015 アズサ、雷鳴のアズサと呼ばれる
「ねえ、アズサ。黒猫で嫌な思いをしているのはわかっているの。でも、一月前の先遣隊の報告と今のダンジョンの様子が全然違うの。二十階層ですらこんなに危険になっているの。とても私一人では無理なの、お願い。私を助けて」
誰よりも尊敬しているミルヒーさんにお願いされてしまった。私にそれを断る選択肢はあるのか?
ない。受ける以外の選択肢はない。
「私は赤の旅団には入りません。でも、遠征部隊に一人の冒険者として参加します」
「じゃあ、アズサは私の助手ってことで、私が個人的に雇うわね。アカツキ」
「ミルヒーがそれで良いというなら、私に異論はない」
「アズサはどうか?」
「はい、異論はありません」
「アズサ、お願いがあるの?」
「何ですか? ミルヒーさん」
「二十階層にいるワイバーンを退治してほしいの。あなたならできるでしょう。おジンから聞いたわよ。山一つ消し飛ばしたこと」とミルヒーさんが、私の黒歴史を暴露した。
アカツキさんが信じられないって顔をしている。
「アズサ、お前は治癒師だったな」
「幼い頃、魔力制御に失敗して……」
「私は加減ができません。遠征部隊の方に、ケガをさせては大変なので、遠征部隊の方たちには一度、十九階層に戻ってほしいのです。何が起きるのか私にも想像がつきません」
「アズサ、まさかダンジョンを壊したりはしないだろうな?」
「壊すかもしれません」
「ミルヒー、アズサにやらせても大丈夫なのか」
「良いんじゃないの。少なくともワイバーンは退治できますから」ミルヒーさん、ワイバーンにキレている。死人がでないはずの遠征だったのに、ワイバーンのせいで最悪な遠征になってしまったから。
「遠征部隊の全員が十九階層に退避が完了したら、合図を送るわね。この髪留めが撤退完了の合図を伝えるアイテムだから、無くさずに作戦決行時には付けておいてね」
翌日、ある作戦を行うので、関係者以外十九階層に戻るようにと、遠征部隊に通達が出された。また作戦実行後の二十階層の状況については他言無用の契約魔術を、エルフ一行を除いて、部隊の参加者全員とアカツキさんが交わした。
徐々に部隊が十九階層に戻って行く。先に進むと言って聞かない人間が二人いた。魔術師と戦士がゴネている。それを横目に見つつボワンナーレさんがさっさと十九階層に戻ってしまうと、二人は慌てて追いかけて行った。一体何がしたかったのか理解に苦しむ。
私はワイバーンの巣の下まで移動した。ワイバーンが攻撃してくるが、すべてシールドで跳ね返した。
髪留めがピカピカ光った。作戦決行の合図だ。私は一度深呼吸をして、目を閉じて、精神を集中した。
「マキシマイズ・サンダーライトニング」と詠唱した。
二十階層のあらゆるところから雷鳴が轟いた。あちこち、無差別に雷が落ちている。山に落ちれば、山が砕かれ、地面に落ちれば深い穴が開いている。ワイバーンに雷が落ちれば、ワイバーンは黒焦げになっていた。小一時間ほど雷鳴が鳴り響き、その後雷鳴は徐々に遠ざかって行き、そして聞こえなくなった。
作戦終了。私は髪留めに触って少し魔力を流して作戦終了をミルヒーさんに伝えた。
二十階層にあった山々が砕かれ丘になっていた。周辺には焦げたワイバーンが幾重にも折り重なっている。まだ生きているワイバーンも幾頭かいたが、戻ってきた遠征部隊の冒険者にトドメをさされている。
戻ってきた遠征部隊の冒険者たちは、口々にこう言った「一体全体何が起こったのか」と、またこの後、私はこう呼ばれるようになった。「雷鳴のアズサ」と。お陰で私はとっても生きづらくなった。
「アズサ、あなた、危ないから、ちゃんと学校に行って、魔術と魔法を勉強しなさいね」ってミルヒーさんが真顔で言う。また、私に一つ黒歴史が追加された。疲れた。マジで疲れた。
アカツキさんは、「赤の旅団に絶対ほしい」と言って、私を見つめつつ舌舐めズリしている。怖すぎる。
ワイバーンが全滅したことで、遠征部隊が四十階層を目指して進むのかと思っていたら、全部隊が動くのに先立って、先遣隊を二十五階層まで送ることに決まった。上級冒険者三十人、中級冒険者五十人、指揮官はアカツキさんの右腕と呼ばれるクラインさん。治癒師として私が先遣隊に選ばれた。
アカツキさんからは、私が使用しても良い魔術、魔法は治癒魔術のみ。攻撃魔法、魔術を使用した場合は命令違反として処罰すると言われている。クラインさんは、万一先遣隊が極めて容易ならざる事態になった場合、私を先遣隊の殿にする許可を、別途アカツキさんからもらっていた。
自分たちも先遣隊に入れろとゴネる人が二人現れた。クラインさんは快よく参加を認めたのに、突然二人は辞退した。護衛任務ができないからだそうだ。クラインさんは二人を捨て駒にしようと考えていたようで、かなりガッカリしている。
クラインさんが率いる先遣隊は二十一階層に向かった。




