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 ノックの音がした。


 部屋の主――コリーダスはその音が誰から発されているかわかっているようで、入れ、と一言呟いた。別にコリーダスに透視能力があるわけではない。この城の中でも特殊な位置にある彼の部屋に来るものなど限られているのだ。


「コリーダス様、プリメラ様からの伝言でございます。決闘を行う日は当初の予定通り、四日後。時間は午後の三時だそうです」


 そう言ったのは四十代半ばの執事服を着た男だった。がっしりとした体躯を持ち、頭には牛のような角が生えている。コリーダスと同様に。


「そうか」


 コリーダスはそんな素っ気ない返答をするが、執事服の男に不満をもった様子はない。むしろ、満足したように彼はうなずき返した。


 用事はすんだとばかりに、そして己の主の時間を奪うまいと、彼は部屋から出ようとするが――


「待て」


 とコリーダスが引き止める。


「あの男はどうしていた」

「一色意識ならこの三日間ずっとアルタール様の図書館で本を読んでいるそうです。聞いたところによると読んでいる物は歴史書や図鑑が多いと」

「そうか、情報が欲しいと言っていたそうだが、それは嘘では無かったか……」

「そのようですな」


 コリーダスが少しの間沈黙した。


「……お前はあの男についてどう思う?」


 そうですな、と執事服の男は考える。ここでコリーダスが聞いているのが意識の実力についてである、という事を男は察していた。だから、答えるのも当然その事についてだ。


「隙がない、という印象を受けましたな。こちらの行動に対して用意があるというような――だからこそあの傲慢なふるまいなのかもしれません。或いは、ああいったふるまいをしているからそんな印象を受けるのかもしれませんが」

「それがお前の見解か」

「はい」

「私はお前に印象を聞いたが、『強そうか』『弱そうか』について思うことはあるか」

「それは……」


 男は言葉につまったようだった。ただの印象についての質問で、答えではなく意見を聞かれていて、たったの二択しか選択肢が無いにも関わらず。


「いや、良いんだ。そこで悩むということはやはりお前も私と同じ印象を抱いたのだろう」

「どういった意味でしょう?」

「私にはあの男が酷く脆弱な存在に見えた。まだ死の意味すら知らない子供にも負けそうなほどにひ弱に」

「……」

「だが一方であの男は一騎当千の強者にも見えるのだ。なぜだろうな。まったく相反する事だというのに同時にそう思えてしまうのだよ」


 例えば、とコリーダスは続ける。


「お前はあの男がどんな武器を使うのか想像出来るか? 剣士か、槍使いか、魔術師か、それとも別の何かか」

「短刀を持っていましたが、あれがあの男の武器では?」

「あの短刀と比べれば、この城の厨房にある包丁の方がよく切れるだろうな。だから違う――とも言い切れんが」

「では魔術師、と言うことになるのでしょうか。もしくは拳士のような武器を使わない闘い方をするのかもしれません」

「……これは私の勘なんだが」


 しばしの沈黙の後、コリーダスはそう前置いた。


「私はあの男が戦士ですら無いような、そんな気がしてならない」

「馬鹿げた話です。戦士ですらない男がコリーダス様と決闘をするなど……勝敗が見えているではありませんか」

「……」


 男のその言葉にコリーダスは答えない。しかし答えないことそのものが男にとって何よりも雄弁な答えだった。こと戦いという分野、戦闘という行為において一切の妥協をしない彼の主が答えないという事は、その勝敗がわからないという事だ。


「まさか、負ける可能性があるとお思いですか」

「その可能性を否定できる材料を私は持ち合わせていないな」

「ならば! なぜ決闘を受けたのです! あの男の実力を測るならば私でも良かったでしょう。ある程度強ければ、誰だってよかったはずです」

「私が戦う理由は既に伝えたはずだろう。私は誇りのために戦うのだ」

「……」

「あの男は誇りがないのかと言っていたが、私は正直なところ、まったくその通りだと思ったよ。魔人と人間の戦いで人間の手を借りて生き延びたとして、それで我々の次の世代はどんな思いで生きていけばいい? 生きて敗者になるならば、いっそのこと戦って滅びた方が『不幸ではない』。幸せだと、主張するつもりは無いがな」

