1−5
「……」
外の建物が次々と後ろへと流れゆく。
突然授業内容を変えるのもダサいんだけどなとユウトはため息を吐く。
「わかった、やめるよ」
「それでいいんだ。
全く。
頭いいバカと話をするのは疲れる。
お前は変わったな。
昔より頭でっかちになった」
ユウトはその言葉を黙って受け止めた。
会話を続ける気がなくなってしまった。
ユウトは外の様子を見る。
中央分離帯に並んだEE街灯は車のスピードのおかげでほとんど気にならないほど高速で後ろに流れていく。
反対車線の向こう側には石造りの一軒家が並んでいる。
これだけEEによる技術が発展した帝国だが、家づくりには石を使っている。
昔からEEで家を作るため、液体の素材より個体のEEを流しやすい天然の石素材の方が扱いやすかったのだ。
その名残で今も石が建築物には使われる。
昼食の時に会ったおじさんが言っていたが、今もうこの建築法を手作業で行なっているらしい。
建築に向いた“ギフト”を持った人間なんてすでにほとんどいないのだから、いい加減、別の便利な素材を考えてもいいとユウトは思っている。
それにしても巨大な一軒家に住んでいると言うことだけで、彼らの地位の位置付けがなんとなくわかる。
権力の誇示。そして、分かることがもう一つ。
宮殿に近づいている。
窓の外を眺めるユウトにカントは話しかける。
「それにしても、お前はうまくやったよな。
一体どうやって姫様に取り入ったんだ?
あの患者横取り事件以来お前は宮殿の中とはなんの関わりも持たない事になってたじゃないか」
「俺にもよくわからんよ。
急に呼び出され言われたんだからな。
ユキコ姫は人の予想を裏切り奔走させるのがお好きなんじゃないか?」
ユウトの感想は無視し、カントは両手を広げてわけわからんとポーズをとって言う。
「姫様も物好きだな。
捨てる神あれば拾う神ありってか。
……俺にはなんの声もかけてくれなかったのにな。
ユウトなんかより俺の方がEEによる強力な“ギフト”もあるし鍛えている。
そばにおくべき人間だと思うけどな」
聞く人が聞けば不敬罪として断罪されてもおかしくないような発言をするカント。
ユウトは目を見開くと大きく息を吸って、大きなため息をついた。
自分が変わったかどうかはよくわからないが、カントは間違いなく変わってしまった。
昔からプライドは高かったが、それをかばってあまりあるほど人懐っこくいたずら好きだった。
いま、彼に残っているのはプライドだけらしい。
「そうかもな。俺なんかが専属の医師だとユキコ姫も不便かもしれないな」
「だろ?なぁ、お前から言ってくれよ、近衛兵長である俺をいちばん近くに置けって」
「わかったよ、言うだけ言ってみるよ」
「絶対だぞ」
カントは何やら鼻を膨らませて喜んでいる。
何を想像しているのか、ユウトにはなんとなくわかってしまう。
歴代の王子王女には必ず近衛兵と専属医師がつけられる。
加えてそのどちらか、または両方と結婚する確率がやたらと高いのだ。
カントはそれを狙っているし、カントの父親もそれを望んでいるのだろう。
——気持ち悪いな。
ユウトは単純にそう思った。
——ただ、カントはカルデルナール家でユキコ姫の婿にすべく育てられたとも聞いている。
——ギラギラとユキコ姫を狙うのは当然なのかもしれない。
ユウトは外に目を向ける。
白い石で作られた豪邸が並ぶようになった。
これが、この帝国の特権階級が住む豪邸だ。
そして、車の正面には巨大な宮殿が見えている。
ユウトは整髪料が少し取れて垂れてきた緑色の髪をかき上げ、車の窓に顔を寄せて見上げる。
帝国宮殿は地面ごと空中に浮かんだ浮島の上にある。
島はEE によって浮かんでおり、風に吹かれ少し揺れている。
浮島は巨大な鎖で地面に固定されている。
EE 全盛期に作られた遺産だった。
帝国歴一五〇〇年頃。
EE 産業が最盛期を迎え人々の生活が全てEE と“ギフト”で賄われる時代に建てられた宮殿である。
その時代には街自体が空中にあり、街の設計は三次元構造体だった。
上下左右に家があり、金持ちの家ほど上空へ登った。
空中には蛇のように空路が張り巡らされ、大きさ、形、同じ車が一台も存在していないほど個性豊かなEE 車が空を駆け巡っていたそうだ。
帝国宮殿はそれらの街より一段高い位置に君臨し続けていた。
他の家が石で作られた家のみを空中に浮かべているのに対し、帝国宮殿は宮殿の周囲を掘り下げ、地面ごと空中に浮かべるという離れ業を行っていた。
EE の消費量は浮かべる物体の高さと重さに比例する。
