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人間原基  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 今日と同じ明日がいいですか?
11/50

1−10

「まだ、秘密。現状だと実行できないし、無理になる可能性もあるし……」


「俺にはまだ言えない。俺のことはまだそこまで信頼できないのか?」


「いえ、そう言うわけじゃないんだけど……。その前に少し試したいこともあるの」


「そんな悠長なこと言ってる暇あるのか?」


「仕方ないのよ。宮殿内にはしがらみがたくさん。

 私もぐるんぐるんにがんじがらめ。

 それに加えて問題もある。

 一つクリアしても次の問題が出る。

 やるべきことは条件が揃った時、初めて実行されるべきなのよ」


「ま、何でもいいけど。もっと俺のこと信頼してくれてもいいよ」

 

ユキコはベッドサイドから立ち上がって窓際に歩く。

カーテンを開ける。

立ち込めた黒い雲が帝国を覆っている。

重たい雲はまるで見えざる力に引き寄せられたかのように上空に溜まる。


ユキコに計画をまだ、話す気がないことは明らかだった。

ユウトは立ち上がるとぺこりとお辞儀をして部屋の出口へと向かう。

ユキコはユウトの方を向くと言う。


「次はいつ来るんだっけ?」


「次の診察は一週間後だよ?」


「それじゃ、ダメなの。明日も来て」


ユキコのなぜか必死な顔を見てユウトははて?と思う。


——なんかさっき言っていた文句と違うような。

——ま、でもユキコの気まぐれは俺が理解できるところではないか。


ユウトはそう結論づけると優雅にお辞儀をして返事をする。


「はい、姫様の仰せの通りに。

 計画とやらを打ち明けてくれる時を待っています」


ユウトは深々とお辞儀をするとユキコの顔を見ることなく部屋を出る。

部屋の外にはチコが一人立っていた。チコはぺこりとユウトにお辞儀すると言う。


「ユウト様、お勤めご苦労様です」


「カントは?」


「カント様は午後の教練に向かわれました。ユウト様、この後は?」


「エリュシダールの病院で診察です。

 卑怯者と言われても、来てくれる患者さんが本当に少しだけですが、いるので」

 

