1−9
ガスはニヤリと笑うと剣に手をかける。
王直属部隊ゴーストの隊長。
ユキコは少し血のついたワニ皮の手袋をはめ直すと気合を入れる。
——ここからが本当の戦闘ね……。
一方、ミヤコの方には男の方が近づいていた。
「初めましてだな。
お前はこの街の人間ではないようだ。
私に課せられた任務はお前の抹殺。
息の根をしっかり止めさせてもらう。
俺の名はソリッド。
覚える必要はない。
お前は殺されるのだから」
そういうとソリッドは背中に背負った巨大な剣を抜く。
ソリッドの身長くらいはある大きく幅広な剣は、月明かりを反射して怪しく輝く。
「そんな、大きな剣、私に当たるかしら」
ミヤコはソリッドに向かって上品に指をさす。
「問題ない。何度も当てる必要はない。一度。
たった一度当たれば俺の勝ちだ」
ミヤコは棒切れをぐっと握りしめるとソリッドと対峙する。
ソリッドはニヤッとミヤコを挑発するように笑うと左手をミヤコの方に向ける。
ミヤコは武器を構えて、ソリッドは左手をミヤコの方に伸ばしている。
お互いに間合いを探すかのように様子を伺っていた。
「せい!」
先に動き出したのはミヤコ。
ミヤコの持っている棒切れではソリッドの剣を受け止めることは不可能。
つまり、ミヤコはソリッドの大剣を使わせることなく戦闘を終わらせる必要がある。
ミヤコは飛び上がり棒切れを振りかぶると、ソリッドの脳天めがけて振り下ろす。
しかし、ソリッドはそのでかい図体に似合わず、素早かった。
振りかぶるミヤコの懐にすっと入り込むと、空いている左手でミヤコの棒切れを握る右手の手首をぱんっと弾く。
「うううっっ!!!」
対して力を入れているようには見えないのに右手が悲鳴をあげている。
——とてつもない筋力!
あれだけ大きな剣を扱うことができるのも頷ける!
ミヤコはとっさにソリッドの肩を蹴って後ろ向きに宙返りする。
ふわりとスカートが翻る。
ソリッドはミヤコに蹴られてものけぞらなかった。
それどころか、空中に浮いたミヤコに迫る。
剣を握っていない左手でミヤコの足を掴むとブンッと振り回し、放り投げる。
ミヤコはかろうじて態勢を立て直し着地すると、ソリッドを見つめる。
すぐさまソリッドが攻めに転じる。
左手のみの攻撃だが、細かく足さばきを繰り返し、隙があるはずの右側を決してミヤコの方に見せない。
ミヤコはソリッドの左手による掴み攻撃をかわす。
ミヤコはなんとか棒切れをぶつけようとするも振ろうとする前に棒の手前の方を弾かれてしまう。
ミヤコは舌打ちする。
「ロック」
ミヤコは自分の“ギフト”を使うことにした。
ロックの“ギフト”は一定時間見つめ続けた部分に狙いを絞る。
ロックの魔法は周囲に漂うEEによって狙いが外れる要素を全て排除する魔法だ。
この“ギフト”を発動した瞬間、ミヤコの動きが洗練される。
これまでの荒々しい剣術が終わる。
棒切れは最大効率を重視し、素早さが向上、振り抜きが鋭い風切り音をあげるようになる。
「むっ!」
ソリッドは仰け反る。
これまで、ミヤコの攻撃が始まる前に阻止できていたのが急にソリッドの喉元に届きそうだったのだ。
ミヤコの動きのキレが急に良くなったことにソリッドは嬉しくなる。
ソリッドも自分の動きを一段階速める。
左手だけでなく体全身を使ってミヤコの動きを制限しようとする。
ミヤコの鋭い棒切れの振りに迂闊に左手を差し出せなくなったが、ミヤコの一つ一つの攻撃を丁寧に躱す。
だが、ミヤコはただ攻めていたわけではない。
狙いが正確になると敵はそれを読むことに専念し、そのほかの思考を放棄する傾向にある。
ミヤコは突如、“ギフト”の効果を解く。
ロックが解除され、狙いがぶれる。
「ぬっ!?」
急にぶれた攻撃にソリッドは態勢を少し崩してしまった。
ミヤコはチャンスとばかりにロックを再発動し攻め込む。
「もらった!」
首元を狙った一撃。
相手が動物だったら完璧に決まっただろう。
