2−6
宮殿の外に出ると宮殿の前に待機している無人タクシーを一人一台確保する。
サコは叫ぶ。
「チコは大学へ行ってください。
私はエリュシダールの家に行ってみます!」
「わかりました!」
サコは焦燥感で吐きそうなお腹を抑えながらタクシーに乗り込むと行き先を伝えた。
エリュシダール家までは、宮殿から二十分ほどで到着する。
サコは転がるようにタクシーから降りるとエリュシダール家の門を叩いた。
すぐに、エリュシダール家のメイドが門の小窓を開けて問う。
「どうされましたか?
もし、病気の方がいらっしゃるのであれば反対に回ってください」
「いえ、病気の人間はいるのですが。
ユウト様にお取り次ぎいただけないでしょうか?」
「ユウト様は、外出中です」
「どこに向かわれたかわかりますか?」
「申し訳ありません。
わかりかねます。
夜には帰ってくると思いますので……。
あっ、すみません、少々お待ちください」
メイドは突然、小窓を閉めると何やら小声で話し始める。
どうやら、EE鉱石による通信が入っていたようだった。
サコは聞き耳を立てる。
かすかに聞こえてくる声。
「いえ……こちらの………はい。
ユウト様に………ええ。
えっ!それは本当ですか!?
……はい。はい。わかりました。
そう伝えることにいたします。
はい。失礼します」
どうやら会話は終わったようだった。
サコは門につけていた耳をパッと話すとさっきと同じ位置に戻る。
「サコ様でいらっしゃいますか?」
急に名前を呼ばれたサコは、飛び上がりそうになる心臓を抑えて答える。
「は、はい。そうですが、何か……?」
「ユキコ姫様にお伝えください。
ユウト・エリュシダールは本家から追放されました。
もう二度とこの家の敷居をまたぐことはありません。
どこへ行ったかもわかりません」
サコは絶句した。
意味がわからなかった。
——ユウトが追放された……?
——一体なんの罪で?
——誰の許可を得て?
——姫様の専属となったのに!?
聞きたいことは山ほどあったが、今はそれどころではない。
ユウトを探さなければならなかった。
「わかりました。その話はまた後日、伺います」
サコは門から離れると道路に向かいながら考える。
——追放されてしまったユウト様が最初に行きそうなところ……!
「とにかく、チコと合流しましょう。タクシー!」
サコが手を挙げると、走っていたタクシーがすっとサコの元へ近づく。
「帝国大学まで!急ぎで!」
サコはタクシーの中で叫んだ。
帝国大学までは十五分ほどかかってしまう。
焦りが体を急かすサコにとって、いつもの倍の速度で動くタクシーすらとても緩慢なものに感じられた。
——飲み始めてからどのくらい経ったのだろう。
——もう、目の前にある液体の味がよくわからない。
——もはや水を飲んでいるかのようだ。
——でも、まだ、足りない。もっと酔いたい。
——この程度じゃダメなんだ……。
マスターが歩み寄って来るとユウトの前に立つ。
「ずいぶん飲んだな。やっぱり、相談するのは嫌か?」
「何もなくなった。俺にはもう誰もいない。
俺にとって他人とは陰口を言わない人間か陰口を言う人間それだけになってしまった。
俺は……俺は誰かと仲良く話しているだけで十分なのに」
マスターはしばらく黙っていたが磨いていたコップを置くと、両手をカウンターについて話し出す。
「陰口か。これが気休めになるかどうかは知らないけどな。
陰口っていうのは成長を諦めた者が使う言葉なんだ。
基本的に陰口を使う時には『自分はそうじゃない』っていうことを確認するために言うことが多い。
それは集団でも同じことで、自分の部分が自分たちになるだけだ。
ある意味自慰行為に近いだろうな」
ユウトは顔をあげる。かっこいいわけではないが、良い歳の取り方をしたであろう。
白髪を丁寧整えた爺さんがそこに立っていた。
バーテンダーとしてパリッとしたユニフォームを身にまといその雰囲気は紳士と呼ぶにふさわしかった。
「自慰行為……」
「ああ、言えば言っただけ安心する。
周囲の人間が同意すればするほど『ああ、自分はそうじゃないんだ』ってな。
もちろん、陰口を言われる対象が本当にバカでどうしようもなくて言われる陰口だってあるだろう。
でも、それだって結局自分がバカで無いことを確認しているに過ぎないんだ。
君はどうなんだ?
