決意 in 潮溜まり
あたし、ミサキ。
ハナミノカサゴも恥じらう3歳のメスヤドカリヨ!
潮溜まりでイケてる巻貝を探してるんだけど、なかなか見つからないの。今背負ってるのはツギハギだらけだし所々炭酸カルシウムが剥げ落ちて超みすぼらしいから、早く引っ越したいんだけど。
それに、もうすぐヤドカリ☆コレクションって言うイベントに参加するの。略してヤド☆コレ。
この辺りの磯に住んでるヤドカリの皆でファッションショーをして、背負った貝の豪華さや奇抜さを競うの。
優勝者は竜宮城ペアチケットが貰えるから、皆それを狙ってる。
でも、もう1週間以上探し回ってるのに、落ちている貝は地味だったり欠けていたりでもうイヤんなっちゃう。
カバンの中とか机の中も探してみたけど、全然見つからない。探すのをやめた時に見つかるのかな? とも思ったけど、やっぱり見つからない。
もういっそ、夢の中へ行って踊っていたい!
フジツボに腰掛けてそんな事を考えてたら、幼生時代からのライバルヤドカリのアカネが通りかかった。あの子はすごく嫌味で性格が悪いから会いたくない相手なのに!
この前なんて、「アカネが例えてあげる。私が優雅に海を舞うオニイトマキエイなら、そうね、あなたは味噌汁のだしに使われる煮干」って暴言を吐かれた! 同情するなら長靴一杯のプランクトンでもくれないかしら? 全く。
あたしは見つからないように殻の中に隠れてハサミで殻の入り口に蓋をした。
そうしたらアカネはあたしの腰掛けるフジツボの3個右に座りやがった!
「あら、そこにいらっしゃるのはミサキさんじゃなくって? そんなお粗末な巻貝でよく表を歩けますわね。柔らかい腹部を無防備にさらした方がマシじゃございませんこと? オッホホホホホ〜〜!
アカネが例えてあげる。アカネが夜の海に美しく輝く夜光虫なら、そうね、あなたはそこら辺の屍肉を漁るただのフナムシ」
あたしは恥ずかしくて、巻貝に隠れたまま出られない。
アカネは第二触覚がゆるふわカーブを描いてるし、巻貝も桜色でフリルがいい感じにいっぱい付いてるしで、悔しいけどちょっと可愛い。
アカネは近づいて来てあたしの巻貝をしばらくツンツンしてたけど、諦めたのか行っちゃった。ふう。
でも、超悔しい!! こんなに馬鹿にされて、あたしは黙っちゃいられない!
頭から湯気が吹き出て茹でヤドカリになっちゃいそう!! キィィィ〜〜!!
あたしはそばに生えてたアオサを噛みちぎった。
そして決心した。
絶っっっ対にヤド☆コレで優勝して、あの子の鼻を明かしてやる!!
歩脚をシャカシャカ動かして、急いで家に帰った。あたしの家は第5潮溜まり3丁目の2番地穴だ。
「ヤマト! ヤマトいる!?」
あたしは帰るなり大声でヤマトを呼んだ。ヤマトは奥の部屋から顔を出した。
「そんなに茹で上がってどうしたのさ、ねぇちゃん」
ヤマトは年子の弟で、筋トレマニアだ。
今も両方のはさみ脚で2匹の巨大ウニをはさんで上げ下げしていて、ウエイトトレーニングに余念がない。口癖は「キチン質は裏切らない」で、壁のラッセンの絵の隣にはイカ墨で黒々と「目指せ甲殻類最強」と書かれた貝が貼ってある。
先月なんて体力づくりとか言って、岩にへばりついたヒザラガイというヒザラガイを片っ端から引っぺがして回ってたっけ。お陰でヒザラガイ協会から「個人的な筋トレに軟体動物を巻き込むな」ってクレームを喰らったから、あたしは最近ヒザラガイ界隈を歩けなくなった。全く筋肉に魅せられた弟を持つと苦労するったらありゃしない。
懲りずに今度は棘皮動物に手を出したみたいだけど、大丈夫かな?
彼の歩脚やはさみ脚は筋骨隆々で、外骨格が弾け飛ぶ勢いだ。そろそろ脱皮すればいいのに。この前見せてもらったら腹部も6つに割れていて、もはや巻貝なんて必要無いんじゃないかしら?
「今からウツボ穴に行くわよ!」
あたしはウニのトゲトゲに刺さらないように注意して彼の側に寄って言った。茹で上がった説明なんて後回しだ。
「え?! あんな危険な所にどうして?!」
「巻貝を探しに行くのよ! ヤド☆コレで優勝したらあんたも竜宮城に連れてってあげるから!」
ホントは親友のユッコと行くつもりだったけど、致し方ないわ。
「やれやれ。ねぇちゃんは言い出したら聞かないからなぁ。付き合うよ。やれやれ。やれやれ」
我が弟ながら、姉想いのいいヤツだわ。ヤマトは村上春樹の小説の主人公に匹敵するくらい「やれやれ」を連発して支度を始めた。
支度と言っても戦闘用の巻貝に引っ越しただけなんだけど。ちなみにその巻貝はトゲトゲがこれでもかってくらい付いていて触れるもの皆傷付けるタイプの巻貝だから、少し離れて歩かなきゃね。