2−3
「わたしは……そうだなぁ。ガスとでも名乗っておこうかな」
「気体?」
ガスはニコッと笑いかける。
不思議と、その表情に安心できるようなふわりとした雰囲気が感じられる。
ユウトは彼女の出会った時のカミソリのような雰囲気と今のタンポポのような雰囲気のギャップに驚く。
「ええ。わたしはあなたに興味があるの。ずっと観察させてもらってたわ」
「……全然気がつきませんでした」
「当然よ?あなたには尾行される理由がないもの。
尾行は警戒されているほど難易度が上がるけれど、警戒していない人に対しての尾行ほど簡単なことはないからね。
それに、わたしは優秀だから」
ユウトは混乱する。
——尾行する理由がないのに尾行していた?
——ただの変態か?
——それとも?
「では、あなたはなぜ私を尾行しているんですか?」
「きみの望みはなに?」
ユウトは不審な顔をする。
だが、彼女は相変わらずタンポポのような雰囲気を崩さない。
「俺の望み? 俺の望みは……。なんだろう……」
「ではユキコ姫のお望みは?」
ユウトはガスを見る。
何も読めない。
「姫のお望みは俺にはわかりません。
わかっていたとしても教えませんが」
「なるほど。手ごわいね。
では、君は今のドワイト王がすべきことはなんだと思う?」
「王政についてですか……?」
ユウトはズザッと一歩下がってしまった。
そしてハッと気がつく。
宮殿のど真ん中にある中庭。
そんな場所でこんな質問をするのはおかしかった。
こんな場所で批判するようなことを言うような馬鹿がいるのだろうか。
だが、ガスの表情は全く変わっていない!
悪魔でもユウトの本音を聞きたい、そんな顔をしている。
噂程度にしか聞いたことないが、こうして、質問しては人を暗殺する集団があると聞く。
ドワイト子飼いの魔法使い狩り集団、ゴースト。
ユウトはこの状況になって初めて、自分が捕まってはいけない人に捕まってしまったことを自覚する。
——どうする?なんて答える?
「そうですね……。
自分は政治にあまり明るくないので。
政治を専門としている方に聞いて見るのがいいですよ」
——満点!満点回答じゃないか?
「いえ、わたしは君に聞きたい」
「なぜ私に聞きたいんですか?」
「まず。答えてください」
——ダメじゃねぇか!
ユウトは逃げられないか体に少し力を入れる。
だが、それに反応してガスはトントンと指先で腰の刀を叩く。
——くそっ、逃げられない。
——俺の筋肉の動きの機微に反応してくる!
——笑顔なのに!
——顔だけ見れば今すぐにでも逃げ出せそうなのに!俺は動けない!
「……あまり、その、えっと、民衆のためになるような政治を……」
ユウトは黙ってガスの様子を伺うが、そこで許してくれそうになかった。
「政治を?」
追求。
——くそっ。ガスは俺を理由なく観察していたと言った。
——だが、理由もなく観察するわけがない。
——あの発言は公的な理由がないという意味だ。
——この接触は完全に彼女の私的な目的で行われていると見て間違いない。
——観察していたのなら、俺が今の政治、生活をあまり快く思っていないことは知っているはずだ。
——その上でこの質問をしている。ということは、俺は今、彼女に試されている!
——俺はどうすべきだ?
——いいだろう、俺はもう姫専属医。姫様を全面的に信じる!
「……していないかと……。
今のドワイト王は王にふさわしくありません。
ユキコ姫は何を考えているか正直よくわからない方ですが、民衆のために頑張ることのできるお人。
王にふさわしいのはユキコ姫です」
ユウトは半分ヤケクソで言い切った。
普段だったら絶対に歩かない危険な橋の上にいるのになぜかとても気分が良かった。
ガスはニコッと笑う。
「やっぱり、そうだと思った!
私、人を見る目だけは自信があるんだ」
そういうとガスはユウトから一歩距離を取る。
ガスの雰囲気はもうタンポポなどではない。
刺すような寒さの吹雪だ。
そしてユウトは感じる。
——戦いが、始まる!!!!
「ふふふ、正直で結構。我、主人の敵発見せり!
排除する!!」
「ちっ、そりゃそうだ! 俺は何言ってるんだ!」
ユウトはガスの次の動きを見逃すまいと一度動きを止める。
ガスは腰の剣を一気に抜き放つと同時にユウトを切りつける。
ユウトは体をのけぞらせ、ギリギリで銀色の閃きをかわす。
そのままバック転、広場に走り込む。
ユウトはその場に落ちていた枝を拾い上げると、ガスの方に向かって正道剣技の基本形、中段に構える。
ポツポツと降っているはずの雨がいつの間にか本格的な雨になりつつある。
ユウトは顔に流れる水を払うとガスに問う。
「あなたはゴーストの一員ですか? あの、王直属の秘密部隊の?」
「わたしが何者か。
それはもはや、どうでもいいはず。
君が生き残るには私を無力化する。それ以外にないよ?」
そういうとガスはすっと剣を構える。あちらも中段の構え。
だが、いくつか隙が見える。
——待て待て。俺程度の剣士に見抜ける隙をこの人が持っているわけがない。これは罠だ!
