1−7
「あんた、寒いのよ」
ユキコはそう言う。
ユキコはワンダの扱いはなんとなくわかってきていた。
ミヤコはひらりとエルザの上に乗ると、ユウトを押さえる。
エルザはにまっと笑いながらユキコに言う。
「さて……」
エルザは思い出したかのように困った顔をする。
「あら、そう言えばあんた、名前なんていうんだっけ?」
「ユキコ」
エルザはぶふっっと吹き出す。鼻水が飛んできそうな笑い方だった。
「あんたの方が寒い名前じゃない」
ユキコは思わず、エルザのほっぺに拳をぶち込む。
割と力を込めたつもりだったがエルザは痛くも痒くなさそうだった。
「うっさい。私は気に入ってんの。で、何?」
「あ、そうだった、ユキコ、あんた速く走れる?」
「かなり速く走れるわよ」
「それは良かった。じゃあ、いくわよ」
そう言った瞬間だった。エルザはスタートダッシュを切った。
ここまで来るときに見せたのっしのっしと牛のような歩き方は嘘のようだった。
ユキコは思わずニヤッと笑う。
「身体強化・レベル3」
体のEE燃焼を一気に高め、全身、それこそ爪の一枚一枚にまでEEを充填する。
隅々まで配置されたEEが筋肉の躍動を高め、全身の動きをミリ単位で調節、高速化する。
ユキコはクラウチングスタートの格好を取ると一気に加速する。
周囲の景色が間延びする。
風切り音が耳を打つ。
すぐにエルザを射程に捉える。
しかし、エルザは“ギフト”を使っている気配がない。
単純な脚力だけでこれだけの速度を出している。
「すごいな……!」
「ユキコもやるじゃない! もう少しスピードをあげてもいいかしらね」
「望むところよ!」
グンっとスピードを上げる。風切り音も聞こえなくなった。
どうやら音は後ろに置いたらしい。
ユキコは自分の体が、あまりにも調子が良いことに驚く。
この領域、入ったのなんて一度か二度くらいなのに……!
ダンディな声が響く。
「お二人! 次を右!」
「あいよ!」
エルザの急な方向転換。
だが、ユキコも鉄格子に手を引っ掛け、無理やり曲がる。
鉄格子の方も曲がってしまった。
「次を左で…外だ!」
——早い! この地下牢の変化パターンもう読み切ったの!?
——この青い鳥、なかなかやるじゃない!
だが、ミヤコの冷たい声が聞こえる。
「あなたの考えているような力、ワンダにそんな大層な力なんてないわ。
あるとすれば他の鳥よりちょっと勘が鋭いだけよ」
ユキコはなんとなくピンと来る。
——EE鉱石採掘場にいるカナリアみたいなものね。危機察知能力がやたらと高いらしいし。
——毒ガスや高密度のEEに敏感に反応して人に危険を知らせるという小鳥。
——私は本物、見たことないんだけど。
ワンダの指示は的確だった。
ユキコは左に曲がった先、上り坂の向こうに星の光が見えたとき、ワンダを見直した。
——地下牢は捕まえた犯罪者を逃さないように常にEEを使い位置を変えているけれど。
——ワンダのような察知力があればすぐに逃げられてしまうじゃない。
だが、ユキコの関心はすぐに裏切られる。ユキコは大事なことを忘れていたのだった。
エルザとミヤコ、ユキコはは高速で移動し、星明かりの見える出口へ飛び込んだ。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! これ、外に飛び出しちゃったじゃないぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
彼女たちが忘れていたこと。彼は小鳥だということ。
彼が言う『外』に地面があるとは限らなかった。
超速で外に飛び出したユキコ、エルザとミヤコ。
「ワンダのあほぉぉぉぉ! 私たち飛べないのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「いやいやぁ、翼がなくたって飛べるんだぜ!? よく自分を見たまえ! 飛んでるじゃないか!」
これは飛んでるって言わないのぉぉぉぉ!!! 落ちているのぉぉぉ!!!」
空中に浮かぶ巨大な浮島である宮殿。
地下であってもそこは空中である。
外壁から飛び出れば一キロ下の市街地へ真っ逆さまである。
ユキコは空中で足をバタバタを振り回し、対空時間を伸ばそうとする。
「あら、ユキコ、情けないわね。このくらいの高さ自力でなんとかできないの?」
エルザの余裕たっぷりの声。
ユキコは覚悟を決める。
唯一の救いは自分の飛び出した方向が車道に面していたこと。
そして、真夜中であり車が少なかったこと。
「できるわけないじゃないぃぃ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ユキコは大声で叫びながら地面へ近づく。
足を揃え、軽く曲げる。衝撃に耐えられる姿勢!
ドン!
っと爆弾を爆発させたかのように地面に着地する。
地面はボコンと陥没する。
ユキコはそのままゴロゴロと転がると受け身をとって、態勢を立て直す。
「ぬうぅんんんんんんんんんん!!」
およそ、女とは思えない太い叫び声。
道路には一直線に陥没している。
隣を走っていたエルザはふわりと着地したらしく、地面に傷跡を全く残していない。
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅ……!!!
ゴッホ!ゲホゲホ!
………エルザ……どうやってそんな優しく着地できるのよ…………?」
「私には肉球があるから」
「肉球ごときでなんとかなるものなの……?」
「ごときって。あんたたち人にはない猫の特権を『ごとき』とは何事よ」
ユキコは一生、優しく着地することなど無理そうだった。
ユキコは自分の体でかわりになりそうな部分を探し、思いつく。
「お尻、もうちょっと大きくしようかしら」
ユキコはほっぺたを触り困った乙女のような顔をしながら言う。ミヤコは呆れながら言う。
「バカじゃないの?尻くらいでなんとかなると思うの?」
「ならないかしら」
ユキコは自分の尻を撫でる。
ユキコ自慢のプリッとしたお尻。
胸がない分、お尻にはかなり時間をかけて手入れしている。
ミヤコはぷいっと顔を背けると言う。
「知らないわよ。あんたのお尻の弾力なんて。尻で衝撃が消えるわけもないけど」
「あら、あなたは私の尻の弾力を知ってるの?」
「……さっさと行くわよ。こんな大穴開けて、バレてない方がおかしいもの」
ミヤコは後ろを振り返る。だが、すでに穴はふさがっていた。
「EEで勝手に元に戻るのよ。大通りだけだけどね」
「……EEの無駄遣い。EEは人のためだけにあるんじゃないのよ?」
「私に言われても。生まれたときにはこうなってたもの。
それに、私は他の何も考えてない人間と違ってちょっと考えてることあるし」
「種族の問題なのに他人事とは、いいご身分ね」
「まさしく、いいご身分ですもの」
ユキコはミヤコの忠告などどこ吹く風というようだった。
ミヤコは最後のセリフに対してどういう意味と首を傾げている。
エルザはそんな二人を見ながら嬉しそうに笑っている。
ユキコは拳を突き上げて叫ぶ。
「さて、ミヤコ、エルザ、あとワンダ。さっさと行くわよ!
ユウト落としたら承知しないわよ」
ユキコはそう声をかけると、真っ先に走り出した。
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