061 アズサ、マーリンの研究室に毎日呼び出される
授業が終わったら、マーリンのジジイの研究室に呼び出されるのが恒例なっている。なぜ、マーリン様をマーリンのジジイと呼ぶのか? 答えは白露草の雫を献上したのに、量が少ないという理由で、何もくれなかったから。次の新月の日に今回献上した十倍の雫を集めてこいと無理難題を押しつけてきたから。
もう一つの理由、私の魔力を自分の研究のため無償で利用しているから。対価を求めたら、皇帝に命令書を出させて、逆らえば反逆罪に問うという暴挙に出たから。権力の濫用ここに極わまるだ。私をなんだと思っているのか? 魔力の供給装置? そう、私は魔力供給装置だと思っている。あのジジイは。
毎日、放課後ここにきて魔石に手を置くだけ。それが二時間、三時間も。マーリンのジジイが忙しいジジイで良かった。暇だったら夕食抜きで六時間はこのままだったと思う。
マーリンのジジイは時折、白露草の雫がこの百倍あったならとか、不穏なことを口走る。ポーションの瓶の底にわずかにためるための苦行が誰がするのか、真夜中零時から明け方まで腹這いで、小さな木の匙で雫を集める私の気持ちを少しは考えろ。口に出しては言わないけれど……。
学園長にそろそろボーレールに旅に出たいと、私は申し出た。学園長は新月まで後二週間はあるし、皇帝陛下の命令で騎士団が私の警護にあたること、行き帰りも馬車になっているので、新月の三日前が出発日になっていると、怪訝な顔で言う。
私はもちろん知っている。けれどもそれまでの間、マーリンのジジイの研究には付き合いたくないことを学園長に直訴した。
「マーリン様は秘密主義だから、仕方ないか……。出発を許可します。後のことは学園長の私がなんとかします」
「学園長、ありがとうございます。嬉しいです」
「この際だから言っておくけど、マーリン様の研究室に入れる人って皇帝陛下くらいしかいないのよ。毎日通っているアズサは、宮廷魔術師たちから羨望と嫉妬の目で見られていますから。そのことは覚えておいてくださいね」
「はい」
私はアリスと一緒にボーレールまで徒歩で旅をしている。治癒師のローブを着て、二度目なのと、お貴族様がいないので、村、街を通ると頻繁に声が掛けられる。お代はいただくがその家の稼ぎを見て、これなら払えるだろうと思った金額の倍額を言ってみて、払えないというとそこから交渉に入る。
私としてはミルヒー様に誓ったこともあって治療するのは当然だけれど、治癒師として専門職にはそれ相応の対価が必要だとも思っている。お金がなければ、大根、にんじん、玉ねぎなど私がほしい食材がお代になることも、度々ある。
お金持ちほどケチなので、思い切り吹っかけている。お金持ちなら、私たち以外の治癒師、魔術師を雇えるのだから、遠慮はしない。
貧乏人は大根でしか払えない。大根を私に渡すとその日の食べ物がない。それでも治療を願うなら、治癒師に最大限の敬意を示したので、それだけで治療対象だ。めったに使わない、マキシマイズヒールもありだ。
私は極貧だったから、一日、二日食べられないこともざらだった。空腹の辛さを知っている。大根一本、にんじん一本の大切さを知っている。貧乏人にとってそれは金貨と同じ価値がある。
ボーレール街道には聖女様が新月の前に旅をされるという噂が広がり始めていたらしい。三度目の旅の時は街道に、多くの人が私たちを待っていた。それはいずれ話したい。
新月の三日前、私はボーレール岬に着いた。騎士団も到着し、邪魔が入らないように周辺を調べていた。白露草の雫の採取時は岬に近づくことは禁止された。
新月、午前零時、白露草が現れた。白く淡く光る、可憐に光る草を見て、騎士たちがどよめいた。それに対して、私は腹這いになって、アリスに両足を持ってもらって、小さな匙で白露草の雫を集める、地味だ。これを明け方までするのか? いつまでするのだろうか。もしかしたら私が死ぬまでかも。決めた。グリムのところへ身を寄せようと。
騎士たちが急にざわめき出した。男の声で「聖女様、急患です」と聞こえた。マズい、その男の人が騎士に斬られる。「その男を斬ったり、殺したりすると、白露草の雫の効能が失われます」と騎士の動きを封じて、騎士たちによって拘束されている男の側に寄った。
「急患はどこですか? 案内しなさい」
「アズサ男爵、この者は平民です!」
「平民なら捨ておけとでも、慈悲深い皇帝陛下の騎士とは思えませんね」
「アリス、ついてくるわよね」
「もちろんです。私はアズサ様の弟子ですから」




