覚醒 at ウツボ穴
あたし達は2匹でウツボ穴に向かって歩き出した。
ウツボ穴というのはウツボがウヨウヨいる岩穴の事で、危険だから絶対行っちゃダメだってパパとママから言われてる。まだ幼生の頃にヤマトと一緒にこっそり見に行って、ママからこっぴどく叱られたっけ。あの日は罰としてオヤツの海ブドウをお預けされちゃった。
あそこならヤドカリ仲間達も近づかないと思うし、手付かずの素敵な巻貝が落ちてる可能性があるってあたしは踏んだの。
危険は承知だけど、プライドにはかえられない。ハイリスク・ハイリターンってヤツね。今は大きくなったし、ウツボにも上手く対応出来ると思う。
歩きながら、あたしはアカネに言われた事をヤマトに教えた。そしたらヤマトはこう言ったの。
「そういえばあいつ、ねぇちゃんの巻貝がポイントカードでパンパンなのを貧乏臭いって言ってたな」
「なんですってぇ?!」
あたしはアカネに勝ってやるという決意をさらに固くした。
その時よ。背後に気配を感じたの。
振り向くと、巨大オコゼが猛然とあたし達に襲いかかって来た!
「唸れ! オレの右第二歩脚!! スクリュー・ドライバー!!」
ヤマトが叫び、すかさず右第二歩脚から捻りを加えたパンチを繰り出す。彼の右第二歩脚のコークスクリューが炸裂したわ!!
あえて技名をウォッカとオレンジジュースを混ぜたカクテルの名前にしたのか、単に間違えたのかは良く知らない!
ドシーーン!!
巨大オコゼのエラ蓋にパンチが命中して、オコゼは海底に裏返しになった。
「……貴様なぞ、コレ一本で充分だ」
右第二歩脚を高く掲げながら、ヤマトは目付きが超ヤバくなってる。怖っ! 筋トレの成果がこんなレヴェルにまで到達していたなんて……!!
味方だから頼もしいけど、敵に回すと厄介ね……。
その後もイシダイとかハゼとかタコが次々に襲って来たわ。
でもヤマトはその度に
「吠えろ! オレの左はさみ脚!! ゴッドファーザー!!」
とか
「猛れ! オレの左第一歩脚!! スレッジハンマー!!」
とか叫びながら一発で倒した。
いちいち技にそれっぽいカクテルの名前を付けてるのがウザいわね。どこで覚えてきたのかしら?
終いには「オラ、ワクワクすっぞ〜〜」なんて言ってて一人称も変だし、完全に戦闘狂に目覚めちゃった。知〜らないっと。
そうこうしてる内に、あたし達はようやくウツボ穴に到着した。
ウツボに見つからないように気配を消して貝を探さなきゃ。あいつらは獰猛で、見つかるとリスキーだからね。夜行性だから今は穴の中で寝てるだろうから、今の内よ。
まずは穴の前の広場から。
う〜ん、なかなか落ちてないわね。岩と砂ばっかりで、巻貝どころかサンゴひとつも生えてない不毛の地だわ。
どうしよう。穴の中も探してみようかしら? でもさすがに怖いし……。
「たのもぉ〜〜〜〜!!」
突然ヤマトが大声で怒鳴った!
ウツボに闘いを挑もうというのかしら?!
「ちょっと! 何馬鹿な事してんのよ!」
「……オレの外骨格がさらなる血を求めている」
彼は充血した複眼で呟いた! 完全にイッてる複眼よ!
「ウツボ相手じゃいくらあんたでも無理よ!」
「姉貴は岩の後ろにでも隠れてな」
あたしの呼称が「ねぇちゃん」から「姉貴」へと変化した! 大きくなったわね、ヤマト。昔はあたしの後をヨチヨチ歩いて、海藻が揺れただけで泣いてしがみついてきたのに。あたしはホロリとした。
ホロリとしたのも束の間、穴から5匹のウツボが顔を出したのであたしは岩陰に隠れた。それから巻貝に入って複眼だけを出して様子を伺った。
でもヤマトは穴の前の広場中央を動かない。真っ正面から受けて立つ気なのね、なんて無謀な!
「ヤマト! あんたも隠れなさい!」
「出て来やがれ! このシャクレ野郎供が! 」
敵を煽ってどうすんのよ! タダでさえ寝起きで機嫌が悪そうなのに!!
ブチギレたウツボ達はヤマトに四方八方から襲いかかった! でもヤマトは冷静に対応した。
まず背後から来たウツボに高速の体当たりを喰らわせた!巻貝から飛び出たトゲトゲのお陰もあって、ウツボはノックダウン。
ヤマトが急に移動したものだから、左右から来たウツボ2匹がお互いにコッツンコしてノックダウン。これで後2匹。
次いで「右ストレートでぶっとばす!」と絶叫しながら、宣言通り右はさみ脚で前方左側のウツボのボディーにパンチを決めた。カクテルシリーズはどこへ行ったのかしら? ウツボは白眼を剥いてノックダウン。
一瞬にして4匹のウツボを倒した! 我が弟ながらポテンシャルがハンパないわ! 恐ろしい子ッ……!!
でも、前方右側から襲いかかるウツボは格が違った。スピードも体力もズバ抜けてる。
ヤマトの攻撃を次々と交わして、隙を見て鋭い歯で殻ごと噛み砕こうとしてる!
