016 アズサ、二十一階層にはいないはずのゴブリンの気配に気づく
今のところ、二十一階層は私の頭の中にあるマップ通り。ただ、少し違う点は魔物の数が少ないことと、ここに、いるはずのないゴブリンの気配がすることくらい。
「止まれ! 罠がある」前にいるベテランレンジャーが、先遣隊に注意を促した。私にはどこに罠があるのかわからない。ここは草地だし、一見したところ罠らしきものはないのだが。
「誰か手伝ってくれ」とレンジャーが叫ぶ。上級冒険者が三人ほどレンジャーの手伝いに入った。穴を掘るのか? スコップを持ち出した。穴を掘るのではなく、土をどかしている。土を取り除くと木の板が渡してあるのが見えた。
木の板を割ってみると、その板の下には深い穴が開いている。その穴には先端を尖らせた杭が整然と並んでいた。
一人、二人が通る分には板は割れない。しかし大人数で一気に通ると板が割れて、落下して串刺しになる。よく考えられた罠だ。しかも大きい。おそらく遠征部隊用の罠だと思う。
二十一階層に入ってからずっと私は気持ちが悪い。私を取り巻く精霊も喧しい。何だろうこの感覚は妖魔、ワイバーンの飼い主に出会った時に感じた感覚に似ている。ここに妖魔がいるのか?
私は隊列を離れて、歩き出した。「治癒師、この辺りは危険だ。どうもあちこちに罠が仕掛けれられている、隊列に戻れ」
「ご心配ありがとうございます。ただ、この近くに微弱ですが、なかなか悪意のこもった魔力を感じます」
「治癒師、あんた、雷鳴のアズサか?」
恥ずかしい二つ名を呼ばれた。
「はい」
「雷鳴のアズサなら、まあ、良いだろう。この罠を張った罠師は優秀だ。気を付けろ」
優秀だけど、隠しきれない悪意を罠に付与したからマイナス十五点だ。私は悪意が強まる方に歩き出す。そして立ち止まった。見つけた。転送の魔法陣を見つけた。あれ、精霊たちが私に気を付けろって盛んに言う。「ウギャ」ヤバい。この魔法陣は餌だ。この魔法陣に近寄った時点で、別の罠が作動する。ごめなさい。罠師さん、マイナス十五点は撤回します。プラス五百点です。
「レンジャーさん、部隊を後ろに下がらせてください。大規模な罠が動き始めました。私が動くと一気に動きそうです」
「アズサ、どこまで部隊を下がらせれば良いのか?」
「私の姿が見えなくなるまで、その後は地面に全員伏せてください」
「了解した。全員ゆっくり後退」
先遣隊が見えなくなった。私が一歩でも動けばこの辺り一帯が崩落する。穴の下には当然、杭がある。
私はシールドを魔力で強化した。落下しても串刺しにならないように。私は一歩後ろに下がった。その瞬間、轟音とともに、百メートル四方の地面が崩落した。底には思った通り、整然と杭が並べられている。
先遣隊は無事だったようで、戻ってきてくれた。
「アズサ、無事かー」とクラインさんの声が聞こえた。
「無事ですが、ロープを垂らしてください。お願いします」ロープが垂らされそのロープに私の体にロープを巻き付け、きっちり結んでロープが、私の体から外れないようにして、「すみません。引っ張り上げてください」とお願いした。
私は引き上げられ、先遣隊の皆さんにお礼を言った。
レンジャーさんが「まさかここまで、大規模な罠を張るなんて、クラインさん、ここは撤退した方が良い。アズサがいなければ、俺は見逃してました」
レンジャーさんは悪くない。私が悪意に引かれて罠を踏んだのだから。私の責任が重い。
「俺たちの仕事は安全なルートを見つけることだからな」
「クラインさん」
「なんだ、アズサ」
「たぶん、この二十一階層全体が罠ではないかと思います」
「つまり、安全なルートは存在しないとでも言いたいのかな」
「はい、おそらく存在しません。しかし罠が作動した後だと安全なルートが作れます」
クラインさんは目を瞑り、熟考している。「お前たち、罠を食い破る自信はあるか? ない奴は本隊に戻れ」
「クライン、俺たちを見損なうな。ぶっ飛ばすぞ!」
「死ぬぞ」
「俺たちは死神に嫌われている。心配しなさんな」
「ありがとう。俺は、お前たちを誇りに思う」
「誇りなんて、どうでも良い。街に戻ったら酒を奢ってくれるだけで良いぞ」
「ああ、幾らでも奢ってやるよ。飲み放題だ」
冒険者らしくて、気持ちが良い。でも、ここにいる何人かは街には戻れないと思うと辛い。私は万能ではない。死んだ者を生き返らせることはできない。




