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シンクエンタはコリーダスが幼い頃より仕えていた男だった。そんな男が、今さに自らの隣で血を吹き出し内蔵をさらしているというのに、コリーダスはそちらに一瞥もくれてやることが出来ない。本当ならば、手遅れだとわかっていても駆け寄って手当ての一つでもしてやりたいのだ。
だが――わかってしまう。倉畑知朱がかつて自分が戦ったどんな相手よりも強いと。だから、目を離せない。
「貴様のそれが殺人奇術か」
「その通りだとも。これが殺人鬼の術――殺人の為の奇術さ」
知朱は誇らしげにそう宣言した。
確かに、腕を振るうだけで人がバラバラになるというのならそれはこの上無く奇妙な術だろう。魔法を使ったわけでも無く、斬撃を飛ばしたわけでも無いのにそんな現象を引き起こすなど常識の埒外の技だ。
これが普通の人であればその現象に対する本能的な恐怖に耐え切れず逃げ出そうとしたのだろうが、コリーダスは魔人最強の男である。彼は逃げないどころか――知朱の前に立ちふさがった。
「なぜ殺した」
「なぜ? その質問はよく聞かれるな。もしかして怒っているのかい。許してくりゃれ?」
「質問に答えろ」
「む……。アタイはね、アタイの性質を少しでも知っている奴は年齢性別の区別なくとりあえず殺してみる事にしているんだ。言い振らされると次から次へとアタイを止めようとする奴らが湧いてくるから面倒なんだよ」
「……」
ならば、シンクエンタが死んだのは自分の発言が原因でもあるのか。自分が殺人奇術師などという単語をほのめかさなければ……。しかしそれは不可避だっただろう。
「安心すると良い。『さっきの』をよけられる奴は言い振らさない事が多いから、とりあえず放っておくことにしているんだ。食堂に連れていってくれるならありがたいなぁ」
「連れていってやるとも。ただしお前が行くのは地獄だ」
「む……」
コリーダスは左右の腰から二振りの剣を抜き出した。刃渡り五十センチほどの長さの諸刃の剣、それを両方の手で交差させるように構える。
この時、コリーダスは冷静に見えながらもシンクエンタが殺された事に確かに激昂していたのだろう。彼はここで人間を殺すと決めていた。
「いいのかい? アタイは条件を満たさない限り人を殺さない。いくつかある条件の内の一つがさっき言ったアタイの性質を知っている事、そしてもう一つはアタイに攻撃を仕掛ける事だ。もし戦うというなら、アタイはお前が止まるまで『刺殺』する」
「気にすることはない。お前は俺を殺せない、お前は俺に殺される」
「……くひゃひゃひゃひゃ。あぁもう遅い、お前は今もう一つ条件を満たした」
そして知朱は指揮者のように手を掲げた。
「アタイは――気まぐれでも人を殺す」
その言葉を皮切りに、『刺殺者』倉畑知朱と『魔人最強』コリーダスの戦いは――始まった。
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「お前らイカれてるのか?!」
全ての説明を聞いて情報を整理したあと、意識が発した第一声はそれだった。この男にしては珍しく、怒っているようでも焦ってるようでもある。
「まさか殺人奇術師を全員召喚しようと考えているとは……知らなかったとしてもやって良い事と悪い事があるだろうがッ……」
アルタールはこの三日間共に過ごしてきて初めてみる意識の様子にうろたえながらも、その質問に答えた。
「でも! 僕達の立場からすればその人数も召喚に挑戦できる回数も、多い方が良いのは君様にならわかるだろう? これが最後のチャンスだったんだから」
「それはそうだが、それにしてもだ。あまりにも考えがなさすぎる……」
「しかし意識様」
そこで口を挟んだのはプリメラだった。
「それほど悪い状況なのですか? 確かに予定外の召喚ではありましたが、意識様のお知り合いであるというならば協力を得られるのでは?」
