1-15 アベステ討伐、開始!
闇夜に動き出したモンスが最初にやったことは精霊空間から取り出したコートと仮面で自身の顔を隠すことだった。この格好は三年前に全国規模のテレビ局のカメラを通じて、世界に宣戦布告したときの格好だ。この三年間、ヒューマン・イーターとして活動するために幾度か身に纏ってきた服装。当初は多少動きづらかったものだが、今ではすっかり慣れたものだ。
さらに精霊たちにも似たような格好をさせる。彼女たちの顔も念のために見せないようにしている。とはいえ、仮面の模様がそれぞれ違えど、黒いコートにフードを被り、さらに仮面で顔を隠している彼らはかなり怪しかった。
それに構わず、彼らが向かうのは明日の正午、アベステがこの三年半で溜めに溜めた力を解放するべく、足を運ぶ大きな橋の真ん中だった。海へと繋がる大きな川に架かるこの橋こそがアベステの野望を達成するための地だ。ここに仕込みをする必要がある。
「お前ら、出てこい」
「了解」
モンスの号令に従い、七人の精霊たちが出現する。それぞれが異なる登場の仕方をしており、スーザンは彼の眼前で跪き、アリスは橋桁に腰かけ、サエナはスーザンの横で仁王立ちをし、カミュラはモンスの背中に背を預けつつも腕を組み、ネルは無表情で橋桁にもたれかかる。そして、ソーナと新たに仲間にした青髪の少女は腕を組んでスーザンとサエナの横に立つ。モンスは青髪の少女の方を見て、言う。
「シルヴィア。今回はお前の力を中心に使わせてもらう」
「承知」
シルヴィアと呼ばれた少女は短く答え、両手を合わせると、それをゆっくりと離していく。両手の間に無数の白色の糸の束のようなものが現れる。
「まずは、どうする?」
「そうだな……」
モンスは数瞬考え込む素振りを見せた後、自身の考えをシルヴィアに伝える。シルヴィアはそれに頷き、行動を開始する。続いて、他の六人にも命令をし、彼女たちが頷いて行動を始めたのを見届けるとモンスは静かに自分のやるべきことをやりはじめる。
これは準備だ。勝負時を戦い抜くための準備なのだ。これで失敗すれば、モンスは二十人近くにものぼる半外の子供たちを死なせてしまう。しかし、不思議とプレッシャーは感じなかった。むしろ、いろんなことを考える余裕すらあった。
今、モンスが考えていたのはアベステのことだった。アベステはモンスにとっても因縁のある男だ。何せ、彼こそがモンス母子殺害の依頼をエクスに出した張本人なのだから。もちろん、彼だけが自分たちの殺害に関与しているとは思わない。だが、たとえ、上に命じられたのだとしても彼を見逃すつもりはない。
それこそがカ……ノ…………モ……ス………………カラ……。
(……? 何だ、今のは……)
モンスは不意に頭に流れたノイズ混じりの音声に眉をひそめる。しかし、それも一瞬であり、すぐに作業に戻る。少々余計なことを考えすぎていたようだ。若干作業効率が落ちている。それをトリモドスためにモンスは少しだけ作業速度を上げる。
その後は驚異的な作業速度を八人は実現し、全体で三分ほどで準備を終える。誰にも気付かれることなく、準備を整えた八人は速やかにその場を離れた。
○○○○○
翌日。とうとうこの日がやってきてしまった。モンスは洋館の数部屋で眠り込んでいる子供たちを考え、小さくため息をつく。
結局どうすることもできなかった。自分の無力さを心底呪う。けれど、そんなことをしたところでどうにもならないのも事実だ。
結果として、今日この日を迎えたのだ。後悔などする意味はない。ただ全力を尽くす。それだけを考えるしかないのだ。
とはいえ、あまり早く着きすぎても警戒されてしまうので、ギリギリまで出ないことにした。もうすでに正午まで一時間を切っていたが、ここから件の橋まではさほど遠くないので三十分くらい前に出れば何の問題もない。
モンスは傍に控えていたソーナの方を向く。
「ソーナ。奴らは?」
「大丈夫。力はきちんと発動してる。全てが終わるまであの子たちが起きることはないわ」
「そうか」
ふと寝過ぎによる健康被害について心配になったが、仕方がないことだとモンスは自分に言い聞かせる。もし、彼らが予想外の動きをしたら面倒だ。下手をすれば、三年近くも我慢していたのに全て台無しになってしまう。それだけは避けねばならない。
いずれにしても、時間だ。いくら、警戒されないようにギリギリに出るとは言っても、さすがにそろそろ出なくては間に合わなくなってしまう。
モンスは昨晩同様顔を隠すための仮面とフードを被る。そして、精霊たちも同じように顔を隠したのを見ると口を開く。
