第1話「あまりにも退屈な世界からの決別」
おそらく、車に轢かれたんだと思う。
ぼんやりと覚えている。
薄れていく記憶が多い。
しかしそうでもないことも結構ある。
≪転生≫という単語が思い浮かんだ時しっくり来た。
なるほど魂は廻っていて生まれ変わるとこんな風に思い出すのか。
前世はとても楽しいところだったらしい。
ボンヤリとしか思い出せないはずなのに様々な娯楽があり、それを享受し満たされた気持ちになることがどんなに幸せなことか痛いほどよくわかった。
今生の世界は退屈だ。
毎日に必死で、食うに困ることすらある。
文明は遠く、夜は暗い。
最初は前世の記憶を持っているのだから何か成し遂げることが出来ると思った!
本を読むのが好きで、特にネット小説なんかをよく見たからそう思った。
自分は特別な力に目覚めて、魔物や悪魔、魔王、悪神を倒すのだ!
と思っていたのだがどうやら無理そうだ。
この世界では人間の成長にある程度の方向性があるらしく生まれて数年で才能の有無がかなりはっきりと現れてしまうのだ。
例えば私のすむ村に派遣されている領兵の方が三人ほどいるのだが彼らは非番の日などに子供たちの遊び相手をして下さる気の良い大人たちだ。
そんな大人たちは片方の腕に三人の子供をぶら下げ背中に一人を背負い、両手背中の計7人を持ち上げた状態で走る。
良い笑顔で走る。
結構動き回っているはずなのだが息を切らしたところを見たことがない。
と、こんな感じで何かに突出した才能を持っている人間が多いのだ。
この世界で主要な宗教ではこれを神の加護と呼ぶそうだ。
さしずめ≪力の加護≫と言ったところだろうか?
他にも視力が異常によくなる≪鷹の目の加護≫、計算の早い≪演算の加護≫、鼻のよくなる≪香りの加護≫等がある。
今まで出あった人たちは何かしらの≪加護≫持っていた。
だから自分も何かしらの≪加護≫があり、それを研究し生かして生活を向上させて見ようと思った時期があった。
しかし、≪加護≫がわからなかった。
両親に訪ねてみると良くあることなんだそうだ。
「魔法使い等の特定の職業に才能のある人間の≪加護≫はとても分かりにくいらしい。」
とは教会で読み書きを習っている今生の兄ケビンが教えてくれたことだ。
兄は一度覚えたことは忘れない≪記憶の加護≫を持っていて、この村の次期村長候補だったりする。
ちなみにこの世界には魔法がある!
喜ばしいことだが超専門職だ。
なるのは難しい。
簡単な魔法なら誰にでも使えるがそれらを持続させたり、強い威力で放ったりするのに恐ろしくキツい訓練をする必要があるのだ。
とまぁ、この村に生まれついた時点で色々と詰んでいると思っていた。
そんなある日のことだった。
この国の王子様が隣国の姫と結婚することになった。
何となくおめでたいことなのはわかるのだが直接の関係はないと考えていた。
「サァサァお立ちあい!今宵お目にかけますのは我らが王国シュトーレンと王子アークベル様と隣国はレムリスの姫君ナリスタリア様の暑い恋の物語!悪竜から姫を守る王子の冒険物語でございます!」
「「「おお~~~!?」」」
悪竜?よくわからないが何やら王族の活躍を喧伝するための舞台のようだ。
語り部の吟遊詩人さんは物語を語り始めた。
正直ワクワクした気持ちが止まらない。
この世界は娯楽が少ないのだ!テレビは愚かラジオや新聞すらないのは辛すぎる。本なら教会に少量あるが文字が読めない!
ほんと誰か教えて!ちくしょう忙しかったりご近所付き合い(あそびあいて)だったりで勉強してる時間なんかないよ!
結論、舞台は面白かった。
演劇の会場は村で一番大きな村長の家なのだがそこの広間に村中の村人をぎっちぎちに詰め込んで行われた。
演者は全部で六人、演奏をする人間が二人、語り部の吟遊詩人がひとり、そして背景役が二人、そして最後のひとりが人形使いなのだ!?
