1−9
キコは胸を押さえ顔を赤らめ、恥じらう乙女のポーズをとって言う。
「いやーん、ユウトのエッ、あっちょっ、まっ」
「姫様の冗談に付き合っていては日が暮れてしまいますので。失礼いたします」
ユキコが余計な小芝居を入れようとした途端、サコが服をあっさり脱がせる。
白い素肌があらわになりユキコは本格的に頬を赤く染める。
「だいたい、なんで週一回検診が必要なのよ!
めんどくさいったらありゃしないわ」
「ユキコの『いつも通り』がどんな調子なのか、俺は知っておかなきゃいけないんだよ。
病気とはすなわち体の調子が『いつもと違う』状態なのだから」
ユウトはカバンから聴診器を取り出すと、体に当てる。
最初に当てた時、ピクリと反応する。聴診器が冷たかったらしい。
「吸って、吐いて。もう一度、吸って、吐いて」
ユキコはおとなしくユウトの指示に従う。
いつも通り健康的な呼吸音。
突っかかる場所など微塵も感じられない。
「じゃあ、後ろ向いて」
ユキコが後ろを向く。
ユウトは目を閉じ聞こえる音に集中しながら、ゆっくりと聴診器を動かす。
ユキコの呼吸音に何の異常も感じられなかった。
ふぅと息を吐いて目を開ける。
白い背中が目に入ると思っていたユウトはそれを見て驚いた。
「おい、ユキコ、背中。怪我してるじゃないか」
「えっ?それは……」
背骨より左側、赤い傷跡が縦に線を作っていた。
指よりも長いくらいだろうか。何か鋭利な刃物で切り裂いたような跡が残っている。
ユウトは黒い革の手袋を外すと問答無用でその傷跡に手を触れる。
「あっつ」
傷口に急に触られたユキコは驚いて声をあげる。
だが、ユウトはゆっくりと傷跡を手でさする。
すると、赤く残っていた傷跡は綺麗さっぱり無くなってしまっていた。
ユウトは手袋をしながら言う。
「これでよし。傷口も残ってないし、完璧だよ」
「ふぅぅぅぅぅ」
なにやら息を長くはいたユキコ。一息入れてから言う。
「やっぱり、ユウトの持った“ギフト”はすごいね。“ギフト”、治癒。
原型を知っているなら手で触れるだけで再生可能なんて」
サコが隣で感心したように頷く。
「ユウト様はそんな素晴らしい“ギフト”をお持ちだったのですね。ユキコ様はそれでこの方を……」
「ふふふ、ユウトがすごいのは私だけが知る秘密なのだっ」
ユキコはおもちゃ箱に宝物をしまいこんだ子供のように無邪気に笑っている。
サコはユキコに服を着せる。
ユキコはスカートの裾を直し、ベッドサイドに坐り直す。
ユウトはうつむきがちに、ユキコの様子を探りながら言う。
「でも、公表したらダメなんだろ?
随分昔の約束だが。ちゃんと覚えてるか?」
昔、ユキコが宮殿に迷い込んでしまったウサギを助けるために走り回りついに捕まえたと思った時、ユキコは宮殿の外へ真っ逆さまに落下していった。
骨の髄までグッチャグチャになり、虫の息だったユキコをユウトは助けた。
その“ギフト”を見たユキコはすぐにユウトを掴むと約束させたのだ。
私以外の人間の前でその能力を使うなと。
ユキコは怪訝そうな顔をして言う。
「もちろん。忘れるわけないじゃん。
あなたは私の恩人。二度も命を助けられ、約束まで守らせている。
何? 私があなたの存在を忘れかもしれないって疑ってたの?」
「え、いや、まぁその……。ここ十年、ほとんど音沙汰がなかったし……」
「ふふふ、仕方ないじゃない。お互い仕事や修行が始まって忙しかったもの」
ユウトはホッとした表情を浮かべてユキコの顔をまっすぐに見る。
「そうだな。それで? 俺の“ギフト”はこのまま隠しておくのか?」
「当然。賢人は奥の手を最後まで隠し通す。
それに君の“ギフト”は危険すぎる。
私が子供だった時に、その“ギフト”がやばいことはわかったわ。
特に今のこの国にはね」
ユキコは子供の顔から急に大人びた憂いの表情をする。
いちいち、表情が忙しい。
「ユウトも、もう噂くらいは聴いているんじゃないかな?
この国は終わりが近いって」
「なんとなくな。
人類は徐々にEEを使えなくなり、今では単一の“ギフト”が使えるかどうか。
“ギフト”を使える人間はほとんどが上流階級。
さらに、EEの源であるEE鉱石の採掘がすでにほとんど得られていない。
EE によって国が成り立っているのに、あと十年でEE 鉱石は尽きる。
このままではいずれ人類はEE から捨てられ、この国は滅びると」
「さすがユウト。よく知ってるじゃない。
でもあと十年でEE鉱石か枯渇するって言うのは宮殿が流したデマだよ」
「やっぱりそうなのか?