チコはそんなユウトにすっと近づくと、耳打ちをするかのような小さい声で言った。


「左様でございましたか。

 ユウト様を卑怯者とは思いません。

 ユキコ派の人間は皆、ユウト様の味方ですよ」


「……ありがとう」


ユウトはどんな顔をしてその言葉を受け止めたらいいかわからなかった。

たった今、ユキコは自分にまだ話せないことがあると言われたばかりだ。

ユウトは悶々としながらチコの案内でエレベーターに乗った。


「ユキコのやることはいつも国のため、人のため。信じろ。信じるんだ」


エレベーターを降りたユウトは少し早歩きで出口に向かう。

通り過ぎる人間は相変わらずユウトに対して良い感情を抱いていない反応をする。

玄関についたユウトは屋根の外を見る。


「雨、強くなってるな」


宮殿の中庭は中央にある噴水と雨の音で滝壺にいるようだった。

ユウトは宮殿の門に向かう道を歩く。

歩行者用に屋根がある道が用意されている。

左手には車用の道路。

右手には中庭の花壇。

そこにはアルカリの花がたくさん植えられていた。

六月の雨季に入る直前に水滴が垂れるように咲く青い花であり、通称涙の花とも呼ばれている。

青い花は色合い良く、雨水を受けて輝いているようにも見える。


雨の音で全てかき消される今、ユウトは自分の革靴が立てる音が良く聞こえなかった。

彼は自分が立って歩いているのかよくわからなくなる。


「何も聞こえない……」


宮殿の出口には相変わらず検問を待つ長い列ができていた。

一般の人はこの検問を通らなければ宮殿に要求を突きつけることができない。

不便だろうが、そういう文句を言うための窓口がないよりはマシなのだろう。

ユウトはその列を眺めながらタクシーに乗り込む。

運転手はいない。

ユウトは備え付けの操作盤い向かって行き先を告げる。


滑るようにタクシーは出発する。

タクシーは大通りの追越車線に入ると次々と車を追い越す。

窓の外を見ようとしても雨が強すぎて景色が全て歪んでしまう。


ユウトの家、エリュシダールの豪邸は王城からそう遠くないところにある。

タクシーは豪邸のロータリーに入ると屋根付き玄関の前にユウトを下ろす。

扉を閉めるとタクシーはさっさと去ってしまう。


豪邸の入り口、大きく重たい木の扉がガチャリと大仰な音を立てて開く。

エリュシダール家にユウトを迎えるような人間はいない。

患者強奪事件以来、自分についていた執事、メイド全ていないことにされてしまった。


ユウトはまず、父親の執務室へと向かう。

六階建の豪邸の最上階に父、ミサト・エリュシダールの部屋はある。

階段を登り、ユウトは部屋をノックする。


「ユウトです。報告に来ました」


「入れ」


ミサトの重い声が中から響く。

ユウトは息を深呼吸をすると意を決して入る。


「失礼します」


ミサトの部屋は典型的な医師の部屋だ。

壁一面に本が並んでおり、人体模型、手術の練習台となる人口皮膚などが所狭しに並んでいる。

机の上だけは整理整頓が行き届いているため、直近の仕事に害を及ぼすことはない。


ユウトはミサトの机までまっすぐ進む。

ミサトは厳格な父親であり、鋭い眼光、太い眉、とても顔が濃い。

間違いなく小児科には向いていない顔である。

フレームレスのメガネをかけているが、それも怖さを助長することになっている。


ミサトは眼鏡を外すとユウトに対して目を細めて言う。


「報告を」


「はい。本日も姫専属医師として、姫様の診察を行いました。

 呼吸音、そのほか医療的指標が全て、ユキコ姫が健康体であることを示していました。

 診察は滞りなく行われ、姫様の尊厳を傷つけるようなことは何もありませんでした」


「いいだろう。正直なところ、貴様の医学の実量では力不足は否めないだろう。

 何しろ外科の手術がまったくできないのだからな。

 血を見れないとは医師としては失格だ」


ユウトは思わず、手を握りしめる。

自分の力を隠すためだった。

ユウトは自分自身、血が苦手でみると卒倒するという設定で手術をやり過ごしていた。


ユウトは今日、ユキコに言われたことを思い出していた。

一瞬の逡巡。結局、こう言った。


「はい、申し訳ありません」


「正直なところ、卑怯者の貴様が選ばれたことは私にとって誤算だった。

 だが、結果として大きな誤算ではない。

 エリュシダール家の人間が選ばれたことは、むしろ、喜ぶべき結果だ」


——これまで、散々、俺のことを貶しておきながら、専属の医師に選ばれるとこれだ。


「……恐れ入ります」


「だが、問題はやはり、貴様の実力だろう。

 そこでだ。一週間後に貴様の実力試験を行う。

 そこで、お前の手技がどの程度のものなのか見せてくれ。

 結果によってエリュシダール家におけるお前の地位を改めなければならんからな。

 姫専属に姫様直々に選ばられるお前の実力、見せてもらうぞ」


「かしこまりました」


「うむ、では下がりたまえ」


「はい」


ユウトはミサトの部屋を出る。

ミサトの魂胆が丸見えで吐きそうだった。

ユウトが実力を示せたならばそのままユウトを担げば良い。

だが、ユウトは実力試験で実力を見せることなどできない。

血を見れないのではない。

手術を行うには素手にならなければならない。

それが医師会で決められたルールであり、最も衛生的であると言われている。

だが、俺は素手で手術などできない。

元気な状態がどんなだったかを知っている患者であれば触るだけで治すことができてしまうのだから。


——あのクソ親父にあと一ヶ月でEE がなくなること教えてやったらどんな顔するだろうか。


だが、ユウトはユキコとの約束を破るわけにはいかない。

ユキコとの約束、破ってしまえば、自分を信じてくれる人はいなくなってしまうのだ。


父のような名誉や家のことばかり考えている人間、兄のような自分のことだけを考えている人間、カントのような他人の目ばかり気にしている人間。

ユキコのように一人で抱えて目的を達成しようとする人間。


どれが本物の人間だろうか。

そしてどれが味方にすべき人間だろうか。


ユウトは悶々としながらも豪邸の裏にある、エリュシダール総合病院へと進む。

自分の診療項目は内科。

白い病室の中で患者を待つ。

ユウトの元にわざわざやってくる患者など、いまではほとんどいない。

回ってくるのは精神を病んでいる人や、お喋りすぎて医師の時間を奪ってしまう厄介なおじいさんなど。

今日も、おじいさんは暇していたユウトの前に現れた。


「なあ、にいちゃん。人はなんでみんなおんなじ形してんだろうな?」


「え?なんでって……」


「気に入らないやつ。人を殺すやつ。

 一部が無くたって途中までは同じよ。

 なんでみんなしておなじ形なんだろうな?

 どうせ、おなじにすんならよ。

 もっとみんな完全におんなじようになるようカスタマイズしといてくれれば、差について考える必要も無くなるのによ」


ユウトはめんどくさそうに言う。


「誰かが決めてるんじゃないですか?

 神様とか。試練を与えるとか言って」


「にいちゃん。信じてもいない神様を引き合いに出すのはよくないぜ。

 ここだけの話なんだけどな。

 わしは人の形を失ってしまった人を見たことがあるんだよ」


「それなら俺もある。足を反対向きに接合された人とか、首の前後ろが逆転した人とか」


おじいさんはちっちっと舌を鳴らすと嬉しそうに言う。


「そう言うことじゃねぇんだよ。ありゃ……まさしく、バケモノだ」


おじいさんはそう言うと満足げに帰った。

気になることだけ言われて放って置かれてしまったユウトは頬杖をつきながらなんなんだと独語した。


「人が人の形を失うんだったら、俺は一体どんな形なんだろうな……?」


しかし、この時にはもう、この国は180度逆さまになってしまうような勢いで傾き始めていたのだった。

ユウトはそんな軋みの音に気がつくこともなく、いつも通りカルテを適当に書き込むと、いるはずもない次の患者を呼んだ。

読んでいただきありがとうございます!

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