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ほんの少しばかりの沈黙の後、最初に口を開いたのはヴィエジオだった。
「意識殿、コリーダスがああいった以上わしがその戦いの有り無しに口を出すことはせんが……あやつが我々の重要な戦力である事は間違いない。勝負の決着がついたと判断できた時、不必要に殺害せん事はできんかのう」
「どちらかの死以外で勝負の決着はつかないだろう」
「武器を扱えなくなったとき、立ち上がる事が出来なくなったとき、そこで試合を終えてほしいのじゃ。それまで治癒魔法はお互いに使用しないという事でどうだろうか」
「それを試合終了の基準とするのは気が引けるが……まぁいいさ。致命傷は確実に与える、そこから回復できると言うならするといいさ」
さて、と意識は話題を切り替える。
「お前らが俺にしようとしていた話はこれで全部だろう? 俺が強いか弱いかわかるまでは、俺に対して話すことなどほとんどないはずだ」
「聞きたいことは山ほどあるが、それはお主の力量が知れてからでも遅くない事じゃ。そういう意味では今急いでする話は確かに無いのう。しかし、お主は決闘までの一週間何をするつもりなんじゃ? 黒と白の戦争まであまり時間は残されていない故、無駄な時間は少ない方がいいのだがの」
「やる事は既に決めている。おい、プリメラ」
「なんでしょう?」
意識に呼ばれ、プリメラは意識の元に駆け寄った。
「俺には情報が必要だ。この世界の常識を、技術力も情勢も、全て把握する必要がある。口頭でのやりとりでは遅すぎるから出来る限り客観的に書かれた紙の媒体が良い」
「情報ですか。それならば――」
「僕の所に来るといいよ」
割り込むように声を挟んだのは、死体のように濁った白色の肌をした少女だった。明らかに体の大きさに見合わない巨大な帽子と巨大な杖を携えて、隈の目立つ目で意識を観察するように近づいている。意識を召喚したときに、プリメラから魔女王アルタールと呼ばれていた少女だ。
しかし、意識はそれを憶えていないようで――
「誰だお前は」
「憶えていないなんて酷いな。君様を召喚したのはこの僕なんだけど」
「悪いが、あの時は気分が悪くて周りの事なんて殆ど見えてなかったんでな」
「ふぅん。まぁ自己紹介とかしてたわけじゃないし別にいいや。僕は魔女王アルタール、君様にはとっても期待しているんだよ? 召喚したのが僕なんだから当然なんだけどね」
「それよりも、お前の所に行けば情報が得られると言ったな」
「その通り。この城にすんでいる他の国王達と違って、僕は城の外の図書館に住んでいるんだ。黒の国であの図書館以上に情報を得られる場所なんて無いからね、歓迎するよ」
それにしても、とアルタールは首をかしげる。
「僕はてっきり、コリーダスと直ぐに戦い始めると思っていたよ。あれだけ挑発的な発言をしてたのに、情報の為にわざわざ時間を作るなんて意外と理性的なのかな?」
「俺にとって情報以上に強力な武器なんて無いからな。第一、俺は十二人の殺人奇術師の中で一番知性のある人間なんだよ」
「とてもそんな態度には見えないけど」
くすりと、アルタールはからかうように言う。
「別に、俺は好き好んでこんな態度を取っているわけじゃない。それに俺がこんな性格をしているのはお前らの希望どおりだろう」
「どういう意味?」
「俺がプリメラを相手に鼻の下を伸ばすような人間だったらどう思う。誰を相手にも敬語を使うような腰の低い人間だったらどう思う。そいつに魔人の命運を託そうと思えるのか? お前らが求めていたのは誰よりも傲慢で目的の為なら手段を択ばないような存在だろう」
「確かに、そう言われてみればそうなのかもしれないね」
納得したような、してないような曖昧な返事の仕方だった。