当時の宮殿は相当な量のEE を城を浮かせるためだけに使っていたに違いない。
だが、それでも国民が飢えることのないほどEE 鉱石があった。
今では帝国の法令によって家や車を浮かべることは禁止されている。
帝国宮殿はいまだに浮いているが、元に戻ろうにも自身の下に街ができてしまっていたため、戻れなくなってしまい、いまだに浮いているらしい。
「見えてきたな」
カントも車の前から宮殿を見上げている。
宮殿を見上げてまず見えるのは。
石造りの五角形の城壁である。
城壁の上には見張りの兵士が詰めており、侵入者がいないかどうかをくまなく監視している。
城壁の奥には金色の半球の屋根をした建物が見えており、その建物が左右に広がっている。
左右には赤い半球の屋根がついており、金色の半球より大きく見える。
車は徐々に浮かび始める。
宮殿に入る時のみ、車は空中に浮かぶことを許される。
地面にある道を外れ、車にインプットされた空路を静かに進む。
運転手として車を運転している時には青く光る空路が見えるようになっている。
宮殿の入り口はターミナル状になっており、用がある人はここで車を降りる。
車はEE によって自動的に駐車場に入る。
宮殿側には大きな入り口には少しばかり車列ができている。
宮殿の中に入るための検問を受けるためだ。
カントの車はそれらを横目に門の真ん中を進む。
近衛兵の車は宮殿内を自由に走行する権限が与えられているのだ。
コの字型をした宮殿が目の前に広がる。
遠くから見ていた時に見えた赤い半球の屋根が両側に見える。
だが、外から見た印象より距離が離れている。
話に聞くところによると赤い屋根を直線で結ぶと2kmはあるそうだ。
それでも大きく見えるのだから、初めて来た人はその巨大さに驚くのが通例だ。
正面には十階建ての煉瓦造りの建物、金色の半球屋根が見える。
宮殿の正面入り口だ。
門の前で並んでいた人間がここまで来ることはない。
宮殿にふさわしい荘厳な噴水を横目に車は宮殿の入り口にある屋根の下に滑り込む。
門の前に立っている駆け寄りドアボーイが車のドアを開ける。
カントは前の扉から、ユウトは後ろの扉から外に出る。
車は自動的に駐車場へと動き出す。
「なんだか雨が降りそうな天気になって来たな」
ユウトは外を見て言う。
白い雲が徐々に灰色、ところにより黒くなり始めている。
雲は雲らしくなく重たくゆっくりと動いている。
「おいおい、まじかよ。午後には外で教練があるって言うのに」
カントは小声でそう呟くと、ふうと一息吐きユウトをエスコートする。
ドアボーイがユウトたちを先導し扉を開ける。
あえてEEに頼らず人を使うところが帝国式だ。
権力のよって人を使っていると言う感覚はとても甘美なものなのだろう。
だが、むしろ、そう言うところが宮殿にいる帝王がただの一個人であるということの証明している。
宮殿の中は外から見た印象となんら変わらず、石造りの石は丸見えだった。
ただし、石には一つ一つ異なる金の装飾が施してある。
天井にはいちいち豪華なシャンデリアが吊り下げられ、金色に装飾した赤い絨毯が敷き詰められている。
外の国を見たことがないユウトにとってはこれが国の宮殿として豪華なのか質素なのか判断がつかなかったが、自分の家と比べると間違いなく豪華絢爛だった。
絨毯に足跡はつかない。
どこに誰が行ったか。
その程度のことは以前ならば“ギフト”を使えば簡単なことだが、それだけで繋がりがバレてしまい政治を思うように進められなかった。
そんな、状況になっていた第二代皇帝アギト・フォン・ラーティンは宮殿全体に“ギフト”を使用し宮殿に入った人、出た人、全ての痕跡が残らないシステムを構築したとされている。
その“ギフト”の効果は一七〇〇年経った今でも効果がある。
EE の消費量が上がってしまい迷惑なことこの上ないが、解除すると宮殿の全システムがダウンするようにしてあるらしい。
昔の人が残したルールは時代に合わなくなれば淘汰されるべきなのに。
ユウトは自分の足跡が絨毯にくっきりついた次の瞬間に消えているのを少し眺め、後始末はいつも後の世代だと独語する。
ユウトとカントは宮殿の入り口からしばらく左側に進んだところにある広いロビーのような部屋に入る。
ところがそこに待っていた人間にユウトは一瞬顔をしかめる。
「よお、ユウト。久しぶりだな」
「兄さん……」
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