「だからといって、あなたが命を懸けた勝負をする必要は無いでしょう」

「私は全力で主張したいのだ、魔人は魔人だけで問題ないと。それに、死ぬとわかっていても尚貫けるからこそ誇りだろう」


 そう言われて何も言い返せなくなった男を見て、コリーダスはフッと微笑んだ。


「とは言え、あの女王がどんな手を使ってでも勝ちたいと考える気持ちがわからないわけではない。奴の国と民の事を考えると尚更な。だから全力を持って反対はするが、死ぬまで反対しようとは思っていない。勝敗を悟ればその場で勝負は止めるさ」

「……左様ですか」

「それにだ。私はみすみす勝利を譲ってやる気はないよ」


 今度の笑みは、不敵なものだった。魔人の中で最強である彼に――文字通り敵が居ない彼にふさわしい顔だった。


「そろそろ演習をしようと思っていたところだ。付き合ってもらえるな」

「はい……はい! もちろんですとも」


 演習とは、コリーダスが戦王になると定められたその日から一日たりとも欠かさずに行われてきた彼の日課である――というのはその内情を知る物にとっていささか以上に淡泊な表現だろう。それは真実に例外なく一日たりとも欠かされる事はなかったのだ。


 戦場が時と場所を選ばないという思想の元、親が死んだその日も自身が病に侵された日も、一日たりとも欠かされる事は無かった。彼が生きている限り、それが欠かされる事は無かっただろう。


 だから、部屋から出ていつも通りに闘技場へと向かおうとした二人が、その部屋の前を今日も通ろうとしたのは必然だった。


 それは通ろうと思わなければ通りすぎない部屋だ。だけどそれには二つ例外がある。一つはこの部屋の前で見張りを務めている魔人という例外、そしてもう一つはこの国の中でコリーダスとその関係者のみはその意思に関わらずそこを通る可能性があるという例外だ。アルタールが召喚術式の研究をしている際、不測の事態が起きた時に最強の魔人が最速で対処にあたる事が出来るようコリーダスの部屋だけはその部屋から離れていない位置に設けられていた。


 意識の召喚が済んで以来動きの無かったその部屋だったのだが、その日二人がその部屋を通り過ぎたその時――背後でその扉が開いた。


「む……これは、城かな?」


 扉から出て早々辺りの装飾を品定めするように眺めながらそう呟く女を見て、コリーダスも、その部下も、その場に居た見張りも、全員が言葉を失った。人間が召喚される予定などあるはずがない。だが召喚されている以上、この女もまた――殺人鬼と言う事になるのだから。


「ッ……! 戦王コリーダス、私はこの事を直ぐにでもアルタール様に報告を」

「ああ早急にそうしたまえ。……できるだけこの場を離れてもらった方が良いだろうな」


 コリーダスがそう指示すると、見張りの男は逃げるようにその場を走り去った。その姿に、女も気付く。


「ああ、よく見たら人がいるじゃないか」


 その言葉をきっかけに、三人が相対する。最初に対話を始めたのは、コリーダスの壁になるように前に歩み出た執事服の男だった。


「この方は戦王コリーダスであらせられます。そして私はその部下のシンクエンタと申します」


 何を言うべきか吟味した末、シンクエンタは自己紹介から始めることにした。どう動くかわからない相手を前に、出来るだけ無難な言葉を並べて相手を知ろうとしたのだ。何せ相手は殺人鬼である、一色意識が召喚早々に人を殺したことは彼も聞いていた。