人形使いの人がすごかった。
「穏やかにして自然豊かなレムリス王国!歴史あるかの国は平和な時を過ごしていた。」
舞台の上に大人の膝の高さくらいの人形が出てきた。
何と六体も、冠をかぶった王様風の人形が他の五体に指示を出している。
あるものは桑を振るい、あるものは話し合い、あるものは剣を構えた。
ここで背景の二人が動く。片方はレンガの模様が書かれた布を広げ城壁か何かを演出しもう片方は葉のしげる枝をかるくふった。
のどかな笛の音が舞台に花を添える。
そんな演出に村人はおおはしゃぎだ。
吟遊詩人は隣国の豊かさ、特産などを語り出す。
どうやらぶどうが名産で葡萄酒の産地らしい。
「かの国に一人の姫君がありました。麗しき美貌と天上の調べを奏でる歌姫、王陛下の七番目の子供、次女ナリスタリア姫です。」
さっと場面が切り替わる。
レンガの布をもった背景さんが前に出て布を背中にかけながら広げ、その背中に姫の人形が乗っている。
城のバルコニーを表現したのだろう。
かわいい仕草で手を振っている。
「姫君の歌は優しく民を勇気づけます。」
ここで笛の音がいっそう華やかになった。
「姫君の歌声の素晴らしさ噂となって近隣諸国を駆け巡りました。」
舞台の人形達がワタワタと舞台上を右往左往する。
王様の人形まで右往左往していて笑ってしまった。
「しかし、姫君の噂が七つ向こうの山まで届いてしまいました。」
背景の一人が黒い布をかぶり鋭い山を表した。
そしてもう一人が手首を使い、首の長い何かの生き物を表現した。
まさかこれは!?
「悪名だかい剣山のドラゴンが噂を聞き付けてしまったのです。」
ここでドラゴンが火を吹いた。
すごい!魔法だ!
「ドラゴンはその翼で山を飛び立ち、レムリス王国へやってきました。」
腕に描かれたドラゴンには羽がついていて黒い布をうまくたなびかせ空飛ぶ様子を巧みに演出した。
太鼓と笛でオドロオドロしい音を奏でる奏者達。
「ドラゴンは言いました。
美しい姫とやらを我に寄越せ!我伴侶として山に連れ帰る。
国の壁を崩し、炎を巻き上げ、恐ろしいドラゴンは国王を脅します。」
王様の人形がドラゴンの前で恐れおののいている。
迫真の演技だ。
「ドラゴンは3日の猶予を陛下に与え山へと帰って行きました。」
悲嘆に暮れる王様人形が膝をついていた。
「そんな陛下にある若者が声をかけました。
陛下、どうか我が国をお便りください。我が国の騎士達がこの国を、ナリスタリア姫を守ってごらんにいれましょう!
そう、我らがシュトーレン王国の第一王子アークベル様がこの場に居合わせたのです。」
王様人形を王子人形が助け起こした。
二人を囲むように鎧をまとった人形とローブを着た魔法使い風の人形が現れた。
「かくして同盟国は手を組み、ドラゴンと戦います。」
人形達が戦いの準備をしている。
あるものは槍を振り上げ、あるものは角笛をならし、剣を構えて整列した。
そして整列した兵士人形の間が割れ、そこから王子人形が現れた。
腰に挿した剣を抜くとそれが青く輝く。
「王子もまた、戦いました。王家に伝わる聖剣、≪海の乙女≫を手に兵達を鼓舞しました。
同盟国の姫様を悪しきドラゴンから守るのだ!
兵達は奮い立ち、そしていよいよ約束の3日が過ぎました。」
背景の人の身体を山に見立て、その回りを兵士人形達が囲っている。
そこにドラゴンがやってきた。
正直ここまででかなり感動している。
そりゃこんな話は前世でならいくらでも読んできた。
ありふれた話だと思う、ただこの劇団の演出力はかなりのものだ。小道具を巧みに使い、何より人間達を操る人の技量がすごい。
今生で心がこんなにも沸き立ったのは始めてだ。
そして、物語はクライマックスに移る。
「騎士を率いた王子がドラゴンに挑みかかります。」
槍を持った人形達がドラゴンに躍りかかり、剣を持った王子人形がドラゴンの頭に飛びかかった。
青い光を放つ剣がドラゴンの頭を切り裂く!
「こうして王子と騎士たちの活躍によりドラゴンは打ち倒されたのでした。」
吟遊詩人が大袈裟な礼をした。
ここで皆が拍手をした。
「さてこの度、件の歌姫、ナリスタリア様がこのシュトーレン王国に輿入れして来ることとなりました!」
花吹雪と共に王子人形と姫人形が手を繋いでお辞儀をした。
皆が先程よりも大きな拍手を送った。
どうやらこの事を宣伝するのがこの一座の目的らしい。
こんな山奥まで大変だっただろうに。
でも、本当に楽しかった。
舞台もよかったが何よりも舞台で生き生きとした動きを見させてくれた人形にとにかく感動した。
ちょっとこの情動に動揺している。歯止めがきかないのだ。
全ても演目が終わり村民一同は拍手喝采だ。
そんな中、自分でも信じられないことをしてしまった。
舞台に登り、舞台の真ん中で礼をしている団員の中の一人。
人形を操っていた人物に自分は懇願したのだ。
「弟子にしてください!!」
一同はギョッとして私を見ていた。
自分はどうしてこんなことをしてしまったのだろうか?