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「姫様、ルビロト科学大臣がおみえです。何かお話があるようですが」
サコとユキコは目配せをする。
「入っていただいて結構ですよ」
サコがそう言うとチコは扉を開ける。
部屋の中に物腰柔らかそうな初老の男が入る。
そして、一枚の書状を片手に姫の前に膝をつく。
「姫様。お部屋に通していただき誠にありがとうございます。
実は急ぎ、お伝えしなければならないことがございます。
こちらの書状をご確認ください」
ユキコはサコに目配せして書状を取らせる。
サコは書面を大臣から受け取り広げるとユキコの前に出す。
書面を読んだユキコの血の気が下がっていくのをサコは見た。
「失礼します」
サコはユキコ宛の書面を読む。
本来であれば主人への書面を従者が読むのは失礼にあたるが、ユキコの表情を見れば、致し方ないことだったろう。
「ユキコ・フォン・ラーティンの婚約者を……」
サコは目をこすり、もう一度その名前を呼んだ。
だが、読み間違いではなかった。
なぜ、どうしてと言う疑問符が頭の中を駆け巡る。
だって、姫様の婚約者は!
「婚約者をカント・カルデルナールとする。
ラーティン帝国 第百三十一代帝王 ドワイト・フォン・ラーティン」
丁寧に帝王の印まで押してある。
これは帝国の正式な書状だということである。
どこからどう見ても本物の書状だった。
サコはユキコの顔を見る。
あまりの話に姫様といえど面食らっているらしい。
そして、ルビロトの顔。こちらは落ち着き払っている。
急ぎ伝えたいことがあると言うわりには落ち着きすぎている気がする。
「これは……どう言うことでしょうか?」
思わず、サコは問いかける。
「書いてある通りでございます。ではお伝えしました。私はこれにて」
そう言うとルビロトは立ち上がり、うやうやしく一礼すると部屋から出て行く。
ユキコは爪を噛む。そして、サコに紙とペンをもう一度出させると書く。
『何もかもが早すぎる。
確かに、声を失った王族は自分の意見を言ってはいけないことになる。
でも、私が声を失った途端、私専属医師のユウトは牢屋送りにされ、カントが私の一切を取り仕切るようになり、私の婚約者まで変更になった』
サコは慌てて走り書きする。
『もう、私には何が起こっているのか、さっぱりわかりません!』
『私も、わからないわ。
でも、この宮殿内で何かよくないことが起こっているのは確か。
残念なのはそれが一体どこを目指しているものなのか、全く、見当もつかないことね』
そこへチコが部屋の中に入る。チコは思い切り喋り始めようとする。
サコはさっとチコの後ろに回るとチョークスリーパをチコにかける。
顔が真っ赤になってしまったチコに、ユキコはシィーっと指を口に当てて静かにっっと伝える。
チコを放してあげたサコはチコに紙を渡し、ここまでの会話を共有する。
そして、チコが何かを書く。
几帳面で角ばったサコの文字とは対照的で丸く伝われば良いと考えているような文字。
『なにか、政治的な思惑でしょうか。姫様に自由に動かれては困る連中がいるとか』
ユキコはチコの文章をじっと見つめていたが、スラスラと書き始める。
『チコの予想は正しいでしょうね。
表面にはカントばかり出て来ているけれど。
一近衛兵団隊長が扱える権限の範囲を大きく超えているもの。
私がやっていることなのか、やろうとしていることなのか。
私がやろうとしていることを快く思っていない人間がいると言うことはわかるわね』
そこにサコが書き加える。
『姫様を困らせたい人物……?』
『でも、王位継承権の争いじゃなさそうですね。
もし、王位が欲しい人間がいるなら、姫様を確実に殺しますから』
チコの言葉にサコは眉をひそめる。だが、ユキコははっとする。
『いや、待って、そうよ。私は事実として、死にかけたわ。
うさぎとして生きて行くことになる手前だった。
うさぎになってしまったら死んだも同然だったもの。
声を失うだけに留まったのはユウトがいたから。
待って! とすると……!』
ユキコの目は見開かれる。
『…私を狙った人物は私が獣となることを見越していた?』
『それは、姫様、ということはつまり……』
サコの驚きに満ちた顔。ユキコはサコの目を見て頷く。
どうやら同じ結論に至ったようだった。
『つまり、私を陥れようとした相手は獣化症のことを知っている!?』
チコとサコはユキコの目を見つめる。この結論は多くのことを示唆している。
ユキコは顎に手を当てて考える。ここまででわかったことは三つ!