「初めまして、アタイには倉畑知朱くらばた ちあけという名が付けられている」


 意外なほどに律儀にそう答えた女を、シンクエンタは一瞥する。


 倉畑知朱は長い黒髪をいくつものかんざしで束ねた着物姿の女だった――と言っても、その服を着物と分類してよいのかどうかは悩ましい所だ。なぜならその着物は派手な上に丈が短く、腕の部分は肘まで脚の部分は膝までしか届いていない。その癖、袖口はこれでもかというほどに開けており彼女の長い手足とすらりとした指を強調している。


 しかし、何と言っても注意を引くのは彼女が身につけている片眼鏡モノクルだ。彼女は片眼鏡を、あろうことか六つも身につけているのである。当然それらすべてを鼻にかける事などできるはずもなく、左右に三つずつ長さの違う紐でぶら下げているだけだった。


 これといった特徴のない意識とは違い、特徴の塊のような女だ。少なくともすれ違って気付かないということはあり得ないだろう。


「しかしアタイは記憶力が非常に悪くてね、しかも見ての通り目が良くないんだ。だからその顔と名前を憶えられないかもしれないが――許してくりゃれ?」

「それは――もちろん、私の名前など憶えて頂かなくても結構でございます」

「なんだ、それなら良かった」


 明らかに名前を覚える気などなさそうな物の言い方だった。記憶力が無いというのも、目が良くないというのも、どこまで本当なのかわからない。


「しかし、ここはどこなんだろう。起きて――気持ち悪いからまた寝て起きたらこんな所に居たんだけど。それにお腹が減ったな、お腹ペコリンだ。……いや、そのセリフはアタイのキャラじゃないな」

「それならば、食堂の者に言えば何か作ってくれるだろう。君の現状を説明するのもそれからがいいかもしれないな」

「では、案内しますので私に付いてきて下さい」

「ホント? そうしてくれると助かってしまうね」


 コリーダスの言葉に反応するようにシンクエンタが先導する。彼が我先にと先頭を歩くのは、主であるコリーダスが知朱を相手に背後を取られないようにという思惑があっての事だった。加えて、先頭を彼が歩いている限り歩く方向も速度も彼がコントロール出来る。現状は発言通り食堂の方へと案内する予定だが、今後の展開次第では他の選択肢も視野に入るだろう。


 歩き始めながら、コリーダスはどの情報を与えるべきか、与えぬべきか取捨選択した。彼らが魔人である事は角を見れば一目瞭然だったが、知朱がそれに反応していない以上言及しない方が無難だろうとコリーダスは考える。そして、戦争の部分は出来る限り後回しにした上で現状の前提を説明するべきだと判断した。


「まず初めに言っておく事なのだろうが、この世界は君が以前生きていた世界とは違う世界だ」

「へぇー。違う世界なんてあったんだ」


 どんな反応が来るのかとコリーダスは身構えていたが、返ってきたのは気の抜けてしまうような反応だった。しかし、その反応はあまりにも無関心すぎるのではないか。


「どのような世界かは、先に召喚されている一色意識に聞いた方が良いかもしれないな」

「一色意識? 誰、それは」

「……知らないのか?」


 いや、別に知らなくてもおかしくないのか、と。コリーダスはひとりごちる。大量の人間を殺したという接点だけで知り合いだと決めつけるのはいささか早計だとも考えなおした。それにあの男、思い返してみれば特徴と言えるような特徴は確かに持ち合わせていない。しかし、それだけの人間を殺したのならば、噂くらいは聞いたことがあるのではとも思った。


「私は記憶力が悪いからね、何か忘れているようだったら――許してくりゃれ?」

「そう、か? あれほど傲慢な振る舞いをする男はなかなか忘れにくいと思うが……。ああそうだ、あの男は自分で『殺人奇術師』を名乗っていたな」


 何気なくコリーダスがそう言ったその、瞬間――


 倉畑知朱は立ち止まっていた。微笑みが張り付いたままのその表情は何か考えているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。しかし、確実にあった変化として彼女の瞳に明確な殺意が宿っていた。


「殺人奇術をお見せしよう」


 そう言って知朱が手を横に振るうと、シンクエンタの体はバラバラになっていた。

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