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人間原基  作者: 黒鍵猫三朗
第二章 変化は起こり始めると止められない
30/50

1−6

鉄格子の前で手のひらを女に見せながら仁王立ちするユキコ。

明らかに必死の形相を浮かべ口をパクパクしている。

出したくても声が出ない。だが、女の対応は単純だった。

溶かして外れた鉄格子を一本拾い上げるとユキコに襲いかかった。


元鉄格子の鉄棒ははまるでしなった竹のように見える速度でユキコへ迫る。

だが、ユキコは気がつく。

鉄棒が自分の弱点にほぼまっすぐ向かっていることに。

 

——狙いすごい、なんて正確な攻撃! でも、逆に狙いがバレバレよ!


ユキコはワニ皮の手袋で女の攻撃を弾き飛ばすと、女の顔めがけて拳を叩き込む。

女はそれをひらりとかわすと鉄棒を振りかぶる。

ヒュンという風切り音がなる。

ユキコはそれをかわして次の攻撃に移る。

二人とも足をほとんど動かすことなく、攻防を繰り返す。


お互いやましい状態。衛兵などが来られては困る。

そのためその場から動くことなく、音を立てずに相手を始末する必要があった。


だが、戦闘状態は膠着こうちゃくする。

ユキコは持ち前の素早さで相手の攻撃を弾きつつ拳を叩き込もうとする。

女の方はユキコのスピードに少し翻弄されつつも、すべての攻撃を鉄棒で受け切り、その切り口でユキコに致命的な一撃を与えようとしていた。

“ギフト”なしの実力は拮抗している。


このまま、戦闘が長続きするのは良くない!


「—————————————!!(身体強化・レベル2!)」


ユキコは白いEEのオーラを発する。そして、相手を見る。


女の方は鉄棒をブン!っと横に振り抜く。

それだけで、全身に淡い緑色のEEをまとった。

そして、攻撃は女が先制した。

ユキコにはかろうじて見えた高速の斬首攻撃。

首のそれも骨の隙間を正確に狙った水平の一撃。


狙いが正確どころの騒ぎじゃないわ!

私の弱点に鉄棒が吸い込まれてくるみたい!

狙いがわかっているのに避けきれない!


ユキコはギリギリで体をそらして攻撃をかわす。

ユキコはそのまま腹筋の力を最大限に使い、バネのような要領でエビゾリしていた体を元に戻す。


——頭突きくらえ!


だが、女はそれを読んでいた。

相手も頭を突き出してくる。鈍い音がしてお互いが頭を付き合わせる。

女の方は赤い血が、ユキコの方は化粧が混じり黒い血が流れる。

だが、それを見た女は言う。


「あなた、人?」

ユキコは少し黙っていたが、声でないけど一応答えなきゃという、礼儀を叩き込まれた育ちの良い娘を発揮して答える。


「————————!? (人以外に見える!?)」


「ふーん。なら殺さなきゃダメかな」


 ——あれぇぇぇぇぇ!? 通じた!?!?


 ユキコは衝撃を受ける。サコやチコは私の言葉を全く理解しなかったのに!