しかし、相手は人間。ソリッドはすでにミヤコの“ギフト”を見抜いていた。
ミヤコの“ギフト”は狙ったところに必中させる“ギフト”。
しかし、同等以上の実力をもつ敵にとっては無意味。
狙っている場所がわかってしまえば防ぐのは簡単だった。
これまで彼女が戦闘でロックを使い続けて勝っていたのは、彼女の技能が敵を上回っていたためだった。
敵は狙われているとわかっても避けられなかったにすぎない。
だが、ソリッドは手練れだった。
ミヤコが自分の技能だけで戦うことができない相手。
そして、ソリッドにはわかっていた。
目に見えるチャンスが現れれば思い切り打ち込んでくることも。
「ふん!」
足を滑らせたのは、フェイクだった。
左手の間合いの外から打ち込んでくるミヤコはその罠にまんまと足を踏み込んだ。
ソリッドの間合いの中。ソリッドはミヤコに当て身をする。
「ぐふっ!」
ミヤコは肺にあった空気をいっぺんに吐き出す。
簡単な当身に見えるのに、軽く三メートルは吹き飛ばされる。
仰向けに倒れたミヤコ。
すぐに、ソリッドの大きな剣が目の前に迫る。
ミヤコは全身に残った少しの力を動員して身をよじる。
ギリギリのところで攻撃をかわす。
「おお、まだ、体を動かす力が残っていたか。なかなかやるじゃないか」
エルザはすぐにミヤコを後ろへと引きずる。
ソリッドは巨大な剣を再度、肩に担ぐ。
ミヤコは息を整える。
ギリギリだった。
罠と気が付いてすぐ、撤退しようとしたため、当て身のダメージをギリギリで抑えることができた。
口に上がって来た血の味のする唾をペッと吐き出していう。
「ちっ。これだから、人との戦闘はめんどくさいのよ。このデブ!」
「おいおい、私はデブではない。筋肉隆々なだけだ。言葉が汚い女、俺は好きだが」
ミヤコはキッっとソリッドのことを睨みつけると、棒切れを握りしめて攻撃を再開する。
剣だけではない。
ソリッドはどんな攻撃も一撃が重い。
注意してかからないと次の一撃でミヤコは死ぬ。
ミヤコはさらに気を引き締めて戦闘を続ける。
一方、ユキコも苦戦していた。
ガスのふわふわと距離感を無効にする剣術は予想以上にユキコの戦闘を邪魔していた。
「ふわふわふわふわ! うざったいったらありゃしないわね!」
「ふふふ、姫様もなかなかのものですよ。
私はなかなかあなたに近づけないんですから」
ユキコはガスの剣の攻撃をワニ皮の手袋の頑丈性に任せて受け止め続ける。
自分の攻撃は全て外れてしまうのに、相手の斬撃は確実に自分へ迫ってくる。
頭がおかしくなりそうだった。
——ええい! なんの“ギフト”なんだ!? うざったい!
ユキコは腕をブンブン振り回すが、一向に攻撃が当たらない。
そもそも、ユキコの持ち味は高速で動き回り相手を翻弄すること。
自分が翻弄される立場になってしまうと、こうも戦闘が難しくなってしまうのか。
ユキコは自分自身の戦闘を振り返ってコメントする。
——私の、戦闘スタイル、マジでうっぜぇぇぇぇぇぇ!!!
ガスの斬撃を手のひらで受け止め、はじきかえす。
剣の向こう側にガスがいるはずなのに、拳が届かない。
——目を閉じちゃえ!
ユキコは相手の気配だけを頼りに戦闘を始めようとするが、ガスの雰囲気は遠いのに斬撃が迫ってきて、声をあげてしまう。
——うわっ! ダメだ、目を閉じるともっと危ない!
なんとかしてこの距離感を掴まないといけないのに!
自分の間合いを意識すればするほど、よくわからなくなるわね!
——………ん?
——ちょっとわかってきたかも……!
ユキコはガスをここまでずっと必死で観察していた。
立ち位置、攻撃の開始位置、振り方、重心……。
そしてユキコは直感的に理解する。
「わかっちゃったかも、あなたの剣戟の秘密……!」
「へぇ?」
ガスは余裕そうな表情を浮かべると、ふわっとユキコから距離を取る。
ガスとユキコの戦いやいかに!?
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