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人間原基  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 今日と同じ明日がいいですか?
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1−2

「はぁ。とりあえず今日の授業は終わりだな」

 

ユウトは教室で一人ため息を吐くと自分の荷物をまとめ、愛用の革のリュックに詰める。

使い込み革独特の光沢が現れたお気に入りの鞄だ。

簡単な医療道具も入っている。


廊下にはすでに誰もいなかった。

質問がある人はおらず生徒たちには次の予定があるらしい。

 

ユウトは講堂を出ると靴音を鳴らしながら廊下を歩く。

廊下の床は大理石でできている。

歩くだけで心地よい靴音がしっかりと響き渡る。

ユウトはこの靴音の響き方を気に入っていた。


——確かに、獣化症はこの帝国内で確認されたことのない病気だ。


だが、それはこの帝国が誕生し医学的な記録が始まって以来確認されていないと言うことに過ぎない。

その前までの記録はない。

もっとも、この帝国は開国千八百年以上経つ、長寿国家だ。

その間、全く観測されていないのだから、彼らの主張も正しいかもしれないかった。


——しかし、本当に大切なのは目に見える事象ではなく、未知の病気が生まれた時どう対処するかと言う部分にあるのだけれど……。

 

ユウトは職員室の木の引き戸をなるべく音を立てないように、静かに素早く開けて中に入る。

職員室内には誰もいなかった。

講師たちはユウトを置いてさっさと昼ご飯を食べに行ったらしい。

ユウトはいつものことだと、思いつつ自分の机に向かう。


革のリュックを机の上に置こうとした時、一枚の黄ばんだ紙が机の上に置いてあることに気が付いた。

講師長……随分と古い紙に書いたなと、手の込んだ嫌がらせに感心してしまう。

嫌がらせを考えている暇があるなら、その分を医学の研鑽に回してほしいなとユウトは思う。

紙に対する感想はともかく、その内容はあまり嬉しい内容ではなかった。


内容は迂遠に書いてあるが、要するにユウトが実際の医師として医学を教えたいと言う主張をあれやこれやと理由をつけて却下する、と言う内容だった。


——まぁ、わかってたことだけど……。


そう思いながらもユウトは落胆する気持ちを隠せなかった。

黄ばんだ紙を丁寧に折りたたむと、胸ポケットに忍ばせる。

職員室を後にしたユウトは、そのまま大学の中庭に出る。


中庭は、石造りの校舎によく合う、どこぞの有名建築家が設計した円形の庭園である。

中心に大きな噴水が設置され周囲には花の生垣、ベンチ、蔦が絡んだアーチなどが左右対称になるよう配置されている。


噴水は“ギフト”全盛期時代の名残でEE を動力源としている。

地下に設置されたEE鉱石が切れれば噴水も止まってしまうだろう。


ベンチには昼ご飯を食べている者や、使用人を連れてきて食後のお茶を嗜んでいる者もいる。

大学に入学する者など一部の階級以上の人間だけだが、ここは帝国直轄の大学だけあってその特権意識にも拍車がかかっている。


彼らはユウトが通ると嫌悪感を露骨にあらわにする。

あるものは食事が不味くなったと持っていたものを使用人に突き返す有様だった。

そう言う状況はすでに慣れてしまったユウトは、歩きながら紙に書いてあった悪口を頭の中で反芻する。


——医学の授業を受け持つ実力が足りていないと判断する、か……。

——俺は一体いつ、判断されたんだろうな……。


だが、その思いとは裏腹にユウトは原因はわかっていた。

二十歳の時、準教授になりたての頃。

ユウトは他人の成果を横取りしてしまった。

別の人が担当する予定だった人を、勝手に連れ出し、勝手に治してしまった。


もちろんユウトにも言い分はあった。

あの男の見立てはどう考えても間違っていた。

手術の内容も間違っていた。

あのままだと患者は余計な体力を使ってしまい、死んでしまうかもしれなかった。


——それにーーーーーー。