「行くぞ、お前ら」
モンスは号令をかけて動き出す。静かに昨晩仕掛けを施した橋へと向かう。そこにはすでに大量の人が来ていた。モンスはその人混みを遠目から見て、呆れきった表情でため息をつく。
「あれが噂のお祭りか」
橋の近くは半外を皆殺しにする儀式を行うとは思えないほど活気に満ちあふれており、近くに立てられた旗には『橋光祭り』と描かれている。遠目から見ても、相当な客が来ており、なかなかに繁盛している。橋の近くに設置されたステージのようなところで両手を振っている茶髪のやや太った中年男がアベステだ。
アベステは表向きは見世物として誤魔化すつもりのようだ。まぁ、正午という時間帯にあんな場所でやらなくてはならない以上、やむを得ない措置だろう。ここもいろいろある街だ。多少、衆人環視の前で派手にやったところで何の問題もない。それにあれが上手くいけば、その際に発する光は昼間という条件を鑑みても、なかなかに綺麗なものになるはずだ。
「まぁ、それを愚物どもに見せてやる義理なんざどこにもねえんだけどな」
モンスは小さく笑い、近くに置かれた時計を見る。あと五分足らずで正午。そこでステージの様子が変わる。どうやら、そろそろ動きはじめるようだ。
アベステは手を振りながら、橋へと近付いていく。モンスはそれを見て、小さく笑う。
正午まであと十秒となったところで無駄なカウントダウンが始まる。それを見て、モンスたちは動きはじめる。
残り三秒で群衆から少し離れたところまでやってくる。そして、カウントダウンがゼロになった瞬間、橋から光が発せられ、それらの光は無数の線のような形になり群衆を貫く。
それで観衆の大半が死んだ。運良く生き残った者たちは突然の事態にパニックになっている。混乱による騒音を嫌ったモンスはサエナとシルヴィアに生き残った者たちの掃討を命じつつ、ネルに問う。
「どうだ? やったか?」
その言葉の意味はもちろんアベステを殺せたか、という意味だ。ネルはその問いに対して首を振る。
「ダメ……。間一髪結界で防いだみたい」
「ちっ。無駄に素晴らしい勘をお持ちのようで……」
モンスは小さく舌打ちをする。そして、橋の方に目を凝らす。橋は先ほどの仕掛けで崩落している。そのせいで煙のようなものが立ち上り、見づらくなっている。煙が徐々に晴れていくと緑色の立方体の中で冷や汗をかきながら立つアベステの姿が目に入る。
「案外しぶてえな。お前、ひょっとしてゴキブリか?」
「……今のは貴様の仕業か?」
「明察。お前の技をこの橋で発動させると、光の線で術者ごと周囲の人間を殺すよう仕込んでおいたんだよ」
ニヤニヤ笑うモンスをアベステは睨む。けれど、モンスは構わずに右手に身の丈ほどの戦斧を出現させるとそれを袈裟斬りのように振るい、結界を破壊する。
「な……!」
「隙だらけだ! ボケ!」
モンスは振り下ろした体勢から、横一文字に斧を振るう。アベステはそれを後ろに飛んで回避しようとするが、間に合わず腹を横に割くように赤い線が浮かび、大量の血が噴き出す。
「ごほっ!」
アベステは腹を押さえ、無様に膝をつく。モンスはそんな彼を冷めた目で見下ろしていた。
「お前は元々結界内での圧倒的な強さのみで幹部に選ばれただけの一発屋だ。だから、その強みを奪われれば一瞬で弱小特人と同程度の力にまで成り下がる」
モンスの言葉にアベステは目を見開き、そして、突然狂ったように笑い出す。モンスは彼の行動に眉をひそめる。
「何がおかしい?」
「何。大したことじゃない。自分の馬鹿さ加減を笑っていたのさ」
アベステはそう言って、ふらつきながらも立ち上がる。モンスはそれを見て、戦斧を振り上げる。だが、振り下ろそうとするその腕は目の前の男が浮かべている凄絶な笑みで止まった。
「やむをえまい。こちらも相応の切り札を出さなくてはな……」
そう言ってアベステは両手を広げる。すると、アベステの左右に白と黒の立方体の結界が出現し、それがアベステを挟むように動く。そのまま結界はアベステの体をすり抜け、アベステを包むように二つの結界が重なり合う。
「発動せよ、我が希望と絶望よ!」
アベステが唱えると結界は一瞬で収縮し、アベステの体内に入り込む。次の瞬間、アベステの体から凄まじいレベルの呪力が発せられる。
そのあまりに膨大な呪力に彼を取り囲むように立っていた精霊たちが各々の武器を構えるが、それをモンスは手で制する。
「お前ら、手を出すな。こいつは俺の獲物だ」
モンスは精霊たちを下がらせると、動きの遅い戦斧を仕舞い、かわりに右手に日本刀を左手に脇差しを出現させ、二本の刀を構えた。




