034 アズサ、四十一階層、暗黒の中でポトフを食べる
「ヒロシついてきている?」
「はい、大丈夫です、アズサさんマッピングは大丈夫ですか?」
「どうだろう、目印も何もないから。壁に傷をつけて歩いているから、ぐるぐる同じところを回ってはいないと思いたいよ」
私は魔力で灯りを灯してはいるもの、周囲、一メートルがやっと見えるだけだ。暗黒というか漆黒というか、ここはそういう言葉が相応しいと思う。
私たちは、魔王グリムに無理矢理連れだされて、妖魔について下調べどころか、ゴブリン王との謁見さえ飛ばして、四十一階層にきている。
魔王グリムは「探検してくるのだ」と言ったまますでに半日が過ぎた。私の光る魔道時計は今午後三時を示している。
私たちは足元は見たいものの見ると、気持ちが悪くなるのですぐに目を背けてしまう。ここは墓場だと思う。無数の人骨が足元に並んでいる。初めはなんとか踏まないようにと努めていたのだが、どこに足を置いても「グシャ」という音が聞こえるので、諦めた。
アリスは目を瞑って私のマントを掴んで歩いている。歩くたびにグシャ、グシャっていう音を聞くのは精神的に極めて良くない。踏みごごちというかその感触も気持ち悪い。
魔物とやり合っている方が気が楽だ。
「お前たち、まだこんなところにいるのか。私はこの階層を出て下の階層にも探検にいってきたのだ」
「下は陽射しがキツいから遮光メガネが必要だった」
「魔王グリム様、私たちは遮光メガネというものは持ってきておりません」
「そうか。それは困った」
「まあ、今は考えても仕方ない、私はお腹が減った。何か食べさせてくれ」
そう言うと、グリムは、グシャ、グシャ、グシャっと音をたてて座り込んでしまった。ここで食事をしたいとは思わないのだけど、お昼をかなり過ぎているし、食事の用意をしようと、地面に横たわっている人骨には申し訳ないが、四人、たぶん、影の薄い戦士さんもいると思うので、場所をあけて料理を作り始めた。
本来なら料理人のアリスが作るのだが、完全に怖がってしまっているので、私がポトフを作ることにした。
「魔王様、ニンニクは大丈夫ですか?」
「私は好き嫌いがない。食べられるものは全部食べて生きてきた。食べないと喧嘩に負けるかもしれないからな」
ジャガイモ、ニンジン、ソーセージ、玉ねぎ、にキャベツとニンニクと黒胡椒を忘れずに、お塩を少々とオーランのオイルを入れて、後は煮込むだけっと。
「はい、魔王様」
「なあ、アズサ。私はグリムだ。魔王ではない。だからグリムと呼んでほしい」
「グリム様は魔王様ですよね」
「私は自分を魔王だと思ったことは一度もないのだ」
「私は魔木の実になった時、誰からも名前を書いてもらえず、野良魔族になってしまった。子どもがほしい魔族が魔木の実に自分の名前を書くとその実は魔族の家族になれる。私のように誰からも名前を書いてもらえなかった実は野良魔族と呼ばれて、名前がないのだ。だから私にとって名前は一番大事なものなのだ。私はグリムであって魔王ではない」
「わかりましたグリム様」
「様も不要だ。私はグリム」
「グリム、ポトフが冷めます。食べてくださいませ」
「それで良い、これは上手いのだ」
ヒューヒューと音がした「あのう僕もお腹がすきました」
「お前はなぜいつも姿を隠しているのか? 何かの呪いか?」
「隠してはいません」
「そうか生まれつきか。それなら仕方ない」とグリムが勝手に納得して話を終わらせた。
私は少しだけポトフを食べたが、アリスは食べられず。ヒロシも一口食べてギブアップしていた。影の薄い戦士さんはお代わりを三度、グリムも負けずにお代わりを四度して満足していた。
影の薄い戦士さんが、ヒロシたちに「冒険者は食べられる時に食べないと、死ぬ間際に絶対後悔するから、食べること」って先輩冒険者として二人にアドバイスをしていた。私もそう思う。食べられないって辛いもの。
「お前たちに早くここを出てもらいたいので、夜目が効くようにしよう」とグリムが言いだし、私たちに夜目の魔法を掛けた。その結果、アリスは失神して、ヒロシは泣いていた。というのも、すべての壁に人が埋められていて、その人たちの顔がじっと私たちを見ていたから。
私も思わず「ワッ」と声が出てしまった。
「お前たち、よく見ろ。すべてが作り物だ。人骨にしても、壁に埋められた人にしても本物ではない」
「お前たち、一度魔王城の地下一階に入ってみよ。本物だとどういう踏みごごちなのか、壁に埋められている者の顔がどういう顔をしているのかがわかる。もっと禍禍しいぞ」
「グリム、私たちは作り物で十分です」
「そうか、欲がないのだなあ。でも、一度は魔王城には招待するから、気が向いたら見に行くと良いぞ」
私は見たくもないし体験もしたくない。私が生きてきた中でここは最悪の階層だ。