では宮殿はついにEE鉱石の独占を始めたのか?」
ユキコはユウトの意見に不思議そうな表情を浮かべて頷く。
「独占?
まぁ、ある意味独占に近いけれど、問題はそれより深刻よ。
しかも、このままだと底なし沼の真ん中にはまってしまった鳥のようになすすべなく沈んでいくわ」
「……それって、つまり、本当はそれより短いと?」
「ええ、実際にはあと一ヶ月もないと」
「「一ヶ月!!!!」」
ユウトとサコの声が重なる。
ユウトとサコはお互いに目を合わせる。
ユウトもサコもまさか、そこまで切迫した状態になっているとは思っていなかった。
この国はEEによって成り立っている。
その程度のこと生まれたばかりの赤子でも知っているだろう。
ユウトやユキコは体内にEEが残っていて“ギフト”が使えるタイプである。
しかし、ほとんどの人間は“ギフト”を使えない。
それなのに、街のあらゆるものがEE によって動いている。
車、街灯、家の中には冷蔵庫、洗濯機、明かり、室温調節機。
生活全てEE でまかなっている。
この生活はあと一ヶ月しか続けられない。
庶民がこの話を聞いたらどうなるだろうか。
暴動?
EEの価格吊り上げ?
EEの値段は宮殿によって法律で決められている。
だが、取り合いになることは必至。
混乱は免れ得ないだろう。
真の意味で国の崩壊だ。
「陛下は何をしていらっしゃるのだ?」
現皇帝ドワイト・フォン・ラーティン。
政治には全く興味を持たず、酒、女、食事に溺れやりたい放題やっている愚王。
それが世間からの印象であり、見た目も王としては不潔である。
ぶくぶくに太った体。椅子からはみ出す脂肪。
どこかにスライムと呼ばれるモンスターが実在するなら、彼がそうなんだろうと思わせる体。
この国の人口三百万人全員があの王様からユキコのような綺麗なお姫様が生まれたことを奇跡だと認定するに違いない。
そんな愚王は今日も酒池肉林である。
せめてもの救いは政治に口を出していないことだ。
政治は全てそれぞれの省にいる大臣が執り行っている。
政治をしないことがもっともいいことだと言われる皇帝とは。
「父上?多分、何もしてないと思うわ。
毎日、酒、女だもの。
そもそも、私父上とお話しするの年に数回しかないし」
「現状は大臣たちがなんとか秘密を守り通していると言うことか。大臣たちの結論は?」
「大臣たちに結論は出せないわ。
彼らの半分は思考停止で前例と同じ政治を行うしか能がないもの」
「まじか……」
「そこで、ユウトの“ギフト”が鍵となってしまう。
ユウトの“ギフト”『治癒』はどんなものでも原型に戻してしまう。
つまり、EE鉱石も元に戻せるということ。
もしユウトが治癒の“ギフト”でEE 鉱石をEE がみなぎる状態に戻せるなんて知ってしまったら?」
「なるほど。俺は永遠にEE 鉱石を生み出す装置にされてしまうわけだ」
「その通り」
びっとユウトを指差す。細くて白い指。
幼い時にここまで、考えて俺に秘密にさせていたのか。
——この人はやはり本物だな……。
「それで、ユキコはその現状をなんとかしようとしているわけだ?」
「そうよ。こんな問題ほおって置けないじゃない。
私は王位継承権第一位ユキコ・フォン・ラーティン!
私はこの国の帝王になって、この危機を脱してみせるわ」
ユキコは立ち上がって両手を腰に当てて威張りちらす。
後ろから後光が指しているようだった。
ユウトはそんなユキコを見て、ちょっぴり嬉しそうに言う。
「なるほど、父親の地位を奪うんだな?
俺はそれに協力する仲間となると」
「ええ、もちろん。あなたの力が必要だわ。
あなたは私が帝王になるために粉骨砕身働きなさい」
ユキコはユウトの顔を悪そうな顔をして覗き込んでいる。
悪びれてもちょっと可愛いのがずるいところである。
ところが、急に深刻そうな顔をして言う。
「問題は、私の信頼できる仲間が少なすぎるのよ」
「仲間、どのくらいになったんだ?」
「順番に紹介するわ。
ただ、三千人が働くというこの宮殿において、私の味方の人数はユウトが考えうる最小の人数を必ず下回ってあげるわ」
「下回るのかよ。嬉しくねぇ宣言だな……」
——それにしても、仲間…か……。
——俺にはその資格などあるんだろうか?
——ただ、そう見てくれていること自体はとても嬉しいことだ。
——俺を必要としてくれている人がいる。
——これだけでも救われる思いだ。俺にはもうユキコしかいない。
——カントもどうやら俺を嫌っているらしいし……。家族からも見放されている………。
一瞬の思考ののち、ユウトはユキコに問いかける。
「具体的な計画は?」
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