3−4
「話には聞いたことあります。一人ひとりにたくさんの“ギフト”を宿していたと言う……」
ジョエルは少し恐怖の表情を浮かべる。“ギフト”は一個体に一つ。
それが守られているからこそ、世界のバランスが保たれていたのだ。
それが崩れてしまった時、その生き物は世界を支配するようになる。
そして、その代償が……。
「体内に宿るEEの変質……」
「そう。人のEEは他の生物とは本質的に異なっているの。
だから、他の生き物が人を食べてしまうと体内のEEが衝突するの。
少しかじったくらいなら問題ないんだけど骨までしゃぶり尽くしてしまうと助からない可能性の方が高い」
ジョエルは口をあんぐり開けて驚きを表現している。
その、あまりにトラ離れした表情にミヤコは思わずクスクス笑ってしまう。
「じゃあ、ミカエルは命が危なかったということか……?」
「ええ。危なかったわ。体内で人のEEと自分のEEがぶつかり合っていたもの。
放っておいたら高熱で焼け死ぬか、EEが崩壊衝突して爆発四散していたと思うわ。
私の薬はEEを一時的にゼロまで発散させる効果を持っているの。
いっとき“ギフト”が全く使えなくなるけれど、体内から人のEEを追い出すことができるわ」
ジョエルは感激のあまり涙を流している。
「なるほど……! 素晴らしい、医学の知識!
あなたはミカエルの命の恩人ですね……!」
ミヤコは慌ててジョエルに謝る。
「あ、ごめんなさい! 恩を着せるつもりはなかったの。
そんなに、気にしないで。
私は医者。具合の悪い方を治すのが仕事だから」
「それでも。この感謝は忘れません」
今度はミヤコが驚く番だった。
「あなた、族長だったのね」
「まだ、新米ですけど。先代がいなくなったので。ミカエルは婚約者です」
ミヤコはなるほどという表情を浮かべる。
そして、ジョエルが若く、さらに婚約者が病気で苦しんでいるのにも関わらず、ミヤコの安全に配慮していたことにとても関心していた。
やり方こそ荒っぽかったが、ミヤコがジョエルに対して対等に戦えないと判断されたら、婚約者を救う別の手立てを考えたのだろう。
「ジョエルはいずれ優秀な族長になるわね」
「そう思いますか?
私にはとても……。こうして人を招いたこともいずれ批判を受けるでしょうし。
あまりいい族長ではないかもしれません」
ミヤコはにこっと笑いかける。
——そうして、自分をキチンと評価しているなら大丈夫。
「どんな時でも、何をしても、批判する者はいるわ。
でも、長というのは最終的に判断し、その結果に責任を追わなきゃならないものよ。
あなたがもっとも大事にするものがなんなのか。
それさえ見失わなければ、あなたはきっと素晴らしい族長になれるわ」
ジョエルは嬉しそうに笑う。ミヤコはそのトラとは思えない愛らしい笑いに癒された。
「ミヤコさんはなんでもご存知なんですね」
「なんかの本に書いてあったのよ」
ジョエルはそんなミヤコを見ながら不思議そうに言う。
「ミヤコさんは人ですよね?
でも、なぜこんな森の奥で医者をしているんですか?
人を診てあげたりしないんですか?」
ジョエルはその質問をしてしまったことをしばらく後悔することになる。
「人は嫌いなの。それが私の残された記憶」
「ですが、人が獣になると言う話を聞いたことがあります。
もし、そんな人に出会ってしまったら……?
人が野生に回帰するような、そんな事態がきてしまったら?」
ミヤコの顔には恨みを濃縮し、歴戦のトラをも恐怖させる何かがそこにあった。
「し、失礼しました。恩人に対して無礼なことを聞いてしまいました。何どぞお許しください」
ジョエルが謝ると、ミヤコはふっと恐ろしい雰囲気を消す。
「いえ、こちらこそすみません。ジョエルさんが悪いわけではないですものね」
「いえいえ、お詫びに木の実を通常の五倍差し入れさせていただきます」
ミヤコはニコッと笑う。
「いいの? ありがとう!
