えていない。

そうきっとミレイアさえも。



僕が自分の思いに気づいた時、彼女はまだたったの十四で、思いを告げるにはまだ幼すぎた。


あと二年優しく彼女の成長を見守った後、彼女の社交界デビューが決まったらすぐさま思いを告げ妻に乞おう。

そんな思いを胸に秘めているうちに、彼女の婚約が決まり、その思いを告げる事は叶わなくなってしまった。





ヘルマンの申し出に背中を押され、婚約解消を言い渡されたミレイアに、ついに長年胸に秘めていた思いを告げた。


結果は予想通り全く相手にしてもらえなかったのだけれど、初めてそれを罪に問われない形で伝えることが出来て、ようやく少し吹っ切れたような気がした。





ミレイアを連れて帰って来るのを心待ちにしていた使用人たちに


「すまない、あっさりフラれてしまったよ」


そう謝り肩をすくめれば、


「では、ご結婚相手を探すパーティーを開かないといけませんね。お任せください、公爵家は贅を凝らしたパーティー三昧でしたから、私どもで素晴らしいパーティーを開くお手伝いをさせていただきます。そうすれば、旦那様にピッタリの気立ての良いお嬢様がきっとすぐに見つかりますよ」


メイド頭のイサベルがそう言って頼もしく笑い、他の使用人たちも温かくそうだそうだと頷いてくれた。









【ルシアノ side】



「パンがないなら、これでみんながお菓子を食べられるようにすればいいじゃない」



公爵家を廃し、余った税金を貧しい人々に再分配する。

そんな短絡的な目先のビジョンしか持ち合わせていなかったボクに、突如として目の前に現れた美しい天使のような少女はそんな事を言って微笑んだ。



お菓子……。


世間知らずのお嬢様らしい発想だ。

いくら大金とは言え、お菓子なんてそんな高級なもの買って配ればあっという間に資金が底をつく。


彼女にそう言ってやろうとしてハッとした。

規模こそ違えど、僕等がやろうとしていることがまさにそれだったのだ。



たった一日、パンを買う為の金を配って何になる。

貧困はそれでは止まらない。


あぁ、ボク達は何て愚かだったのだろう。





仲間たちと何日も話し合い、無能だと決めつけ見下げていた大人達に頭を下げて教えを乞うて周った。


そしてようやくただ金を施すのではなく、彼らに仕事を与えいつか必ず菓子が買えるような給料を払ってやれる、そんな工場を立てる算段が出来た。





謝罪と称し、意気揚々と彼女にその計画を披露しに公爵家を訪れれば、驚いた事に彼女はボク達が喧々諤々(けんけんがくがく)議論し書き上げた求人票にあっさり訂正を書き加えて見せた。


「募集人員は……性別も学歴は問わない?! そんな……こんな条件ありえません!」



彼女の目指す素晴らしい理想は理解したつもりだ。

しかし、それを今この国で実現するには、あまりに先進的すぎる。

不可能だ!



仲間達の元に戻った後もずっと眺めていたその求人票を、やはりありえないと破り捨てようとした時だった。


仲間の一人から、次期公爵家が取りつぶしに合い、その一人娘である彼女は平民に落とされるらしいという噂を耳にした。



そんな……。

神は何と無慈悲な事をなさるのか。

どうにかして、あの心優しくも気高い天使を救えないだろうか。


居ても立っても居られなくなって、ボクはこれまで何より大事にしてきた主義主張をあっさり翻すと、彼女の身分を守る為西へ東へと奔走した。


しかし下っ端貴族のボクには結局何も出来なかった。





自分の無力さに再度打ちひしがれた時だった。

また彼女が書いた求人票が目に入った。


『性別、学歴共に不問』



これを実現出来れば、彼女を救うことが出来るかもしれない……。







結局、彼女が示した通りの条件で稼働をはじめた工場運営は、拍子抜けする程あっさり軌道に乗り、ボク達は最初に思い描いていたよりも多くの人を救うことが出来た。


しかし、彼女がボク達の元に来ることはなかった。





「ルシアノどうした?」


休憩時間にぼんやり彼女の事を思いふけっていたら、仲間の一人にそう心配そうに声をかけられた。



「いや、何でも無い」


そう言って、売り物とは別にするため()けられた焦げたクッキーを一つ口の中に放り込めば、口と胸の中にほんのりとした甘さと共にほろ苦さが広がった。









【アロイス side】



初めてミレイア様の姿を見た時、


『あぁ、ついに俺は死んでセラフィナが迎えに来てくれたのか……』


そう思った。



そうではないと気づいた後でなお、セラフィナによく似たミレイア様が、母を恋しがって泣くエステファニア様の手を優しくその両の手で包むように取ったのを見た時には、無性に胸が痛くなって仕方がなかった。





「こうしてるとアロイスがまるで私の本当のお父様みたい」


エステファニア様のそんな言葉を聞いて、本当にそうだったらセラフィナの忘れ形見の彼女に、寂しい思いなんてさせないのにと苦しく思っていた時だった。



「嫌! お城は寂しいから帰りたくない!! お母様とアロイスと一緒にここにいるのがいい!」


そんな我儘を言って泣くエステファニア様に、そしてそれを哀れに思う私に、ミレイア様は彼女の元にしばし留まる言い訳をくださった。







ミレイア様は結局俺の妻にはなっては下さらなかったが、その後六年に渡りエステファニア様の元に留まり、彼女の良き母代わりを務めてくださった。


「お母様、これからもずっとここで暮らしましょう」


そう言ってエステファニア様はやはりミレイア様との別れを寂しがっていたが、ミレイア様にはミレイア様の幸せがあるのだからと皆で言い聞かせ、なんとか笑顔で彼女の出立を見送ることが出来た。







それからまたしばらく経った頃―



「ねぇ見て! お母様から結婚式の招待状が届いたの!!」


そう言ってエステファニア様が嬉しそうに、綺麗な封筒をミレイア様の仕草を真似て俺の目の前でヒラヒラと振って見せた。


ミレイア様はこの夏、ソリアの第二王子クラウディオと結婚されるのだという。



ミレイア様のあの行動力には本当に頭が下がる。



もし俺も……。

俺も、ミレイア様の様に運命と諦めずあがき続けたのなら、セラフィナを失わずに済んだのだろうか。



ふとそんな事を考えて、でもそれ以上考えるのは、彼女の忘れ形見であるエステファニア様を否定する事になると慌てて頭を振った。


すると、そんな俺の動きが可笑しかったのだろう。

エステファニア様がかつてのセラフィナそっくりに、まるで太陽のように眩しく笑った。

沢山あるお話の中見つけて、そして最後まで読んで下さりありがとうございました。


ブックマークと評価も押していただけてとっても嬉しいです。

いつも応援してくださり本当にありがとうございます。


誤字報告、個別にお礼をお伝えする術がないのが歯がゆい限りです。誤字がどうしても止まらないので本当にありがたいです。

ご感想も全て読ませていただいています。すごく励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロインは偽善を体現してる人 リアル世の中には偽善を称した独善がまかり通ってるから偽善を貫ける人は尊敬する
[良い点] 読めば読むほどいいお話ですね! 爽快になりました。
[一言] 素晴らしい物語をありがとうございました!
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