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人間原基  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 今日と同じ明日がいいですか?
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1−1 秘密を共有するのは仲間の証拠

 ラーティン帝国歴一八〇七年六月二日。

冷たい空気が忍び込む教室から雨季の前触れを示す分厚い雲が見えている。

教壇に立った男は手に持った本から目をあげると教室を見渡す。


「これは、我が国に伝わる有名な童話であり、男が自分を偽り続けたが故に人ではなくなってしまったという物語なのは、みんなも知っての通りだと思う」

 

教壇には薄い灰色の縦のストライプが入ったスーツを着込み、緑色の髪の毛を整髪料でしっかりと整えた若い男が立っている。

彼の髪型は彼の温和そうな優しい顔にしっかりと馴染むよう少し長めに揃えられている。

男は古びた本を手に話を続ける。


首元には教授である証である濃い青色のネクタイは首元がきっちり三角形になるよう結ばれている。

少し高い位置に差し込まれたネクタイピンには金属で作られた帝国大学の校章がくっついている。

革靴は茶色でよく磨かれ、光に当たるとその表面に光沢が現れている。

所々ほつれているところあることが残念な部分だろう。


手には黒い革の手袋がはめられ、新品の革にある光沢が眩しい。

 

優しそうな顔に困った表情を浮かべ、若干二十三歳のユウト・エリュシダールはため息をつく。

教室の中はまるで動物園のようだった。

教室は教師のことがよく見えるように階段状になっており、後ろに座っている人の顔も教壇からならよく見える。

一通り見渡してみても、こちらを向いている顔は無く、あちこちで雑談が交わされている。

昼ご飯の話。

今日の課外活動の話。

 

ユウトはハァと息を吐き出すと一番最前列にいるメガネをかけた女子生徒に話しかける。


「だが、この物語では教訓以外に重要なことがあるんだ。

 何かわかるかな?」


女子生徒は迷惑そうに目を細め、ユウトのことを睨みつける。

警戒心が最大になっている猫そのものである。

その様子を見てユウトは慌てて言葉を繋ぐ。


「わからないよね。

 実は、この童話は『獣化症』と呼ばれる病気を後世に伝えるために作られた物語であると言われている」


ユウトは本を置くとリモコンのスイッチを押す。

黒板には本の表紙が映し出される。

現在ではほとんどなくなってしまったEnergy Element、通称EE を糧に動く映写機を使っている。


EE は生体や鉱石に含まれるエネルギー体である。

様々な状態へと変換することができ、この国の根幹を担う重要なエネルギー源でもある。

現に今使われている映写機もEE が内臓の発光体に作用し光を発し、スライドガラスにある絵を拡大して黒板に写している。


映し出された本の表紙には大人の男に毛が生え狐の姿に変わっている様子が描かれている。

その後ろにある木の影には狐が見える。


「そのことを証明するには三つ根拠がある。

 一つ目に作られた年代、作者が不明であること。

 二つ目に表紙に描かれた半獣。

 三つ目にこの本のような古風の製本方法以外で作られていないという点だ」


「まず、作られた年代、作者が不明であることから考えてみよう。

 これは本の出版に王の許可が必要である我が国ではありえない状態だ。

 この法律は古くから決められているし、法に反している書物は燃やされる決まりだ。

 もちろん闇で取引されている本はあるが、そういう類の本は必ず賛同者を必要とするような内容である」

 