「知り合いだと? お前ら自分達がどれ程の薄氷の上を歩いていたか――それをたった今ぶち抜いたかもしれない事を理解していないらしい」
時間が惜しい移動しながら話してやる、と言いながら意識は始めから説明をすることにした。
「殺人奇術師と俺達十二人はまとめて呼ばれてはいたが、俺達は誰一人として同じ殺し方をしない。それに、誰一人として同じ理由で人を殺してもいなかった。俺は全員と会ったことがあるが、全員が全員と面識があるわけでもない。共通点と言えるものはたった一つだけだった」
「共通点、ですか?」
「ああ。当然だが、いくら俺達が大量の人間を殺していたからと言って、生まれたときから殺人鬼だった訳じゃない。俺達が普通の人間みたいに――とまでは言わないが普通に紛れて生きていた時、ある殺人鬼に襲われて生き延びた。その人との出会いをきっかけに、俺達は皆人殺しに取り憑かれたんだ」
「……」
あまりにも突拍子のない話に、プリメラもアルタールも閉口してしまう。
殺されかけたから人を殺すようになった? 虐待された子供が大人になって子供を虐待するという話は二人も聞き及んだことがあったが、それにしたって突拍子が無さすぎるだろう。それに、意識がその殺人鬼の話をするとき、そこに敬意の念があるような……そんな感じがした。
「理解できない話だろう、理解されるとも思っていない。だけど異常であるとは理解しろ。そんな人間が十一人――想像しただけで頭がいたくなってくる」
「それは、君様にも他の十一人が理解できないという事かい?」
「俺がそいつら全員と面識があるという話しはしただろう。その時、誰一人として俺を殺そうとしなかったやつはいなかった。信じられるか? 俺は逃げ出すその瞬間まで下手に出てやっていたんだぜ」
「僕からすれば、君様が下手に出るというのが想像できないけど……でもそれなら今回召喚された奴も――」
「――倉畑知朱だ」
意識がアルタールの言葉に割り込む。
「特徴からいって間違いない。片眼鏡を六つぶら下げてる女なんてあいつぐらいだ。そして肯定しよう、あの女が人を殺し始めるのは時間の問題だ」
「時間の問題、ですか……一体どのような御方なのでしょう?」
「御方ね。お前の立場からすれば知朱も敬うべき対象という事か」
「はい。その方が強いのならば、その方も魔王となるべき存在ですから」
「まぁいいさ。あいつがどんな奴だったか、か。そうだな……」
意識は少しだけ考えるそぶりをする。
「笑みを絶やさない、些細なことでも愉快そうに笑う女だ。怒るという事が無いんだろうな。かなりの動物好きで動物が多い場所に居ることがほとんどだった。そして――」
意識は続ける。
「俺達十二人の中で一番、人を殺すことをなんとも思っていなかった」
「なんとも……それは君様よりもかい?」
アルタールの脳裏に先日の一件が浮かぶ。意識を召喚した際、彼は近付いてきたメイドを真っ先に手に掛けた。それよりもなんとも思っていないという事が、果たしてあり得るのだろうか。
「ゲハハハハ、そうさ俺よりもだ。しかし、倉畑知朱か……。十二人全員を召喚しようとしているのならば、このタイミングで知朱を召喚できたのは運が良い」
「どういう意味でしょう?」
「一番最初に俺、その次に知朱と召喚できたのは最良だったということさ。百三十二分の一の確率、一度しか許されないチャンスの中でお前らはそれを引けたんだ。他の百三十一の可能性では必ず誰かが死んでいたであろう危険な計画だったが、お前達の運のよさは俺が保証しよう。勿論俺が殺される可能性はまだある。しかし薄氷をぶち破ったと言うならば、その下で財宝を見つけたかもしれん。上手く行けば、殺人奇術師全員を味方につけることができるんだからな。そんな事が出来たなら――」
意識は、獰猛な笑みを浮かべる。
「人類を滅ぼすなんてあまりにも容易い」