アッ! とうとう捕まった!! 私は複眼を覆った。
「残像だ……」
ヤマトの声が聞こえたから、私はこわごわ複眼を開けた。
そしたらウツボが咥えているのは残像では無くて、ヤマトの外皮だったの。ヤマトったら、一瞬で脱皮して、ウツボを欺いたのね。
ウツボに隙が出来たから、チャンスよ!!
すかさずヤマトはウツボにボディーブローを打ち込んだ! これまでとは桁違いのスピード感よ!
説明するわね! 彼のはち切れんばかりの外骨格が、大リーグボール養成ギプス的役割を果たしていたの。脱皮によってさらなる力が発揮出来るようになったのよ!!
でも、なんて事! ウツボは傷一つ負ってない!
そうだわ! 脱皮後の一週間程度は外骨格が柔らかくなってるから、いくら彼のスピード感をもってしてもウツボにダメージを与えられないのね。
あたしは大声で呼び掛けた。
「ケロッグコンボ(注1)の朝ごはんよ!!」
こんな事もあろうかと、あたしはケロッグコンボを巻貝の中に隠し持って来ていたのだ。今は午後だけど。パラパラとポイントカードまでもが貝からこぼれる。いけない、全部拾わなきゃ。
「もうガマン出来ぬぁいッ!!」
ヤマトはそう叫んであたしの元にやって来て、ケロッグコンボを貪り食った。そして、
「グーレイトォー!!!」
って絶叫してまたウツボへと向かって行った。
「グーレイト!」って叫ぶCMは、コンボじゃなくてケロッグコーンフロスト(注2)の方だけど、まぁいいわ。
6つのビタミンとたっぷりの鉄分によって彼の外骨格は瞬時に固まった!
ヤマトは右はさみ脚によるアッパーカットをお見舞いした!!
ラスボスウツボは堪らずノックダウン。やった!!
あたしはヤマトに駆け寄った。
「大丈夫?!」
「こんなもん、準備運動にもならないぜ」
その割には彼は肩で息をしてる。
「しばらくそこで休みましょう」
「足りない……まだ足りない……」
複眼は充血してるし第二触覚はウネウネ蠢いているしで、ヤマトの様子がもっと変になってる! ドーピングの副作用もあってか興奮してるし血圧も上昇しっぱなしみたい。どうすればいいのかしら?
その時、あたし達の背後から諭すような声がした。
「ここはヤドカリが来て良い場所ではない。すぐに引き返しなさい」
振り向くと、目付きの悪いダンゴムシのお化けみたいなのがいた。もしかしてダイオウグソクムシかな? 初めて見た……。30センチくらいはあるかしら? 脚と節がいっぱいあってなかなかキモい……。あたしは自分の事を棚に上げて、そう思った。
「ノーバディキャンストップミー!!」
急にヤマトが吠えた。もはや浅瀬の狂犬ね! 容赦無く初対面のダイオウグソクムシに右第二歩脚と左はさみ脚で攻撃を仕掛けた!
不意打ちにも関わらず、ダイオウグソクムシは攻撃を遊泳脚でもって軽くいなし、流れるような動きで右第六歩脚を振り上げ、ヤマトの第一触覚に手刀を喰らわせた。
おそろしく速い手刀……あたしでなきゃ見逃しちゃうわね。
ヤマトは座り込んだ! 頭の上には小さいヒトデがくるくる回ってる。
ちなみに何故あたしがこんなに動体視力がいいのかと言うと、流れ来るプランクトンを逃さない様に幼い頃から欠かした事のない日々の訓練の賜物よ! あたしの通った後はオキアミ1匹残らないわ!
でも、ダイオウグソクムシがこんな浅瀬にいる事は置いといて、脱皮とケロッグコンボのダブルドーピングにより覚醒に覚醒を重ねたヤマトにいとも容易く歩脚をつかせるなんて……一体何者かしら?!
「迷いのない単純な攻撃に、その喧嘩っ早さ……ワシの若い頃にそっくりじゃ」
両者は同じ甲殻類だけど、厳密に言うとヤドカリは十脚目であるのに対してダイオウグソクムシは等脚目だから、似ているなんてあり得ないんだけどね。
「急所は外しておいた。じきに暗くなる、早く帰りなさい」
ダイオウグソクムシはそう言って、歩脚と遊泳脚を巧みに使ってシャカシャカ泳いで去っていった。キモいけど、ちょっとカッコいいかも。クールでロマンスグレーの、キモカッコいいオッサンって感じ。
あたしはそのキモい泳ぎを見送った。
ヤマトが「オレは何をやっていたんだ……」と呟いて立ち上がった。ダイオウグソクムシのお陰でやっと正気に戻ったみたい。さっきお礼を言うのを忘れちゃった。いっけね。
「あんた、ダイオウグソクムシの手刀を喰らったのよ」
「そうだった。甲殻類最強の座は遠すぎる……。オレもまだまだだな……」
ヤマトは遠い目をした。
「とりあえず帰るよ!」
ダイオウグソクムシの言う通りそろそろ他のウツボも活動し始めて危険だから、フラフラしてるヤマトと潮溜まりへと急いだ。支えてあげたいけど、彼の戦闘用巻貝はトゲだらけだからちょっと離れて歩いた。
当初の目的の「イケてる巻貝探し」は達成出来なかったけど、仕方ないわね。
他の作戦を考えなきゃ。
(注1)もう製造終了しているようです
(注2)現在は「フロスティ」になっているようです