この身を呈して
百合要素少ないNe…
ー次の日の昼休みにまた今間さんからの呼び出しがあった。
ちなみに今間さんからの呼び出しは、友人たちの中では早くも暗黙の了解となっており、笑顔で見送られながらも足はそうでもないようで、アキレス腱が悲鳴をあげている。
ちなみに今回の呼び出し場所も中庭であり、それがあの4人がいつもあの場所で昼食をとっているだろうことを思わせる。
中庭に着いたところで昨日の場所に今間さんが見当たらないことに気づく。
「…場所を間違えたか?」
「いや、あっているぞ。」
「うひぇあっ!」
突然後ろから声をかけられ、誰も求めることの無い野郎の不意打ちボイスが辺りへ無料で散布される。
「いつもの意趣返しだよ…っふふそれにしても うひぇあっ!って…」
自分の奇声が相当に面白かったのか腹を抱えて笑い始める今間さん。どうやら彼女は今までの不意打ちを想像以上に気にしていたらしく、今回は仕返しとばかりに背後から話しかけてきたようだった。
「…俺のあられもない声でツボに入るのはやめてくれ、死にたくなる。」
おそらく今の自分の顔は熟れたりんごのように真っ赤に染まっているだろう。
「…すぅー…はぁー……えーと、まずはそうだな、まずはそこのテーブルに座ろうか。ふふっ。」
そう言って今間さんが指さしたのは例の4人組からは近からず遠からずの位置にあるテーブルだった。
「いいのか?周りから見える位置である以上、不自然に思われる気がするんだが。」
前回のベンチは見られていたら不自然どころの話ではなかっただろうがそれはそれである。
「その点に抜かりはない、秘策を用意してある。」
やけに自信ありげなその言葉によって、自分はゆっくりとテーブルに座り始める。
そして何やら鞄を漁り始める今間さん、数秒後に彼女が取り出したのは2つの小包であった。
「えーと、秘策とは…?」
一瞬頭をよぎった淡い期待に少し浮き足立ちながらその内容を問いかける。
「昨日キミが友人に料理の実験台になったと言ってしまった、と言っていただろう?それに着想を得て、普通に食事をしていればバレずに堂々と鑑賞できるのでは、と考えたのだ。」
ーー我が人生に一片の悔いなしとはこのことだろうか、いやまだ百合を鑑賞し足りないという悔いはあるが。正直に言っておそらく今が人生のピークだという自信がある。…しかし同時に今間さんの手間を煩わせてしまったという罪悪感が湧いてくる。他人の間違い、それも自身に害があるかもしれない間違いを受けとめ、フォローに回ってくれる友人がどれほどいるだろうか。いや、待てよ。
「…あの、これって俺たちの関係が誤解されるのではないだろうか。」
「そうか?友人の弁当を作ってあげるというのは、最近はあまり見ないものの普通のことだと思っているのだが。」
それはフィクションの中だけである。しかも同性の間だけの。
「いや、普通ではないぞ。…そうだな、例としては『毎朝私の味噌汁を作ってください』というプロポーズ文句があるだろう?つまり他人、それも異性の食事を作ることはそれだけ親密な中である、ということを意味するんだ。…知らんけど。」
正直適当である。
「そうか、その言葉は知らないが納得できないこともない。しかし私は特に体裁は気にしないぞ?そんなものは趣味の二の次三の次さ。」
「…その割にはあの時」
「流石に趣味バレは避けたかったからな。」
「それもそうか、あの時は本当にすまんかった。……ところで本当に頂いてもいいのだろうか。誰かにみられたら色々まずいと思うが…」
「大丈夫だと言っている。それよりあっちを見てみろ、伝説のあーんだぞ。」
「うっそだろマジで!?」
目を凝らして横を見れば確かに映るのは美少女達の百合シーン。もはや色々と情報が多すぎて脳と心臓が破裂しそうである。
「…あまり見すぎると良くないな。えーとそれじゃあ、いただきます。」
自制心を総動員させて欲望を抑え、目の前の食事へ向かう。緊張と興奮が舌を狂わせるも脳裏に浮かぶのは美味しいという陳腐な感想ばかり。
「…あー初めて人に食事を作ったものでね、味はどうだい?」
いつの間にかこちらに向かい直した今間さんが少し不安げな表情で見つめてくる。
「ひゃ、はい!おいひいです!」
まだ口に食べ物が残っているのも忘れ、どうにか返事をする。
「それは良かった。」
そう返事をした彼女はまた4人組の方へと向き直り、自分もそれに倣った。
ーーそれにしても、尊いなぁ…。ん?
仲睦まじく会話に花を咲かせている美少女達4人組。彼女らの姿かたちは美しく尊い、しかしながらその行動のなかに少しだけ、ほんの少しだけぎこちなさを感じさせる女の子が1人。不慣れゆえの緊張とは違った、後ろめたさの混じったような様子が少しだけ目にこびりつく。
ーーおそらく集中しすぎて疲れたのだろう。他人の機微に疎い自分がぎこちなさに気づくなどあるわけが無い。
しかし耳横から声がした。
「櫻宮さん、少し遠慮がちじゃないか?先程から会話に入ろうとしたりしなかったり。」
チラリと隣を見れば今間さんと目が合う。
「…楽観的だがまだ高等校も始まったばかりだし、遠慮がちになることもあるだろうさ。」
そう建前を口にする。
「そうか、確かに我々が口を挟むようなことでも無いな。基本的に我々は尊さを享受するのみ。…だがしかし彼女にもしものことがあれば。」
少し演技がかった口調で彼女はそう言った。
「…もちろん、推しの為に命を張るのが男ってもんよ。そうならないことを祈るけど。」
「私は男ではないけどな、…おっともうこんな時間か、そろそろ教室に戻ろうか。」
時計を見れば12時45分、まだ少し余裕はあるにしろそろそろ戻った方がいいだろう。
「そうだな、…あー今回は弁当ありがとな、めちゃくちゃ美味しかった、つーか嬉しかった。今度また何か奢らせてくれ。」
そう言って丁寧に包み直した小包を彼女へ返す。
「…また明日も呼ぶと思うが、それでもいいか?」
「願ってもない話だ、心は癒され、腹も満たされる。それ以上に望むものなんてないさ。…しかしやはり罪悪感がある。だからさ、俺になんかして欲しいこととかないか?全力で力になろう。」
「ふふっ、そうだな……じゃあ今度、キミがお弁当を作ってきてくれよ。急に言われても無理なのは承知している、だからまた今度でいいからさ。」
そう言って楽しそうに笑う今間さん。
「……今間さんの口に合うように努力するよ。」
「期待して待っていよう。」
ーそうして今夜から、お勉強会と同時並行で、男4人衆による地獄のお料理会が始まったのだった。
さらばあばら(全力腹パン)