「であるからには作者名くらいは本の中に隠すはずである。

 だが、この本にはそれが全くない。

 さらに、回収し燃やすべきである宮殿の査察部もこの本に関しては目をつぶっている。

 何らかの政治的意図があるのか、またはある意味での残すべき伝説として宮殿内部にも伝わっている話である可能性がある。

 つまり……」


ユウトは言葉をきった。

急に静かになった雰囲気に気圧され、おしゃべりしていた生徒が一斉にユウトのことを見つめる。

教室の視線を一身に受け止める、だが、ユウトは教室の一点を見つめていた。


ユウトの視線の先には授業中にも関わらず立ち上がった男子生徒がいた。

茶色の皮で作られたブレザーの制服を少し着崩し、シャツのボタンを大きく開けた彼は言う。


「先生は本気で人が獣になる病気があると信じてるんですか?」


「…いずれ説明するつもりだったが、この場では獣化症が大事なのではない。

 そういった未知の病気に出くわしてしまった時、一体どうすべきか、を考察すべきなのだ。

 我々はそのいつかくるリスクに備えなければならない。

 反対に聞くがもし君の隣にいる人が急に獣になり始めたらどうするつもりなんだ?」


「では先生は獣化症はあると思っているんですね?」


「……そうだな。物語として残るくらいには根拠があるんじゃないかと思っている」


立ち上がった男の子は堪えていたものが突然破裂したかのように笑い出した。


「あははは!なんで信じてるんですか!

 たかがおとぎ話に出てくる話を本気で受け取る奴がいますか!

 そんなくだらない内容なら、授業しなくていいですよ。

 エリュシダール先生は黙って僕たちに単位を出していればいいんですよ」


男の子がそう言うと周囲の生徒たちも笑い始める。

立ち上がった男子生徒の隣に座っていた金髪の男子生徒が立ち上がる。

男子生徒は周囲の笑い声にかき消されないよう大きな声で言う。


「いやぁ、傑作ですね。いい大人がこんな子供騙しの童話を信じてるなんて。

 人が獣になる?そんなこと起きるわけないじゃないですか。

 人は人だ。

 明日から急に獣になるなんてことは絶対にないんですよ」

 

すると、座っている別の男子生徒が手を丸め、腕を犬のように持ち上げると高らかに叫ぶ。


「アオーン! タスケテー! イヌニナッタヨ〜! アオーン!」


「アオーンは狼だろ?」


生徒たちは手を叩いて大笑いしている。

ユウトは教壇の上で立ち尽くしていた。

その表情には動揺も悲しみもなかった。

ただ、自分が自分よりもひと回り年下の生徒たちに笑われている、その様子を見つめているだけだった。


一番前に座っている秀才そうな男子生徒がユウトに言う。


「だいたいそんな夢のような話、昔はあったかもしれないですけど。

 今は、もうそんな突飛な話は廃れつつあります。

 昔のように、“ギフト”を駆使しEE を操り人が自由自在に物を浮かべ、水をワインに変質させることはできないんです。

 庶民レベルではもう“ギフト”を持たざる人間のほうが多いんです。

 それに、“ギフト”の力が強いはずの貴族ですら、一人一つ“ギフト”があるか無いかと言う状況です。

 それだけ、人の形を変えると言うような病気が今後発症するなんてことはないと思いますよ」

 

“ギフト”

それは人が生まれながらに持つEE を操る力のことである。

強力な“ギフト”になればその効果はまるで神の所業と言えた。


「EE だけが人の形を変えられるとは限らない」


「詭弁ですね。そうであるならば、その例を示してください」


「それは……」


ユウトは答えられず口ごもってしまう。

秀才そうな男子生徒は侮蔑の表情を隠しもせずに言う。


「おめでたいですね。この程度のことをうだうだと研究しているだけで、教授だ何だと担ぎ出されて」


教室の中に抑え気味の低い笑い声が充満する。

その時、学校のチャイムが鳴り響いた。

生徒たちは笑い声を抑えるどころか、さらに高らかに笑い上げる。

彼らは何も出していない机の上をぱっと払って、さっさと教室から出て言ってしまう。

ユウトは一応声をかける。


「本日の授業はここまで。獣化症については次回、より詳しい話をしていこうと思います」


医学史の授業はいつもこのような感じだった。

もともと、医療に対して貢献することがあまり大きくない医学の歴史は軽視されがちであった。

そして、ユウトの授業はその最たるものだった。

 

学生たちからは楽に取れる単位であると吹聴され、ユウトはその期待を裏切ることはしなかった。

テストなし、出席点とレポート一回で単位が得られるこの授業は“人気”の授業になっていた。

最もその人気のおかげでユウトは講義を持ち続けられている。

そのため、授業中に言われた通り生徒たちに楽に単位をあげなければならない現状は変わらない。

授業をしない教授は教育者に反すると言う方針の父に叱責を受けてしまうユウトとしては授業を失うようなことはしたくなかった。


読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいってください!

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