何にもできなくて言われているのか?
何かを成し遂げたから陰口を言われているのか?
排除された理由に君は胸を張れるか?」
「…わかんねぇっすよ…………」
ユウトはアルコールの強烈な匂いの混じった息を吐く。
自分でその匂いを察知し、普段だったら絶対に踏み込まない領域にいることにに気がつく。
「でも。俺は。確かに俺は何も成し遂げなかったわけじゃない。そのはずだ……」
マスターはそんなユウトの様子を見て頷く。
「少しは元気出たか?
あんまり自分を疑い、自分を責め続けると獣になるぞ」
「ふっ。自分を責めるだけではそうならないこと、俺が一番よく知っていますよ」
「そうか? 言い伝えっていうのはバカにしたもんじゃねぇぞ」
マスターの真剣な表情を見てユウトは腹の底に何かいるんじゃないかと思うほどおかしくなっていた。
下腹をくすぐられているような気持ちになる。
「ふふ、ふふふ、あははははははははは!」
急に笑い出したユウトにマスターはびっくりした表情を浮かべている。
「どうした、急に。酒に脳をやられたか?」
「いや、申し訳ない……!
マスターあなたはすごい。何か“ギフト”でも持ってるんじゃないか?」
「……“ギフト”は生憎もっていないがね」
マスターは困った顔を浮かべる。
ユウトは涙が止まらない。
ほんのちょっと。
肯定されるだけ。
ただそれだけのことがこんなに嬉しいことなんて。
自分は生きていていいんだ! そんな気分にさせてくれる。
——まさか、店のバーテンダーが獣化症を信じているなんて!
「マスターありがとう。
まさか、少し励まされてしまうとは。
……今日はこのくらいにしておくよ。
お代はこれで足りるかな?」
ユウトは少し前までの青白い顔から、少し赤みがさした顔になっていた。
そして、ユウトは紙幣を一枚渡す。
「多すぎる。ちょっと待ってろ、今釣りを用意する」
「いらない。マスター、取っておいて。いつかまた来た時、また素敵な話を頼む」
「そうか。なら、また来い。次はもっと上等なやつ出してやるよ」
ふと、ユウトは最後の方に飲んでいた琥珀色の液体の味を思い出す。
「……もしかして、今日のは水が入ってた?」
「さぁな。それは神のみぞ知ることだ」
「へっ……」
ユウトはニヤッと笑うと家へと帰る道へと進む。
店の外に出ると外はもうすでに暗くなっていた。
街灯の淡く青い光が道を照らしている。
雨はもう止んだらしく、雨の後の高い湿度のねっとりとした匂いが街中を包み込んでいた。
——俺はどうやら相当長いこと飲んでいたらしい。
だが、そのほとんどは水だったようだ。
これだけ長い時間飲んでいたのに、少しふらつくだけで済んでいるのはそういう理由からだろう。
疲れを感じる重たい足だったが、少しずつ前に進む程度の余力は残っているようだった。
ユウトは空を見上げながら歩く。
まだ雲が残っているらしく、空は真っ黒だった。
星一つ見えないが、それもまた心地が良い。
黒の純度百パーセントの空。
——俺もそんなはっきりした世界に住みたい。
「ああ、そう言えばテスト、すっかり忘れてたな」
ユウトは思い出す。
そして、おそらく親父は怒っているに違いなかった。
急に街灯の間隔が近く感じる。
家、もっと遠くにあればいいのに。
ユウトの願いも虚しく、あっという間に家の前についた。
家の門の前には父、ミサトが立っている。
「どこをほっつき歩いていた?」
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