だが、そのことを告げもせずに勝手に患者を横取りする行為は、帝国医師会では絶対にやってはいけないタブーだった。

お互いの成果、利権を取り合わないようにするための大事な取り決めを破ってしまった。

その一件以来、ユウトの友達はいなくなった。

卑怯者としてのレッテルがユウトのことを強力にむしばみ続けている。


くだらないことだ。とユウトは思う。

自分に実力があるとは思わない。

もちろん、医学的な知識は必死で身につけてきたが、医師の実力は知識だけではない。

俺には人を治す力があってもできないことがある。

それでもここまで虐げられるようなことだっただろうか。


——この国は成長し過ぎてしまった。

——実力によってではなく、他人の傷を上手に舐めまわせる人間が上に登る時代になってしまったのだ。


ユウトは頭を振って次々と湧き上がる思いを振り払う。


「はぁ。よくないよくない!」


ユウトは勤めて明るい声を出すと、体を無理やり上下させながら楽しそうに歩き始めた。

病は気から。

無理にでも笑えばきっと楽しくなる。

大学の巨大な鉄の格子門を出ると、すぐに街の喧騒に飲み込まれる。


帝国大学を出ると、国内で最も広い大通りがあり片側四車線の車道が広がっている。

この車道は環状になっており帝国を大きく一周している。

環状の道路の東西南北から中心に向かって大通りが作られ、中央には宮殿と呼ばれる王城がある。


道路には、EEを動力源にして走る車がビュンビュンと風を切って走っている。

四つのタイヤをEEで駆動させて走る車は庶民にとってステータスの一つである。

EEを溜め込んだ鉱石を積み単体で三〇〇キロ以上のスピードが出る車は、空気の壁にぶつからないよう美しい流線型の形をしている。

車を持っているのと持っていないのでは結婚に差がついてしまうと言われている。

ユウトは右から左へと次々に流れる色とりどりの車を尻目に車の進行方向とは逆に歩き出す。


帝国の街並みは計画的に整えられ統一感がある。

帝国の布告により石造が基本となっており、三階建ての建物が道路の脇にずらりと並んでいる。

窓には木の枠が用いられ、窓一つ一つに小さなベランダが付いている。

ベランダには花を飾る人や旗をかける人はいるものの、洗濯物などの生活感のあるものをかけている人はいない。

そんなものぶら下げていたらあっという間に帝国風紀省の人間が飛んでくるに違いないのだ。


「少し肌寒くなって来たな……」


ユウトは建物の間にあるすこし狭い路地に入る。

建物に挟まれた道は大通りと比べると薄暗くなっているが、すぐに喧騒が聞こえてくる。

建物の一階を改造して作られた定食屋がフル稼働で客をさばいていた。


ユウトは慣れた様子で店の前、屋外に広がるテーブルと椅子、ぎゅうぎゅうに詰められ丸まった背中を押しのけ、カウンターの一番奥の席を確保する。

カウンターの奥の厨房では夜にバーの店主になる男がせわしなく料理を作っている。

すぐにウェイトレスが駆け寄ってきて、注文を取る。


「パンとシチュー。シチューの具材は肉以外何でもいい。

 後、食後にコーヒーをつけておいてくれ」


「はーい」


ウェイトレスは注文を手元の石板に書き込む。


ユウトはカバンの中から新聞を取り出す。

朝のうちに買っておき、昼休憩の時に読むのが日課だった。

新聞紙を広げ最初に見るのは連載されている物語。

1日1話だけあって、内容は短いが面白いことが多かった。

今は、熱血医師の医療ものが連載されていた。



『こんな症例見たことありません……! 本当にこんな病気、治せるんですか?』

『私一人では無理だろう。だが、我々が力を合わせれば必ず成し遂げられるはずだ』

『先生……!』

『チームの力を信じろ! さぁ! 手術を始めよう!』



——……今日の内容はちょっと面白くないな。

 

今日のお話を全体的に読んだ後、ユウトはそう思った。

お互いを信じて力を合わせる。

そんな単純なことですら、人は素直に行えなくなることがある。

今の自分がまさにそうだ。

仕事を誰かと分担して行なったことなど一度もなかった。

読んでいただきありがとうございます!

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