ガスはじっとしているユウトに声をかける。
「どうした? 打ち込んでこないの?なかなかやるじゃん。
なら、わたしからいくぞ!」
ふわっとガスの体が浮かんだ。
——いや、見間違いだ!
——名のようにまるで空気のように動いているように見えるが、錯覚だ!
——実際はすごいスピードで間合いを詰めている!
ユウトは右のこめかみに殺気を感じる。
「くっ!」
ギリギリで枝を差し込みガスの一撃を受け止める。
ガスの剣は枝にめり込む。
ガスは眉ひとつ動かさず力任せに枝から剣を抜く。
その勢いのまま回し蹴りをユウトの腹に叩き込む。
「ぐぅぅぅぅ!」
その蹴りをユウトは左腕で受け止める。
みぞおちへの一撃は逃れた。
だが、すぐにガスの剣戟が脳天を狙って叩き込まれる。
——右手だけで枝を握っている今の状態では受け止めきれない!
ユウトは瞬時にそう判断すると、横に逃れながら枝でガスの剣を受け流す。
ところがそれがガスの狙いだった。
ガスの腕が蛇のように伸びてくるとユウトの襟を掴んで背負い投げの要領で投げる。
軽々と中を舞うユウト。
「投げ技まで!」
ユウトは驚く。
ガスの剣技。
ここまで全て無音である。
足音、掛け声そう言った剣士らしい音がない。
あるのは剣が鋭く風を切る音だけ。
まるで魔導機械が剣を振っているようだった。
空中でユウトは体勢を立てなおす。
どうやら、彼女の剣技は騎士としては全く珍しい邪道なタイプ。
その実は超攻撃型。
懐に潜り体術などを交えて相手をとにかく先手をとって無力化する。
だが、ユウトは似たタイプを知っている。
ユキコタイプだ。
こう言う手合いとはやりあった経験がある。
問題なのはガスが剣を使っていること。
——ユキコより間合いが広い!
「悪いがそういう人の相手は嫌というほどしてたんだ」
ユウトはすたっと着地を決めると、攻めに転じる。
完全我流ではあるが、自分なりに攻撃の滑らかさ、相手の避け方、最後攻撃を決めるための布石の打ち方、全て自分なりに研究し体に覚えさせてある。
急に攻めに転じたユウトに、ガスは少し驚き、対応に迷っていた。
しかし、すぐにユウトの攻撃はガスにことごとく防御されるようになってしまう。
ユウトの枝は剣で受け止められ、拳でいなされ、見切られ、最後には躱される。
ガスの戦闘は不可思議そのものだった。
ユウトは距離感の把握がうまくできない。
ふわりふわりと浮かんでるようなガスの攻撃。
遠いと思っていた距離は近く、近いと思っていた距離は遠い。
枝を振り回した時、当たると思っていた攻撃は空を切り、当たらないと思った攻撃を受け止められる。
間合いがわからなくなる。
「なんなんだ…! 空気と戦ってるみたいだ…!」
ユウトはガスのふわふわとした攻撃に苛立ちを覚える。
徐々に攻めに転じたはずのユウトの方が焦燥感にかられる。
「くそっ、これ以上は枝が持たない!」
ユウトは声に出してそう言った。
戦場で自分の武器が限界であることをわざわざ敵に教えるバカはいない。
いたとしてもすぐに淘汰されるだろう。
やはり、そんなバカはいなくなる。
だが、ユウトはこの発言をわざと行うことで自分の覚悟を決め、ガスを誘導する。
——“ギフト”を使う!
——全力を出し、意表を突かなければこの人には勝てない。
——まだ死ぬわけにはいかない!
——この人の目であれば自分の“ギフト”がどんなものなのか間違いなくバレる。
だが、ユウトは迷っている余裕などなかった。
殺さなきゃ殺される。
——そういう世界だ。
ユウトは枝を大きく振る。
ガスがその枝を避けたタイミングで一気に距離を取る。
ユウトはそのタイミングで左手の手袋をとって捨てる。
右手は手袋をつけたまま枝を握り、左手は素肌になった。
ユウトが攻めを緩めたこの瞬間、ガスが攻めに転じる。上段に構えたガス。
——キタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただけると幸いです。




