032 アズサ、三十九階層でマグロを釣る
沼地の次は海とは。「一度、三十八階層に戻って舟を用意しないと、ここは通れないわ」
「アズサさん、魔石がこんなに落ちてますから、僕、舟を作れますよ」
「戦士さんて副業は錬金術師さんなの?」
「僕、物作りが好きで、副業を錬金術師にしました」
「見かけに寄らないですね」見えないけれどとは言わない。へえ、皆んなそれぞれ特技あるんだ。私は黒猫に三年間いたけど、ヒロシの副業が斥候って知らなかったし、戦士さんの副業が錬金術師だったことも知らなかった。そう言えば、私って黒猫のメンバーのことに無関心だった。
戦士さんが魔石製の舟を作った。海に浮かべてみた。浮かんだ。見えないけれど、戦士さんはきっと満足そうな顔をしているのに違いない。
魔石製の舟に私が魔力を込めると、舟は滑るようにして海を走った。気持ちが良い。
私はここを海と表現しているけれど、私は実際の海を見たことがない。ここが本当の海を模したものかはわからない。もしかしたら大きな湖かもしれない、でも、今は海だと思いたい。
「師匠、何もありませんね」
「本当に何もないね」
「海賊とか出てきてくれると、俺は嬉しいのだけど」
「ヒロシ君、それはどうしてかしら?」
「海賊と言えば宝箱じゃあないですか」
「最近さ、このダンジョン、宝箱の出現率が異様に下がっていて、旨味がないって言って、他のダンジョンに冒険者が流れているのは、アズサさんは知らないよね」
「まったく知らなかったよ」
「ランカーさんがみんな持っていったんじゃないの」
「宝箱の獲得ランキングは白猫さんが今年も一位だけど、獲得した宝箱の数は去年の半分程度だよ」
「ちなみに黒猫が獲得した宝箱の数だけど、アズサさん覚えている?」
「確か五つかな」
「それは去年の数、今年は二つだけ。しかも中身は銅製の魔剣」
「その時おいちゃんが言ったダジャレは覚えているよ。『こんな銅製の魔剣をドウセイって言うんだ』ってやつ」
「僕は、全然笑えなかったのに、アズサさん、一人受けてたよね」
「そうだったけ。良いと思ったんだけどな」
「アリス、砂漠の盗賊が鉤爪のついたロープを持ってなかったけ」
「師匠、持ってきてます」
「それで、魚釣りでもしない。餌はボーアの肉の切れ端で」
「アズサさん、思い切り、鉤爪が見えてますけど、これに引っかかる魚はいないと思いますよ」
「暇だしさ、小魚でも集まってきてくれたら楽しいし」
「了解です。ほんじゃあ鉤爪を海に投げ込みますね。よーっと」
「嘘だろう」
「アズサさん、鉤爪に魚が掛かりました。間違いなく大物です」
「やったね」
鉤爪に掛かった魚が跳ねた。「あれってマグロ?」
「アズサさん、マグロって何ですか」
「お魚で、とっても美味しいの。私が借りてるお部屋の下の小料理屋で年に一回だけ食べられるお魚なの」
「生で食べても大丈夫な魚で、口の中に入れるととろけるの」
「ヒロシ、絶対に釣り上げてね」
「戦士さん、いますか? 手伝ってください。俺一人ではあげられないです」
「ごめん、ヒロシ君、僕、船酔いで動けないの。手伝えない」
戦士さん、このマグロのお刺身が食べられるか、食べられないかの瀬戸際で船酔いでダウンってあり得ない。砂漠の舟の時は船酔いしなかったのに。最悪だ!
マグロとの戦いはそれから三時間、アリスには、ヒロシのヒールを任せた。私は自分にヒールをかけまくった。私とヒロシはマグロを舟に乗せようと奮戦していた。絶対に私はマグロの刺身を食べるのだから。
ようやく、マグロは力尽き舟の上に乗せてすぐに血抜きをした。手早く、マグロを切り身にして、今食べる分には私特製の防腐粉はかけない。
ヒロシもアリスも疲労困憊だ。ヒロシは、何度かロープから手を離そうとしたらしいけれど、私の形相を見て諦めたらしい。ここで手を離したら、ヒロシは私によって、海に投げ込まれると感じたらしい。その通り私は怒り狂ってヒロシを海に投げ込んだだろう。
アリスとヒロシは、私がマグロをさばくのをみてドン引きしていた。これも異世界料理なのか。私がいつも持ち歩いて入るお醤油に付けて、マグロのお刺身を食べた。至福の時がやってきた。
幸せそうに食べる私を見て、アリスも一口食べた。一瞬で表情が変わって、「今まで食べたことがないくらい美味しいです。師匠。師匠のその幸せそうな顔の意味がわかりました」
おにぎりのことがあるので、ヒロシと戦士には勧めなかった。ヒロシは最後まで手をつけられず、戦士さんはどうも船酔いで伸びているみたいだった。
魔物も海賊も何も出てこない、こうしたのんびりした舟旅も良いよね。
マグロさんに感謝です。美味しゅうございました。




