062 アズサ、急患を診察する
騎士たちを引き連れて、間違いなく邪魔以外の何ものでもない、急患がいる家に向かった。一軒家で貧乏とは無縁のように見える。
患者を見た。息が荒い、痙攣も見られる。脈をみた。かなり早い。でも発熱がない。毒かな。
「ヒール」これで痙攣は治った。
「この女性はあなたの妻ですか?」
「妹です」
「あのう、今日の夕食ですが、何を食べましたか?」
「キノコスープに卵と野菜を炒めたものと、カタパンです」
「夕食が残っていたら見せてほしいのですが」
「キノコスープは残っていたと思います」
私はキノコスープを見た。キノコの匂いを嗅いでみたが香味野菜が入っていたので、匂いがわからなかった。鍋に残っていたキノコをほんの少しだけ食べてみた。美味しいけれど、これって毒キノコだ。
「あなたはこのスープを食べましたか?」
「私はキノコが嫌いなので、スープだけは飲みました」
「妹さんは、あなたがキノコが嫌いなのを知っていて、キノコスープを作ったわけですね」
「はい、朝、妹と喧嘩をしたので、その仕返しだと思いました」
「このキノコなんですが、毒キノコです。ごく少量ならピリッとしてなかなかよいアクセントがつくので、スープとかに入れることもあるのですが、ここまで入れるとなると、死にます」
「それって妹は自殺するつもりだったってことですか?」
「はい、そうなりますね」
「結婚話がそんなに嫌だったとは」
患者の兄は床に座りこんでしまった。
「また明日、私たちは様子を見にきます。お代はその時いただきますから」と聖女らしからぬセリフを言う。聖女というのはミルヒー様みたいな方こそ相応しい。私が呼ばれて良い称号ではない。
聖女と呼んだら二度と治療しないと言っておこうか。
翌日、患者の家に訪問した。兄は落ち込んで椅子に腰掛けたまま、ちらっと私たちを見ただけだった。私たちは患者が寝ている寝台に向かった。
患者は怒りのこもった目で私たちを睨んでいた。治癒師をしているとこういうこともある。
「お加減はいかがしら」
「放っておいてくれれば良かったのに」
「お兄様が命の危険をおかしてまで、皇帝陛下の命令でお仕事中の私に呼びかけたのですから、助けないわけにはいきません」
「お兄様はあの場で騎士に斬られかけていたのですから」
「まさか、兄は罪に問われるのでしょうか?」
「騎士たちが、お兄様のことを陛下に報告するのは止められないので、おそらく罪に問われると思います」
「死罪ということもあるのですか?」
「最悪の場合、そうなりますね」
「悪いのは私です。兄は悪くありません。死罪にするなら私にしてください」
「お兄様だけではなく、あなたも、ご親族も知人の方も罪に問われるかもしれませんね」
「そんなむごい……」
「お兄様はそれほどの罪をおかしてまで、あなたの命を救いたかったのです」
「これは私の独り言です。私は昨日うっかりお仕事中に寝てしまって、陛下から命じられたことができませんでした」
「騎士たちもそういうことであれば、陛下から罪を問われることもないので、陛下からお小言をもらうのは私だけ」
「という独り言でした」
「お兄様を大事にしてあげてください」
「聖女様、私は結婚などしたくありません。ずっとこの家にいたいのです」
「それだとお兄様は一生ご結婚ができないかもしれませんね」
「兄に良い方ができたら、家を出ます」
「お兄様は今回、あなたを結婚させる気は失せてしまっているので、ゆっくり考えてくださいませ。それと私は聖女ではなく、治癒師ですからお間違えなく」
「私たち兄妹にとっては聖女様です。誰がどう言おうともです。ありがとうございます。聖女様」
ダメだ。完全に聖女認定されてしまった。
「妹さんは大丈夫です。お代は銀貨一枚です」
兄は無言納戸の引出しから銀貨一枚を取り出し、アリスに渡した。
「妹さんを結婚させたければ、ご自分がまずは結婚することですね。妹さんはあなたのことが心配で結婚したくないようです」
「両親は妹が幼い頃に亡くなったので、私は兄という気がなく、親のつもりだったのですが、妹に心配されている兄とは、本当に情けないです。聖女様、妹を救っていただきありがとうございました」
「私は聖女ではなく、治癒師です」
「私どもにとっては聖女様でございます」
兄も妹も頭が固いのは困ったものだ。