「———! —————————!(ちょっと待って! なんで私の言うことわかるの!)」


「ええ?聞こえてるからに決まってるじゃない。何言ってるの?」


ユキコと女はしばらく睨み合う。すると、ゆっくりと女の後ろにエルザが回り込んで言う。


「ミヤコ。この人、混ざってる。すごくいびつな匂いがする。人と獣どちらの匂いも持っているわ」


「混ざってる……? それは一体どういう状況なの?」


「私にもわからないわ。でもこの人は人のように見えて獣のようでもあるってことよ」


「そんな人間がいるの……? いや、でもあの人も……」


ミヤコと呼ばれた女はユキコを凝視する。だが、ユキコは銀色の猫の方を凝視する。


「喋った……」


ユキコのつぶやきにエルザは答える。


「そりゃ喋るわよ。何? 人だけがおしゃべりしていると思ったら大間違いよ」


「それはそう……なのかもしれないけど! あなたも私の声が聞こえるの?」


「当然じゃない。あなたが喋れば私に聞こえる。世の中の真理よ」


「そうだぞ。お嬢さん!」


場違いなダンディー声がひどい匂いの牢屋に響く。

ミヤコのブラウスの中から青い小鳥が顔を出す。

ユキコはきゅんとハートを撃ち抜かれる。


「なんて可愛らしい!」


だが、小鳥はショックだったらしい。


「おいおいおいおい! お嬢さんよぉ! この僕を可愛いとは一体どんな目してんだよ!」


「私は常識的な回答をしたまでよ!」


「それは、人にとっての常識だろ?このワンダ様そんな意味不明な一般論を受け入れたりしないぜ」


「違うわ。私にとっての常識よ。私が可愛いといえばそれは可愛いの」


ユキコの冷静なツッコミ。ワンダは左の翼の先をくちばしに当てて、考え込むと言う。


「これは一本取られた。確かに。お嬢さんの言う通りだ。

 お嬢さんの常識であって人の常識ではない」


ミヤコはそんなワンダをむんずと掴むと空へ放る。


「ちょっと、出口の方の索敵してきて」


「らじゃ」


ワンダは素直に飛んでいく。ダンディでエレガントな雰囲気はこの時ばかりはなかった。

ミヤコはユキコの方を向くと言う。

ユキコは相変わらずミヤコの行く手を遮っている。


「それで? 私はその奥の男に用があるの。どいてくれるかしら。半獣の女」


「この男、どうするつもりなの? 私にも必要なんだけれど」


エルザは手を口に当ててにゃっにゃっにゃっっと笑うと言う。


「あら、彼はモテモテね。

 今の彼は、スラム街のゴミ溜めよりも濃密な刺激臭が彼を包んでいるけれど。

 ひどい扱いね。傷だらけなのに。

 あのままじゃ、近いうちに病気になって死ぬわね」

 

ミヤコの決定に従うと最初から決めているエルザは気楽なもんだった。

ただ、ユキコから見ると、隙など全くなく、ミヤコがユキコを殺す決定を下した瞬間、喉笛を噛み切られるような予感が拭えない。

ユキコは冷や汗を流しながら聞く。


「彼を連れて言ってどうするの?」


「病気を治してもらう。獣になった人がいる。……私では治せない」


 最後の一言には噛み締めた何かがあった。


——この人、誰かを助けようとしているんだ……。


その時、ユキコとミヤコは同時に地下道の来た方を見る。

そして目を合わせると言う。


「私はこの男を連れていく。あなたは半分だけだけれど人じゃない。それなら大丈夫。私と来る?」


ユキコは迷う。得体の知れない女。

だが、人の命を救うためだと言う。

色々聞きたいこともあるが、今はあまり迷っている余裕がなかった。


「……いくわ。しばし、協力しましょ」


ユキコはそう言うとミヤコについていく決心をする。

何より今は急がなきゃならない。

二人は急いで牢屋の中に入ると、うつ伏せに寝転んだ麻のズボンを履いた男を担ぎ上げる。


——ユウト、ごめんね、私がふがいないばっかりに。今、助けるから!


「衛兵が来るまで三分、どうしましょうか……?」


「三分?」


「残り時間ね」


「時間?」


 ミヤコは首をかしげる。ユキコは悟る。


——この人、そう言う知識、ないんだ!

——森にすっごい詳しいけど、そう言う時間を気にするような生活、送ってないのね。


ユキコは言葉を変える。


「すぐに衛兵が来るわ。早く逃げないと!」


「別に、私は急ぐ必要はないのだけれど……。

 まぁ、いいわ。とにかくこの人をエルザに乗せましょう。手伝いなさい」


ユキコとミヤコはユウトを二人で担ぐとエルザの上に乗せて紐で固定する。

エルザは心底嫌そうな顔をしながらユウトを背中に乗せる。


「ミヤコ…。必ず、私を洗ってブラッシングしてよ……。

 この匂いが体に定着しちゃうのは流石に我慢ならないわ」

「はいはい。洗ってあげるから、ごちゃごちゃ言わずに運んだ運んだ」

 

ミヤコはおイッチ、ニ、おイッチ、ニと初めて歩いた赤子をあやすように手拍子をする。

赤子扱いされたエルザは眉をひそめてミヤコを見つめる。

ユキコはそんなエルザに言う。


「エルザ、彼の手に触れないようにね。

 問答無用に“ギフト”が発動しちゃうから。

 彼の“ギフト”が自動的に使われちゃうのよ。

 最も、気絶してるから発動しないと思うけど」


「ええっ、触られちゃうと私、どうなっちゃうの!?」


「あー、どうなんだろう。あなたの原型、ユウトは知らないから多分大丈夫だわ。

 もし、あなたの昔の姿とか、ユウトが知ってしまっていて、あなたがそれだと認識しちゃっていると、あなた、超若返るわよ」


「えええ!? 私、若い猫になっちゃうの!?」


「赤子かもしれないわよ」


「赤子は勘弁ね………」


そこへワンダがあわわと言いながら戻ると、ミヤコの左肩に止まる。

どこで見つけてきたのか、小さな枝をタバコのように加えて言う。


「人が来るぜ!」


「「遅いわ」」


ミヤコとユキコのダブルツッコミ。

ワンダは嘴をより尖らして言う。


「ねぇちゃんがたよぉ。つれねぇなぁ。つれねぇちゃんだな!」


つれねぇっちゃんんん!!

読んでいただきありがとうございます!


よければブクマしてくださると、大興奮です。

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