第一に、獣化症が実際にある病気であること。
人は本当に獣になってしまうことがある。
これは私が身を持って体感した。
人間性を失うことはとてつもない恐怖だ。
おかしいと思いながらおかしい行動をしてしまう。
制御の利かない体になる。こんな病気があると知れたら民衆のパニックは免れ得ない。
この病気を公表するしないの選択権は彼らの手の内だ。
第二に、獣化症のことは何らかの機関が認知し秘匿できると言うこと。
これまで私は王家としてあの物語に登場する症状、そんな病気はないと言う立場をに立って来た。
だが、その病気は存在しており、私は実際にその症状に侵された。
物語とは症状の現れ方が違うものの、物語と全く同じ症状が発症した。
これほど歴史のある国がそんな病気を認知していないのはおかしい。
加えて、獣化症は年に何人か発症しているはず。
それなのに噂にすらなっていないのはおかしい。
病気が発症した人間を隠す方法がある、と言うこと。
第三に、獣化症はある程度発症する相手を絞れると言うこと。
今回は私を狙って症状を発生させた。見事、私はウサギになり、この宮殿から排除されるところだった。
『それなら、敵、仮に私を排除しようとする個人または集団を仮に敵と呼ぶと、敵は大きな失敗を犯したことになるわ』
サコとチコは同時に首を傾げてユキコを見る。
こんな時だが、二人はよく似ていることにユキコは微笑んでしまう。
さすが、同じ孤児院で姉妹のように育っただけあるわ。
『私が助かってしまったことよ。
結果として、私の声を封じた状態になっているから、宮殿内では殺したことになっているけど、それでも本人は生きている。
意見を言うことができなくても王位継承者第一位であることに変わりはないわ』
ユキコはそして、心配そうな表情になる。
『
そして、敵の誤算はユウトの存在。
まさか、獣化症を治せる人間がいるなんて思いも寄らなかったはずだわ。とすると……』
ユキコは紙に点を打ち続ける。思考をまとめ終わったユキコは大きく書く。
『
これは私たちにとっても誤算というわけね!?
隠しておきたかったユウトの存在バレちゃってるじゃない!!
ユウトがとっても危ない!』
サコとチコはその言葉にグッと身を固める。
『ユウトは拷問されているけれど、いずれ殺されるわ。
なんか、カントがやたらと強調してる私を治す方法?
そんなもの最初から無いに決まってるじゃない。
だから国ぐるみで秘匿していたんでしょうに。
この病気は彼しか治せない。
こうなってくるとユウトの重要性は高い。
それに、私が治ってしまったことで獣化症を治すなんらかの方法があることを敵が知ってしまったことは痛いわね』
『私たちが助けに行きますか?』
そう書いてチコはユキコの方を見る。
『ダメ。サコやチコじゃ戦力不足よ。
牢屋は宮殿の地下にあるけれど、そこまで衛兵に見つかることなく行くことはできないでしょ。
今は一人でも戦力を欠けるわけにはいかない。
私の信用できる人間はあまりいないの。
まだ、リスクを取るには少し早すぎるのよ。とすると……』
ユキコは再び思案モードに突入する。
こう言う時、サコとチコはユキコの決定を待つ。
ここで余計な口出しをすれば、ユキコの判断に影響してしまう。
ユキコは足を組み直すとじっと考える。
『決めた。私がユウトを助けるわ』
読んでいただきありがとうございます!
姫様、始動!
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