「でもさ、結局僕らにとって一番重要なのは強いかどうかだけさ。性格なんてどうだってかまわない、むしろプリメラにメロメロに惚れてくれるならその方が扱いやすかった気もするけどね」
「そう思うなら俺じゃなくて愛歌の奴を召喚すれば良かったんだ。それが出来なかったのはお前の力量不足だろう」
「む……」
アルタールは口を曲げるが反論はしなかった。彼女の専門は召喚魔法ではなく、ゆえに召喚に対する知識不足を彼女は自覚していたからだ。それでも召喚を行えたというのは彼女の才能によるところが大きいのだが、そんな事を指摘しようと思うほど彼女の魔法に対するプライドは低くなかった。
「まぁあのバカを召喚していたら今頃この国の人口が半分になっていただろうし人間側も半分しか減らなかっただろうからな、偶然だとしても俺を召喚できたお前らの判断は正しかったのさ。一週間後に、それをお前らの目の前で証明してやるから安心しろ。ああそうさ、一週間後より人類の破滅まで――」
そして意識は両腕を大きく広げた、さながら舞台の開演を告げる役者のように。
「――殺人奇術をお見せしよう」
== == ==
モリア城と呼ばれるこの城は、二つしか残っていない黒の国の中で最大の城である。最も東、つまり黒側の国の最深部である二の国に存在する以上、文字通り最後の砦であると言っても間違いがなく、この城が陥落したその時魔人は敗北するのだ。
それゆえに巨大で強靭なこの城は、既に奪われた六十二の国の国王たちに部屋を割り振ってもなお有り余るほどの部屋数を誇る。そしてそんな溢れかえるほどの部屋の内の一つとして、その部屋は存在した。
通ろうと思わなければ通らないような廊下に存在する、その場にあまりにも似つかわしくない厳重な扉。数時間前に存在した死体は片付けられており、中には誰もおらず、近くにも誰も居ない。部屋の中には巨大な結晶が十一個。意識が召喚された部屋である。
この部屋には数え切れないほどの不運が満ちていた。
その不運が誰にとっての不運でどのような不運か、その内容こそがこの物語の存在そのものであるので解説する事はしないが、それでも今説明する必要のある物が二つあった。
一つ目の不運は、一色意識がこの部屋の情報を完全に把握していないという事。意識が召喚された時、彼は召喚酔いが原因で酷い錯乱状態にあったため、この部屋に存在した結晶については一切感知していなかったのだ。そしてそれ故に、『自分以外の十一人の殺人奇術師達も召喚される用意がある』と言う事実を彼は一切知らなかった。
これはしかし、不運と言うにはあまりにも必然的な事象だと言えた。プリメラやアルタールは、意識が使えないと判断された場合この部屋に召喚されている人間を全て結晶ごと砕き殺すつもりだったので、必要以上に意識に召喚の詳細を教えようとしなかった。また意識は意識で中途半端に召喚魔法を知っているせいで、二人以上の人間を召喚しているという奇跡のような事象に発想すら至らなかったのだ。
また、仮に意識が殺人奇術師の召喚に付いて気付いていたところで、その召喚の進行を止めさせて時期が来るまで結晶状態にしておく程度の対応しか取らなかっただろう。
だから、二つ目の不運。
アルタールはこの召喚術式に対して完全なる理解をしておらず、一人目の召喚が終わった後『他の結晶が半自動的に周囲の魔力を集めて術式を完成させる』事を知らない。完全に放置する事で術式の進行が止まるのは、一人目の召喚までだという事も――知らない。
そして、十一個存在する結晶の一つにヒビが入った。
人の手によって魔力を注がれていた意識の時とは違い、自然に水が流れるようにゆっくりと。しかし、水が岩に穴をあけるように確実に。
やがて結晶の破片が零れ落ち、砂のように宙に消え、一人の女が現れた。
誰にも見られず、誰にも気付かれず。
そうやって、殺人奇術師――『刺殺者』――倉畑知朱が召喚されたのは意識の召喚から三日後の事である。