4
自動的に選ばれる『勇者』と違い、『魔王』は魔人達によって認められた者達が選ばれる。無論、投票のような事は行われず魔法的にその処理が行われるのだが、ここで重要なのは魔王達の選出が魔人の意思によって選ばれるということだ。
魔王とする人数もその対象も自由。それはメリットである一方、知らない人物を選べないというデメリットも当然存在する。
よって、意識を魔王に選ぶためにはまず彼を黒の国の王達に会わせなければならない――というのが意識がプリメラから受けた説明だった。
「まずはお主の名前を聞かせて欲しい」
「……一色意識だ」
質問に答えながら意識は周囲を見渡す。
法廷のような場所と言うのが最も的確な表現かもしれない。中央に意識の席があり、それを囲むようにいくつもの豪華な椅子が並べられている。周りの椅子の数は六四席――それが黒の国の元々の国数と等しいのは偶然ではないのだろう。そしてその椅子の半分以上が空席であるというのも、間違いなく必然だ。
「我等黒の国の為に闘えるというのは誠か?」
再び、意識に質問が投げられる。
質問しているのは並び座る国王の中でも最も高齢に見える老人――だと思われた。断言できない理由は一つ。座っている者殆どの様相が人間のそれでは無いからだ。
ある者の肌は焔のように赤い。また別の者に目を向ければ巨大な翼が目につく。腕が六本ある者がいれば、目が一つしかない者もいる。人間と区別がつかないのはサキュバスを名乗ったプリメラ達くらいのもので、他の者は大なり小なり人間とは違う部分があった。
質問をしてきた男の場合――その頭部が異様に長い。
「そう思ってもらって結構だよ。魔王になろうが何になろうが――俺はどのみち人を殺し続けていた」
意識のその答えに対し多くの者が期待を顔に表す一方、懐疑の目を向ける者も一定数存在した。意識が人間であるという点を考えれば当たり前と言えば当たり前だ。そして、その中でも最も不満げな顔の男がその席から立ち上がった。
牛のような角を生やした長身の男だ。
「貴様はなぜ人を殺す。同じ人間だろう。貴様には同族に対する誇りは存在しないのか」
いかにも誇り高い者の言いそうなその台詞に、男は見劣りしなかった。スーツの持つ規律と、舞台衣装の持つ華やかさをあわせ持った服に身を包み、鋭い視線を意識に向けている。鋭利な刃物の刀身のような、そんな男だ。
しかしそんな――見る者によっては恐怖を感じてしまうような――男の様子を見ても、意識はそれをまるで気にしていないようだった。そして気にしていないという事が、嘲っているようにも見えたかもしれない。
「誇りが無いのか、か。それは俺の質問だ」
「何だと」
「人間ごときに滅ぼされかけて、そのくせ人間に頼って生き延びようとする。お前らの一体どこに誇りなんてものが存在するんだよ」
「貴様……」
空気が一変する。
怒鳴ってこそいないが、角を生やした男が激怒している事は誰の目から見ても明白だった。その双眸は先ほどと比べるまでもないほどに尖り、右手は腰に携えた剣を握っている。――いつでもそれを抜けるように。
「止めて欲しいわね」
一触即発の状況に口を挟んだのはプリメラだった。
「戦王コリーダス、あなたの考えを否定はしないけど、その事はもう既に話し合いで結論付けているはずよ。どのような手段を取ろうとも、まずは生き残る事が先決――でしょう?」
「そうだな、女王プリメラ。確かに私達は生き残る事を優先した諸君らの意見を尊重すると結論付けたとも」
そう言って、コリーダスと呼ばれた男は剣から右手を離した。しかし――
「だが、その話はまだ終わっていないだろう」
その目から闘志が消えることは無かった。
敵意のある目を意識に向けるコリーダスの様子に、プリメラ等は不満をあらわにしていたが、『そうじゃな』と同意する声も上がった。
「意識殿」
頭部の長い男が再び意識に話しかける。
「見ての通り、お主を信頼しても良いものかどうか悩んでいる者も多い。ワシとて、同族をも殺したというお主に対する反感はあるのじゃからな」
「ならどうする?」
「その強さを証明して欲しい。お主が真実魔人を救えるほどの力を持っているならば、その他のこと等はとるに足りない些事じゃ」
そう言い切って、男はコリーダスを指し示した。
「この男は戦王コリーダス。現在の我等魔人の中で最も強い男じゃ。意識殿にはその強さを証明してもらうために、この男と模擬戦をして欲しい」
「話が終わっていないとはそういう事か」
「そうじゃ。我等魔人の伝統的な二本先取の勝負。詳細なルールはまた説明するが、別に敗北したとしても、その強さが魔王に相応しいと証明できるならば問題ない」
「断る」
申し出を一刀両断するようなその言葉に、部屋の中がざわめいた。
「おいおいおい、お前らは俺の事をなんだと思ってるんだよ。俺は殺人奇術師であって奇術師じゃない。殺しあった結果相手が死んでいないという事はあっても、殺そうとしなかったなんて事はあり得ないんだぜ。やるなら命を賭けてもらう、だから死んでも良い奴を用意しろ」
「しかし――それはしかし――」
「構いませんよ、怪王ヴィエジオ」
戸惑う頭の長い男――ヴィエジオの代わりに答えたのはコリーダスだった。
「命なら、とっくの昔に賭けている。仮にこの男が私を殺せるほどに強いと言うならば、それは我等魔人にとって喜ばしいことだ。であるならば、私に躊躇することなど何もない」
「そいつは重畳。ならばもう俺に文句はないよ」
「そうか。ならばいつやろうか。今やろうか。私はそれでも構わない」
コリーダス
という男は、その外見から予想できるほど気の長い性格では無いようだった。むしろ――短気と言った方が正しい。そして並び座る国王達はそれを十二分に理解しているようで、誰もが戦いが始まるのだろうと身構えた。
魔人最強の男と召喚された殺人鬼、どちらが強いのかその勝負が始まるかと思われたその時――
「まった」
止めたのは意識だった。
「その勝負をするのは一週間後にしようか」
散々傲岸な態度を取り大口を叩いていたくせにあまりにもあっけなく、まるで散歩の予定でも決めるかのように彼はそう言い放った。その態度だけで、今にも戦いが始まろうとしていた場の空気を壊してしまう程に軽薄に。
「……構わないが、私はそれを怖気づいたと解釈すればいいのかな?」
「ゲハハハハ、何言ってやがる。戦いたい時に戦えるのなら、戦いたい時に戦うんだよこの俺は。それにお前にだって時間が必要だろう」
「時間? この私に?」
「遺言を残す時間さ。それとも魔人ってのはグラム単位でしか計測できないような肉片になってもしゃべり続ける事が出来るのか?」
その言葉に、コリーダスは怒りを通り越して呆れたようだった。いつの間にか握っていた剣の柄から手をはなし、意識に背を向けている。
「この男とこれ以上会話するのは不愉快だ。勝負の日時は好きに決めてもらって構わない、詳細が決まり次第私の部下に伝えてくれ」
それだけを言い残して、コリーダスは部屋を後にした。残ったのはあっけにとられた魔人の王たちとその従者、そしてこの状況を作り出した意識だった。