でも、いっぺんに届けられると食べきれないから二回か三回に分けてちょうだい」
「かしこまりました」
トラは低く、低く頭を下げる。
この強く恐ろしくそして優秀なお医者さん。
招いて治療してもらったことは決して族を危険に晒すことはないはず。そうあってほしい。
ジョエルはそう思わずには入られなかった。
「ありがとうございました」
ジョエルとミカエルは頭を深々と下げる。
結局、ミカエルは一時間ほどで自分と人から吸収してしまったEEを全て発散した。
そこからは順調にEEを回復し、夕日が見える頃には完全に回復していた。
ミヤコは元気になったミカエルを見て満足げに頷くと言う。
「夕日に雲がかかっています。そろそろ雨季ですし明日は雨に気をつけて!」
「はい、何から何までありがとうございます!」
ジョエルとミカエルは今一度頭を下げると、森の中へ駆けて行った。
「やれやれ、今日はなかなか楽しかったね〜」
エルザの呑気な発言。
結局、ミカエルの治療が始まってから帰るまでほとんど寝ていたやつが何を言っているのか。
今もミヤコの肩に乗って体力を使うことなく移動している。
「刺激ある日は終わるのが早いわね」
「大変! 寿命が縮まっちゃうね〜!」
「あら、エルザはそろそろ寿命なんじゃないの?」
「私?私はまだまだ現役だよ〜? ミヤコなんかが想像できないほど長く生きてるんだから」
エルザはえへんと言わんばかりに胸を張る。
ミヤコはそんなエルザの胸をわしゃわしゃとかき混ぜておく。
——今日はいろんなことがあって疲れた……。晩御飯を食べて、早く寝よう……。
夕日も沈み、あたりが月明かりに照らされる。
木々は日中に見せていた緑から影に覆われ黒へと変貌する。
ログハウスに戻ると、クリスが机の下で寝ていた。その表情は険しい。
ミヤコは部屋にいくつか設置しているろうそくに火をつける。
窓から差し込む月明かりと合わさり幻想的な雰囲気をもたらす。
クリスがあくびをしながら起き出す。
「おかえりなさい。ご主人。夜ご飯を所望します」
「あ〜私も欲しい〜」
「あ〜私にもご飯を〜! 一日飛び回ったんですが、全然木の実がありませんで……」
最後の言葉は窓際に止まった青い小鳥のワンダだ。
「はいはい、帰った途端、すぐご飯ね。ワンダ、あなたは庭のトウモロコシでも食べてなさい」
ミヤコはそう言いながらキッチンへと向かう。ワンダはしょぼくれながら庭に向かった。
貯蔵庫から野菜や木の実を取り出すといつものように簡単に切り刻む。
サトウキビから作った砂糖をかけると、お手製のパンの上に乗せる。
「あなたたちはパン、必要ないわね」
ミヤコはそう言うとエルザとクリスの前にサラダを出す。
エルザとクリスはムシャムシャと食べ始める。
ミヤコもテーブルに着くとサラダを頬張る。
豆の甘み、サトウキビから作った砂糖、パンの柔らかさが口当たりよく、するりと体に入る。
甘いものしか使っていないが、エグい甘さがあるようなものはなく、どれも心地の良い甘さである。
全員あっという間に平らげる。昼ご飯を変に抜いてしまうと夜お腹がぺこぺこになってしまう。
「明日は少し運動しないとダメね……」
「ええ〜、のんびりしようよ〜」
「ダメです。エルザ。あなた、先日より少し重たくなっています」
「あら、私、成長してるから!」
「体長に変化はありませんよ」
「クリス、黙れ」
エルザは今にも牙を出しそうな形相でクリスを睨んでいる。
だが、クリスも負けてはいない。
事実を指摘したまでと、堂々とエルザの視線を受け止める。
だが、二つの生き物の頭についた四つの耳が同時に外へと向いた。
エルザの毛は逆立ち戦闘体制を整えたことを周囲に知らせる。
「何かくる……!」
エルザはそう呟く。
クリスも警戒度を最大限に高め、どんな状況になってもすぐ動けるよう、姿勢低く周囲の様子を疑う。
ミヤコもエルザたちが警戒心を高めた時に合わせて、木刀を手に取る。
昼間使った枝などよりバランスがよく、ミヤコが振るのにちょうど良い長さ、そして重さに調節してある。
ブンと一振りするとミヤコはエルザに話しかける。
「敵?」
「わからない。まだ、ちょっと遠いけど……!
こっちに向かってまっすぐ走ってるわね。クリス、なんだと思う?」
「四つ足であることは間違いないが、走り方がめちゃくちゃです。
まるで、後ろ足だけで走ろうとしてるみたいです。なんなのか、正直全くわかりません……!」
エルザはざっと状況を整理する。
「得体の知れない四本足の怪物がなんらかの目的でここにくる。
走り方から考えるとおそらく正気じゃないわね。
会敵まで一分!ミヤコ、どうする?」
「第一目標は取り押さえることね。だけど、手加減ができなさそうであれば撃滅!」
「了解!倍加!」
エルザはそう言いながらログハウスの外へ飛び出した。
読んでいただきありがとうございます!
ミヤコの家に迫るのは一体なんなのか!?
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